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< 闇の不文律 >










――――――夜の世界の住人たちは知っている。




"夜"とは存在があって存在の"ない"ものであると。



――――だから、夜の世界で生きるならば、夜の正体を知ってはいけない。









――――『顔』も『目』も『口』も。

そして、『鼻』も『耳』も。






例えその存在を知ったとて決してその"名"を口にしてはいけない。


なぜなら、"夜"は存在の"ない"ものだから。



――――その"名"を口にすれば、最後。















――――二度と口にする前には戻れない。









その"名"を口にしてはいけない。





――――――それが夜の課した闇の不文律。













コツン。




コツン。











――――――凍りつく男たちの顔は一様に青ざめ、その視線は躊躇に揺れた。

美しい月が黒い雲に隠れれば電灯以外に道を照らすものは何一つない。









コツン。




コツン。









――――黒光りする外車からゆっくりと降りてきた二つの影は闇の中に微かな足音を響かせる。

明るい電灯が照らすのは足元だけで、姿泣き黒い影は相手を知っていてさえ恐怖を醸し出すほど不気味なのだ。









息づく吐息。


近づく気配。






――――そして、"夜"の足音。








コツン。




コツン。







――――やがてそのおぞましい音が止まれば地を這う声がぞろりと背筋を凍らせる。















「――――――どけ」




雲から抜け出した月光が冷たいその声の持ち主を照らし出していた。











―――――鋭利な双眸といっそ恐ろしいまでの怜悧な美貌。





無表情なその表情は男の冷酷さを物語るにとどまらず、人間離れした恐怖すら呼び覚ます。

メデューサの如くうねる黒髪はその髪の一本一本にまで意志があるようすら思われた。





――――だが、もっとも見る者を圧倒するのはその"気配"。

一般人がどうマネしようと決して手に入れることのできぬ覇者のオーラ。







――――固い革靴のその中で無意識にも足の指先が恐怖に窄んだことを男たちは気づいていた。



やがて酷薄な唇がただ無感動に動き出す。










「――――――二度言わせるな」



VIP専用裏口に立つ男達はその"夜の声"にただただ萎縮するしかないのだ。









『―――――誰が来ようともここを通すな』








――――夜の支配者はそう男達に命令した。




"大御所"の命は絶対の約束事。

決して違えてはならぬ"夜"の規則。







――――しかし、男達の目の前にもう一人の"夜の支配者"が現れた。






しなやかに美しく。


雄雄しい夜の獣。







――――次代の王を前に男達の体は震撼していた。








――――体格も風格も十分。



されど、後継者の地位に位置するその男は誰もが喉から手が出るほど望むその地位をあっさり素通りしてきた。

いつも空虚を彷徨う視線の先は全てがどうでもいいのだとそう物語っていたのだ。

力も人も世間にすら興味はないと冷淡に語るその態度は、『七光りだ』『虚けだ』と周りが騒いだところで到底鼻にもかけぬ。




―――――だから、カリスマだとそう呼ぶ者がある一方で、中身があれではとんだ力の持ち腐れだとそう頷くしかなかったのだ。








『周囲にいる人間が強いからこそ幸運にも持ち上げられている存在』








―――――男たちの目にはそう映っていた。















ドンッ!!!!










「―――――――ちっ、脳無しが」






―――――ならば、目の前に立つ存在は一体"誰か"。





脇にいた仲間の体は一瞬で吹き飛んで、先頭の男の脇を掠め通っていった。








ドサッ。







―――――人が地に落ちるその音に裏口に立つ男たちの間には動揺が走った。











―――――一邪魔をする者は容赦なく噛み殺す。


言われずともそれがわかるのはなぜなのか。










サァァァァ。








――――涼やかな夜の冷気に鋭いほどの緊迫が漂っていた。










「――――――茶番に付き合って地べダとお友達になりたいか、それとも素直に道を譲るか。さっさと選べ」








冷酷に。




雄渾に。






――――残酷な"夜"が行く先を選べとそう告げる。






負け犬となって空を見ずに生きるか。


地獄に落ちて地を這いずり回るか。







―――行き先を選べと。












「―――――生憎残り時間はそれほどないよ。何しろうちのボス、短気だからさ」


大御所の懐刀とまで言われる"青龍"の陽気なその声が男達の揺れる視線を笑っていた。









『―――――焦っていた』


後に考えても、そうとしか言いようがない。

何十年、夜の覇者とともに生きてきた夜の手足たちが、お笑い草にも若い獅子を相手に手に汗握り統率を乱したのだ。


―――――そして、その焦りからもっとも犯してはいけない夜の大罪を犯す者が現れる。












「――――――大御所様からのご命令です。ここを通すわけには参りません。例えあなた様でもそれは同じこと」






―――――先頭に立つ男はもっとも手足として経験の長い古株だった。

地に伏した仲間の一人を一瞥しようとも、その背筋が震撼しようとも、一切顔には出さずただ静かに現支配者の意向を告げる。








―――――そして、その後ろから一歩足を踏み出したのはもっとも経験の浅い男。








「―――――そうです。轟様、例え、あな――――――」



 




――――――ヒュッ。








刹那、響いたその音は。








―――――闇の処刑人が大鎌を振った音。








ドサッ。










―――――闇の不文律を犯すことは夜の大罪。


それは忍び寄る死神に魂を明け渡すということ。







―――――その"名"を口にしてはいけない。







その"名"は。



許された者にしか。



――――言葉に出来ぬのだから。










「―――――――自殺希望なら始めからそう言え」







――――夜の具現者は闇を纏う。



男達の前に立つ二人の男の背後には暗い闇が蠢いていた。









―――――闇に飲みこまれた罪人の体はもう地にはない。




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