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Sainen

 カギの件はもはやさておき、おれは街へ出る事が日課になってきていた。
目立つコートの珍しい見た目をした男性。自分より少し背が低いように見えるが、それでも眉目秀麗な顔立ちをしているせいか嫌でもすぐに目にとまる。

今日はサングラスを胸元のポケットへと引っかけて、ベンチでこっくり船をこいでいる所を目撃した。
昨日は猫にちょっかいをかけようとして池に落ちそうになっていた。
そのまた前の日は−って、これではまるでおれはストーカーみたいじゃないか。

やましい気持ちがある事は確かに認めるが、おれのこれは悪意ではない事は確かだった。

(だって現に、目が合ったらすぐ逃げるようにしている訳だし)

でももし、彼の方から声をかけてきてくれるとしたら。
“前のおれ”ではないから、きっと驚かせてしまうに違いない。
それでも、記憶探しに協力してくれる筈なのだ。

 あんなに会いたかった人が、まさか同性だとは思わなかった。
記憶の中で何度も呼びかけていた言葉は、あなた、とかそういった類のものがほとんどだったのだ。

せめて、名前を先に思い出せていたら、何か違ったのかも知れない。
けれどおれは、記憶を取り戻していけばいく程に、ある感情に歯止めがきかなくなっていく事に気がついていた。

「……男の人が好きって、絶対普通じゃないよね」

口に出してしまえば、ますます強く実感せざるを得ない。
でも開き直ってしまえば、おれは元々広すぎるような変な家に住んでいたような人物なのだ。
だから、普通じゃなくって良い、のかも知れない。

そして、会いに行ってしまうのは、人間の感情に合わせた自然の摂理なのだ。

 ここで一つ仮説を立てるとしよう。
 記憶をなくすまでのおれはあの人とそれなりに交友的な関係を築けていた、それははっきりと知っている事実。

しかしそれが、恋愛感情を通していたものがどうかは定かではないのだ。
だから、おれの方から常々彼にくっついていただけで、基本的スタンスとしては向こうから声をかける事がない、という可能性だ。

「つまり、片思いだったって事だよね」

言い切ってみると、しっくりくる事ではあった。
ドーナツ屋の件を見るに行き先は彼が決めていたようだが、おれが「どこか行きましょう」と言ってたような気がしてきた。

それなら、会釈一つで済ませてしまうのも、頷けなくもない。
それでも、おれはあの人にもっと近づきたいと思ってしまった。
だって、やっと会えたんだから、玉砕してでも何かを得なければ。

忘れてしまっているとは言え、それまでそうしてきていたのだとしたら、今出来ないなんて事はない。

(善は急げって言うし、明日こそ見かけたら捕まえないと)

空間に似合わない程の不思議な姿をした彼だ。
イケメン好きやミーハーな女性に先を越されたらたまったもんじゃない。

 おれは決意を固めると同時に、どう声をかけようかと朝まで悩む羽目になるのだが、それはまた別のお話。
ついに迎えた翌日の朝−おれは予想の斜め上を体感させられる事になる。

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