Main < 棒飴とスケートボード5 > ―――赤石睦月(アカイシムツキ)、通称ムツキは棒飴が大好きである。 制服のポケットはいつもキャンディで溢れているから、彼が歩くときにはいつだってかさかさと魔法の音が聞こえてくる。 彼の机の上には当然のように棒飴のガラス瓶が設置されていて、食べたい物を食べたい時に取り出せるようになっているのだ。 ―――常時棒飴を離さないムツキに始めは注意を促していた教師たちも"蛙の面に水"と気づくと、もはや『体に気をつけろ』と呆れ顔で忠告するだけなのである。 色とりどりのキャンディは『食べておいしい眺めて楽しい』子供の夢がたくさん詰まったハッピーグッズなのだとムツキは思う。 その包装はただ見ているだけでほっこり幸せが溢れ出て、ひとつひとつ包装紙を開けるときには堪らない楽しさを運んできてくれるからだ。 ―――まるで宝箱を開ける時のようにわくわくする気持ちを誰だって毎日味わっていたいではないか。 そんな冒険家のムツキにはキャンディ以外にも毎日楽しみにしているものがもうひとつある。 ―――学校の帰り道、駅前の喫茶店で頼むミルクレープとカフェラテはムツキにとって不動のお楽しみセットなのである。 甘いミルクレープとほろ苦いコーヒーの味は絶妙なコンビネーションだから、悪友に呆れ顔で見られても毎日欠かさず頼んでしまうムツキなのだ。 ――――桜の咲く4月、入学して間もない頃、その喫茶店でよく見かける同級生に気がつくのにはそれほど時間はかからなかった。 時刻は決まって夕方から夜へと移り変わる時間。 スケートボードを椅子に立てかけてイヤホンしながらi-Phoneをいじるキャップ帽の青年は校内でも有名な問題児だ。 ムツキも廊下で何度か風紀委員と追いかけっこする彼を見たことがあったから本名は知らないまでも、”ヒロヤ”そう呼ばれていることを知っていた。 いつも2階の階段付近の席に座って片手でi-Phoneいじりをするヒロヤは誰かが階段を上ってくるたび、一瞬顔上げるから最初は待ち合わせなのかと思っていたのだけれど、そうじゃないのだと気づいたのはそれからしばらした日のことだった。 ―――店内に放課後デートの待ち合わせをするカップルがやたらと多かった日、部屋の片隅に座ったムツキはぼーっと雑誌を読むキャップ帽の青年を眺めていた。 甘いミルクレープに舌鼓を打ちながら、気分は『家政婦は見た』である。 青年の横には文庫本を読む大学生くらいの若者がいて、二人掛けの多い2階のテーブル席は、彼らの前にぽつんと椅子を一つ残していた。 ―――トントントン。 そのうち女性が1人階段を上ってくると文庫本を開いていた男性の前に当然のように座るのである。 二人は幸せそうに笑い合って、男性は文庫本をさっと閉じてしまった。 ―――待ち人来たり。 誰が見てもその光景は待ち望んでいた恋人が現れた時の幸せのワンシーンだったのだ。 ―――横にいたヒロヤの雑誌をめくる手が止まり、唇を噛んだ彼の視線が目の前の空いたその椅子に向けられているのだとなぜかムツキは気づいてしまった。 ――――スケボー少年は”まだ出会わぬ誰か”を待っているのである。 飲み物を残したまま雑誌を乱暴に閉じ、スケボー片手に立ちあがった青年の背中は、猫のように毛を逆立てていたけれど、それが”さびしい”と語っているように見えたのは果たしてムツキにだけだったのだろうか。 ――――学園に入学する前、受験生のその時期に高熱を出したムツキは1人で病院に行った。 「――――わかっていたのに。あの人がいなくなるって・・・あの人がっ・・・・」 「――俺がいるよ、母さん。俺が母さんを守るから」 ――――診療室に呼ばれる前、救急搬送口の廊下で泣き崩れる女性とそれを慰める柄の悪そうな少年が皆の目を惹きつけていた。 なかでも唇を噛みしめて瞳に涙を溜めながらも”守る”としっかりと宣言したその少年は見た目がどうであったとしても立派な”大人”だったと思う。 ―――だから、行きつけの喫茶店に現れる唇を噛んでばかりの問題児が病院で出会ったあの子だと気がついた時、ムツキはこれは恋の神様がくれたステキな赤い糸の巡り合わせだと思ったのである。 病院の帰り道、人のいない裏口付近の壁には1人壁に拳を押しつける少年がいた。 人目に触れぬようにそっぽ向くその顔はキャップが深く被られていてよく見えなかったけれど、キラリと太陽の光に輝いたソレは、きっと子供から大人にならざるを得なかった少年が流した哀しい”汗”だったのかもしれない。 ―――なぜなら、ムツキの知っているヒロヤは決して子供のように大粒の涙を流して泣いたりはしないからである。 いつだってムツキよりも小柄なその体にはひと一番の我慢強さと男らしさが詰まっている。 大和魂なんて嘘だと思っていたけれど”ヒロヤ”という不器用な人間から感じられるじんわり暖かくて切ないそれは今は薄れゆく現代社会の見えないところに根付く日本男児の心なのかもしれない。 ―――だから、もし喫茶店に現れるスケボー少年が”まだ出会わぬ誰か”を待っているのだとしたら、それはぜひ自分でありたいとムツキはそう思ったのだ。 『――――ここ、いい?』 喫茶店で見かけて目で追うようになってから一カ月、赤石睦月は問題のスケボー少年の隣を強引に手に入れることにした。 ―――きっと運命の神様はムツキの味方をしてくれているに違いない。 信じる者はなんとやら、ポジティブシンキングのムツキは大変マイペース故に意外と強引な男なのである。 End. [*前へ][次へ#] [戻る] |