帝王院高等学校
そっちこっちに爆弾投下
「王、やはりあの者…ただの庶民上がりではない様だ」

ワインレッドのブレザーに黒いシャツ、黒のスラックス。

「言わずと知れた彼の光王子に仕える気高い姫を、退けた。…カルマの手練れが数名、あの者の傘下に付いたとなれば」
「またとない好機、逃さぬ手はない…ですか」

西日が差し込む窓辺に佇んでいる男は、同じワインレッドのブレザーに白衣を纏う長身を眺め、口角を僅かに吊り上げた。

「是非とも吾が傘下に欲しいですね。…左席委員会、又と無い絶好の手駒に成り得る。
  逆を正せば、飼い馴らすのも容易ではないと言う事」
「然し、憎き神へ積年の恨みを晴らすには。これ以上無い逸材で、違いない」

王、と呼ばれた男は、先程追い払った傷だらけの生徒達を思い起こしたのか、腰まで伸びた艶やかな黒髪を掻き上げ、目元に笑みを滲ませる。

「日に二度も、気狂いした生徒が吾が城を汚しました」
「ああ」
「片や、カウンセリングが必要だと、自主退学を余儀なくするより他無いと判断された…吾がクラスの出来損ない。片や『左席委員会を消して欲しい』などと、」

薬品だらけのデスクへ無造作に投げ出してある札束を掴み、


「愚かにして下劣、極まりない。」
「─────三百万、か」
「端金だ。吾をこんな端金で動かそうと考えたあの愚かな人間を、………消せ。」
「王、我明白了(主の仰せのままに)」

静かに退室した男になど目も向けず、札束をゴミ箱へ放り投げた男は微かに笑う。


「…少しは吾を楽しませなさいな、天の君」


クツクツと、揺れる肩は密やかに。





「あの憎らしい神帝を滅するに相応しい、器ならば」













「あー、腹減ったなぁ」



彼は土や枯葉や桜に汚れた無惨な風体で腹を撫でながら、長身を丸めて歩いていた。

「さっき見つけた蛇、捌いたら食べれそうだったなぁ。あんな所で冬眠してたのかな?」

染め過ぎて痛みまくった赤い髪をワックスで立てていたのか、今や桜の花弁によって可愛らしくデコレーションされている。

「しっかし外部生、何処に行ったんだろ?早く見付けないとユーさんに怒られちゃうよ…」

見た目完全な不良だが、呟く声からは威圧感が全く感じられない。
夕飯時の為か通り掛かる生徒も疎らで、彼は益々背中を丸めた。


「ああ、加賀城君。ご機嫌よう。HRは出席しなきゃいけないよ」
「あ、先生。はぁ、すんません」
「まあ、内申点には直接関係しないけど、一応。頑張ってね」

加賀城獅楼、彼の名前は立派だ。
つい数ヶ月前までは真っ黒だった髪も、今や常に赤。名前に二つも『シロ』が付いていて、赤。
生徒にも教師にも、この頃はトレードマークとして認可され始めた程だ。

「はぁ、やっぱりサボっちゃ駄目だよなぁ。総長も東大に行けって言ってたらしいし…」

帝王院二大不良勢力、カルマに所属する不良半年目の彼はまだぺーぺーである。
嵯峨崎佑壱に憧れて入隊したのは良いものの、未だにポスターや雑誌でしか直接総長の姿を目にした事がない。

「通信教育とか習わなきゃいけないなぁ」

元々は普通の、いや、根が素直なのでどちらかと言えば優等生寄りの生徒だった為に、入隊してから今まで、百戦錬磨の先輩不良達から弄られまくりの存在である。

「焼却場にもダストシュートにもリネン室にも裏山にも居なかったっけ。…後は、何処があるっけ?」

入隊二週間目に初めて総長が集会にやって来た日、彼は副総長命令により『総長のご飯作りましょう班』に任命された。
豚汁には自信があった彼は一生懸命料理に励みながら、包丁を体の一部の様に振る舞う佑壱に見惚れつつ、幹部である隼人からお代わり三回、と言う名誉まで勝ち取ったのだが。


直後、カルマに喧嘩を仕掛けて来た新参グループ殲滅戦により、名誉の負傷。
と言う、ただ単に食器の後片付けをしている最中に背後から殴られ、意識不明で病院搬送された先輩不良爆笑モンの負傷により、泣く泣く半月の入院生活。

大好きな佑壱にも会えない苦痛の日々を耐え抜いて、彼は一念発起した。


『ユーさんの為に強い男になるんだ!』


自分よりデカい極悪不良を敬愛してやまない彼のそれは、恋愛感情に近い気がしてならない。
然し、根が素直で真面目な彼はメキメキ頭角を顕し、今やカルマ一般メンバーの中では一番の凄腕に成長したのだ。


「でもユーさん、何でいきなり外部生なんか探し始めたんだろ?」

つい先日、大好きな佑壱の親衛隊長に昇格した彼は、佑壱の命令でずっと遠野俊を捜していた。
然し馬鹿な彼は、真面目に不真面目な所ばかり捜しているので見付からない。何より、彼は俊の顔を知らなかった。

大柄な肩をしょぼんと落とし、


「あー、腹減ったなぁ。ユーさんのオムライスが食べたいなぁ」

然しずっと山の中ばかり捜していた為に、日が暮れた今の今まで何も食べていない。
他にも探索を命じられた親衛隊は居るが、要領の悪い加賀城とは違いキリ良く中断しただろう。

「食堂行きたいけど、こんなカッコで行って笑われたら、ユーさんの恥になっちゃうよ」

汚れた自分の風体を窓に映した彼は、またしょぼんと肩を落として踵を返した。
俊が見つからなかったと言う涙の報告は後にしよう。



「さっぱり一風呂浴びてから、食堂に行こう」


どうせ佑壱は、加賀城のメールに返信なんかしないのだから。














「お待たせ致しました。
  カリフォルニアロール20本、ロブスター3kg、ポテトサラダ五人前にフライドポテト&ウインナーの盛り合わせ2kg、ハンバーグ定食、焼き肉定食、季節の彩り春野菜のポトフ特盛り…、

  ご注文は以上で宜しいでしょうか?」


ゴンドラに乗ってやって来た凄まじい量の料理に、緊迫していた一同は唖然と口を開く。


「はいはいっ、それは僕のご飯ですっ!まだ他の人のお料理は来てませんっ!」
「さ、左様でございますか。申し訳ありません、失礼しました」

痙き攣り気味ながら愛想笑いを忘れないウェイターが三人掛かりで料理をテーブルに並べ、眼鏡を輝かせた男が片手を上げる。

「じゅるり。今までこんな素敵なご飯見た事がないにょ!有難うございますっ、生きてて良かったですっ!料理長に宜しくお伝え下さいませィ!」
「か、畏まりました。…ごゆっくりどうぞ」
「有難うございましたっ」

唖然とした太陽が吐き気を催し、メニューを眺めていた桜がカードをポロリと落とし、今にも殴り掛かりそうだった健吾と裕也が椅子へ崩れたら、


「俊、カトラリーを置く場が無い。ナイフとフォークだけで構わんか?」
「割り箸にょ!男は黙って割り箸を割る使命っ、…ぱちん!」

しゅばっと立ち上がり割り箸を割った俊は、然しやはり上手く割れなかったらしい割り箸を眺め眼鏡を曇らせる。

「割り箸…ふぇ、上手く割れる日がないにょ、うぇ、」
「俊、見事だ。」

素早く俊の手から割れ損ないの割り箸を奪った神威と言えば、眼鏡から洪水が沸き起こる前に持ち前の全知全能さで割った割り箸と擦り替え、

「あらん?綺麗に割れてたにょ!」
「ああ、見事な割れ具合だ。お前の見間違いだろうな」
「ふにょん、こんな素敵な瞬間を見間違えちゃうなんて、僕のバカン。眼鏡が曇ってたみたい」
「さぁ、冷める前に食らうが良かろう」
「お手てを合わせてっ、いただきま。」

次瞬、獣と化したオタクに皆が口元を押さえた。箸を動かす手がマッハを越えていて、最早見えないではないか。
幾ら神帝だろうがこの食欲には、


「がつがつ、ぷはんっ、ぷはーんにょーんっ!ハンバーグ定食とウインナーお代わりィ!」
「もきゅもきゅもきゅ、…ポトフが全く足らん。高々二人前程度で腹の足しになるか、至急五人前追加しろ」

いや、付いていけない所か食らい付いている

「美味しいにょ、がつがつ、とんでもなく美味なり!」
「ふむ、レストフロアの従業員に、もきゅ、ボーナスを弾まねばなるまい」
「さァせーん、焼き肉とご飯だけお代わり下さーいっ」
「手際が悪いな、飯は釜のまま運ぶが良かろう。丼茶碗などでは効率が悪くて適わん」

負けていない。
もう全く素晴らしいばかりの食欲だ。何故その無駄に優雅なナイフとフォーク使いで、オタク並みのスピードを保てるのか。

「ゲフ、フライドポテトお代わりィ!ちょっと塩気が足りないにょ!でも体にはイイと思いますっ」
「至急ポテトサラダを追加しろ、前菜にもならん…もきゅもきゅ。俊、飲み物はどうだ。グラスが空だぞ」
「コーラ下さァいっ、塩分控えてダイエットしてますので、今だけは普通のっ、普通のコーラでも許されるかしら?!」
「誰が許さずとも俺が許そう、在庫が許す限りの炭酸水を追加する。直ちに持ち寄れ、暇は許さん」

「「「「………」」」」

「そ、そう言う訳だから、覚悟しとけよ。アキ、またな」


睨み合っていた西指宿が異常に青冷めた表情で踵を返し、



「………悪夢やないか〜い。」


ついに許容範囲を越えたらしい太陽が、椅子から転げ落ちた。

「わぁ、太陽君、太陽君〜っ、しっかりしてぇ!」
「タイヨウ君、君の死は無駄にしないかんな…(/Д`。)゜。」
「いや、死んでないだろ」

最早、食べる気にもならないらしい裕也と健吾がオタクの皿からフライドポテトを二つ三つ摘みつつ、揃ってジュースをチビチビ。

「もう、インドアゲーマー如きの俺は駄目だ…。桜…後は、任せた…」
「ひっ、ひろぁ、き、くーーーんっ!」

ガクリ、と名誉の戦死、ならぬ現実逃避の気絶に陥った太陽を抱え、桜の悲鳴が響く。

「あ、俺のサイダー来た(´∀`) さくらんぼ、フルーツ牛乳来たぞ(´`)」
「杜仲茶が一番だぜ」
「杜仲茶ってぇ、体に良ぃんだよねぇ」

ゲフゲフ、もきゅもきゅ、形は違えどスピードと平らげる量は全く変わらない眼鏡二匹を横目に、

「で、ハヤトが誘拐とか言ってたろ、さくらんぼ。あれ、どゆ意味?(´Д`)」
「ぁ、はぃ、紅蓮の君がクラスに来てぇ、その後に川南北緯先輩が慌てて走って来たんですぅ。多分、錦織君に用があったみたいでぇ」
「川南兄弟はユウさんと同じ教室だからな。ユウさんは殆ど授業受けねーし、Aクラス落ちした離れのオレらよりカナメに報告した方が早ぇ。だからだろ」

ゲフゲフ、もきゅもきゅを子守唄代わりに今にも寝そうな裕也が呟き、周囲から注がれる奇異の視線を逐一睨んでいた健吾が足を組む。

「何でハヤトなんだ?(`´) アイツ、確か今朝まで撮影だったよなぁ。だから明日の昼までプチオフ(=Д=)」
「だから本当なら、今頃川南弟と総長探しの真っ最中…な、筈だぜ。昨日から半分脅迫して諜報班扱き使ってた」

健吾の肩に寄り掛かり、半分寝ている裕也の台詞に桜が首を傾げ、見ていた周囲の狼達が殺気を帯びる。

「諜報班、ですかぁ?」
「カルマの、だよ(´∀`) うちのハヤトが班長で、北緯が副班長。まだ何人か居るけど、それは内緒(^-^)」

然しやはり、健吾の狼すらビビるワンコ睨みで難は無さそうだ。

「表向き、つか、マジな話、うちの総長が三月一日に置き手紙一枚で姿消した。…その前の満月集会が総長を見た最後だからな、」
「この一月半、アイツが一番判り易く狂ってた訳だよ(*´Д`)」
「そぅ、だったんだぁ」

カラン、と言う音に、床に正座し太陽を膝枕してやりながらブレザーを掛けていた桜が目を上げる。

「腹八分目にょ。さーせんっ、プリンアラモードの抹茶と巨峰とチョコミントのアイスクリーム添え下さァいっ!!!」

膨れた腹を満足げに撫でながら、添えているアイスの方が多いデザートを追加している俊に小さく息を吐く。
途端に騒めいた食堂内の生徒は皆、箸を持つ手を休め、物珍しげにこちらを見ているではないか。

「カイちゃん、デザートは?」
「甘味は得意ではない」
「じゃ、海苔煎餅が良いと思うにょ。アイスとお煎餅を交互に食べると美味しいにょ!」
「頂こう」
「さーせェんっ、海苔煎餅と醤油煎餅30枚下さァいっ!」

最早、誰もの食欲を奪い尽くすオタク二匹には構わないでおこうか。
慣れている健吾は寝息を発て始めた裕也を肩に乗せたまま、顎に手を当てて茶色のアーモンドアイを細めた。左目尻の泣き黒子がやけに煽情的で、

「何で、北緯はメールして来なかったんだ?(`´) 俺かユーヤにテルした方が早いっしょ………つまり、出来ない理由がある、っつー訳か(T_T)」
「ケンちゃん?」
「あ?…ああ、いや、何でもないない探検隊(´∀`)」
「セクシーホクロきゅんとユーヤンがァ、ラブラブじゃァアアア!!!」

桜の声に頭を上げた健吾の目前に、眼鏡。
唾と共にプリンが飛んできた健吾が、何とも言えない(´Д`)な顔でテーブル端の紙ナプキンを手に取った。
そのままオタクの口元を拭ってやり、自分の顔はシャツの袖で拭う。

献身的なワンコだ。

「遠野、満足した?(´Д`)」
「今、お持ち帰り用のサンドイッチとお子様ランチ八人前作って貰ってるにょ」
「あ、ああ、そっか(´Д`)」

何故お子様ランチなんだ、と到底お子様レベルではない量に健吾が遠い目をする。
ペロッと頬のプリンカスを舐め、優雅にナプキンで口元を拭う銀髪眼鏡を何気なく見やれば、妖しく煌めいた黒縁が何だか低気圧を漂わせてきたではないか。

「な、何だよ、テメー(~Д~)」
「…少々、糖分に免疫がある程度で勝ったと思うな」
「は?(@_@)」

どうやら俊の食べカスを舐めた健吾に嫉妬しているらしいが、そのショボ過ぎる嫉妬心は判り辛い。

「タイヨー、眠れる森の平凡にょ…ハァハァ、カイちゃんっ、僕が許すにょ!デザートにタイヨーを食べちゃいなさいっ!」
「………高野健吾、残念だがこの大役は貴殿へ譲ろう。俺に構わず貪るが良い」
「テメー、実はカルマファンっしょ。うちの総長みてぇな喋り方しやがって…お断りしますorz」

どちらも山田太陽ランチには興味が無いらしい。

「すぴ、…うぅ〜ん、作戦………ガンガン不良殲滅…すぴ」
「はふん」

物騒な寝言を零す平凡の所為で、ハァハァ騒がしいオタクの眼鏡が一層輝き、唖然とする桜達の前で、


「ハァハァハァハァハァハァ、もう我慢の限界にょ!アレがアレで、我慢の限界にょ!
  さっきの不良リーダーお代わりィ!!!カモンっ、ウエスト様ァアアア!!!


  抱いてェエエエ!!!!!」



主語を忘れた左席会長の爆弾発言で、周囲の凄まじい悲鳴と、


「(´Д`)」
「しゅ、俊君…」
「……………」

塩っぱい健吾、突き刺さる視線で泣きそうな桜、今にも嵐を呼びそうな低気圧眼鏡が見られた。


「初夜で平凡受けを淫乱受けにするくらい、本気で抱いてェエエエ!!!!!」
「(´Д`)」
「俊、君…」
「……………」


大量のエビフライを抱えた西指宿が既にレストランから立ち去っていた事だけが、救いだろうか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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