novel
いつもの優しいキス

「せんぱーい」

ばたばたと騒がしい音がして、屋上のドアが開かれる。
その騒がしさの元凶に眉を顰めつつも、四ッ谷先輩と呼ばれる四ッ谷は読んでいた本から顔を上げた。

「先輩先輩せんぱーい!!!!」
「騒がしいぃ!中島ァっ!」

ダイブするように飛び込んできた真をギリギリの位置で受け止めて、その衝撃で四ッ谷は黒いソファに倒れこんだ。
エヘヘ、と真は照れくさそうに笑ったが、四ッ谷はお得意の表情で真を睨みつけた。

「中島ァ、・・・今日放課後屋上な」
「ぎゃぁぁぁぁぁ、勘弁してくださいっ!すいませんっ」
「はい、ナーイスヒメーイイタダキマシタ」
「褒めてんですか、貶してんですかっ!!」
「一応褒めてるんだがナァ」
「ぜんっぜん伝わってきません!」

不機嫌そうに頬を膨らませている目の前の少女に、不服にもついつい視線を奪われてしまっている。
頬がやわそうだなぁ、とか、相変わらず元気だなぁ、とか。そんなことばかり考えるこのごろ。

そんな真と四ッ谷は、世間で言う「彼女と彼氏」の関係で。
しかしそんなことを誰にも悟られないよう、いけ飄々と何事も無いように振舞っていた。

「中島ァ、なんか怪談になるネタないのか」
「昨日持ってきたばっかりじゃないですか〜・・・。 そんなに毎日ネタないですよ・・・」
「昨日のネタも怪談になるようなネタじゃなかったがな」
「じゃああのあと怪談聞かせたのは誰なんですかっ・・・!」
「サァナ、記憶にねェ。
 昨日分の悲鳴はイ〜イもんだったが、いつもより幾分足りなかったなァ・・・、今日は昨日の改変版を聞かせてやろう・・・昨日のをより怖くアレンジしたからなっ!」
「チョットー?!」
 
悲鳴にも似た声色が真の口から発せられる。目は恐怖に震えているが、それを見る側としては怪談を語るにふさわしい相手が目の前にいるようなものだ。
そして口を開いていつものように語ろうとすれば、それを制止させるように口を手で覆われてしまうのだから、獲物を目の前にお預けを食らっているようなものだ。
 
「もうっ!怪談なら私じゃなくて、ヒナノや工藤先生にすればいいじゃないですかっ!!」
 
どうしても口を塞ぐ手をどかしてこようと抵抗する四ッ谷に、真はやけっぱち気味に叫んだ。
途端、四ッ谷の顔が不機嫌一色染まり、少々強めに口を塞いでいた手を引き剥がされた。
 
「・・・あのなぁ、野郎に怪談聞かせてもオモシロくない。
 それにヒナノチャンも、キツメンも悲鳴を上げるような怖がりじゃァない」
「・・・・・・そうでした」
 
がっくりと肩を落として、覚悟を決めたように真は四ッ谷の膝の上に座った。
それに四ッ谷は好都合、と言わんばかりに口角を上げて、耳元にそっと口を寄せた。
 
「これ最後まで聴いてられたら、一緒に帰るぞ、真ォ」
 
囁くような優しい言い方に、思わず顔が真っ赤になっていくのがわかる。
 
「・・・耳まで赤くなってるな」
「いわないでくらひゃい・・・」
 
正面から向き合うと、たったこれだけのことで真は首まで赤く染めている。
にやり、と更に口角を上げると、そのまま少し首をかがめて広めの額に。それと小さな唇に優しくキスを一つずつ落とす。
 
「なっ・・・!!!ちょっと、せんぱいっ!」
 
今、何を。と問うと、さぁな、とはぐらかす返事。
 
「普段とおんなじ、怖くならない「呪」だろ?」
「っ・・・!!しぇんぱいのばかぁっ」
「ヒヒヒッ」
 
いつもとおなじ、「呪」。そんなものあってもなくても、四ッ谷の怪談が怖いことに変わりはない。
それでも落ち着いてしまう自分がいる。
 
「さァ、語ってあげましょう!真のための、怪談を・・・」
「ってちょっと?!」
 
 
 
 
いつもの優しいキスで紛らわす彼は
 
 
 
 
真の悲鳴が屋上から全校舎に響くまで、そう時間はかからなそうだ。
 
 
 
 









tugi

あきゅろす。
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