短編3 踏み出した足 私は、足を踏み出してみた。 それは勇気の一歩でもなんでもなく、ただ足を前に運びはじめたと、それだけの意味。 比喩のように聞こえるけれど、それは比喩ではなくて、現実に私が足を踏み出したということだ。 踏み出した足の分だけ私の体は前へと進み、もう一歩踏み出すと私の体は更に前へと進む。 それを何度も繰り返し、私の体はその場所を移動させるのだ。 踏み出した歩数を数えることもなく、私は足を踏み出し続ける。 土を踏み固めただけの道を踏みながら、私は歩いてゆく。 足を運ぶ速度を速めたり、緩めたり。そうして遊びながら移動してゆく。 すると、足の速度と合わせて目に映る光景も、速まったり緩まったりして、私は楽しくなっていった。 楽しい気持ちのまま、気持ちのおもむくままに私は声を出してみる。 それは、リズムを刻み、歌詞がついた。 幼いころから耳にする、懐かしくて有名で、誰でも知っている曲たち。 途中で終わったり、途中から歌い始めたり。最初から最後まで歌ったり。 何度も曲を変え、何度も同じフレーズを歌って。 私は、足を踏み出し続けた。 やがて、太陽が赤く染まって、山の端へと沈んでゆく。 私は、踏み出し続けていた足を止めた。 空を見上げると、赤い色。 もう帰る時間だ、と足を踏み出した。 今までの、気持ちのおもむくままに踏み出していた足とは違い、今度は目的地を持って。 私は、帰る家へと向かって足を踏み出した。 そうして、また、声を出す。 *前次# |