帝王院高等学校
まともな奴は居ないみたいにょ
「ねぇ、君はどう思う…?」
「そう言う君はどうなんだ?」
「そうだなぁ…」

未だ騒ぎが鳴り止まないレストランの片隅、初々しいブレザーで身を包んだ『Sクラスの新入生』達が顔を寄せ合っている。

「似てる、ね」
「全くだ、印象はともかく」
「彼はあの方に瓜二つ…」

その手には購買フロアにあるとある店の紙袋があり、ひそひそと囁き合う様は夕食時の高校生とは到底思えない。

「ボク、去年の夏期講習で9区の進学塾に通ってた時、助けて貰ったんだ…」
「何度聞いても素敵な話だね」

その内の一人、如何にも育ちが良さそうな、俊が見たならチワワだと興奮したに違いない美少年が頬を染めたまま、胸元のロケットペンダントをするりと掴み上げた。

「君はあの方の素顔を見たんだったね。ああ、そのスケッチブックに書かれた凛々しい殿方…」
「流れる様な銀糸の髪、意志の強い吊り上がった眼尻、薄い唇…」
「君の人物描写は芸術的だ。きっと良い画家になれるよ」
「有難う、でもボク長男だから」

スケッチブックを大切そうに抱き締めた彼は、然し『将来は実家を継ぐよ』と悲しげだ。
同じロゴ入りの紙袋を膝に乗せていた彼らは、品良く平らげたディナーに手を合わせ、ナプキンで口元を拭ってから息を吐く。

「帝王院で最も人数が多い親衛隊は、紛れもなく神帝陛下親衛隊だ」
「でも、それは表向きだけの話だよ。あの過激に凶悪な光王子閣下の親衛隊ですら、秘かに憧れてる生徒は多いんだから」
「ああ…、もしかしなくても、まさか天の君があの方かも知れないなんて…」
「良く似たそっくりさんでも、良く似た弟でも構わないよ」

彼らは揃って静かに立ち上がり、静かに紙袋からケースを取り出した。未だ騒めいているレストランでは、彼らの秘やかな密談など誰も気にしていない。

「陛下が猊下の敵で在らせられると言うなら、」
「我々一年Sクラス一同は、断固として天の君…いや、遠野様をお守りするだけさ」
「そしてあわよくば…遠野様のお友達にっ!」
「紅蓮の君みたいにっ、僕のお膝で遠野様を抱っこしたいっ!」

スチャ、と光輝く何かを秘かに装着した彼らは、新学期の予習も部活動の入部届も明日の予定表も無視して拳を握り締め、



「ああでもっ、灰皇院君のガード…と言うか余りに美し過ぎるお顔がネックだよ!」













黄金の翼を生やしたライオンの映像が咆哮し、赤い鳥へ噛み付く間際、溶ける様に消える。
王冠を載せた獅子の額に刻まれた十字架は勿論、中央委員会を現すものだ。巨大な炎の鳥の額にも同じ十字架が刻まれている。

「腐れビッチが!」
「ユウさん、死語ですよ」

苛立たしげに壁を殴り付けた佑壱を横目に、モバイルパソコンを覗き込んでいた要が短く息を吐いた。

「ハヤトのID反応はG121-4地点で消失していますね」
「アンダーラインの手前、か。その前はティアーズキャノンに居た形跡があるんだろ?」
「はい、一度教室に足を運んでいます。珍しくセキュリティを使用していなかったので、ハヤトの足跡履歴が残っていました」

カルマで最も機械操作に特出した隼人は、犯罪スレスレのハッキングで帝王院を掌握している。
流石に中央委員会に知られない程度ではあるが、通常委員会役員にしか与えられない指輪も、佑壱の物をコピーして独自の改良を施した偽造リングとして幾つも持っていた。

「部屋にも居ねぇ、ナミオすら居所を知らねぇ。んなアホな事、今まであったか?」
「ユウさんはハヤトに興味無さ過ぎてご存知ないかも知れませんが、奴の無断失踪はほぼ日課です」

つまり彼が意図して現在地を知らせない様に、GPSを埋め込まれたカードの電波を妨害する事は可能だ。
誘拐を鼻から信じている訳ではないが、何度掛けても繋がらない携帯にやはり疑問は拭えない。

「総長のアレが外れた瞬間のハヤトの表情、…察するに余りある恐怖でした」
「あー、八割方気付いてそうだかんな…」

何せ佑壱と要を投げ飛ばした挙げ句組み伏せ、極め付けのあの眼、顔だ。
総長の為なら家族をも売り飛ばせるカルマの鬼畜ワンコに於いて、総長のマフィア顔を見忘れるなどまず有り得ない。

「幸い、ハヤトは己で確かめたものしか信用しない…あれで中々、慎重な人間です。総長の純潔を死守する為に偽装方法についても追々ご相談しますが、」
「馬ー鹿、総長が隼人程度にどうこう出来っかよ。お前も良く判ってる筈だろーが」

吐き捨てた佑壱に片眉を跳ね上げた要が息を吐き、今日半日で別人と化した俊の…主に眼鏡を思い出した。

「然し、たった半日であんな不審物にも懐かれているんですよ。そ、それも…唇まで許す様な!」
「カイ、とか言う眼鏡野郎か」
「腹立たしい事に奴は昇級生だそうです!俺が教室に行った時、あの奇妙な存在感を放つ男が、」

総長を膝に乗せていた、と。
癇癪混じりに叫ぶつもりだった筈の要が沈黙し、口元に手を当てた。佑壱の赤い瞳が僅かに眇められ、場が静寂で包まれる。


「奇妙な存在感、…ああ、言い得て妙だな。何処かで会った気がするのに、いや、違う。…俺はアレを知ってる」

佑壱が持ち上げた右手に煌めく数多の指輪、その一つを無機質な眼差しで見つめた赤い瞳が瞬いた。

「Bライン、」
「ユウさんっ」
「オープン。」

要の叫びは届かない。
静寂していた世界に狂った様なクラシックが流れ、その曲の名がレクイエムだとすぐに理解出来る要の表情から血の気が引いていく。

「コード『ファースト』より、B=R=グレアムを寄越せ」

バロン=ルーク=グレアム、帝王院の枠を超えた世界最強のその名を。初めて何の感慨も無い冷えた表情で呟いた唇が、叫ぶ。


「出て来い、帝王院神威!巫山戯た真似しやがって、ド畜生が!!!」
「ユウさん、やめて下さい!」

狂った様な戦慄だけがただただ世界を支配し、軈て帝王院全域にその声音が響いたのだ。
誰もが畏怖する絶対なる響きを以て、誰もが平服するより他無い声音で、





『我が脆弱にして従順な子供達へ警告する。空に君臨せし王の裁きは、宙に君臨せし神へは届かない。
  月は時として儚く闇へ還り、月は時として神々しく光を放つ。然し命有る魂の総てが軈て無に孵る運命であると、今一度知るが良い。

  脆弱にして勇敢な我が盟友へ告ぐ。そなたの愛する愛玩動物を返して欲しくば、今宵我が眼前に姿を現せ。
  月の慈悲が届かぬ闇夜に、挑む度胸があるのなら。そなたが月の使者として迎えに来るが良かろう。



  闇を焦がす黎明が、そなたの愛する弱き生き物を灼き殺す前に。』





何だ、と。
響き渡る凄まじい威圧感を秘めた声に、何もない天井を見上げていた太陽や桜が青冷めた健吾達に気付いて同じく青冷める。

「…おやおや、全く我が君はご機嫌宜しい様で」

痙き攣る日向の隣で優雅に眼鏡を押し上げた二葉が笑みを深め、俊を抱き締めながら首筋に顔を埋めている変態を一瞥した。

「陛下は直々に新入生歓迎会をしたくて堪らないご様子。ご寛容願いますね、天皇猊下」

幾ら録音放送だろうが、知らない者からしてみれば生放送だ。帝王院全域に響いただろうあの威圧感とは真逆な神威を横目に、携帯を閉じた俊を見やる。

「おや、ほっぺにトマトケチャップが」
「きゃ!さっき食べたフライドポテトかしら」

照れながら口元を拭おうとしたオタクに、顎を掴んで背後から屈み込んできた変態眼鏡が吸い付く。
いや、舐め付く。

キモ眼鏡の交尾、などと失礼な呟きを零した日向が目に見えて不機嫌に陥り、健吾と太陽が神威に挑み掛かろうとして健吾だけが動きを止めた。

「メールだ(`´) 誰だよこのクッソ忙しい時に!(@_@;)」

額に青筋を浮かべた健吾は、然しすぐに沈黙する。目に見えない耳やら尻尾やらを振り回し、無言で踵を返すと裕也も放って走り出した。

「ちょ、高野?!」
「悪ぃ、総長からの呼び出しだから!(´∀`)」

面食らったのは太陽だ。今こそ変態庶務を成敗してやるつもりだったと言うのに、太陽一人では2メートル近い巨人変態をどうする事も出来ない。

「何ともまぁ、カイザーは地獄耳ですねぇ。所で天の君、先程のはメールですか?」

揶揄めいた囁きに太陽の背筋が凍る。
然し、俊は健吾に何のメールを送ったんだろうと首を傾げれば、同じく怪訝そうな裕也がこちらを気にしながら健吾を追うべきか悩む素振りを見せた。総長命令だと言うなら、幾ら親友だろうと容易く追えないらしい。

「はい、お母さんに…カイちゃんっ、こう言う事はタイヨーか二葉先生にしなさいっ!」

神威の脇腹にオタクパンチを食らわせたらしい俊が何やら叫んでいるが、素直に殴られ無言で腹を押さえる神威を怪訝げに見やった日向が俊の首根っこを掴んで、その美貌を近付ける。

「何でテメェなんかが…」
「あにょ、ふぇ、うぇ」
「俺様の顔見て泣くんじゃねぇ、キモ眼鏡が!まぁ、惚れられても迷惑なだけだがな」
「お、俺様攻めがァ、僕に俺様攻めをォオオオ!!!」
「テメェ、」

ビトっと張り付いて来た俊を弾き飛ばそうとした日向の腕が、然し瞬時に硬直した。

「…」
「ハァハァ」

どうやら十センチ以上の身長差は、こう近付けば黒縁のセキュリティを突き破るらしい。隠された眼差しが僅かに窺える。

「………」
「ウエストは70センチくらいかしら?くんくん、ふんふん、俺様攻めはイイ匂いがするにょ!」
「しゅ、俊っ、こここ殺されるぞー!」
「俊君っ、光王子閣下に食べられちゃうよぉう!」

蒼白な表情の太陽と桜が叫んだが、流石に日向相手では分が悪い裕也も迂闊には動けない様だ。
微動だにしない日向の体をペタペタ触りまくる俊は、オタクパンチから辛うじて復活したらしい神威が眼鏡を暗黒に染めて近付いてくるのに気付いていない。

「ハァハァ、帝王院はあっち向いてもこっち向いても美形ばかり!副会長が腹黒じゃなかったのは大変残念ですが、僕の萌に対する貪欲さを侮って貰っては困りますっ」
「俊、他の男に抱き付くな」
「俺様副会長でも萌は萌っ、タイヨーと言う萌宝箱を開く鍵の一つ…ふにょん!」
「抱き締めるなら俺で我慢しろ」

ぎゅむっ、と抱き締められたオタクがきょとりと振り返り、不満げに一言、

「あらん、もしかして嫉妬かしらカイちゃん?な〜んて、」
「ああ、…今すぐ高坂の心臓を抉り出してやろうか」

何てね、とオタクジョークを飛ばすつもりだったらしい俊が沈黙し、太陽達が風化した。


「仲良しさんですねぇ、本当に。度が過ぎれば懲罰しますから、そのおつもりで」

殊更楽しそうな二葉が硬直したままの日向を引き摺り、魔王の微笑を滲ませたまま去っていく。
天敵の退去に僅かだけ肩の力を抜いた太陽が我に還り、副会長宜しく硬直した俊を神威から奪うべく引っ張った。

「俊から離れろ、セクハラ庶務!」
「睦み合う二人を引き裂くとは、無体にも程がある。職権濫用だ」
「こんな時にそんなコトやってる場合か〜い!お前さんはさっきの放送聞いてなかったのかー!」
「雑音には興味が無い。俺の鼓膜は俊の声を聞く為だけに存在する」
「お前さんなぁ、」
「素敵…」

ぽつり、と。頬を赤らめた桜が夢見る少女の囁きを零した。
腕力でも口でも勿論顔でも全く勝てない太陽が神威のセクハラ阻止を半ば諦め、押して駄目なら引いて見ろ作戦に出る。


「俊、俺のまるで特徴の無いぺったんこな胸に飛び込んでこ〜い」
「ラジャ!」

忽ちしゅばっと抱き付いてきたオタクにふらつきながら、勝ち誇った表情で神威を睨んだ太陽は瞬いた。

「…見事な誘導作戦だ、ヒロアーキ副会長」

一度だけ空いた己の両腕を眺めた神威が、ゆっくり顔を上げたその瞬間が。凄まじい威圧感を秘めていたからだ。


そう、それはまるであの男と良く似ている様な気がして、曖昧に呟いた唇が音を発てていない事に気付きながら、グリグリと頬擦りしてくる自分より大きな体躯を無意識に抱き締めた。



「帝王院、神威」


網膜に、鼓膜には届かない妖艶な笑みを映したまま。

←いやん(*)(#)ばかん→
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