帝王院高等学校
踊って歌って楽しめる状況じゃないッ
美人過ぎると言う事もないが、愛らしい顔立ちに柔らかい栗毛はくるくると巻かれている。平均より小さい体躯を目一杯着飾った人の隣に、とても一般人には見えない男前が寄り添っていた。
一着幾らの平凡なリクルートスーツを着こなした男前は、花柄のワンピースを翻すパートナーを伴って颯爽と来店するなり、居酒屋に毛が生えた程度の極々一般的なレストランの安普請な椅子を、さっと引いたのだ。

「どうぞ、お嬢さん」
「ありがと、紳士さん」

1980円と言うタグがついたままでなかったら、何処ぞの令嬢と令息のカップルにしか見えない。感嘆めいた吐息を零す店内は然し、続いてやってきた異常に雰囲気のある男を見るなり、凄まじい早さで目を逸らしたのだ。

「い…いらっしゃいま、せ。ご…ご注文がお決まりでしたらお呼びつけ下さいっ」

震える手でウェルカムウォーターを運んできた店員は、見るも無惨に青ざめ、しどろもどろとお決まりの挨拶を吐き捨てると、来た時とは逆に光の早さで三人が座る席から離れた。

「今日着ているのは新しい洋服だろう?ママに良く似合ってる」
「気づいた?ワラショクモールが新春セール中だったから、ついついお財布の紐が弛んだざます。夏物先取りになったけど、お値段に釣られちゃうのは女の性ですよねィ」

微笑ましいカップルの向かい側。無表情と言うよりは今にも発狂しそうな表情で静かに着席した男と言えば、小脇に挟んでいた小冊子と黒い筒をテーブルに置くなり、思わせ振りな息を吐く。

「…いつから母は1980円になったんだ?」
「どう言う意味だ息子、卒業式を迎えるなり早速反抗期に突入したのか?父さんの大事なママが1980円だなんて、0が一万個足りないぞ」
「いやん、タグ切って貰うの忘れてた」

ぽりぽりとうなじを書いた女は、てへっとあざとい笑みを零すと、掴んだタグをぷちっと引きちぎった。生地が痛むのを気にした様子はない。

「誤解しないでちょーだい。このお値段から更に30%引きだったのょ!」
「…どう誤解を解けと?俺にはまだまだ知らない事が多いが、支払った金額が1386円なのは判った」
「ママが1386円ならパパが毎日買うぞ。だから他の男には売らないで欲しい」

沈黙した男二人はややあって目と目で会話すると、何事もなかったのかの様にメニューを開く。

「パパはビールにしよう。二人もドリンクを決めなさい。まずは小学校卒業を祝って、皆で乾杯しよう」
「駄目ょ、ドリンクは割高だもの…って言う所だけど、今日くらいは許します。この日の為に半年前からお財布の紐を封印してたのょ、ママは」
「三日続けてもやし鍋だった先月末を、俺は生涯忘れない」
「大丈夫だ俊、どんな記憶でもいつか良い思い出になるもの。俺の中のママはあの日あの時も今と変わらず素敵だった。何度思い返しても面映ゆい」
「さーせん、生中とドリンクバー二人分お願いしますん」

遠い目で何やら思い返しながら微笑むスーツ姿の男の向かい、同じくスーツ姿のもう一人は中学入学案内と書かれた小冊子を難しい表情で捲ると、注文を聞きに来た店員を怯えさせた。いつもの事だ。
客で埋め尽くされた店内はざわざわと騒がしく、隣の席の会話すら満足に聞こえない。

「そろそろ1時か。良し、ジュース入れて来ましょ」
「母、俺が行く」
「イイわょ、今日の主役は座ってなさい。それにあの辺混雑してて小さな子も居るから、あーたを見て泣いちゃうかも。顔怖いから」
「…」
「泣くな俊、男の子だろう?」
「俊はコーラZEROにしときなさい、若者はコーラをビール代わりにガバガバ行くもんよ。ZEROじゃないコーラは糖尿になるから危険ざます」

元を取るまで飲んでやる、と言う覚悟の眼差しでドリンクバーのサーバーブースへと足早に近づいていく花柄を見送って、どう見ても小学生には見えない男は小冊子を閉じる。

「…鷹翼中学。父、これは断れないのか?」
「義父さんたっての希望なんだ。どうしても区立に進みたいならお前の好きにすれば良いが、クラスメートと離れるのは抵抗があるか?」
「互いの卒業を惜しむ様な相手は、俺には居ない」
「ふむ、お前には情操教育が足りなかったかも知れないな。だがまぁ、」

ビールをトレーに乗せた店員が近づいてくる気配に、呆れ混じりの笑みを滲ませた男は言葉を止めた。

「お待たせしました」

怯えている店員は、そそくさとビールをテーブルに置くと、足早に去っていく。泡立つジョッキはそれを注文した男の前ではなく、ノーネクタイの男の前だ。

「見たか今の。転びそうな勢いだったな」
「…」
「くく…どうもまた間違われたらしい」

肩を震わせた男は息子の前に置き去りにされたジョッキを引き寄せ、眼差しに揶揄を浮かべた笑みを零す。今までの紳士的なそれとは違い、子供っぽい悪戯な笑みだ。

「愛想がないから老けて見えるんだぞ俊。どうした、傷ついたのか?」
「黙れ糞親父」
「ああ、お前は私と違って判り易い子だ。単純に育ってくれて助かるよ」
「消えろ。このビールを飲む権利は、父さんのものだ」
「私は父親ではないと?」
「俺の名は」
「遠野俊。…仕方ない、此処は秀隆に譲っておこう。但し俊、希望に添えず悪いが、基本的にお前は俺に似ている」
「Open your eyes.」

トレーにドリンクを並べた花柄が近づいてくる気配に、静かな声音は囁いた。ジョッキを手にした男は暫くぼんやり視線を彷徨わせると、妻が隣の席に座り直すなり表情を輝かせる。

「お待たせしま。今日は何処もお客さんが多いみたいねィ、ドリンクバーのグラスが足りなくて待たされたァ」
「ビールはもう来てるぞママ。いつの間にか泡が消滅しているが、泡がなくてもビールはうまい」
「そーね、炭酸はちょっと抜けたくらいの方が美味しいのょ」
「流石はママ、通の発言だ」
「炭酸は強い方がうまい」
「これだから餓鬼は。調子に乗ってんじゃな…あ、来た」

かつり・と。
人々の放つ喧騒を割く様な音が、鼓膜を震わせただろうか。
昼時の食事を楽しんでいる人々の波を余所に、厳かに近づいてくる気配。ジュースを早速飲み干した母親がわざとらしく二杯目を注ぎに行く後ろ姿を見送り、背を正した父親を一瞥する。それと同時に、隣に人が座った。
一切の感情を宿さない様な漆黒の双眸を微かに眇め、遠野俊は隣へ顔を向けたのだ。

「じーちゃん、さっきは有難う」
「何、偶々時間が空いておっただけだ。…つまらん式だったが、6年間ご苦労だったな、俊」

卒業式で誰よりも号泣していた癖に、それが恥ずかしかったのか祝賀会を兼ねた食事に誘った祖父は、ああだこうだ理由を捏ねて自分は車で向かうとごねた。
仕方なく親子三人でやってきたレストランに、車で向かうと行った祖父の姿はなく、車の割りに遅刻してきた所を見るに、泣いていた顔を元に戻す時間が必要だったと見える。

にこにこと義父へ話し掛けている父親は晴れやかにシカトされていたが、めげる様子はない。お代わりのジュースと水を注いできた母親は、だんっと水を父親の前に手荒く置き据えると、不細工な笑顔を見せたのだった。

「当然奢ってくれるんでしょうねィ、クソ親父」
「…ふん、この程度の粗末な食事もままならん生活をせねばならんとは、落ちたものだ」
「テメっ」
「ママ、折角のめでたい席じゃないか。今日は皆で楽しくお祝いしよう」
「うぅ。…はァい、ごめんなさいパパ」

義父には歯が立たない父親も、対母親となると立つ瀬があるらしい。

「60分のバイキングだから急いで取り分けないと食べる時間が足りなくなるざます!パパ、いざ戦場へ逝きましょ…っ」
「ふむ。バーゲンとビュッフェのダブルBは、何故ママを戦士にしてしまうのか。尽きない謎がまた、面映ゆくもある」
「肉または高カロリーなもんを片っ端から寄越せェ!宴じゃアアア」

卒業祝いと言う単語で大人げない親子は目を合わせなくなったが、これなら喧嘩に発展する事もないだろう。喧嘩にはならなかったが、ある意味戦争には発展した様な気がしないでもないが、気にしてはいけない。
ビュッフェのまたの名をバイキング。母は今、海賊になったのだ。

「…あれを見るな。他人の振りをしろ」
「じーちゃん」
「何だ」
「鷹翼は絶対に行かなきゃ駄目なのか?」
「…嫌と言うか?」
「そうじゃない、けど。…俺もお肉、取ってくる」
「何だ、歯切れが悪い。言いたい事があるなら言え」
「鷹翼は私立だ」
「それがどうした?」
「私立は高い」
「ああ、偏差値が心配か。確かに近隣では抜きん出ておるが、お前なら、」
「違う、授業料が高くて無理なんだ。うだつの上がらない父には、生命保険を懸けても払えないと思う」
「な?!」

珍しく目を丸めた祖父が、何故か顔を真っ赤に染めて父の背を睨み付けていた。言いたい事が山程あるが言えないとばかりにパクパク口を開閉させて、握り締めた杖でタンタンと床を叩いている。

「俊」
「はい」
「金の心配はせんで良い。お前は黙って儂の言う通りにしておれば、それで良いのだ」

頷くべきなのか、それとも首を振るべきなのか。
その時、明確な答えは見つからなかった。少なくとも言った本人が目を逸らしてしまったので、どちらにせよ『黙って』答えるのは難しかっただろう。
満足げに皿を抱えた両親が戻ってくるのが見えた。信じられないものを見る目で振り返る他人の視線など、意に介さない。

「…どれ、儂はこの手の店にとんと縁がない。教えてくれるか、俊」
「ん。あっちから食べたいものを食べたいだけ、自分で選ぶんだ」

但し、母親が散々荒らした後のビュッフェは、酷い有様だった。
呆然としている店員を横目に、荒野の如くペンペン草も生えていない空っぽの料理を目にした遠野俊の目が、じわじわと荒んでいく。

「ひ、ひぃ、申し訳ございません…!ただいま新しいお品をご用意致しますのでっ、お待ち頂けますか?!」
「何だと?貴様、空腹の俊に飯を食わせんつもりか…!責任者を出、」
「じーちゃん煩い」
「すまん」

名札に店長と書かれた男性の悲鳴をBGMに、次から次へと客が去っていくのを見送った。





















「陛下がいらっしゃらないなんて聞いてないわッ」

ばっちり塗り直された鉄壁のメイクに亀裂が入る事も構わず、恵まれた豊満な胸元と腰を強調するタイトなドレスを纏った女は怒鳴り散らした。
辟易しているバトラーは表情にこそ出さなかったが、お静かに願いますと促した台詞に随分と刺が見える。

「日本滞留班のランクCが、誰に向かって口を聞いてるのかしら?!特別機動部はいつから部署全員がランクAと対等になったのッ?」
「その様なつもりはございませんが、お気に障りましたらお詫び申し上げます」
「厭らしい、これだから魔狼の部署は…っ」
「あ〜あ、始まった。女のヒステリーはやだね」

ティアーズキャノン最上階、本来ならば中央委員会執務室がある筈のその場には、フロアまるごとだだっ広いホールと化していた。
執務室が移動している事を知らされていなかった校舎勤めのバトラーは、八つ当たり宜しく怒鳴り散らかされる立場を甘んじていたが、フロアの片隅で爪を噛んでいた小柄な女が呟く声に、とうとう困った様な表情を滲ませたのだ。

「おばさん、それ以上対空管制部の恥になる様な振る舞いはやめてよ〜?苛々する気持ちは判るけど、八つ当たりしたって仕方ないじゃん」
「お黙り!おランクBの分際で私に口答えをするの?!」
「やだや〜だ、女性ホルモンが多すぎるのって罪深い。次の上院総会で憲法改正案出ないかな、ババアオールキル★な〜んてね?」
「お前…!」
「怒鳴っても暴れても、おばさんが対空管制部のマスターだろうと、マスターネイキッドの前では跪かなきゃならないのは変わんないでしょ?」
「っ」
「ランクA2位枢機卿は、ステルシリーソーシャルプラネット副総帥でいらっしゃる〜★」

口籠った女の今にも発狂しかねない表情を座ったまま盗み見て、血が滲む指を口元から引き剥がす。

「…そんな事より、さっきのあれって絶対そうなんだ。くふふ…最近の日本人は『雑ざりもの』が多いって思ってたけど、あんな真っ黒な奴が居たんだ…」
「何ぶつぶつ言ってるの。これだから死刑囚上がりは嫌なのよ!ああ、腹立たしい!陛下の命令じゃなかったら紫外線の下になんか出なかったのにッ」
「対空管制部の癖に、空が嫌いなんて変わってるね★」
「黙りなさいと言ってるの!殺されたいの?!」
「騒々しい」

ヒステリーな女の悲鳴を呑み込む様な声音に、世界はぴたりと静寂を招いた。
弛く曲がった背をゆったりと伸ばした真白髪の男が、漆黒の燕尾服から浮き上がるワインレッドのスカーフに白い手袋を嵌めた右手を伸ばす。

「対空管制部ランクABSOLUTELY、コード:ヒステリア。淑女らしからぬ態度、些か目に余る」
「これはアシュレイ執事長…!人が悪いですわ。お知らせ下されば、お迎えに上がりましたのに…」
「客の立場はお前達の方だろう。マジェスティノア不在のセントラルで、勝手な真似は慎むよう」
「こんな狭苦しい所がセントラルだなんて、笑えない冗談ですわミスターアシュレイ」

何故か元老院の長でもあるべき男の背後に、SPと思わしき姿がない。引き換えに、わざとらしい程にこにこしている生徒と、バトラーにしては品のある長身が並んでいる。
お飾りの癖に、と、内心舌打ちせんばかりの女は痙き攣る口元に力を込め、乱れたドレスを軽く整えた。

「忌々しいキング=ノヴァが元老院に働き掛けているそうですわね。崩御した老害がルーク陛下に歯向かうなんて、立場を弁えるべきです」

さて、老いた伯爵はどう出るか。
フランス子爵でありながら、男爵グレアムが故郷を追われる際、一族の全員がイギリスへついていったアシュレイは、家そのものがグレアムに永遠の忠誠を誓っている。

「現状、貴方を除いて元老院は二分していますわ。表向きはプリンスファースト派、ネイキッドディアブロ派。そこに新たに加わったナイトノアの勢力を、貴方がご存じないとは言わせませんわよ?」

二葉とは違った意味で「狗」と揶揄されるほど、堅物ばかりだ。にも関わらず、愚かな娘の所為で立場を失ったも同然の男がどう行動するつもりなのか、目を光らせねばならない。
革新派を謳いながら、その実ただの『黒崇拝』派閥である二葉派の人間は、最早その大半がナイトノア、帝王院秀皇側に寝返ったと言っても良いだろう。

切っ掛けは単純、帝王院秀皇本人がテレビカメラの前に姿を現した事だ。

「レヴィ陛下の時代からお仕えしてらっしゃる執事長でも、流石にノヴァの暴挙は目に余るでしょう?我らABSOLUTELY12柱は、一人残らずルークノアに命を捧げた身。今更キング=ノヴァだのナイトノアだの言われても、困ってしまいますわ。ご理解頂けますわね、アシュレイ執事長」
「それは…」
「いやァ、ご理解頂けませんわねィ、ユエ執事長?」
「吾には理解出来なくもありませんが、シエ総督にお任せ致します」

アルバート=アシュレイが口を開こうとした瞬間、彼の両脇に控えていた帝王院学園高等部のブレザーを纏う小柄な生徒と、その傍らで無表情を張り付けていたチャイナドレスの長身が口を開いた。
異変に気づいた外国人らは素早く身構えたものの、何処に隠れていたのか、白髪の男が一人ずつ佇んでいるのを認め、ひゅっと息を呑んだ。

「ネ、ネルヴァ?!どうして貴方がッ?!」
「お、おばさん、コイツ大河白燕だよ!たった一人でシチリアマフィア200人を惨殺した、香港の殺人鬼…!何でこんな所に?!」
「随分な悪名が轟いている様だねパイパイ。確かその内の半分はこの私自ら殺してた覚えがあるんだが、手柄を横取りしたのかね?」
「黙れネルネル。我が下々の宣う事になど一々構っておれるか。…これ俊江、お前はそんななりでも一応女なのだから、前に出るな」
「ちっ、私だってアシュレイのおっちゃんが逃げない様に頑張ったのに…!」

声もなく狼狽えていたバトラーは、ぬっと姿を現した黒装束と黒着物を見るなり口を押さえたが、虎柄の男に首根っこを捕まれてジタバタしているチビの足に蹴られて、哀れにも崩れ落ちた。
男の大事な部分を蹴られた様だ。

「あ、ごめん、成仏してちょ。…っ、めーちゃん、みーちゃん!爪噛みすぎで血が出てる姉ちゃんと、そっちのケバすぎる若作り姉ちゃんを捕まえるざます!」
「「御意」」
「ひ!な、何でキング=ノヴァが二人も居るのよッ!」
「僕が知るわけないじゃん!っ、畜生…!」

頭を抱えたまま最後にやって来た赤毛は、感極まった表情で手と手を取り合っている金髪美女を横目に、だだっ広いホールの惨劇を見渡した。

「いきなり飛び込んできたかと思えば『お出掛けしましょ!』なんて訳の判んない事言われて、馬鹿素直についてきた私が間違ってたのよね…判ってる、判ってるわ。はぁあ…」
「いい加減、腹ぁ括れや親父。仕方ねぇだろ、皇子が見つかるまでは嫁さんが代理みてぇなもんだ。にしても、まさかこうなるとはな…」
「ああ、シェリー、私の愛しいミストレス…!ステルシリー相手にも変わらず見事な手並み、私は心から感動したぞ!愛している、早く離婚してくれ!」
「やぁだ、俊江はなんてチャーミングなの?!そんなに帝王院の制服が似合う40代女性なんて、罪よ!ああ、俊江!貴方には女優の才能があるわ、ハリウッドに行くべきよ!」

興奮している金髪美女は当然ながら高坂・嵯峨崎のマダムチームだが、オカマの呆れ顔も、股間を蹴られて瀕死のバトラーも見えてはいない。キャーキャーと弾ける黄色い声を、世界が恐れるオタクの母(コスプレ中)に注いでいる。

「キング陛下…。何故貴方程の御方が、この様な娘に従っておられるのか、私には皆目理解出来ません…」
「シエは秀皇の妻だ」
「ああ…おいたわしや陛下…!ルーク坊っちゃんは反抗期であらせられるだけでございます!お怒りは尤もですが、今一度思い直し下さいませんか…?!老い先の短いこのアシュレイ、陛下と坊っちゃんの争いなど見たくはありませぬ…!うっうっ」
「…何と情けない。貴様、それでも元老院の長かアルバート」
「儂の記憶が間違っておらねば、アルバートは昔から涙脆い男だったぞオリオン」

中国チームの祭美月と李上香は、指から血を滲ませている細身の体躯を押さえつけ、鉄の扇子で口元を押さえた虎柄は無表情で『こやつ、男ではないか』と忌々しげに呟くのを聞いた。
片や、ちょい悪すぎ親父チームは、理事長と第一秘書の着物を纏う二人掛かりで『ケバすぎる若作り姉ちゃん』を取り押さえたまま、目を見合わせている。

「コード:ヒステリアか。私の時代にはおらなんだ社員だが、胸元を斯様に晒しておると風邪を引くぞ」
「陛下、それはそう言う装いなのだよ。私達が祭の見物客に紛れる為に着物を纏っている様に」
「どうでも良いがネルヴァ、ナイン。…師君らの格好が悪目立ちしておる事を指摘しておくべきかのう?」
「姐さん、こんなもんで良いですか?」
「ばっちりょ、イチきゅんの兄ちゃん!ナイスヒップ!」
「へ?尻?」
「オ、オリ、オリ…?!シシシシリウス卿、貴方は今、この年寄りをオリオンと仰ったか?!」

取り急ぎ嵯峨崎嶺一より女装が似合っている僕っ娘とケバい巨乳をガムテープでぐるぐる巻きにした嵯峨崎零人の尻を凝視していたオタクの母は、大して疲れていない筈だ何故かが額を拭い、一仕事終えた表情で狼狽えている執事長へ向き直った。

「オリオンだがオニオンだか知らないけど、そこのシワシワ親父は遠野龍一郎ょ?そんなんでも一応私の父ちゃんだから、指差すのやめてくんない」
「無理もないわ、アシュレイは今の龍一郎を知らんからのう。…ぶふっ。然しオリオンを年寄りとは…プフッ」
「儂が年寄りならば貴様も同じ穴の狢だろうが、垂れ目を引き伸ばすぞシリウス」
「ママ上、そろそろキングを殺しても宜しいでしょうか?」
「駄目ざます。めーちゃん、ママを人殺しの母親にする気かィ?イケメン過ぎるみーちゃんは私の愛人にするんだから、生かしといてちょ」
「まぁ、俊江は兄様の愛人になるのね!」
「何だと?!何かの間違いだクリス、シェリーの愛人は私であるべきだ!そうだろうシェリー?!」
「いかんぞシエちゃん!ぜぇ、はぁ、帝都を愛人にするなんてパパスは認めませんっ!」

人数が多すぎてエレベーターに乗り損ねた学園長は、漸く校舎最上階に辿り着くなり絶叫を上げた。

「…いやー、退院明けの割りに元気良いっスね、学園長。後ろで脇坂先輩の鼓膜が事故ってますよ?」

その叫びはこの場の誰よりも煩かったので、乾いた笑みを浮かべた零人は無意識に納得してしまったのだ。


学園長は一年帝君にそっくりだ、と。





















「なーんも見えねェ」

崩壊した教室部分から、躊躇いなく瓦礫の海を抉じ開けて進んだ先。最も損壊の酷い廊下の端までやってきた男は、人間離れした蹴りでぽっかりと開けた穴から中を覗き込みつつ、首を傾げた。

「サイコーサイカメラにも何も映ってねェし、」
『ナイト、最高裁ではなく高精細だ』
「あ、そうそう、そのコーセイサイって凄いんだろ?その割りにゃ、真っ暗で何も映んないんだが」

誰が見ても独り言の激しい白衣だ。然し遠くからカタンカタンと言う音がゆっくり近づいてくるものの、酷い道なりに苦戦しているのか、この場まで辿り着くにはもう暫く懸かるだろう。

「なァ、さっきの餓鬼は何でいきなり怒り始めたんだ?俺らが死んでから60年経ってるんだっけ?…60年かァ、そりゃ訳判んねェよなァ」
『心配ないナイト。ナインは然程変わりなかった。シリウスは60年前のデータが登録されていない為、私には判断出来ない』
『お兄様を仲間外れにしてイチャイチャ雑談してないで、とっとと仕事しろ』
「イチャイチャって何だ」
『愛し合う事だとアーカイブに記載されている』
『取り急ぎシャットダウンしろアナスタシオス、俺がメルトダウンする前にな』

カタン、カタン。
諦めが悪い様だと背後を一瞥し、男は立ち上がった。

「兄貴の言う通り急がねェと、さっきの奴が此処まで来るかも。こんな所に生身の奴が長居すんのは流石に不味いよな。せめて明かりがあると助かるんだが、アイツまだ怒ってっかなァ」
『一年Sクラス21番、山田太陽。アーカイブのデータが不足している。彼は未知数だ』
『精巣が小さいのは判ってるぞ。それと太陽の事は「俺」が気に入ってる』
「あ?兄貴ってまだ生きてんの?!60年経ってるんじゃないっけ?!あの頃40歳過ぎてたのに…!」
『ヤトのオリジナルは健康そのものだ。昨日の朝も丼で納豆飯を二杯』
『夜はハンバーグをお代わりしてた。流石は遠野夜刀、アンドロイドの俺が言うのも何だが、我が主ながら108歳とは思えない』
「何か良く判らんけど、やっぱ兄貴は凄ェぜ…!」

ずてん、と言う音が聞こえた。
恐らく瓦礫の山を登ろうとして滑り落ちたのだろう。痛い、と言う声が思った以上に近い事に肩を竦める。

「山田、折角生きてる癖にこんな所で死ぬ気なんか?…もしかして一人で置いてかれて不安だったのかも。何か、悪い事したょ」
「畜生っ!出てこいこの野郎、誰がチビかもっぺん言ってみろってんだコラー!」
「…ん、死ぬ気も心細さも感じてなさそうだ」
『その様だ。そなたに負けず劣らず勇ましい男だと、アーカイブに登録しておこう』
『あれでも中々粋が判る男で、俊の友達でもある。下手な真似はするなよ』
「俊…俊、あの龍一郎がじーちゃんになっちまうとは…。俺らの孫は男?女?」
『残念ながら、アーカイブにナインの婚姻歴は登録されていない』
『その辺は俺も知らん。知らんが、生徒の中に帝王院神威と言う生徒が居るだろ?そいつの面が、誰かさんにそっくりで忌々しい限りだ』
「誰かさんって誰だよ兄貴」
『ヤトほどAIの成長に恵まれていない私には理解不可能だが、三年Sクラス一番の生徒であれば、ハッキングしたステルシリーサーバーにも登録があったぞナイト』
『貴様、自分の会社にハッキングしたのかっ?!』
「はっきんぐって何?どっかの国の王様?」

がらん、がらん、ごとん。
滑り落ちて尻を強打した様な音がした。「あたー!」と言う絶叫が聞こえてきた為、これ以上の長居は無用だろう。あのまま放っておけば、死なないにしても無傷ではいられまい。

「俺、ロボットなのに目からビームが出たりしねェの?これじゃ暗過ぎてアイツ助けらんねェよ、間違えて蹴っ飛ばしそう」
『暗視モードにするとどうだろう?』
「暗死っ?!暗に死ねって事かレヴィ、相手は子供だぞ…?!」
『私の言語データに何らかの不具合があった様だ』
『…兄ちゃんはたった今いたたまれない気持ちを覚えた。お前は口数を減らした方が女にモテるんじゃないか、弟よ』
「俺の恋愛対象は女じゃないんだよ〜ん、だ。レヴィにだけモテりゃイイんです」
『ナイト、余りヤトを興奮させるな。HDD内の私の占有部分に早速ウィルスが送られてきた』
『死なば諸共、貴様を殺して俺も粋に感染してやる!』

AI同士の喧嘩に辟易した男は、ポチっとスピーカーをオフにする。
静かになったお陰で、太陽が発てる物音が良く聞こえてきた。気配を辿れば間違えて踏み潰す事も、蹴り飛ばす事もないだろう。

「っ?」

ピカッと一瞬眩しさに目を閉じたが、生前の記憶による条件反射だ。眼球に痛みがなく、何とも言えない気持ちになる。

「…吃驚するなァ、明かりかょ。おい、今そっち行くから登るのやめろって」

空間ごと派手に傾いているらしく、明かりを片手によじよじと瓦礫の山を登ってくる頭が見えた。瓦礫の重なり具合では結構な急勾配で、重みが掛かると崩れそうな瓦礫に躊躇わず手を伸ばそうとしている太陽に、恐怖心と言うものはないらしい。

「おーい、あんま無理すると早死にするぞ?言っとくけど、早死にしたってイイ事ねェかんな?」
「はぁ、はぁ、やっと見つけた!誰の毛根が早死にするだって?!」
「お前様の耳は大丈夫ですか?」
「さっきの発言と今の発言を訂正させるまで俺は絶対に死、…あいたー!」
「あちゃー、今のは痛そ」

手が滑って顔からべちゃっと崩れ落ちた太陽は、デコに特大のタンコブをこさえた以外は元気な様だった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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