オレンジ信号機
10
寝るのは流石に自室に戻ってしまうが、それ以外−朝のスムージー作りに始まり、夜は消灯時間寸前まで過ごしていく。
おはようからおやすみまで、東江は片時も平井の側を離れず、そして従順に言う事を聞いてくれていた。
「よく耐えられるよな。俺だったら無理かも」
「そう?ヨースケは前から僕の事結構優先してくれてた気がするよ」
果たして本当にそうであろうか?
平井はここにきて、どこかが間違っているような、しかしはっきりと見いだす事の出来ない疑念を抱いた。
「まぁ何にしろ、一番にしてくれてんのは正直嬉しいけどな」
「やけに素直だね……うん、でも好きでしてる事だし」
「好きって、『お試し期間』だから言ってるだけだろ」
「信じてくれないならいいよ」
−信じてくれるまでおいかけるだけだから。
ポツリと呟かれた言葉に一瞬身震いするものを覚えて聞かなかったふりをする。
人間誰しも、あまりに自分にとって都合の良すぎる言葉はかえって逆に聞こえてしまうものなのだ。
本当に、東江はふがいない自分に尽くしてくれていると平井は感謝こそすれ、自分に起こっている事態を受け入れがたいとさえ思っていた。
どうせ相思相愛になどなれる訳がないという事を前提に想い続けてきていたのだ。
今更ちゃんと向き合われても、どうすれば良いかが分からなかった。
だって自分は、彼の一番の親友を捨ててまで振り向いて欲しいと口では良い事を言いながら、最優先にはきっと出来ないのだ。
例えば井上がまた夜の街へ行かないかと誘われているとしたら、きっと断らないだろう。
だから平井は−降参する事にした。
電話を片手に、思案を巡らせる。
ここで選択を誤ればきっと後悔をするだろうが、何を選ぼうと、もう自分の都合の良い風にはならないと理解していたからだ。
そうして震える指でかけたダイヤルは、実家の、両親へと直通する番号だった。
「よう勝手に転校した不良息子よ」
「ご無沙汰しております……」
「学費の馬鹿にならない所選びやがって。どうなんだその後経過は?」
父親は大洋(太平洋の略)という名だけあって道楽好きだ。
だから、平井の現状報告を聞くのも悪くは思っていないようで、猛烈に反対しているという母をも押さえ込んでくれていた。
「今週末にでも結果が出るかと」
「焦るな焦るな。高校生活まだあるんだからもう少し楽しみなさい」
「いえ……はい、分かりました」
外野は子細を知る術がない。だからこそ勝手に野次を飛ばす事も出来る。
これ以上、今の生活をどう楽しめばいいと言うのか。
悩んだ末にいきついた答えは、再び繰り返そうという事だった。
「中学の時みたいに、お前は俺の事を見つけてくれるんだろ?
だって、好きだっていうのはそういう事じゃないか」
学校内で被っていた黒いカツラを被り、さらにその上からニット帽を被って漆黒のコンタクトを装着する。
深夜、部屋のドアをそっと開くと、待ってましたと言わんばかりに井上の姿があった。
「そろそろ潮時でしょう?」
「ああ……行こうか」
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