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< 棒飴とスケートボード9 >





シャカシャカ。



シャカシャカ。




―――――耳に入る音の洪水はいつだって『一人ぼっち』のヒロヤを冷たい『世界』から連れ出してくれる。


だから、外の煩わしい音を掻き消してくれる爆音をヒロヤはとても愛しているのだ。


それがますます『一人ぼっち』に拍車をかける原因ではあったけれど『なぜ自分はいつも一人なのか』その答えを考えるのを止めたその時にヒロヤはもう『世界』を捨ててしまったのかもしれない。






『―――遠藤さん家のだんなさん、亡くなったのだそうよ』

『まぁ、まだお若いのに。奥さんも大変ね。息子さんはまだ中学卒業したばかりじゃない?』

『ほんとうにね。世の中こんなこともあるのね』




人様が好奇心旺盛に何かを喚く声も不躾に値踏みするように向けられる視線もヒロヤの疲れを倍増させるものでしかない。


だから、『世界』は母と自分だけでいいのだとキャップを掴んで直すたびにヒロヤは震えるその指に誓ってきたのだ。






―――――ずっと二人だけで生きていこう。



それが父親を失ったヒロヤが生きていくための魔法の呪文だったのである。








―――――だけど、本当は知っていたのだ。



向けられる視線に応えたその先に、齎された言葉の重みを越えたその先に、『友達』っという温かい関係が待っているのだと今更道徳の教科書を読まなくたってヒロヤにもちゃんとわかっている。


それでも再生ボタンを止めることはできないから、ヒロヤの耳からはずっと『一人ぼっち』の悲鳴が零れおちていたのかもしれない。






『―――――何聞いてるの?』




――――いつだって優しいけれど有無を言わさぬ強引な白い指は嫌がるヒロヤからあっさりとイヤホンを取り上げていった。


耳を壊すようなその音を聞いても綺麗な西洋人形は呆れるどころかほんわか笑顔でそれはもう綺麗に笑うから、逆にビックリしたヒロヤは怒鳴り声をあげることすら忘れてしまうのだ。


たぶんムツキにとっては何てことはないただの日常行動なのかもしれないけれど、その優しさの溢れる白い指がイヤホンを取り上げるたびにヒロヤは思うのである。




―――突然、隣に現れた親友の指は冷たくて寒くて思わず捨ててしまった『世界』が本当は美しくて優しくて温かいものなのだとそう教えてくれる『魔法の指』なのではないか。


だって、宝石のような青い瞳は簡単にヒロヤを『世界』に連れ戻すとふんわり笑ったその笑顔で『君の場所はココだよ』とそう優しく語ってくれるのだから。





『―――――別に』



途端に目頭が熱くなって鼻がむずむずするその慣れない感覚を何と言うのだろう。


そっぽ向いてお行儀の悪い言葉で誤魔化してみるのだけれど、一向に収まらない胸の動悸がヒロヤをたびたび苦しめた。






――――もう誤魔化しようがないのかもしれない。



だって、ヒロヤはひよこのような金髪を揺らす青い目の西洋人形が本当に好きなのだ。


『一人ぼっち』からあっさり救い出してくれるその白い『魔法の指』に触れたいと口に出すことはできないけれど、その指が他の誰かに触れるのは本当はとっても嫌だった。


『君の場所はココだよ』と語る宝石のような青い瞳が他の誰かに同じことを囁くなんて、女々しいと思っても唇を噛むその気持ちを止められない。








「――――何で止めるの?」



だから、ココ界隈のNo.2を白々しいほどの無邪気さで殴ろうとする『破壊人形』の前にヒロヤはそっと仁王立ちするのである。




――――たぶん、もう今日はボードの練習は無理なのだと思う。



だけど、続けられない練習よりも、まして殴られてボロボロなNo.2よりも、大切な『魔法の指』が傷つく方がとっても嫌だと思うからヒロヤは不機嫌そうにぼそっと呟くのだ。






「―――――帰る」


大切なボードを脇に抱えて、突然不良の前に立ちふさがるヒロヤに『破壊人形』はようやくいつもの『ほんわかさん』に戻ってくれたようである。






「――――ヒロヤ・・・練習は?」



ふんわり笑うその笑顔に狂気の無邪気さは見られないから、もう大丈夫なのだとヒロヤは歩き出す。


すぐに後ろを追ってくるその足音よりもっと遠くで殴られ損の不良の呟きが聞こえていたけれど、その質問には応えられないから、ヒロヤは足を止めることなくただスタスタと路地裏を歩くしかないのだ。







「――――何なんだ、オマエらは・・・くそっ・・・」





何ってたぶんお友達なのだと思う。



『あったかい親友』






――――今はそれ以上になる方法がわからない。



『魔法の指』がせっかく『世界』は温かいと教えてくれたのに今のヒロヤの心境と言ったら、とっても複雑でそれはもう迷路みたいなのだ。






―――――コン。



無駄に八つ当たりされた小石がコロコロと転がってシャッターの下ろされた商店街の壁にあたって動きを止める。


だけど、恨めしそうなその小石よりももっと恨めしいのは背中から追ってくる間の抜けた声にほっとしてしまうヒロヤの恋心の方なのである。






「―――――ヒロヤ、待って」





―――――恋って本当にやっかいだ。




だって『好き』って気持ちを止めることが出来ないから、いつだってヒロヤの心はゆらゆらゆらゆら、まるで風に揺れる親友の髪のように揺れっぱなしではないか。


親友を思って不良に立ち向かってくれるのはうれしいけれど、だからといってまた不良にムツキを取られてしまうのではないかと揺れる不安を止められない。


だから、唇を突き出してキャップをきつく下ろすヒロヤは恋の迷路に嵌ってしまったさながら『迷子』なのだ。


恋に『待って』と言いたいのはむしろ『迷子』のヒロヤの方で、追ってくる足音にちょっとだけ歩調を緩める誤魔化しようのないその恋心にヒロヤは思わず舌打ちするしかないのである。





「――――ちっ」




――――暗い路地裏を歩くキャップ帽の少年とその後ろを追いかける金髪の少年の姿を優しい月がただ静かに見送っていた。



End.

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あきゅろす。
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