オレンジ信号機 9 体よく言いくるめられているだけならどんなに良かったか。 覚悟をしろと宣言した東江はその文字通りに翌日からお試し期間をなぞり始めた。 朝食をあまり摂取する事のない平井は朝が遅い。しかし、目覚まし時計のアラートよりも早く、けたたましく鳴り響くインターホンにたたき起こされた。 寝ぼけ眼で受話器を上げる。 『やっほーヨースケ!朝食作りにきたよ!』 平井はそのままあくびをしかけた顔面が凍り付くような気がした。 生唾を飲み込んで、ゆっくりと瞬きをする。 「や、やぁいつから俺は起きたまま夢が見られるようになったんだか」 言いながら、一番手近なシャツを羽織る。耳の向こう側からはぶうたれる親友の声が響いて、ようやく平井の意識は完全に覚醒した。 「ゲン君に教わったんだけどね、朝あんまり食べ慣れてない人はスムージーがいいんだって」 同室者とはそれなりに折り合いが取れるようになったのか、東江は少し機嫌よくジューサーを準備する。 「仲良さそうで何より」 その手から果物を軽く奪って、包丁で皮を剥く。 「ヨースケの為に出来る事、僕なりに色々思ってるんだよ」 皮むきの終わった実を、東江が大まかに刻んで、コップの中に豆乳を注ぎ込む。 まるで一晩をともに過ごした後のような錯覚をしかけて、はた、とつい先日自分がおかしてしまった衝動に思い当たった。 「……うわ、ヨースケ真っ赤だけど」 「うっせ、こっち見んな」 顔を覗きこんでくる二つの目が今はひどく眩しい。 キウイをつまみ食いする唇は見ただけで目眩がしそうだ。 「っていうか、これ何スムージーなんだ?」 「ヨースケが絶対気に入る豆乳バナナキウイ」 「おっ俺豆乳好きなのよく覚えてたな」 「だからそう言ってるじゃん」 肩を小突くと、はにかむように笑ってみせる。 一気に飲み干したスムージーは、今の心境よりもずっと甘酸っぱくて、いつまでも味わっていたいものだと平井は思った。 授業が終われば、急がなくても逃げはしないというのに自分の席に寄ってきて。 生徒会が居ても身を引くこともせず親友だからと胸を張って居座る。 「ヨースケは頭悪いから僕が教えてあげなきゃ駄目なんだよ」 「でしたら私がその役目を仰せつかりましょう」 「副会長は仕事に戻ったらどうですか?」 ギギギギギといがみあう井上と東江は端から見ている分には先日問題があったようには思えない。 が、本人も公認の自分の物がいいようにされているのは気にいらない。 「そーそー。依は生徒会室そろそろ戻れよ。後俺は夏夫に教えて貰わなきゃいけないくらい馬鹿じゃない」 「あ、そうなの。間違えちゃったごめんね」 東江はこの間から、平井が一番快く感じられるように距離を保とうとしているらしく、時折らしくもなく謝った。 「−いや、間違ってない」 「え、何聞こえなかったもう一度言って?」 「お前わざとだろ……」 こういう時の東江は、小悪魔がイタズラに成功したかのように微笑むので質が悪い。 「勉強教え、よ……夏夫」 「はい、喜んで」 だってこれではまるで東江の思うつぼではないか。 [*前へ][次へ#] [戻る] |