帝王院高等学校
コス野郎は詐欺商法に引っ掛かるなり
「失礼します」
「お入りなさい」

短いノックで部屋の主は入室を許可した。
掴んだドアノブを引けば地獄の万人が手招いていた、などと半ば本気で腰が引ける。

「お待たせしました、セントラルマスター」
「今の私は風紀業務中です」
「失言でした。…白百合」

先程までの胸トキメキ気分が台無しだ。如何に美女真っ青な美人であろうと、自分より何倍も強い、曰く『性格破綻者』に逆上せたりはしない。
寧ろ何様野郎の副会長の方が、昔を知るだけにまだマシだ。



何せ日向は可愛かった。


「何処へ寄り道してらしたんですか?待ちくたびれましたよ」

風紀、と最奥に掲げられた流暢な書画は目前の男が中央委員会に就任した2年前、15歳の時に書いたものだと言うから呆れてしまう。

道、と名の付く全てを網羅した人間。
家は茶道家元、合気道の師範で、剣道、書道、華道は師範代レベル。
日本の誇りだとばかりに流雅な所作、鈴を転がす様な声音、線の細い体躯、どれをとっても感嘆するばかりだが、



「まぁ宜しいでしょう。そこにお掛けなさい、貴方には今日から陛下の依り代と成って働いて貰います」
「依り代?俺にマジェスティの身代わりをしろっつーんスか?」
「手っ取り早く言えば、そうなります」
「何でまた。ああ、そうだ。その前に一つご報告があります」

違和感。
全てが洗練された純日本人を演じながら、然し有り余る違和感を滲ませている。
一見では見抜けはしない。



「カイザーと接触しました」



近付いた者だけが、近付く事を許された者だけが知っているのだ。




「…チェックメイト、でしょうねぇ」


その左側だけが、異端である事を。


















廊下は騒ぎを聞き付けた生徒や、恐らく親衛隊らしい生徒で犇めきあっている。

「何を騒いでいるんですか!」
「速やかに解散しなさい!」
「静粛に、」

コンシェルジュの騒ぎに駆け付けたらしい、腕に風紀のワッペンを付けた生徒が笛を咥えていたが、一年帝君の部屋の前に佇む長身を見つめ硬直したらしい。



「何のご用ですか、神帝陛下。」
「野暮用だ。邪魔させて貰おうか、天皇猊下」

騎士の様な皇帝の様な衣装を纏った長身。式典で見たものとは違う、略式鎧に周囲から感嘆の溜め息が零れ、オタクの眼鏡が怪しく光る。

「今差し入れ貰ったばかりだから、少しくらいお裾分けしてやってもイイにょ」
「ほう」
「有難くお邪魔するにょ、土足厳禁ですっ」

刺々しいオタクに手を引かれた長身が入室し、皆を残して扉が閉まる。





然し、その騎士姿の長身が黒髪で黒縁眼鏡だと言う事に気付いた人間は余りに少ない。
何せ、帝王院で鎧を纏える人間が神帝ただ一人だからだ。



「し、しゅ、俊っ、今すぐそれを元の場所に戻してきなさい。捨て神帝を迂闊に拾ってきちゃ駄目でしょー」
「違うにょ、会長じゃなくて会長のコスプレしたカイちゃんにょ」
「…はい?」

未だ硬直している桜の脇を通り過ぎた俊が、神威の手を引いたままソファに腰掛け、漸く黒髪黒縁眼鏡のオタク(大)に気付いた太陽がヘナヘナ崩れた。



「カイ君?」
「如何にも。どうした山田太陽、顔色が悪いな」
「カイ、カイ、カイ君、な、何でそんなカッコ…」
「メールでリクしたにょ。後で学校案内してくれるって言ったから、写メ欲しいからお洒落してきてって」
「オサレ…神帝コスがオサレ…」
「カイちゃん、あそこのぷに受けが桜餅にょ。ぎゅってしたら、柔らかいにょ」
「一年Sクラス安部河桜だな」
「ぁ、は、はいぃ、その通りですぅ」

哀れ話し掛けられた桜は今にも卒倒してしまいそうな表情だ。
神帝ではないらしいと理解してはいる様だが、頭が付いていかないらしい。

「さっきお友達になったにょ。えっと、ウエストに苛められてて、タイヨーがぱちんして、ハァハァ、格好良かったにょ!」

その時の写真、とデジカメを差し出す俊はもう片手で鎧姿の神威をパパラッチに忙しい。
瞬くフラッシュに全く怯まない男は何を思ったのか緩く首を傾げ、唐突にピースサインを出した。



「今時ピースはないだろー…」
「えっと、カイさん、でしたかぁ?お背がお高いですねぇ」

僕170cmですぅ、と言う桜に眉をぎゅっと寄せた太陽は般若だ。
自称170cmには本物の170cmが憎らしくて堪らないらしいが、

「僕は176cmだった様な気がするにょ。最近あんま伸びないなり…」
「ふわぁ、遠野君もお高いですねぇ。紅蓮の君と並んで遜色無いなんて素敵ですぅ」
「カイちゃんはデカ過ぎです。初めて会った時はうっかりベンチの上にライドオンしたにょ!」
「189、だ」

太陽の目がこれ以上無く輝き、桜の丸い目が益々丸く開かれ、俊の眼鏡にヒビが入る。


「「「189cm…」」」


三人のけして派手とは言えない平凡から見つめられた男は不思議そうに首を傾げながら、顎に手を当てた。

「身体測定は明日だ。それまでは明確ではない。多少前後はあろう」
「はふん。えっと、えっと、確か先週買った雑誌に、」
「俊?」

クローゼットに頭を突っ込んだオタクがお尻ふりふり何かを漁りまくっている。
微動だにしない神威を横目にきょとりと首を傾げた太陽は、太陽用に出されていたグラスへコーラを注ぎ神威へ差し出した。

全身黒一色の神威がコーラを持てばそこはかとなく笑える。


「カイ君、コーラが異常に似合わないやないか〜い」
「あのぅ、カイさん、桜餅お食べになりますかぁ?どぅぞ〜」

平凡故に慣れてしまえばオタク(大)にも心を開くらしい。今日一日で仲良くなったとは思えないほど和気藹々とした二人は、部屋の隅に見えていた特大ワンコクッションを抱え神威の隣に置き、足りないクッションの代わりにした。

まだまだ特大にゃんこクッションやら、特大イルカ抱き枕やら、特大バナナ抱き枕やら、高校生男子にあるまじきバリエーションが部屋のあちこちに見える。
閉め切られたベッドルームがどうなっているのかなんて、恐ろしくてとても想像出来ない。


「あったにょ!ぷはーんにょーん」

何かの雑誌片手に頭を出した俊は、ワンコクッションに腰掛ける神威とバナナ抱き枕を抱える太陽、イルカ抱き枕と見つめ合っている桜に理性が焼き切れたそうだ。

「何だァ、この異常なまでの創作意欲を沸き立たせる光景はァアアア!!!僕を萌死させるつもりかィ、チミ達はァアアア!!!!!」

仁王立ちで雄叫びを上げ、いつの間にやらロングストラップで首に掛けていたデジカメをフラッシュしまくり、ほのぼのピースサインの神威と桜に塩っぱい顔をした太陽が重なる。

「眩しっ。スポットライトお断わり、フラッシュ控え目に宜しくねー」
「えへへ、僕、お友達とお写真撮るの修学旅行の集合写真以来ですぅ」
「俊、何か落ちた。神崎君が表紙の何かが落ちた気がするー」
「あると思いますぅ」

お笑いもそこそこイケるらしい桜がふわふわ小豆色の髪を揺らしながら落ちたそれを拾い、デジカメ越しに目が合った俊へふんわりスマイル一つ。
毒舌とか腹黒とかには萌しか感じないオタクは打ち止めになったらしい鼻血をちょろっと吹き出し、しっかりシャッターを切った。

「ハァハァ、タイヨータイヨータイヨー、そんな可愛らしいお顔したらうっかり僕が狼になりそ〜ですっ!寝室の天井裏から涎がじゅるり」
「普通に玄関から入ってきて欲しいんですがー」
「ハァハァハァハァハァハァ、カイちゃんのTシャツ借りてタイヨーに着せたら………モエェエエエエエ!!!!!」

眩しさに目を細めた太陽はどうしようもなく塩っぱい顔をしているが、タイヨー大好き会名誉オタクである遠野俊の濁った眼鏡には可愛くしか映らない様だ。
頭の中でTシャツ一枚の『やだ、カイカイのシャツおっきい…』姿の太陽を想像し、ぱたりと倒れ込む。




!!!


オタクのダイイングメッセージは、ダイニングキッチンへ続く境に残された。出血停止なので涎で。
正にダイニングメッセージ。後で押し掛け女房役の佑壱が掃除すれば、跡形もなく消える事だろう。


「今日は徹夜でアルバム作業にょ…ハァハァ」
「わぁ、星河の君、素敵ですぅ」
「あー、改めて見るとやっぱモデルなんだなー。あ、今のページ特集組まれてなかった?」
「話題のツンデレボーイを弟にしたい、か」

お菓子大好きな桜が、然し高校生にしては少ない量で御馳走様をすれば、少食所か老人並みの食欲を持つ太陽は390mlのオレンジジュースをちびちび舐めながら雑誌を覗き込む。
パーティー開きのコンソメポテチを控え目に一枚掴んだ神威は暫しそれを眺め、何処か恐る恐る口に放り込み、ぱりん、と可愛らしい音を発てて静止した。




「…もきゅもきゅもきゅ」

と思えば咀嚼、二度目も控え目に一枚掴み咀嚼、三度目はちょっと豪勢に二枚同時咀嚼だ。
此処に高坂日向が居たなら心臓発作を起こしたかも知れないが、残念ながら帝王院が誇る中央委員会会長は今現在神帝コス中である為、


「もぐもぐ、ツンデレじゃなくてヤンデレにょ。モテキングさんはヤンデレにょ!ハァハァ」

男らしくと言うかオタクらしくと言うか、ガシッと鷲掴みした俊が一口で神威の三口分より多く食べれば、闘争心に火が点いたのかはたまたただの気紛れか、神威も鷲掴みした凄まじい量のポテチを貪った。

「もきゅ、ツンデレとは何だ」
「普段はツンツンつれない小悪魔なのに、たまにデレッと甘えてくる可愛子ちゃんの事にょ!もぐもぐ」
「もきゅ、ヤンデレとは何だ」
「ちょっと病んでる感じの甘えん坊にょ!」
「…神崎隼人は病んでいるのか?」
「ヤンキーさんだからヤンデレでイイよ〜な気がしますっ、カイちゃん、はいチーズ!」

ポテチを鷲掴んだにゃんこポーズの神威をパパラッチしたオタクはご満悦だ。
雑誌を覗き込む平凡二匹にハァハァしながら近付き、ハヤト特集ページの下部を指差す。


ポテチ油塗れの指で。



「モテキングさんは188cmなり。カイちゃんの方がおっきいにょ」
「あ、本当だ。デカいなとは思ってたけど、神崎君は190近かったのかー…。良いな…」
「こんなに大きいと鴨居で頭打っちゃいますぅ。セイちゃんも昔から大きかったのでぇ、いつも頭打ってましたぁ」
「へぇ、清廉の君ってもっとクールな人だと思ってたけどなー」
「二年Sクラス東條清志郎か」

神威の言葉に桜が少しだけ困った様な表情で首を傾げ、太陽が呆れた様な表情を浮かべる。

「カイ君ってフルネームだけでなくクラスまで覚えてたりする?例えば高野君とか、」
「一年Aクラス高野健吾」
「もしかしてぇ、有名人は皆覚えてらっしゃるんですかぁ?」
「全校生徒を記憶している」
「高等部全部?!」

至極当然の様にのたまう男に太陽と桜が目を見開いた。
帝王院で最も数が多い高等部は、県外にある初等中等部の分校からも集まる為、ただでさえ凄まじい数だ。Sクラスこそ少数精鋭だが、一般クラス生徒は卒業するまで面識が無い同級生がざらに居る。なのに、



「いや、全校生徒を記憶している。初等部から、最上学部まで等しく全て」

硬直した太陽と桜にきょとりと首を傾げた俊は、今日撮り貯めた写メやデジカメスナップを再生し、神威の前に差し出した。



「これが門番のお兄さんです」
「二年Sクラス西指宿麻飛」
「これが鬼畜攻めNo.1、」
「三年Sクラス叶二葉」
「これがワンコ攻めNo.1、」
「二年Sクラス嵯峨崎佑壱」
「これがエセホスト、」
「東雲村崎教諭」
「これがチョコたん、」
「最上学部四年Sクラス、嵯峨崎零人」

それだけに留まらず、蝶々のデートシーンやらチワワカップルやら全ての氏名(学名)・クラス名をつらつら答えていく神威に平凡三人の拍手が沸く。
例えコンソメポテチを鷲掴みにしていようが、素晴らしい記憶力だ。

「カイ君、テスト勉強の時は宜しくお願いします」
「カイさんはきっと委員会に相応しい人だと思いますぅ。会長、ご決断を〜」
「カイちゃん、婚姻届にサインして欲しいにょ。今日から遠野カイになって欲しいにょ」

ポテチ油塗れの神威にティッシュを差し出す太陽が最高の家庭教師をゲットし、抜け目ない桜に同人便箋を取り出したオタクがカラフルなスタンプパットを置いた。

婚姻届ならぬ同人便箋にはこう記されている。



誓約書

前略。
私、カイカイは今日から萌を探求すべく立ち上がり、鴨居に頭を打たない様に気を付けながらサセキ委員会庶務としてハァハァする事を誓います。
そして萌を追求した暁には同人誌を書いてしまうかも知れません。描いてしまうかも知れません。

草々。




ピンクグラデーションにパッションピンクのペンで書いたそれは目に痛い。

「左席は楽しいですよ〜、左席は明るいですよ〜。今なら毎日のおやつに和菓子が付いてきますよ〜」
「はいはいはいっ!僕っ、サセキに入りたいですっ。時給5円でも大丈夫ですっ、頑張ります!」

詐欺商法ではないかと塩っぱい顔をした太陽が然し口を閉ざしていると、やはり少し躊躇した様子を見せた神威がスタンプパットに親指を押し付け、桜や俊に唆されるまま拇印し、



中央委員会会長は左席委員会の下っ端に就任した。


「俊、同人誌とは何だ」
「萌を書いたバイブルにょ。閃いた時にGペン握って原稿用紙一発描きにょ!」

しゅばっと原稿用紙とペンを握り締めたオタクが漫画家真っ青な早さでイチピナを描き上げ、その出来映えに引いた太陽が吐血し、桜が目を輝かせる。

「わぁ、凄いなぁ。僕もお絵描き大好きなんだぁ、えへへ、遠野君もお絵描き好きなんだねぇ」
「桜餅も描くにょ?はいっ、こっちの原稿用紙が投稿用でこっちの原稿用紙が同人用ですっ」
「わぁ、万年筆で描くんだねぇ。きゃ、何だか絵描きさんになったみたい〜。新作和菓子でも描いてみようかなぁ」

サラサラと可愛らしい丸みを帯びた和菓子を描いていく素人離れした桜に、太陽、俊、神威がそれを凝視する。
じゅるりと涎を垂らしたオタクに太陽がティッシュを差し出すが、和菓子に眼鏡を奪われているオタクの口元はオタク(大)が拭ったらしい。


「美味しそうに描くなー、安部河。絵上手いじゃんか」
「じゅるり」
「腹が減ったのか、俊」

先程からローテーブルの下で存在感を発揮している唐草模様を一瞥した神威がそれを開き、





中から出てきた重箱五段に閉口する。


「…俊、これ何処の仕出し弁当?」
「す、凄いですぅ」

一番上から、唐揚げ山盛り。手羽先やら腿肉やらササミやら、鶏肉好きには堪らない。
二段目、焼き明太子と卵焼きぎっしり。力士でもこの量は滅多に召し上がらないだろう。
三段目、酢豚・レバニラ・エビチリ・春巻き、中華尽くし。
四段目、カレー。どっからどう見ても、カレー
五段目、焼きそば特盛り。





「また米忘れてやがるクソお母さーーーーーん!!!!!」

叫んだオタクは血走った目で携帯を握り締めた。





「今すぐご飯6合分持って来いィイイイイイ!!!!!」
『え、あ、は、わ、判りました!』



佑壱の声が聞こえた気がするのは、夢だと思いたい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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