帝王院高等学校
羅針盤は未だ廻らない
彼には、ね。
感情など必要ないんだよ。神様だからね。

僕はね、個体なんだ。
意識もあれば感情もある、だから、僕の方がアイツより【高性能】なんだよ。

だから僕は心から君を大切に、愛しく思っているし、だから僕は此処に居る。



彼が皇帝ならば、僕は差し詰め法皇、かな。森羅万象を愛すよ。





君が僕を愛する限りね、…秀皇。




『王』の名に惑わされないでおくれ、愛しい僕の宝石よ。













「ぷはん、食べ過ぎはブーちゃんの元にょ。腹八丁堀、我慢する事が健気M受けの真理ですっ」

口を開けばロクでもない事ばかり宣う眼鏡を前に、二人掛かりで倒れた太陽を運ぶ裕也と健吾が目を細めた。
俊のブレザー、それも腹部が全く変わっていない。人外の食欲を発揮し、キロレベルで何品も貪っていた筈だが着痩せするのか否か、全国女子の羨望を一身に集めそうだ。

「桜餅は何がお好き?オムライスかしら?やっぱり俺様攻めかしら!タイヨーと同じっ!」

太陽が聞いたら殴られそうな発言に、然し桜は青冷めた。

「俊君、う、後ろ」
「ふぇ?」

跳ねる様に後向きでクネクネ歩いていた俊が、桜の言葉で背後を振り返る。
眩しいばかりの金髪・眩しいばかりの美形、背後にチワワがあった。


チワワ。
マヨネーズを付けたら美味しいのは、


「チクワっ!チクワの中にチーズを入れてもイイと思いますっ、ちわにちはっ、副会長!」
「…ちっ、クソ面倒臭ぇ。おい、キモ眼鏡。面貸せ」
「ふぇ?」

親衛隊らしき少年らを引き連れた日向が、片手をスラックスのポケットに突っ込んだまま見下す様な眼差しを注いできた。

「何の用だよ、王子先輩(T_T;)」
「…カルマとやるっつーなら、うちの副長を通すのが道理だぜ」

太陽を抱えている為に身動き出来ない健吾達が睨んだが、

「はっ、どいつもこいつも、野良犬は良く吠えやがる。…雑魚に用なんざねぇんだよ、そこのデカ眼鏡、隠すな、キモ眼鏡を出せ」
「ハァハァハァハァ、ゲフ!まさかのチワワ大盛りに言葉がありませんっ」
「悪いが、俊は人見知りする性分の様だ。出直して頂きたい、俺様副会長」
「誰が何だと、コラ」

神威が素早く背後に隠した俊を、呆れ目の日向が嫌々手招いた。それで変装しているつもりか悩む銀髪眼鏡を横目に、神威の背後から眼鏡を煌めかせ覗いている俊をやはり傲慢に見やり、

「あにょ、チワワ君達はやっぱり毎晩日替わりで俺様攻められてるんですかっ?好きな体位はありますかっ?ハァハァ、因みにいつもエッチしてる場所は何処ですか?!そこは撮影OKでしょうかっ?!」

親衛隊達をナンパ、ならぬ腐男子的セクハラしているオタクに唇を痙き攣らせる。片手にメモ、片手に写メと忙しい様だ。

「…コイツの何処が人見知りだ。そっちの生意気平凡野郎、遂にヤられた口かよ」
「ぁ、ぁのぅ、ぇっと」

唯一まともそうな桜を流し見た日向が、具合悪そうに目を閉じている太陽を嘲笑う。あれだけ堂々と中央委員会に楯突いた太陽は、全ての親衛隊を敵に回した様なものだ。
何が起きても可笑しくは無い。

「副会長は現在、持病の現実逃避を発症中だ。決して中央委員会へ屈した訳ではない」
「カイさんっ、ナイスフォロー!」
「何処がだよorz」
「墓穴に埋めたぜ」

光王子の嘲笑にビビった桜が、然し全く怯んでいない神威に拳を握った。
チワワをナンパしながらグッと親指を立てるオタクに親指を立て返し、腕を組んで日向より僅かに高い位置から怪しく光る黒縁眼鏡は、

「少しばかり俺様攻めだからと言って、勝った気になるなよ」
「だから何の話だ、コラ」
「この俺を侮った事を後々悔いるが良い」
「きゃーっ、カイちゃん今のちょっと俺様ーっ!」
「カッコ良かったよぅ、カイさんっ」
「そうか」

ほのぼの談笑し合う三人を、気圧されたらしい親衛隊達が恐々眺めていた。呆れMAXな日向が髪を乱雑に掻き、

「精々、死なない様に励むこったな。…ま、度を超せばテメェら雑魚だろうが風紀が守るだろうが」
「二葉先生っ、二葉先生はやっぱりツンデレですか?!鬼畜な中に一滴の優しさが含まれてますかっ?それはまるでパンドラの箱のよ〜にっ!」
「は?」
「でも僕はやっぱり俺様攻めが好きですっ!」

ガツン、と言う凄まじい音に驚いた桜が、親衛隊達とほぼ同時に振り返った時。
腰を抜かした健吾、廊下に落ちた太陽、呆然とした裕也が見えた。


「…か、壁に、ぁ、穴が…」

大理石張りの煌びやかな白亜の壁に、クレーター。


「浮気心は、それを生じさせた側にも何らかの落ち度がある…か」

左拳を固めたまま、右手で優雅に眼鏡を押し上げる魔王が見えるではないか。ポケットから煌びやかな文庫本が覗いている。

「浮気攻めには不向きだな、俺は」

オタクがいつの間にか与えていたらしい愛蔵書だ。

「然しながら、俺様攻めへの道は酷く険しい」
「カカカカカイちゃんっ、穴を空けるのは受け子ちゃんのお尻だけにょ!」
「きゃっ、俊君、破廉恥!」
「こんなに高そうな壁を壊したら弁償が大変っ、体で払うしかないのではないかしらっ!僕の地味平凡メタボなボディ、若さだけはありますにょ!」
「………ほう、売却する予定ならば買い取る。他の男に買われでもしてみろ、…面映ゆい。」
「ヒィ、カイちゃんが鬼畜風味に!思春期特有の反抗期かしら?!」

怪しく光る黒縁9号に日向以外は蒼白だ。健吾に至っては丸めた拳を壁に力一杯叩き付けて、声もなく蹲ってしまった。
拳は重傷だが、当然白亜の壁は無傷だ。

「(/ДО。)゜。」
「泣くくらいならすんな」

呆れた裕也が息を吐く。
流石に神帝相手では勝てる気がしない日向は神威をサクっとスルーし、壁ぎわまで後退った俊を指で呼び寄せて、

「おい、キモ眼鏡」
「ふぇ?お菓子くれても付いて行っちゃ、めーってカイちゃんが…」

ぽてぽて近付いてきた俊が浮いた。違う、神威が抱き上げたのだ。

「邪魔すんなや、すぐに終わる話だ」
「猊下は見たまま多忙、出直すが良かろう副会長。中央委員会は敵だ」

何が何だか全く判らない神威の言葉に息を吐き、きょとりと首を傾げる俊の前で遠巻きにしている親衛隊達へ指を鳴らす。

「目障りだ、席を外しやがれ」

すぐにパタパタと姿を消したチワワ達に俊が肩を落としたが、どうやら曲がり角から覗いているらしいチワワ達に、母性本能ならぬオタク本能を擽られた様だ。

「健気チワワちゃん…。ハァハァ、イケメンに生まれ変わったら僕、チワワちゃん全員に明太子お握りあげるにょ、唐揚げ付きで!」
「キモ…いや、遠野、うちの阿呆共が迷惑掛けたな。そっちも随分やってくれたみてぇだから、これで手打ちだ」
「ふぇ?手打ちうどん?」
「ぁ、もしかして親衛隊の…柚子姫の事ですかぁ?」

分が悪そうな日向の台詞に桜が瞬き、裕也と健吾が明後日の方向を見た。Sクラスに手を出した一般生徒は通常、風紀懲罰室送りだ。

「ああ、今回限りだがな。光炎命令で不問にしてやる」
「有難ぅございますぅ、光王子閣下ぁ!」

が、日向はそれを見逃してくれるらしい。一般クラスの校則など知らない筈の俊が、然し嬉しそうな桜につられて眼鏡を輝かせ、オタクを無言でお姫様抱っこしている神威を見た。

「神帝は嫌味な奴だけど、副会長はそ〜でもないみたい?」
「…」
「キモ眼鏡、テメェ今、コイ…いや、アイツの事を嫌味っつったか?」

痙き攣る日向が無言の神威を横目に、

「はいっ、あんな奴、大っ嫌いですっ!オタクの敵です!ねね、カイちゃん」
「………」
「は、………ははは、くっ、くっくっくっ、キモ眼鏡、やっぱテメェは訳判んねぇな」

輝くイケメン笑顔に、嘲笑しか知らない皆が目を見開いた。
懐かしげに目を細めた俊には誰も気付かないまま、



「ほらよ、テメェにプレゼントだ」
「え…?」

ぽんっ、と投げ付けられた小さな何かを反射的に受け取って、掌に転がる銀色の小さな金属に顔を上げた。


「クロノスリング、猊下に与えられる時空の鍵だ。で、こっちがクラウンリング」

日向の掲げた右手中指に白銀のリングが煌めいていて、その指輪の中央でゴールドのラインが十字を描いている。

「綺麗な指輪さんにょ」
「テメェが嫌ってやがる陛下は、これのマスターリングだ。使い方はどれも一緒。詳しい事は、あの赤毛犬にでも聞け」

片腕を持ち上げた日向が、ゆっくりと唇を開いた。

「システムはその内理解するだろ。そっちが無知じゃイーブンじゃねぇからな、…見てろ」

まずは通信システムだ、と前置いた唇が呟く呪文。


「セントラルライン・オープン、コード『ディアブロ』よりコード『ファースト』に繋げ」
『了解』

部室で聞いたものとは違う、男性の機械音声が響く。すぐに天井付近から騒めきが聞こえてきて、あの辺りにスピーカーがあるのかと桜が一人頷けば、


『このクソ忙しい時に何の用だ高坂ぁ、死にてぇなら今すぐ殺すぞコラァ!』
「デケェ声で叫ぶなボケ。ただの回線テストだ、ガタガタ抜かすな」
『何がテストだと、』
「紅蓮の君?」
「ユウさん!」
「何処に居んの?!」

周囲に響き渡る佑壱の声音に、首を傾げる桜、周囲を見回す裕也と健吾がそれぞれ同時に喋った。

暫しの無言、



『その声はザクロモチ、裕也、高坂の次に煩ぇ健吾だな。つー事は、…テメェ高坂ぁっ、遠野に何かしやがったら犯すぞコラァ!!!』

俊が近くに居ると確信したらしい佑壱が、爆弾発言を力一杯叫ぶ。
オタクの眼鏡が吹き飛び、素早くキャッチした神威が何事も無く掛け直してやり、裕也と健吾が硬直し、桜が頬を染めた。


「テ、テ、テメェ…、マジで死んでくれ、キモ犬」
『んだとテメー、やんのかコラァ!』

ずり、と後退った日向が青冷めているが、眼鏡をピンクで染めたオタクの左薬指にしれっとクロノスリングを嵌めている神威は無関心万歳だ。
会話だけで喧嘩中の副会長&書記を余所に、似合う似合うと俊を褒めた桜は、神威の背後に麗しい微笑を見付けてピシリと固まった。


「う〜ん、………くしゅんっ。はれ?何かイチ先輩の声がするー」

ただの屍から復活した太陽が、倒れた際、桜によってボタンを緩められていたシャツから腹を覗かせながら目を擦り、

「タイヨータイヨータイヨー、おはにょ!」
「あ、俊。おは、」

おはよう、と言い掛けて沈黙した。
俊の背後、と言うか神威の背後に、



「いつまで遊んでいるんですか、高坂君」

華やかな微笑を滲ませた、二葉の姿があるからだ。硬直した健吾と裕也が可哀想なくらい青冷めているが、

『後はそこの陰険眼鏡と宜しくしてやがれ!』

と言う捨て台詞で通信を切ってしまった佑壱により、喧嘩は一時中断となったらしい。

「…邪魔すんじゃねぇ、二葉」
「今はそんな事をしている場合ではないでしょう?」

男性ホルモンを放つ日向、中性的な二葉が並ぶと壮観だ。ミーハーな桜がほぅっと息を吐き、唇をパクパク喘がしていた太陽が見る見る赤く染まる。

「二葉先生、良くお会いしますにょ。これはもしかして運命では?」
「食事時のレストフロアですからねぇ、遠野君」

目聡いオタクが眼鏡を押し上げ、見た目からは想像出来ない強気な太陽が明後日の方向を見つめているのに、小さく笑う。

「双頭閣下が何の御用ですか?タイヨーへの求愛行為なら年中無休ですが、ジャーマネ遠野を通して下さいにょ」
「おや、私はマネージャーの方に求愛したいのですがねぇ。面白味に欠ける人は好みではないので」
「きゃ!ハートが射抜かれそうにっ!ハァハァ、恐るべし二葉先生、流石白薔薇の君にょ!」
「…俊。」

役に立たないオタクは、低気圧な変態に捕獲された。


「光源氏、並びに白薔薇。間男を容認する寛大さは皆無だ、立ち去れ」
「誰が光源氏だ。ンなオタ眼鏡口説くかボケ」
「おや、残念。では高坂君でも口説きましょうかねぇ」



直後響いた、開戦を告げるその声を聞くまで。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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