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短編3
綻んだ春






 綻ぶ。




 それは春の香りを撒き散らすように、綻んだ。
 白い色と春の香気。
 運ぶのは、春の風。








 「彼女」は、春の下で待っていた。
 長い髪を風に引かれて、それを華奢な手で押さえながら。
 風の強さに少しだけ眉をひそめて、それでも私を見つけた「彼女」は、笑ってくれた。



 遅かったね。
 約束の時間は、とうに過ぎているよ。



 時計を見るまでもなく、私はそのことに気づいていた。
 「彼女」の言うように、私が「彼女」と交わした約束の時間はとっくに過ぎている。
 五分や十分の遅刻ではない。それこそ一時間、二時間の遅刻だ。
 けれど、私は「彼女」に苦笑してみせた。



 知っているよ。
 だけども君、君も今来たところだろう?



 「彼女」は遅刻魔だ。
 私と交わした約束の時間を「彼女」が守ったためしはない。
 いつも「彼女」は遅刻をして、私はそんな「彼女」を待つ。



 そうだよ。
 けれど、それは君が遅刻をした言い訳にしかならない。



 長い付き合いだ、「彼女」が一体いつ来るのか、おおよその見当がつく。
 だから、「彼女」と約束をした時は私も遅刻をするのだ。
 「彼女」が来るだろう時間に、約束の場所へ向かう。



 遅く来たほうが遅刻だ。
 私もちょうど来たところだけれど、君のほうが遅く来た。



 「彼女」は笑う。
 その笑顔は、春の風よりも夏の空を思わせるものだった。
 夏の笑顔のまま、「彼女」は私へと手を差し伸べる。



 まあ、良いさ。
 行こう――約束の、春だ。



 風が吹く。
 私は、風に舞う白い色の中で、「彼女」の手を取った。
 白い色と春の香気とが、共に「彼女」と私を包む。
 そういえば約束を交わしたあの日も、同じように白い色が包んでいた。
 辺りに漂っていたのは、今日のようにうららかな春の香りではなく、冷たく凍える冬のにおいだったけれども。

 今日は、白い色が美しく散っている。
 美しく散るその白い色は、彼女の後ろに並ぶ木々を飾る、その花弁。








 桜並木を、「彼女」と私は手をつないで歩いた。
 冬に交わした約束を、「彼女」は私と共に叶えるのだ。

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あきゅろす。
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