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< 悪魔の花嫁4 >








―――――美しい命の花がハラハラっと散って行くのをとても哀しいと思えたなら、それはきっと隣に今あるぬくもりがとても幸せなことなんだと教えてくれる大切なサインなのだと気づいてほしい。














――――――パサッ。





去年と変わりばえのしない墓石に大きな花束を添えるのはもうここ何百年と変わらない習慣だからなんだか毎日来ているような気がすると日比野晶は思わず苦笑する。


晴れ晴れとした日差しを見るのは夜行性の闇医者にとってはツライ物があるのだけれど、霊園の丘に咲くコスモスがとても美しいからたまには昼に活動するのもいいものだとそう思えていた。










『―――――――どこに出かけるんですか?』





―――――早朝、目麗しい花婿にニッコリ微笑まれてしまったから、思わず嘘をついてしまった。




『買い物に』という言葉は昼間に出かける良い嘘ではあったけれど、『ついてくるな』の理由になったかどうかは多いに疑問が残る。


だけど、晶の情けない花婿はお頭の加減もちょっとズレているから、きっとすんなり納得してくれたはずだと晶は自分に強く言い聞かせた。









―――――なぜなら、今日という日の嘘だけはどうしても成功させなければいけない大事な嘘だからである。












「――――――来年にはもっといい言い訳を用意しておくか」







――――墓石を眺める晶の髪を優しい秋風がやんわりと撫でていく。


腕時計を見れば結構な時間そこで過ごしていたことに気づいて、晶は慌ててその場から立ち上がるのだ。








『―――――じゃぁ、晶さんの好きなシチューを作って待ってますから。早く帰って来てくださいね』







――――今朝、家を出る晶に拗ねた表情を見せた花婿が頬を膨らしてそう告げたのである。


自分が食べるわけでもないのに最近、人間の料理のレパートリーをたくさん覚えた花婿はなんと花嫁を餌付けしようという作戦に出たらしい。











「―――――そんなことする必要ないだろ」




―――――いじらしい花婿を思い出して思わず笑ってしまった晶は、餌付けなんてしなくても十分情けない花婿に甘い自分を知っている。


けれど、どうやらその『あなたに首ったけ』加減は必死な花婿には伝わっていないらしいのだ。











「――――――また来るよ。母さん、芳江、親父」


墓石に小さく笑って話しかけると、晶はコスモス畑を出口へと歩き出した。








――――毎年この時期になるとコスモスの花を溢ればかりに咲かせるこの小高い丘に日比野晶の大切な家族たちが眠っている。






人の命を救う医者という職業を選んだ理由を晶はまだ心優しい花婿に話せてはいなかった。










――――――正直、闇医者家業をそろそろ廃業しようかと思っているのだ。







大切な人の命の花をずっとずっと長く咲かせておきたいと願ったけれど、その思いも虚しく晶の手からはハラハラと花が散って行ってしまった。




――――――その哀しい事実を優しい悪魔には決して知らせたくはないのだ。







――――――睡眠など必要ないのだけれど、朝日を迎えると一生懸命ベッドの隣を温めてくれる優しい悪魔を本当に大切に思っている。


長寿を得る悪魔の生血を大量に浴びてしまったのは優しい悪魔をこの手で刺してしまったからに他ならないから、どうか見目麗しいくせにちょっと情けない悪魔にその責任を感じて欲しくはないと思うのだ。








―――――大切な人たちはあの幸せの丘に静かに眠っているし、一緒にいたいその人はきっとこの先も隣にいてくれるだろう。


だから、本当はもう白衣を着てる理由などない。


むしろ、その白衣がいつか大切な悪魔を哀しませる結果になるというのなら今のうち脱いでしまう方がいいのではないかと最近そう考えている日比野晶なのである。











「――――――ちっ」




腕時計を見た晶は思わぬ針の位置に舌打ちをしてしまった。






―――――晶の住む地域では毎日17時になると防災行政無線から『恋は水色』が流れ出す。


『恋は甘い』とイヤホンが歌い出す前に家に帰ると約束してしまったのだけれど、どうやら約束は守れそうにない。


それでもきっとじっと待っているだろう花婿を思うと、早く帰らねばと意外にも『あなたに首ったけ』な晶は慌てて歩くスピードを速めるのである。















「―――――――晶さん。来年のお墓参りには一緒に連れて行って」




――――――心の優しい晶の花婿は図らずも約束を破ってしまった花嫁を決して怒ることはしなかった。


ただほんわかいい匂いのするシチューを食卓に並べてニッコリと笑うのである。







―――――どうしても成功させたい嘘だったのに本当は悪魔な花婿には全てがお見通しだったのかもしれない。


だって、この家の花婿は、この300年、家の屋根の上に居続けてじっと愛しい人を見ていたおバカな悪魔なのだ。


そのおバカな悪魔の最近の『あなたがいないとダメになります』攻撃に騙されて、本当は頭が悪いのではなくて優しいだけなのだということを晶はうっかり失念していたのである。








――――明らかな嘘を吐かれて『ついてくるな』とそう言われた優しい悪魔は一体どんな気持ちでこのシチューを作ったのだろうか。


ぽろりと晶の手から零れ落ちたスプーンがカランカランと音を立てるから、晶の大切な花婿がちょっとだけ困った笑顔で微笑んでいた。












「―――――晶さんがいてくれるなら何でも耐えられるよ」





――――流す涙がシチューの隠し味なんて絶対あってはならないことだと思うのだ。


だけど、優しい悪魔がいじらしいことを言うから、ぽつりぽつりと零れる涙がシチューに溶けこむのを晶はくい止めることができなかった。











「――――――オマエどうして・・・っ!!」



それどころか、そっと擦り寄る大きな影が優しい声で「大丈夫」と魔法の呪文を繰り返すから、300年ずっと我慢してきた何かが弾けてしまったような気がする。


―――――もういい大人だから声をあげて泣くなんてみっともないことはしてはいけいないと思っていたけれど、ぎゅっと抱きしめてくる腕がそっと世間の目から隠してくれるから、その日、日比野晶は眠りにつくまで花婿の優しい腕の中で大切な人たちを思って泣くことができたのである。



















―――――恋をしました。


望んではいけない恋でした。





あなたから大切な人々を奪ってしまうと知っていながら、諦めることができませんでした。


あなたを一人にしてしまうと知っていながら、逃がしてやることができませんでした。






――――この血が呪われた血だと知りながら、あなたの隣を選んでしまった。






そこに後悔なんてないけれど、哀しい命の番人をあなた一人に押し付けてしまったことだけがとても悔しいと今でも思う。


その大きな十字を背負うべきは決してあなたではないから。






どうか何も言わずに。





ただその体を。








―――――抱きしめさせてくれませんか。








あなたの感じる哀しみが少しでも和らぐように。



あなたの心の重さが少しでも軽くなるように。













「――――――ずっと傍にいます」




―――――眠りについた晶の頬を撫でて悪魔は小さく呟いた。




長寿を手に入れて一番哀しいことは大切な人々がこの世から先に旅立ってしまうことなのだと他ならぬ悪魔こそがその身に染みてよく知っている。





―――――もし愛しい恋人にこの胸を刺されなかったとしても、その命の花が枯れ始めた時、悪魔は無理矢理にでも愛しい恋人に長寿を押し付けてしまっていただろう。


だって悪魔という生き物は自分勝手なそうゆう生き物だから、いざとなったら恋人の哀しみよりも自分の幸せを優先してしまうそんなエゴの強い生き物なのだ。










「――――――晶さん」





――――このぬくもりを失う以上の恐怖なんて知らないから、やっぱり愛しい花嫁の感じる哀しみは本来悪魔が負うべきものなのだ。


だけど、『ゴメンサイ』という言葉は一生懸命その哀しみを隠し通そうとした花嫁を再び哀しませてしまう禁断の言葉だから、この先もこの件について絶対口にはしないとそう心に決めていた。







―――――後ろばかり振り返っていても、きっと天国にいる花嫁の大切な人たちは喜ばないし、まして肝心の花嫁を幸せにすることなんて到底できない。


だから、花嫁が心を痛めるその時は、花嫁の哀しみが少しでも軽くなるように哀しい言葉を囁くよりも、その体を抱きしめて大切なぬくもりがあることの幸せをずっとこの先も心のままに伝えたいとそう思う。











「―――――好きです」




ずっとずっと300年、愛しい人にたった一人哀しみを背負わせたまま見ていることしかできなかった悪魔はあっさりと一言だけ呟いた。


だけど、その一言には苦悩する愛しい人を前に血がにじむほど拳を握ってそれでも手を伸ばすことのできなかった300年分の思いがぎっしりと詰まっているのだと恋の神様は知っている。










「――――――明日は晶さんの涙入りのシチューを二人で食べましょうね」




―――――愛しい花嫁の寝顔を抱きしめて微笑む悪魔のその表情は、花嫁が起きていたらやっぱり情けない花婿は本当は優しい男前なのだとそう見直したに違いなかったのだけれど、残念ながらこんな時に限って泣き疲れた花嫁が目を覚ますことはないのである。


情けない花婿のカッコよさはいつだってこうしてタイミング悪くお蔵入りしている。



―――――悪魔はきっと悪魔だから天の神様に見放されているに違いなかった。






―――――美しい命の花がハラハラっと散って行くのをとても哀しいと思えたなら、それはきっと隣に今あるぬくもりがとても幸せなことなんだと教えてくれる大切なサインなのだと気づいてほしい。


そして、隣のぬくもりがとても暖かくて幸せだと気づけたなら隣にいるその人もきっと同じ幸せを感じているのだとそう思う。






End.

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あきゅろす。
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