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< 棒飴とスケートボード8 >






―――――ゆっくり付いてくるその足が"合わせてくれている"のだとそう気づいたのはいつからだったのだろう。



ずっと一人ぼっちだったヒロヤはいつの間にか誰かの歩調に合わせることも誰かのために言葉を選ぶこともなくなってしまった。


隣を歩く友人も一緒に笑いたい仲間もいなかったから、いつだって自分だけのことを考えていればそれでよかったのだ。


―――――だから、周囲に合わせずただひたすら自分を突き通すB系少年を誰もが『変わり者の問題児』とそう呼ぶのである。







――――誰かを好きになるのにたぶん理由なんていらないのだ。



一人ぼっちのヒロヤにはいつの間にか親友と呼べる友人ができたけれど、なぜその綺麗な友人に恋をしたのかと問われれば答えるのはとても難しい。


だってこの淡い気持ちを完璧に言い表す言葉なんてきっとこの世界には存在しないと思うのだ。


だから、"なんで?"と聞かれてもたぶんヒロヤは答えることができない。








――――隣にいてくれたから好きになったわけじゃない。






ただそれだけは確かなことだとそう思う。







「――――――――ヒロヤ」





――――ほんわか笑う友人にゆるいその声で名を呼ばれるのが本当はとても恥ずかしかった。


何だか甘いその響きがとてもくすぐったいから、慣れない優しさにヒロヤはまっすぐ相手の目を見ることができなかったのだ。


そんな不器用な自分の隣に呆れることなくいてくれる綺麗な親友はとても優しくて不思議な存在だった。







―――――まるで華奢な西洋人形のようなムツキを見て誰もがその存在を甘く見るけれど、ヒロヤはちゃんと知っている。


ほんわか笑てコロコロ頬で棒飴転がすお人形が、本当はどんなことにも動じない安心して背中を預けることのできる相手なのだということを。





「―――――せっかくのコーラ味だったのに」





――――ここ界隈のNo.2に胸ぐらを掴まれても平然と笑うお人形のその背中はやっぱり列記とした男の子だった。


いつも気が抜けているように見えるマイペースな親友だけど、ただの『のんきさん』ではないのだと気づいたのは、たぶん足を合わせてくれるその優しさに気付いた頃からだと思う。




――――何も言わずにスケボー少年の練習に付き合ってくれる親友に見ているだけじゃつまらないだろうといつか専用のSKBを用意してみた。



嬉しそうに笑った親友は始めこそ楽しそうに板を転がしていたけれど、結局は『ごめんね』と言わせる破目になってしまった。


――――いつもいつも足を合わせてくれるのは優しいお人形さんの方だから、笑わせることも歩調を合わせることも知らないB系少年にとって最大限のお返しだったのだけれど、『見ているのが好きなんだ』と笑われれば何も言い返すことなんてできないのである。





――――気持ちってどうやったら伝わるものなのだろうか。




『好き』がダメなら『ありがとう』ぐらい伝わってもいいものなのに、ちっとも不器用なB系少年の気持ちは綺麗なお人形には伝わっていない気がするのだ。







「――――――綺麗な綺麗な睦月ちゃん。今日はヘッドのお使いじゃないんだ、俺は。そこのガキに用があるんだ。邪魔すんな」





ガ―――――。





悩めるスケボー少年はレギュラースタンスで板を転がすとそっと揉み合う二つの影に近づいて、ちょっぴり欲求不満を解決する良い案を思いついた。



―――――『ムツキに触るな』っなんてカッコいいことを言える立場にはないけれど、優しい親友に手をあげるなんて到底許せるはずがないのだ。









「―――――ムカツク」




――――まして、お人形御得意の『タチ食い』スイッチが入ってしまったら、きっとまた胸のむかつきでいっぱいなること請け合いである。



だから、ヒロヤは二人の間にそれとなく割り込もうとしたのだけれど、こちらを向いた不良の体はあっさりと地面へと飛んでいってしまうから、せっかくのスケボー少年の企みは簡単に消え去ってしまうことになるのだ。








ドンッ!!!!





―――――No.2の言う『綺麗な綺麗な睦月ちゃん』に手助けなんていらないことは百も承知のうえだけど、ちょっぴりカッコいいとこ見せたかったなんて思うのはやっぱり性懲りもない『恋する男の子な気持ち』なのだろうか。


『タチ食い』を豪語する『睦月ちゃん』にはそれ相応の実力があるのだから、本当はスケボー少年の出る幕なんてほとんどないのだと知っていた。








「――――――練習終わり?」



欲求不満解消法を奪われたヒロヤが無言で『睦月ちゃん』を見つめてみるけれど、ほんわか笑って首を傾げる『睦月ちゃん』に悪気は全く見られない。







「――――――まだ」


再び板を転がして、地面に尻もちついたままの不良の脇を通り過ぎるヒロヤは向かい風に攫われそうになったキャップ帽をぎゅっと片手で押さえ込む。


――――ちょっぴり拗ねたようにその口が尖ってしまうのは『恋する男の子な気持ち』をそのまま表していた。





――――――たぶんも何も笑い上戸なNo.2は知らなかったんだと思う。




赤石睦月が『破壊人形』という異名を持つのは一部では結構有名な話なのだそうだ。


かくいうヒロヤもそんなことは全く知らなかったから、初めてムツキが喧嘩をしているのを目撃した時は恐ろしさに身の毛が弥立ったものである。





―――――隣の優しい親友はもしかして多重人格者なんじゃないだろうか。



一瞬そう思ってしまったヒロヤが破壊人形を止めるのを忘れて固まってしまったことを綺麗な親友には一生内緒なのである。





―――――正直、悪気のないあの無邪気な笑顔で人を殴るその様子は下手なサイコ映画よりずっとずっと恐しかった。







「―――――おい、なんだアレ」


だから、回想に忙しかったヒロヤは突然、服を引っ張られて思わず板からバランスを崩してしまうのだ。






「――――――ちっ」


舌打ちしたヒロヤの首回りには見事にタトゥー入りの腕が収められていた。






ドスッ!!





――――人に触れられることに慣れてないヒロヤは人のぬくもりに反射的に肘打ちを繰り出してしまう癖がある。


友達のいなかったヒロヤにとって『スキンシップによるコミュニケーション』は赤点さながらの苦手教科なのだ。


少しずつ少しずつ慣らしていった親友以外には思わず体が反応してしまうことをヒロヤ自身よくわかっている。





――――だから、不器用なスケボー少年にとって『素敵な恋人』を見つけるのは普通の人よりもずっとずっと前途多難な夢物語なのである。





腹を押さえた不良から離れてほっと息を吐くヒロヤの様子は、まるで野良猫が安全な距離を取った姿にそっくりなのだけれど、当の本人が気づくはずはないのだ。


ついでに言えば、『破壊人形』というその異名がムツキに食われた男達の恨み半分で出来ていることも、もちろん下世話な話題を知る機会のないヒロヤが知るはずもないのである。








「―――――僕のコーラ味」




――――いつだって綺麗な親友の語る言葉はヒロヤにとっては難解な問いだから、ヒロヤは半分その言葉を耳から流してしまうことにしている。


まさか、綺麗な親友の頭の中で『大好きなコーラ味=半眼王子』という公式が成り立っているなんて誰だって想像できはしないのだ。





―――――ただなんとなくいつも通りの笑顔を貼り付ける親友のお天気が今日はちょっと荒れそう気がするヒロヤなのである。




『破壊人形』な親友をどうやって止めようか。




一旦破壊活動が始まるとなかなか正気に戻ってはくれない思い人に考えを巡らせる恋する半眼王子の目には、残念ながら恨めしそうな視線を向けるNo.2の姿は映ってはいなかった。






End.



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あきゅろす。
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