帝王院高等学校
盤上のクイーン
DEAR



「待ちやがれっ」
「うひゃひゃ、…しつけー奴っちゃなァ(∩∇`) 蠍座のAB型じゃね?うっわ、そらハヤトだよ(´`)))」


殺したいほど愛しい貴方


「…ん?」


僕から逃げた貴方は
今 何処で笑っているのでしょう。



「ユウさん、の、声…?(`Α´)」


僕から逃げた貴方は
今 何処で息をしているのでしょう。

貪り尽くしてあげたいほど
そう 犯し殺してあげたいほど



全身全霊で貴方を憎んでいます。




「…あ?何だ、アイツ…いきなり方向転換しやがって」
「閣下!お待ち下さいっ、お一人での行動は…!」
「煩ぇ!逐一付いてくんじゃねぇっ、金魚の糞が!」
「光王子閣下!」


期限は今宵。
太陽が眠り 闇の静寂が姿を現すまでにご連絡下さい。






「ユウさん、ユウさんユウさんユウさんユウさんユウさんユウさん、…誰かがうちのお母さんを苛めてるっしょ(`´)






  息の根、止めてやるヽ(´▽`)/」





僕が貴方を見付けてしまう前に。






「風が冷たくなってきた」



スコーピオ、蠍の尾が時を刻む音を聞いていた。
耳を澄ませば世界の鼓動が聞こえる。遥か東の果てには太陽の息吹、真上に姿無き月の吐息。


「イチが泣いてる。ケンゴが怒ってる。ユーヤが悲しんでる。カナメは、───どうしたんだろう」

両腕を広げ、一歩でも踏み外せば真っ逆さまに落下するだろう狭い狭い足場で空を見上げた。

「観客の居ないオーケストラ、今宵はメドレーでお届けしましょう」

目を閉じれば益々世界の鼓動が強まる気配。鳥のはばたき、風の叫び、夜の慟哭、宇宙の吐息。
世界はこんなにも狭くて広い。たった少し動いただけで、孤独は姿を隠した。まるで今の月の様に。

「コンサートマスターはこの私、遠野俊が。この狭き学園の覇王へ捧げる、…最高級のプレリュード」

さァ、楽しい時間の始まりを告げよう。時を司るマスタークロノスの名の元に、



「交響曲85番、一人囚われた我が【蠍姫】へ捧ぐ第一のシンフォニー。





  ヨーゼフ=ハイドン変ロ長調、『王妃』」









征こう。
幕は既に開いている。















Prelude-奏曲
Queen on the Chess boad
上のクイーン





「うちのワンコ苛めてんのは、何処のドイツだァ?」

蹴り開けたドアの向こうに、見てはいけない人を見た。
眼鏡を押し上げた二葉が、酷く愉快げに笑うのを生涯忘れそうにない。太陽の呆れた様な笑みに親指を立てる。北緯が目を輝かせたが、何か違うと気付いたのだろう。痙き攣り笑いの佑壱が拳の骨を鳴らすのを見やり、凄まじい睨みを向けてきた。

「おや、お久し振りですねぇ。3時間振りでしょうか、カイザー高野?」
「は、ははは、一発で見抜くとはお眼鏡が高い(´∀`)」
「判りますか?アルマーニのオートクチュールでしてねぇ、私のお気に入りなんですよ」
「うひゃ、閣下はコンタクトの方がお似合いだと思います(*´∀`*)」
「良く言われます。但しドライアイが酷くてねぇ」
「因みに視力はいかほど?(・∀・)」
「両目1.5です」
「伊達眼鏡キターヽ(´▽`)/」

言って逃げ出そうとした健吾が、誰かの胸で頭を打つ。額を押さえながら見上げれば、近年稀に見るベストスマイル賞の日向が居るではないか。

「よぉ、…年貢の納め時だなぁ」
「あ、悪役の台詞っスよそれぇ(∩∇`)」
「まずは背骨から叩き折ってやるよ」
「いきなり殺人予告キター!!!(∀)」
「テメーの頭蓋骨叩き割んぞコラァ!!!」

間髪入れず踵落としを食らわせてきた佑壱に辛うじて廊下へ飛び出した健吾が親指を立てた。

「ナイス、イチちゃん!でも間違ってたら俺も死んでたからね!(*/ω\*)」
「何処へ行かれますかカイザー高野」
「きゃーっ、助けてユウさーん!」















長い指が盤面の王を弾いた。
手にした、─────最も弱い駒で。


「Akmato.(チェックメイト)」
「…寂しい一人遊びだねえ、神帝へーか」
「エスペラント語でKingはreoと言う。同じくCheckmateをAkmato、エストニア語ではmattだ」
「じゃ、今あんたが掴んでるそれと入れ替わった奴はー?ポーンだっけ」
「Peoon, ratsu.」
「じゃ、あっちこっち動き回ってた飛車みたいなコマ。…ルークだったよねえ」

微かに首を傾げた男の頬に長い銀糸が掛かる。意識を奪われる間際に見たものとは違う、けれど偽物とは到底思えない長い銀糸が。

「隼人君はあ、クイーンの次にそのコマが好きー。1マスしか進めないキングなんかあ、将棋の歩と一緒じゃん」
「ポーンは、敵陣に達した時こそ真の価値を発揮する」
「すぐ盗れておしまい、んな弱いやつ」
「ポーンは進む際、斜め前に存在する駒を弾き取る事が出来る」

恭しくやってきた男達の手で手当てを受けた耳は、最早何の痛みもない。
フルーツたっぷりのトロピカルジュースと言うリクエスト通り運ばれてきたパフェグラスを片手に、川南北斗から嫌がらせの如く縛られていた手を解放された。

逃げ出す懸念は無いらしい。
と言うか、神威から逃げ出せる人間が居るなら会いたいものだ。この男はその昔百人近い集団を壊滅させた伝説がある。


「敵陣に達すれば、クイーン、ビショップ、ナイト、ルークへ成り代わる事が可能だ」
「なっにそっれ、歩より凄いじゃん。じゃあ、ポーンが全部クイーンになったらさあ、9個もクイーン持てんのー?」
「理論的には、な。9つのクイーン、10のビショップ、ナイト、ルーク。歩兵は、だからこそ盤面を大いに揺さ振る駒だ」
「ふーん」
「やってみるか?」

丸々太ったさくらんぼを、ぽーんと放り上げてパクっと頬張り手首に目を落とす。

「やだ」
「そうか」
「オセロならやってもいーよ。うちのユウさん手作りの、チョコクッキーとバタークッキーのオセロ」

縛られていた痕が生々しく残る手首には興味が無い。以前、所構わず喧嘩に明け暮れていた頃は毎日傷だらけだったから、あの時に比べれば虫が刺した程度の話だ。
百足に刺されても微動だにしない佑壱に言わせれば、そもそも傷の内にも入らない。

タウンページで切った指先から出血しただけで膝を抱える俊なら、卓袱台をひっくり返したかも知れないが。


「ねーえ、これかっこよいでしょー」

グラスごと手首を伸ばし、燦然と輝くメタリックイエローのブレスレットをシャンデリアの灯りに翳す。
隼人のものと同じトロピカルジュースを前に一口も口を付けない男は無言のままで、二人の間に置かれたチェスボードを眺めている様に見えた。

「ボスから初めて貰ったあ、隼人君の財産ー。死ぬまで大事にしてえ、死んだらこれと一緒に宇宙葬して貰うんだあ」
「ほう」
「宇宙はよいよお、宇宙にはボスがいっぱいだよー。いっつも真っ暗でー、いっつもお月様が出てんのお。よいね、良過ぎるねー」

鼻歌いながら呟く声には返事が無かった。特に返答を期待していた訳ではないが、ここまで一方的な会話だと流石に飽きる。
寝に帰るだけの寮室でも、ロケ先のホテルでもバルコニー戸の真下に引いた布団にくるまり、月明かりを浴びたまま寝るだけなので喋る必要はない。最近こそ他人と過ごす夜が多かったが、一緒のベッドで寝ていた筈なのに朝気付いたら窓辺の下で布団にくるまっているのだ。

何度風邪を引き掛けた事か。


「ボスはねえ、格好よいんだよお。うさちゃん林檎剥けるのにー、お握り星形にしか握れないのー。然も甘めー。いっつもお砂糖味〜」

甘くない卵焼きしか認めない皆は、涙目でそれを食べるしかない。
食べれたら何でも良い自分と、味わう暇なく貪る総長だけがペロッと平らげて、感心した様なやはり涙目の佑壱からデザートを貰うのだ。
ワンちゃん林檎と骨型に刳り貫いたクッキー、星形マフィンに月の形のチーズケーキ。誰かの誕生日には必ずパーティーが始まり、47人も居たらしょっちゅうお祭り騒ぎだ。パーティーだらけの8月は特に成長期、マネージャーが鬼の笑顔でロケ弁当を減らしてくれる。

「ボスはねえ、格好よいんだよお。初めて会った時はねえ、隼人君よりちょっぴり小さい癖にー、ちょー器がおっきかったんだあ」

夜しか会えないと皆が嘆くから、散々駄々を捏ねて真っ昼間に呼び出した事もある。デパートに行きたいと二日言い続けてレストランにも行った。
遊園地も連れていって貰った。水族館も動物園も行った。ライオンに噛り付く総長の背中を眺めながら、狼46匹VSライオンの睨み合いなんかもあった。

サングラスを外した総長を見た小さな女の子が泣いて。今にも泣き出しそうな総長が膝を抱える。

「あーあ、隼人君はなんで男の子なんでしょお。おっきいチンチンより、おっきりおっぱいが欲しかったのです」

泣いた女の子の親に殴り掛かりそうな佑壱を要と裕也が羽交い締めにするのを横目に、アイス片手の健吾と自分がにっこり笑えば万事解決。
女と言う生き物は若きも老いても、単純だ。

「そしたらソッコーボスのお布団に潜り込んでえ、初めてだから優しくし・て・ね、なーんて、それアリ。アリとキリギリス」
「下らん」
「好きな人にハァハァするのは当然じゃんかー。ボスがゆってたよお、動悸息切れ火事総長。恋するとおっぱいが苦しくなんの。隼人君はAカップだけどねー」

掲げたままだったグラスを下ろし、大袈裟な仕草で胸を押さえた。


「あんたもさあ、あのきっもい…あー、あの平凡オタク風味の眼鏡っ子にあれでしょー?ゼイゼイハァハァしちゃってんでしょ?」
「心当たりはない」
「モデル仲間でさあ、フィギュアオタクが居んの。魔女っ子とかそうゆー系の。そうゆー奴はねえ、2次元にしか勃たないんだって」
「…ほう」
「だからねえ、遠野にあんたがゼイゼイハァハァしてもお、あんたは相手にして貰えないんだあ」

語尾にハートマークを付けた様な声音だった。皮肉と嘲笑の中央で、花吹雪を舞い散らせた様な声音だった。
人の不幸は蜜の味、などと。誰が言ったか知れない言葉に笑いが止まらない。



「可哀想だねえ、」

従者が出入りする玉座側の扉が開いた。
扉の付近に控えていた男が振り返り、音もなく崩れ落ちる。その光景をただただ見つめながら、逆側の扉が開く音を聞いていた。つまり、隼人の背後。



「誰か来たみたいだねえ、神帝へーか」
「ああ、セカンドだ。…漸くチェスの相手がやって来たらしい」
「ふふふ、随分お話が弾んでいらっしゃいますねぇ、陛下。神崎君、ご機嫌如何ですか?」
「最高だよお」

首に冷たい指先が触れた。
ああ、二葉の指かと他人事の様に目を細めながら、




「チェックメイト」
「ねえ、…ボス?」

目前の男の首に巻き付く、大好きな人の腕を見ている。



「そろそろうちのクイーンを返して貰おうか、銀神帝陛下?」
「ようこそ我が帝王院へ、…暗黒皇帝。」
「っ、」

弾かれた様に腕を離した男のサングラスが宙を舞った。
呆然と目を見開く隼人の前で容易く組み伏せられた男の短い銀糸が床に散り、


「ぎゃー、やっぱバレてーら!ヽ(´▽`)/ 助けてハヤトー(*/ω\*)」
「…おっまえ、馬鹿じゃないのー?何してんの何しに来たの、もういっそ死んじまえ馬鹿ケンゴ」
「だって、ユウさんン所行ったらまさかの白百合に遭遇しちまったんだもんよ!(∩∇`)」
「さっきのあれもてめぇか。もういっそ首吊れアホケンゴ」
「いや、火事場の馬鹿力ちゃ凄いなよ(・ω<) 笑顔で追い掛けてくる鬼畜眼鏡に泣きながら走ってたら、まさかのラスボス編☆」
「いや、逃げ切れや」
「仲間が捕まってんのに逃げられっか!(´∀`)」
「あは、格好よくないから。…もう後で抹殺ー」
「スんませんでしたorz」

背後には二葉、目前には組み伏せられた健吾と二葉すら従う最強の皇帝。


「歩兵は敵陣に在ってこそ真の実力を発揮する。然しそれは、…盤上のみの話だ」

静かな静かな声音が落ちる。


「ルークとビショップに挟まれた場合、クイーンですらどうする事も出来ません」
「セカンド、そなたを以てしても身動き適わぬか」
「ええ、…チェックメイトですねぇ」



絶望的な状況を知らしめる、声が。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!