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< 棒飴とスケートボード4 >




―――――校内の廊下は非常に滑りやすい。


ウイールがスムーズに回ってそのスピードはコンクリートの道にも勝るのだ。

休み時間の廊下は人でごった返していたけれど、廊下を進み来るその人物にぎょっとして、慌てて通行人たちが脇へと退いていく。もちろん、皆回避可能な交通事故は避けたいと思っているからだ。




―――――顔に青タンこさえたB系少年が猛スピードで廊下をスケボーに乗って進んで来たら、誰だって関わり合いたくはないに違いないのである。






「――――――――おいっ!待てっ、遠藤―――っ!!」



そのうえ、背後からわらわらと校内でも有名な風紀委員たちが鬼の形相で猛ダッシュしてくるのだから、皆一様に壁に背をくっつけてしまうのも頷けるのである。



――――問題児の新入生がこの学園に入学してからというもの廊下には"走るの禁止"に変わり"スケボー禁止"の張り紙が貼られるようになった。

しかし、この学園の優秀なはずの風紀委員はいまだにその現行犯を捕まえることができないでいるのだ。

なぜなら、そのスピードとすばしっこさと言ったら、野良猫並みで生物学的にヒトである彼らには到底捕まえることができないからである。




――――向かい風にお気に入りのキャップが攫われないようにヒロヤはつばを前でぐっと抑えて、今日もi-Podから流れるお気に入りの音楽に耳を傾けていた。






「―――――ブルースカイ」


窓に流れる青空を見てそうのんびり呟いた遠藤宏也、通称ヒロヤは、公道の廊下でスケボーを走らせるこの学園の第一級指名手配犯なのである。







――――だけど、物事にルールがあるのはやはりそれなりの理由があるからなのだ。


どんなに良い腕を持つレーサーだってきっと出会い頭の事故は防げない。


だから、廊下の曲がり角から現れた人影にとっさにボードを蹴って方向を変えたヒロヤは自然の法則にしたがってまっすぐ廊下の壁へとダイブするのである。




――――さすがに関係ない人を巻き込もうだなんてヒロヤだって考えてはいないのだ。


だけど、突然脇を無人スケボーが擦り抜けて、目の前で人が壁に激突するのを目撃してしまった人物はきっと目を飛び出すほど驚いたに違いない。




――――神様ってやっぱりいるんだろうか。



頭と肩に激痛を感じながら、ふっとそんなことを思った。

そして、うっかり出会い頭に運命を感じてしまったヒロヤは小さくため息をつくのである。





「―――――わり」




―――男なら自分の非はきちんと認めるべきだと思う。

例えそれが決して謝りたくない相手であってもである。


―――ヒロヤは件の"不良"を前に壁と抱擁して曲がってしまったキャップを手で直しながら小さく謝った。

嫌そうな表情とその半眼には一切反省の色など表れてはいなかったのだが、それはヒロヤならではの御愛想ということにしておいてほしい。

驚いた表情から一転、何がおもしろいのかぶっと笑いだした不良にむっとして、ヒロヤは痛む肩を押さえながら転がってしまった宝物を拾いに向かう。





――――どうやら壊れてはいなそうだ。


デッキも割れていないしトラックの金属部分も大丈夫そうだ。

自分の体よりも何よりも、一等大切な友人を大事そうにその手に抱えたヒロヤはほっと息を吐いてようやく思い出すのである。






「―――――遠藤宏也―――っ!!!」




―――――目下、逃走中の現行犯なのであった。






「――――しつけー」



思わず漏れた呟きに今度こそ、くくくくっと腹を抱えて笑いだした不良をヒロヤはしらけた視線で眺めていた。


―――どうやらここら界隈のNo.2は笑い上戸であるらしい。


自分と同じくふっとんだi-Podを拾い上げるとヒロヤはまた懲りもせずボードに跨った。


――――ルールを破りたいお年頃の思春期男児はたった一度の痛い目ぐらいで悪さに懲りることなんてないのである。





「―――――おい、少年」



この学園にいる誰もが"少年"だったから、背にかかるこの言葉はきっと自分に向けられたものじゃない、とそうゆうことにしておこうとヒロヤは思う。

廊下を蹴って風の流れを感じながら、ヒロヤは痛む右肩を抑えて「気にいったよ、オマエ」という言葉を無視することに決めた。

だって、「気にいったよ」なんて気障なセリフを吐く奴はきっとろくでもないナルシストか変質者ぐらいのものだと思うのだ。




――――"たくさんのお友達"に憧れはあるけれど、ナルシストか変質者の不良だなんて慎んで御断りなのだ。






「――――――待て――――っ!!」


そうして、その背に風紀委員の大歓声を受けながらヒロヤは今日も『相棒と行く廊下の旅』を楽しむのである。










――――棒飴のカロリーは50キロ前後なのだそうだ。

意外な低カロリーだけれど毎日何本も食べていたら、やはり待っているのは肥満体形と糖尿病なんじゃないだろうか。




「―――――今度はプリン味〜♪」


ほんわかうれしそうに口の中から"プリン味"を出して見せるムツキはたぶんも何も能天気なのだと思う。

青空のような青い瞳は見ているといつか吸い込まれてしまいそうで少し怖いぐらいだ。

同じ人間じゃないようにすら見える掴みどころのないマイペースな友人は天然だけど・・・。




「――――ヒロヤ。昨日、なんで僕、置いてがれたの?」




――――意外としっかりしているからあまり油断はできないのである。


美術室や音楽室ぐらいしかない特別棟は部活が始まらない限り人が来ないし、まだ新設したばかりでどこもかしこもピカピカだ。

中でも日当たり良好な屋上への階段入口は広いスペースがあって二人の格好のサボり場である。

――――階段に腰かけて背中で光合成をしていたヒロヤのi-Podからはシャカシャカとした音が漏れて階段に響いていた。




「―――――コーラ味」



―――青い瞳は透き通るように綺麗過ぎてやっぱり今日もじっと眺めることなんてとてもできないのである。




「――――舐めてたからじゃね?」

ぼんやり白い天井を仰ぎ見るヒロヤは、その綺麗な"青空"を見つめて真っ赤な嘘を吐けるほどまだ昨日の傷が癒えてなんていないのだ。

だから、ふーんと呟いた親友がきょとんと首を傾げても白いだけの天井をただ眺めることしか出来ないのである。




「――――コーラ味。僕が舐めるとヒロヤ、青タン作るんだ?」



「――――かもな」


なげやりに出されたのは明らかに適当な回答なのにマイペースなムツキはまたふーんと言うだけで何も言及しようとはしないのだ。





―――ヒロヤの親友は『進入禁止』の標識を守る優良ドライバーなのである。


徹底的に事故を回避するのは他人に興味がないからなのか空気を読んでいるからなのか、ヒロヤにもわからない。

だけど、ずっと居心地の良かったムツキの安全運転が唇を噛むほど寂しいと思い始めたなら、それはもう症状も末期なんじゃないかとただそう思うのだ。






「――――ヒロヤの喧嘩、久しぶりに見たかったな」



にっこり笑うその顔を見るのがつらい、そんな日が来るなんて一体どうしたらいいんだろう。




――――恋に特効薬がないのなら、ずっと末期症状のままなんだろうか。



ヒロヤはすっと視線を伏せて唇を尖らせた。




「―――――見せ物じゃねぇーし」


すっとボードを手に立ちあがったヒロヤは「何?」と首を傾げるお人形に「便所」っと呟いて白い階段に大きな影を作っていく。




――――昨日殴られて切れた唇が噛みしめ過ぎてまたじくじくと痛み出してしまったのは、誰のせいでもなく自分が悪いのだけれど、昨日の今日で少しだけ心の余裕がないヒロヤには、プリン味を舐める親友がちょっとだけ憎らしかった。



―――だから、今日という日、恋に捕まってしまった第一級指名手配犯にも少しだけ執行猶予という時間を与えて欲しいと思う。



でないと、廊下のスピード違反者は恋でもスピード違反をしていまいそうだったから。







―――――恋の交通事故ってどうやったら起こせるんだろう。




降りきった階段を一瞥したヒロヤはボードを白い床に置くと床を蹴る。

長く続く白い廊下にその背中が吸い込まれていくと、ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡っていた。





―――故意に起こす事故はもうその時点で事故ではないのだけれど、それに気づかないほど恋に悩める少年にはたぶん狡賢いアタリ屋は向いていないのだろう。

トイレとはまったく別の方角へスケボーを走らせるその姿をその後校舎内で見た者は誰もいない。





事故は相手を選べないから事故なのだ。



―――――この日、出会い頭の運命も恋の神様も残念ながらまだヒロヤの味方をしてはくれなかったのである。




End.

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