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< 棒飴とスケートボード6 >
―――駅前にほど近いその大きな喫茶店には、商店街の隣という立地の良さもあって、いつだって大勢の客が訪れる。
毎日入れ替わる客たちの顔をさすがに全部覚えることはできないけれど、その広い2階の階段付近のテーブル席が夕方くらいになると常連客の指定席になることをその店の店員なら誰だって知っていた。
―――太陽の傾くその時刻、キャップ帽を被った少し目つきの悪いスケボー少年と青い目をした綺麗な金髪少年が平日はほぼ毎日、大抵決まって二人連れで現れる。
飽きもせず同じメニューを注文する変わった二人組は見た目にも他の客から突出して派手だから、店員たちの覚えもよく女性店員の間に至ってはひそかな人気を呼んでいるのだ。
――――青い瞳と金色の髪を持つ高校生は外国の血が混じっているわりには背はそれほど高くないけれど日本男児の平均身長は軽くあって、何より透けるようなその白い肌が特徴的だった。
まるで綺麗な西洋人形がブレザーの制服に身を包んでいるようなその様子は、もちろん女性店員全員の甘いため息の元なのである。
だけど、隣にいる一見強面な猫背のB系少年もベテランの店員たち、特にお歳を召したお姉さま方にはとてもウケがよい。
――――曰く、金髪少年の綺麗な「ありがとう」の笑顔に耐性が付いてくれば、おのずとその隣でそっぽを向くスケボー少年が軽く「どうも」と頭を下げていることに気づくだろうとのことである。
注文をするのも商品を受け取るのも決まって"綺麗なお人形さん"の方なのだけれど、見てからに「やんちゃ」な"キャップ帽少年"が照れ隠しに出す「どうも」という声には何やらお姉さま方の心を掴む何かがあるのかもしれない。
――――若い学生から社会人まで多くの客層を持つオシャレなこの喫茶店には夕方のその時刻、決まって女性店員たちのアイドルが現れるのだ。
「――――ヒロヤ」
カフェラテをずーっと吸い上げて日に焼けたその横顔に話しかけるとスケボー少年は雑誌から顔上げて『何』と視線で先を促す。
だから、いつだってスケボーからヒロヤの意識を奪い返すことに成功したムツキはふふふと笑ってご満悦なのだ。
――――ずっとヒロヤ一人で利用してきた特等席を今はヒロヤとムツキの二人で使うことにしている。
放課後の帰り道、PGに行く前にその指定席に二人仲良く腰かけて喉を潤しつつくだらないことをおしゃべりするのが二人のお決まりコースなのである。
――――もっとも、おしゃべりと言っても口を動かしているのはもっぱらムツキだけで、ヒロヤはそれを聞き流しながらスケボー雑誌と睨めっこしているのが常である。
だけど、ムツキは雑誌に真剣なヒロヤの横顔を見るのが大好きだから、いつだってスケボーに夢中な親友にちょっかいをかけながらほんわか嬉しそうに笑っているのである。
――――もし目の前の半眼少年の運命がムツキに繋がっていないのなら、ムツキは今すぐ神様のところに飛んで行って赤い糸と糸をそれはもう解けようがないってくらいしっかり固結びするのだ。
なぜなら、ふわふわと掴みどころのない綺麗な西洋人形は目下不器用なB系スケボー少年に夢中だからである。
「―――――ねぇ、泣いて?」
だけど、変わり者のムツキは突拍子もないことを突然言い出すようなそんな"ほんわか星人"だから、せっかく雑誌から顔をあげてくれたB系王子はすぐに呆れたように溜息を落としてまた視線を雑誌に戻してしまうのだ。
『――――大丈夫。ヒロヤはタイプじゃないから』
―――好きな人がタイプとイコールだなんて一体誰が決めたんだろうか。
ウィンドウショッピングで一目惚れする服は大抵いつも似通っていてすぐに飽きてしまうのだけど、逆に趣味じゃないと思っていた服が意外にも心にロングヒットすることだってある。
―――知っている人は知っている事実なのにどうして『タイプ=好きな人』という図式が当たり前だと思うのかムツキは不思議でしょうがなかった。
「――――安心しすぎ」
だから、雑誌に夢中な横顔にポツリとそう漏らしたムツキは過去の自分の言葉を今になってちょっぴり後悔しているのである。
―――『大丈夫』とは言ったけどそれはすぐに逃げ出されては困るからであって、決して『好きにならないから大丈夫』という意味ではなかったのだ。
敢えて言うなら『今すぐは襲わないから大丈夫』である。
むしろ、食いついて欲しかったのはタイプ云々よりも軽く打った『ゲイ』という一手なのに『少しは警戒して男と意識してくれたらいい』なんて淡いムツキの期待はあっさり裏切られてしまったのである。
―――だって、ヒロヤは"タチ食い"を見せ付けたって嫉妬どころかムツキをぽつんと学校に置き去りにしていくのだ。
チームのNo.1がヒロヤに喧嘩を売るなんてムツキだって思ってもいなかったのに。
だから、今更コーラ味を舐めたからってまるで面倒事を避けるように隣から離れていくなんてちょっと愛がなさすぎるんじゃないだろうか。
――――恋と言う字は下心と書く。
B系の半眼王子は綺麗なお人形さんがずっとその泣き顔を見てみたいと出会った頃からそう思い続けていることをちっとも気づいてはいなのだ。
――――ノーマルを好きになるって難しいことだから、どうしたってヒロヤの隣が欲しいムツキは今まで慎重に慎重に出方を決めてきた。
それなのに『ゲイへの理解を深めよう作戦』も『あわよくば嫉妬して作戦』もものの見事に裏目に出てしまったような気がするのである。
――――ツンツン頭の邪魔者なんてムツキのシナリオには登場しないのに。
―――『ずっと一緒にいてほしい』というその素敵な言葉をぜひ友人という立場からではなく恋人という立場から聞かせて欲しいものである。
なのにムツキのほっぺの中で転がる棒飴のようにはこの恋はうまく転がってはくれない。
―――いつか男前の親友にそれとなく問い返してみた。
『――――ヒロヤはどんな子がタイプ?』
同性愛者の性急なアクションはノーマルにとって恐ろしい脅威だから、嫌われるのがちょっとだけ怖いと思ってしまったムツキをきっと神様は責めないだろう。
―――どんな屈強な相手だって笑って押し倒せるムツキだけれど、好きな子だけはやっぱり特別なのである。
だから、返って来る答えをドキドキしながら待っていたというのにその結果といったら散々たるものなのである。
『――――さぁ。しっかりした奴?』
――――ほんわかしてるね。
それがいつだってムツキの第一印象なのである。
――――ドキドキしてちょっぴり期待してしまったそのときめきを返してほしい。
ぐるぐるとストローでカフェラテをかき混ぜて、唇を尖らした傷心のムツキはちらりと雑誌に夢中な元凶を窺い見た。
――――恋ってとっても難しい。
願わくばヒロヤが『好きな子≧タイプ』に当てはまればいいのだけれど、隣の男前ときたら毎日必ずお昼にはオムライスを食べて放課後には愛するスケボーで走り回るそうゆう一本義な少年なのだ。
――――それは毎日色んなキャンディに舌鼓を打つムツキとは全然違っていた。
一途なその"好き"の行き先をぜひこちらに向けて欲しいものである。
「――――あげない」
だから、ムツキはカフェラテをずーっと啜ってスプーンを親の敵みたいにミルクレープに突き刺してやるのだ。
――――恋の神様は意地悪だけどやっぱり棒飴といえばコーラ味だから、例えイレギュラーな邪魔者がヒロヤの言う"しっかりさん"だったとしても隣は譲ってはやらないのである。
なぜなら、ヒロヤの隣はいつだってムツキのものなのだとゴーイングマイウェイの変わり者はそう決めていたからだ。
――――ケーキを一口口に運ぶとそのおいしさがほっぺにふんわり広がるから、ほんわか幸せそうに笑ったムツキはスプーンを咥えたまま、その青い瞳にキラリと不気味な光を輝かせた。
「え―――っ、マジで?!」
近くの席から遠慮ない若い女性客たちの甲高い声が聞こえて来たけれど、目下ケーキと格闘中のムツキもまして雑誌と睨めっこしているスケボー少年も顔を向けることはしないのだ。
「―――うん。マジで」
ただケーキを見つめたムツキがその女性客の問いかけに自分の"下心"を認めるだけなのである。
End.
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