カイとソウ《2》
*


切れ長の目が大きく見開かれる。
ぼやけた視界にある恢の瞳が揺れた。
「そー、た?」
恢の背中に手を回す。
二人の間の隙間がもどかしくて、力一杯。
「いやだ…っ」
恢の抜け出してしまった場所は恢を探して震える。
早く埋めて、と。
視界がぐるりと回転して背中にひんやりとした布団の感触。
「落ち着いて」
額に触れた柔らかな唇。
つるりと滑って目尻と頬を通過した。
撫でるように触れた唇に少し強く重なる。
「そーた…俺はここにいるでしょ?」
「か、い…」
「うん」
僕の吐息と恢の吐息が混じっていく。
僕の背中に回った恢の掌。
大きくて温かい。
ぐらぐらと頭の中が揺れている。
「こわいよ」
「なんで」
「こわい…」
じっと僕を見る恢の瞳はまっすぐ。
「恢が」
「俺が、なぁに?」
恢が遠くなる。
隣に居たはずなのに。
「居なくなりそうで」
「…どうして」
眉間にシワが寄ると切れ長の目が鋭くなる。
自分勝手なことを言っていると思う。
浅くなる呼吸と速くなる鼓動。
言ったらダメだと思うのに。
薄くなっていく空気に焦燥だけが募っていく。
「僕の、知らない所に…知らない人と」
ぼやけた視界は決壊しなかったけど、どうしようもない言葉は出てしまった。
「…ばか」
「え」
ぽつり、と落ちた言葉。
小さくて、恢が使う言葉とは思わなくて、聞き直した。
「そーたのばか」
「か、い?」
ぎゅう、と強い力に閉じ込められた。
苦しいくらいの力。
「ホント、ばか」
いつも言う甘さを含む『おばかちゃん』とは違う色を持つ『ばか』の言葉。
硬くて掠れた、声。
「居なくなるわけ、無いだろ」
擦り付けられた頬と頬。
じんわりと伝わる体温。
「前を見て進んできたそーたに追い付かなくちゃなのに。早く並ばないとなのに。そーたに相応しい男にならないとなのに」
まだ、並んでないのに。
そう言って背骨が軋むほど抱き締められた。
「俺だって怖い」
「恢…?」
合わせた胸から感じる恢の鼓動に広がっていた焦燥が薄れていく。
「トップモデルなんて、現実味の無い話に呆れられてしまうかもしれない。もっと穏やかなヤツに惹かれるかもしれない。傍に居ない俺は捨てられるかもしれない」
「そんな…こ、と」
「そーたの傍を離れたくない」
「ぁ…」
「そーたを好きなんだ」
「か、い」
「そーただけが、欲しい」
そーた、と何度も僕の名前を繰り返す恢の声。
胸を締め付けられる切ない声。
「男を受け入れるなんてこと、俺がそーたを好きにならなきゃ無かったことだろうし」
広い背中に這わせた指は恢の体温を感じる。
僕の腕の中に居る、恢を。
「恢は…不安に、なる?」
「なるよ。そーたのことになると、どーしようもないくらい」
少し緩んだ腕の力。
見つめた先の切れ長の目は困ったように笑っている。
そんな表情だって格好良くて惹き付けられてしまう。
「好き、だよ」
「そーた」
背中に傷が残らないように、でも指に力を込めて抱き締める。
「好き」
考えすぎて、わけがわからなくなるくらい。
恢のことになると、思考はどろどろとした情念に飲み込まれてしまう。
大人ぶって物分かり良くしようとしても、どうしようも出来ない。
勉強みたいに整理して効率良く…なんて無理だった。
「自分のことなのに、どうしようも出来なくて」
浅ましいほどの独占欲は経験したことの無いもの。
「俺も同じだ」
小さな呟きが耳朶を撫でる。
「ぜんぶ…全部、僕の全部…見せられたらいいのに」
「…うん」
「中まで、全部」
「見たい。見せて、そーた」
腹の奥底にじわじわと広がる重たく甘い痺れ。
溺れる。
溺れてしまう。


山崎恢に───

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