1 「メイコさん、お待たせしました。」 そう言って笑うのは、私をこの高い塔に閉じ込めた魔女。 入り口の無いこの塔では、私に会いにくるのはこの魔女だけなのだ。 「メイコさん、今日は白い野薔薇が綺麗だったのでお持ちしました。」 「……綺麗ね。でも摘まなくても良かったのに。勿体ないわ。」 「花は美しい貴女に相応しいんですよ?」 そういって端正な顔で微笑む魔女。 彼女が優しく手に持っていた薔薇に触れ、何やら呪文を言うと、薔薇が輝きだす。 しかしこれは私にとって見慣れた物で、驚きはしない。 これは花の美しさを永遠にする呪文らしい。つまりこの白薔薇は、魔女の魔力が無くなるまで、永久に枯れる事はないのだ。 「はい、どうぞ。」 そう言い、優しい手つきで薔薇を手渡される。 「ありがとう。でもね、もう充分だわ。貴女はこの塔を、花壇にでもするつもりかしら?」 そう、魔女が花を私に届けるのはこれが初めてではない。 毎日少しずつ花を持って来ては、私にプレゼントする。しかもそれらは枯れずに美しく保たれているので、今では塔の中な花だらけなのだ。 「貴女には美しい物が似合うと思って、差し上げているだけですわ。」 「やり過ぎっていうのも考え物ね。」 「……けれど、貴女から外の世界を奪ったのは私ですから。せめて花だけでも…と思いまして。」 沈黙が訪れる。今にも泣きそうな魔女は、なんだか可愛くて、私は思わず抱きしめた。 「馬鹿ね。私は……貴女が来てくれるだけで充分よ。」 「ありがとうございます。メイコさん。」 私も随分とおかしくなったものだ、と自虐的にため息をついた。 私から外の世界を奪った魔女を愛してしまうだなんて、どうかしているのに。 「ねぇ、私をどうして閉じ込めたの?」 「愛してるからですよ。他の汚らしい物に、貴女を汚されたくは無かった……」 「他のって……それだと貴女も汚いみたいじゃない。」 抱きしめた細い肩が、微かに揺れた。 「私は、汚いですよ。きっと誰よりも。」 「そんなこと……」 ない、と言いかけてやめた。 なぜなら私はこの魔女の名前以外の物は、ほとんど知らなかったからだ。 年齢も、家族も、過去も、好きな事も、そして考えている事も。 何一つ知らなかった。いや、知りたくなかった。 知ってしまえば、この塔で一人ぼっちになってしまいそうで怖かったのだ。 もしくはこの塔から解放されるかもしれない。けれど外の世界と切り離される事よりも、魔女と会えなくなるほうが、ずっと怖かった。 もう硝子の足枷なんて意味をなしていなかった。 私は魔女を愛し、彼女に縛られてしまったのだから。 「メイコさん……ずっと貴女を離したくありません。」 「貴女は暖かいわね。」 暖かな魔女の体温。そして優しい笑み。 全てがあの人とは違っていた。 花に囲まれた冷たい石畳の上でも、魔女がいれば私は幸せだった。 「明日はどんな花にしましょうか?」 「もう花はいらないわ。貴女が来てくれるなら、それだけでいいの。」 高い塔の中、私達は永久の美しさに囲まれ、優しい口づけを交わした。 ・*・ 翌日の真夜中。突然彼女はやってきた。 蝋燭の明かりで照らされた、やや疲れた様子の魔女は、また優しい微笑みを私に向けた。 「遅くなってすみません。今日は白百合にしました。なかなか見事な花でしょう?」 「そ、そんな事より!どうしたのよ、その怪我!」 私が怪我を指摘すると、魔女は長いローブで隠した。 そして百合を私に向ける。これは受け取れという事なのだろう。 渋々受け取ると、魔女はまた綺麗に笑った。 「この怪我の事は気にしないで下さい。すこし擦りむいただけで……」 「擦りむいたって……、これ切り傷じゃない。刀で切られたみたいな…」 魔女が腕に負っていた傷は深く、彼女の魔法で薄くはなっているものの、完全には治ってはいなかった。 「大丈夫ですよ。メイコさん。それよりも……」 「それよりもって何よ!?あんたはどうして、自分ばっかり我慢するの…。それとも私が心配するのが迷惑なの?」 視界が潤んでいくのを感じた。 どうやら私は泣いているらしい。 そんな私を見つめる魔女は、これまで見たことが無いほどに動揺していた。 「メ、メイコさん。すみません。私そんなつもりじゃ……」 「馬鹿。もういいわ。貴女はいつだって私に綺麗な部分しか見せてくれないのね。」 そう、いつだってそうだ。 決して汚い部分は見せてはくれない。私は貴女の事ならなんだって受け止めたいのに。 けれどそれすらも、彼女にとっては迷惑なのかもしれない。 そう考えて、また涙がこぼれ落ちた。 「すみません、メイコさん。……でも綺麗な貴女には相応しくない話です。」 「貴女が思ってるほど、私は綺麗じゃないわよ。」 「メイコさんは綺麗です。そして純潔です。」 「だったらもう良いわ。私は寝るから。貴女なんてもう知らない。」 傷ついたような顔の魔女をよそに、白百合に縁取られた天蓋付きのベッドに横になる。 すると魔女が側に座った。 「……これは、王子にやられた傷です。」 「え……?」 「あいつは貴女を探しています。そしてついにこの塔を突き止め、私を殺そうとしました。」 「そんな……っ」 「本当です。現に王子は兵士を引き連れてここに向かっています。」 「……」 「私は魔法で戦うつもりですが、もう殆ど魔力はありません。きっとメイコさんを守りきれない……。」 魔女は真剣な眼差しで、私を見つめた。 桃色の瞳に私が映る。 蝋燭の炎が風で微かに揺れた。 「だから、メイコさんは逃げて下さい。箒は私が飛ばします。今からなら間に合いますから。」 「……それで貴女はどうするのよ。」 「私はここに残ります。私は悪い魔女です。お伽話の幸せな終わりにはいらないんですよ。」 そう言って魔女は自虐に笑った。 「じゃあ私もここに残るわ…!」 「いけません。王子に貴女を渡す事になります…」 「……だったら二人で逃げましょうよ!」 それもできないんです、と魔女が呟く。 「私が死ぬ事がお伽話のハッピーエンドです。皆は悪い魔女が死ぬのを望んでいるんですから。」 ベッドがギシリとなって、魔女が立ち上がる。 そのまま魔女が行ってしまったら、もう二度と会えなくなる気がして、彼女の長いローブを掴んだ。 「だめよ…!そんなの……私は望んでいないわ!」 「それがお伽話なんですよ、メイコさん。」 「私は……貴女と一緒にいるのが、幸せなのに。どうして……」 魔女は全て受け入れたかのように、笑ってから、優しく私の髪を撫でた。 かつては魔女が塔を上るのに使ったそれ。けれど段々と魔女は箒を使うようになっていった。 何でも、私の髪に触れたら汚れてしまいそう、だからだそうだ。 けれど私は髪を伸ばし続けた。そして一つしかない窓から垂らしている。 いつ彼女が上ってきてもいいように。箒は魔力の消費が激しいと聞いたから。 「さあ、手を離して下さい。この美しい髪に、もうじき奴らが手をかけて上ってくるでしょうから。」 塔の下の方からは、微かなざわめきが確かに聞こえた。 「……来たのね。」 「ええ。私の愛しいメイコさん。箒をどうぞ。魔法の茨で食い止めている内に、早く隣街まで逃げて下さい。」 「……いやよ。」 「メイコさん……。ここにいては王子に連れていかれて、婚約させられてしまいますよ。」 「それも嫌。貴女以外は……絶対に嫌。」 困ったように笑う魔女。 「嫌、二人で逃げましょう。貴女となら私はどんな事があっても大丈夫。」 「……結末が悲劇だったとしても…ですか?」 「それでも構わないわ。ねえ、私と生きてくれる?」 風で蝋燭の炎が消えた。 髪に重さを感じ、私は鋏に手をかけた。 いつか貴女が褒めてくれた長い髪を、躊躇いなく切り落とす。 支えを失った髪は、そのままするりと窓の外へと消えた。 呆気に取られていた魔女は、なんとも間抜けな顔で私を見ていた。 けれど、すぐにどこか吹っ切れたように彼女は微笑んで言った。 「……それでもいいなら、私もメイコさんと悲劇をたどりましょう。」 「結末が悲劇とは限らないわよ。私は貴女と一緒なら、大丈夫。」 「ふふっ……ルカって呼んで下さい。私の名前です。」 「ルカ……ルカ!愛してる。」 「ああ、やっと……。貴女を手に入れた気がします。もう二度と離してあげませんよ、メイコさん。」 窓からロープがかかる。 きっと外にいる兵士達が、もうすぐ上ってくるだろう。 美しいこの楽園が汚されてしまう。 「メイコさん。箒に二人乗りで砂漠まで飛びます。大丈夫ですか?」 「勿論よ。ルカ。」 それからは早かった。 ルカの魔法で作り出した茨で、王子の率いる兵士達を薙ぎ倒し、 一気に二人が乗った箒は、月明かりが照らす砂漠へと降り立った。 誰もいない砂漠。いるのは私とルカだけの、広い砂漠だった。 ただ一つ気掛かりなのは、塔を去る時視界の端に過ぎった花達だった。 ルカが与えた永久の美しさは無くなり、全ての花は萎れていたのだ。 あれは私のためにルカが毎日持ってきてくれた物であり、それが失われる様子は心苦しかった。 「……でも、それがお伽話を壊してしまった私の罪ね。」 そう小さく呟く。 そんな私を余所にルカは手招きをしていた。歩きにくい砂漠の足場に苦戦していると、ルカがそっと気遣うように手を差し出した。 「どうぞ、捕まって下さい。」 「ありがとう。でも貴女は歩きにくくないの?」 「私は慣れてますから。」 慣れているとはどういう事だろう?と思いながら歩を進めていると、 それを察したようにルカは笑った。 「こういう事ですよ、メイコさん。」 ルカの指差す先には、美しい花畑。 砂漠の中にはいささか不釣り合いな、綺麗な花ばかり咲いていた。 「これも魔法?」 「いいえ。どんな荒れ地でも手をかければ、美しい花は咲くんですよ。」 「じゃあ、これルカが育ててるの……!?」 「ええ。メイコさんに差し上げるために。」 私はてっきり、毎日持ってきてくれる花達は魔法で生み出したとばかり思っていた。 しかしそれは間違いだったらしい。ルカが自分の手で愛情をこめて育てたものだったようだ。 「そのほうが気持ちが伝わるかと思いまして。」 「嬉しい。とっても。……でもごめんなさいね、塔の中の花、枯れてしまったわ。」 「いいんですよ。花ならまだここに沢山あります。いつかここを貴女にお見せしたかったので。」 ルカがしゃがみ込み、白百合に手をふれる。 「これからは咲いている花を貴女に見てもらう事ができる……。それだけで私は幸せです。」 「いつか砂漠一杯に花畑を作りたいわね。」 「その時まで隣にいてくださいね。」 「勿論。貴女とだったら……どこまでも。」 人が悪と呼ぶ美しすぎる魔女に口づける。 空が白み、朝の訪れをつげていた。 「愛してる、ウィッチ。」 「私も……ラプンツェル。」 それが書き換えられたお伽話の結末。 悲劇か幸せか。それは二人で決める事。 さあ、これでお伽話はおしまい。 HAPPY END...? ・*・*・*・*・*・ めりこさん、リクエストありがとうございましたー! 予想外に長くなってしまった… 私の世界観と解釈だけで書いてしまったので、リクに沿えていたか心配です…; いろいろ解釈の仕方はあると思いますが、そこがウィラプの良いところだなーと思っています。 ではでは、ここまで読んでいただいてありがとうございました! [次へ#] |