帝王院高等学校
それはまるで神様の様だった。
「─────弱ぇ。」





顎を突き上げ、眼前に広がる惨劇を見下した男は髪を掻き上げながら、ぺっと唾を吐いた。


「hurry wake up、とっとと起きやがれカス共。…クソ眠ぃっつーのに眠気覚ましにもなりゃしねぇ。
  …おい、まだヤれんだろーが、立てコラ、腕折られてぇのか」
「はいはいキャプテン、そろそろおしまいケル(∀) いい加減ヤり過ぎコージ(´Д`*)」

呆然としている桜の肩を親しげに抱いたゴスロリがヘラリと笑い、

「つか、サクラ君がビビってるっしょ(^m^)」
「…ちっ、散れクソ共。今回は見逃してやるぜ」

慌てて立ち上がり逃げていく男達に健吾が手を振り、静観していた少年が口を開いた。


「一年Sクラス、安部河桜。安部河本舗の次男で、…イーストとは生まれた時から15年以上の付き合いで合ってるよね」
「ぁ、川南北緯先輩、ですよねぇ?」
「そうだよ。北斗と間違えたら殴ってたから、覚えておいて」
「…」

硬直する桜に肩を竦めた健吾が、スカートを靡かせながら腕を組んだ。

「ユーヤも北緯も、安部河が怯えてるっつってっしょ。俺の言う事が聞けない訳?(´∀`)」

先程まで強気だったチワワ達は青冷めたまま、健吾の腰に巻き付けられていたリボンで縛られ座り込んでいる。
中には泣いている少年も見られたが、気にしているのは桜だけの様だ。


「えっと、高野君と藤倉君、その、有難うございましたぁ」

まずは助けて貰った事に感謝を述べた桜は制服の乱れを整え、不穏な三人の雰囲気に怯みながら続く言葉を口にする。

「でもぅ、その子達は逃がしてあげて下さぁい。僕、結局なんにもなかったんですしぃ、もう大丈夫ですからぁ」
「へ?(@_@)」
「アンタ、今何っつった?オレの耳が悪くなったみたいだぜ」
「…何だ、ただの馬鹿じゃん。二人共、助けなくて良かったんじゃないですか?」

目を丸くした健吾、耳を穿る裕也、呆れた様に呟く北緯の三人に瞬き、何か可笑しい事を言っただろうかと首を傾げた。
確かに不良から殴られた時は凄く痛かったのだが、それ以上にボロボロにされた彼らには最早何の恨みも無いし、桜のクラスメートである少年達にAクラスである健吾達が手を上げたとなれば、風紀は勿論、中央委員会や理事会動く騒ぎになるだろう。


そうなれば健吾達が咎められてしまう。目の前の三人がカルマの人間だと知っているから、そうなれば俊が悲しむだろうと思ったのだ。


「何か勘違いしてねぇか、アンタ」
「つか、万一これがハヤトとカナメだったり、紅蓮の君だったりしたら、アイツら完璧死んでたよ?(´Д`) うち、皆クレイジーばっかだからw」
「助けて貰っておいて偉そうだね、お前」

面倒臭いと言わんばかりの裕也は脱ぎ捨てた帽子を拾い、くるりと背を向けた。
子供の我儘を宥めるお兄ちゃんの様な健吾は、然し縛り上げた少年らを解放する気配が無い。
冷めた目で睨んでくる川南北緯は裕也達に対する態度とは違い、一年生が憧れてやまない二年Sクラスの威厳を滲ませている。


「で、でもぅ、」
「あのね、サクラ君。俺らを庇って言ってんのは判るんだけど(=Д=) …自覚があるのか無いのか知らないけどさ、」
「一般クラスのオレらが特進に手ぇ出すより、コイツらがアンタに手を出した方が問題になるぜ」

桜が庇っていた事に気付いていたらしい二人に、然し意味が判らない桜は首を傾げるばかりだ。

「どぅ言う意味ですかぁ?」
「ほら、だからサクラ君って、」
「…天の君のダチ、なんだろ?」

言い難そうな二人に一度瞬いて、漸く理解した。
そうだ、左席委員会役員に手を出す方が余程問題だ。万一これが表沙汰になれば、会長である俊の怒りを買うだろう。風紀は何をしていた、と難癖付けて中央委員会を不敬罪に叩く事も出来る。
俊がそれを知っているとは思わないが、左席委員会の出動には必ず理事会が絡むのだ。


ただでさえ神帝はカルマ総長を探している。
全校生徒が知っている俊の素顔が、露見したら。万一理事会に、いや、理事長代理と言う大義名分を着た神帝に。曝れてしまえば悲劇だ。だから太陽は桜をあそこまで脅したに違いない。友達を守ろうとして、懸命に悪役を演じてまで。

そこまでしなければならないのだ。帝王院では、中央委員会こそ全てなのだから。


「ぁ」

折角出来た友達が、居なくなってしまうかも知れない。



「…でも、やっぱり離してあげて下さい。この子達がまた何かしたら、今日の事を中央委員会に告発しますから」

暗に健吾達の名を伏せろと言う脅迫を、クラスメートではなく健吾達を見たまま口にした。
ビクリと震えた少年らを横目に、逸らさないよう、負けないよう、強く前を見る。


怪訝そうな北緯を横に、諦めた様な笑みを浮かべた健吾が両手を挙げ、ポケットに手を突っ込んだ裕也があからさまな溜め息を零した。


「了解、上司のご命令に従いまっス(´Д`*)」
「ったく、…その汚れた顔と服をどうにかしてから戻れよ」
「ぁ、有難ぅ、高野君と藤倉君」
「おい、失せろクソ共」
「次に何かしたら、…元クラスメートとか関係無くブッ飛ばすから(´∀`)」


震えていた少年らの表情から血の気が引いていき、戒めを解かれた途端腰が引けた情けない姿のまま小走りで消えていった。


「…甘くなったもんだね、アンタららしくない」

事情が飲み込めていない北緯が色素の薄い髪を苛立たしげに掻き、片手に握っていたらしい携帯をブレザーに仕舞い込む。

「事情があるんだよ、北緯先輩(~Д~)」
「ま、その内判る筈だぜ、」

裕也が弾かれた様に上を見た。
本能的に何か感付いたらしい健吾がその場から飛び退き、北緯と桜の丁度中間、今まで健吾達が立っていた場所に何かが落ちてくる。



「「な、」」
「何、」
「きゃっ」

愕然とそれを見た健吾と裕也に、目を丸くした北緯、可愛らしい悲鳴を上げた桜が異口同音、驚きを現している中、





「ヒ、ヒィ、…おぇ。………アハハ、い、生きてる…?」

尻餅を付いた黒縁眼鏡っ子が吐き気を催しながらふらふら立ち上がり、その隣で同じく黒縁スリーセブンな眼鏡を押し上げた男が一歩進み出る。


「桜餅、見っけ。」

痙き攣る健吾と裕也が腰を抜かし、目を丸くしたままの北緯を余所に桜は目を輝かせた様だ。

「俊君、太陽君っ。何て素敵な登場なのぅ?!しゅたって降りてくるなんて、まるでピーターパンみたいだよぅ!」
「アハハ、…ごめん、三階から降りて無傷な現実から逃げたいんだ。そっとしてくんないかなー」
「ぷはーんにょーん!
  チワワに襲われ不良に囲まれ、大ピンチな桜餅を助けるイケメンっ!ハァハァ、デジカメを握る手がうっかりマシンガンショットするかと!!!」

顔色の悪い太陽が桜の肩を借りて脇腹を押さえ、何だか興奮状態のオタクに全ての視線が注がれた。



「え?…何処から何処まで見てたん?(@_@)」
「三階から降りて来たって、…マジかよ」
「お前、天皇猊下…だよね。眼鏡変わってるから判らなかったけど」

カルマ三人が呆然としている中、ふ、と冷めた笑みを浮かべた太陽がゆらりと俊に近寄った。


「…俊、ちょっと眼鏡邪魔だから外して目を瞑ってくんないかなー?」
「ふぇ?はふんっ、まさか、まさかタイヨーがうっかり僕にチューしちゃったり?!」

しゅばっと眼鏡を外したオタクは目を閉じ、目を瞠った北緯がトスンと腰を砕けさせたのに気付かず両手を合わせた。

間違いなく、キス待ち体勢だ。
ジト目の健吾と裕也から睨まれながら、然し目が据わっている太陽は黒縁6号を掛けたまま手を俊の頬に当て、恥ずかしげに両手で顔を隠した桜が指の隙間から絶賛覗き見しているのにも構わず、





「痛、いたたたたた!」
「こんの、バカチンがーっ!」


オタクの頬を抓り上げ、ジャンピング頭突きをカマした。

「むぎゅ!」
「こんのバカチンがーっ!…ってー」

身長差がもたらしたジャンピング頭突きだ。然し自分のデコも中々にダメージを受けている。



「「………」」
「きゃっ、情熱的な愛の確認ですぅ」

曲がりなりにもカルマ総長である俊に頭突きした平凡を前に、不良数人を簡単に倒してしまう狂犬二匹が背を正し、無表情且つ凄まじい眼光に涙を滲ませたオタク、いや、極道顔がぐずぐず洟を啜った。


「ふぇ、痛いにょ、うぇ、おデコが割れちゃったにょ、ひっく、眼鏡から火花が散ったにょ、ぐすっ」
「眼鏡は外してたろ。寧ろ俺の額の方が重症なんだけど」

腰に手を当てた太陽の眼鏡の上、広いデコにタンコブが出来ていた。
無傷の俊に舌打ちする左席副会長は、背を正す罪無きワンコ二匹を睨み、何でコイツはこんなに石頭なんだコラァと言わんばかりの幻聴を吐いた様だ。
無言でプルプル頭を振る二匹が完全に怯えている。



(怖ェ、タイヨウ君って半端ねぇっしょ!Σ( ̄□ ̄; ))
(ああ、逆らったらマズいぜ。やっぱ総長のダチ名乗るだけあんな)


長年のコンビによるテレパシーを余所に、太陽の怒りは未だ鎮火していない。


「大体、安部河がアイツらに踏み付けられてた時点で助けに入れただろ!俺が助けに行こうってあんだけ言ったのに、よくも羽交い締めにしてくれたな!」
「ふぇ、だ、だって主人公は親衛隊に苛められなきゃ学園王道は始まらないにょ!」
「あー?…へぇ、だったら何、今回は高野達が来たから良かったもんの、あのまま安部河が山の中に連れてかれても俊は見て見ぬ振りをした訳だー…?」
「違、違うにょ、うぇ、ちゃ、ちゃんとあっちからケンゴン達が走ってくるの見えてたもん、ふぇ」
「あー?聞こえないなぁ…」
「うぇ、うぇぇぇぇぇん!!!」

低い低い声音にビビった極道顔がつい泣き出し、ごめんなさいごめんなさい叫びながら平凡の足元に縋り付いた。
デジカメで撮影したぷに受け主人公のピンチシーンを目の前で削除されても文句を付けず、鼻水やら涙やらに汚れた惨めな顔を太陽の足に擦り付けまくっている。



(逆らったらヤバイのはユウさんじゃなくて、タイヨウ君っしょ!ΩÅΩ;)))
(合言葉は、平凡キレたら魔王も殺すだぜ)

二葉とのやり取りを知らない二人だが、全校集会である式典であそこまで堂々と日向に暴言を吐いた太陽の記憶は新しい。
何があっても二度と太陽には手を出さない、と言う意見で一致した狂犬二匹は無言で頷きあった。



これで現在、俊・佑壱・要・健吾・裕也が勇者ヒロアーキの支配下に入ったみたい。
残る隼人は中々に手強そうだ。頑張ってくれ。


「反省だけならドンキーゴングだって出来る。…全く、人の趣味をとやかく言う気はないけどさー、あんまり度が過ぎると今度はグーで叩くからねー」

お前のパンチはへなちょこっぽい、などと口が裂けても言わないカルマ総長以下ワンコ二匹は正しい。
チビと言う魔の呪文で般若に変身した太陽を知るオタクはコクコク頷き、真剣な表情で赤く腫れた太陽の額に手を伸ばす。


「もうお嫁さんに行けないおデコになっちゃったにょ、タイヨー。責任取って僕がタイヨーのお婿さんになります…ハァハァ、BLで培ったアレやコレが役に立つかしら?!
  その前にタイヨーの可愛さだけでうっかりお代わり三杯!はふん、早漏は嫌われちゃうにょ。シューティングスターは嫌われちゃうにょ、チェリーは主人公のお約束でも、シューティングスター攻めは萌えないにょ!
  待っててタイヨーっ、これから毎晩タイヨーの寝顔で修行するからっ!でも枕元にはネピアとエリエールが必要かしら?!」


早いとかの問題ではない。


「いや、俺を何処に嫁がせたいのか聞きたくないけど、将来的に俺は笑顔が可愛いお嫁さんと三人の子供に囲まれて幸せに暮らすつもりだから。幸せなジジイになって孫とバトルゲームする余生を楽しむ予定だから。…お気遣いなくー」

中々に具体的な将来像を抱いている太陽に、腐ったオタクは笑顔が可愛い甘えた乙女攻めもアリだな、と妄想に走る。

「太陽君、そのカチューシャなぁに?」
「これは左席の制服っつーか、目印みたいなもんかなー。あ、安部河のハチマキもあるよー」
「わぁい、花柄のハチマキだぁ。可愛いなぁ、嬉しいなぁ」
「一応、念のため眼鏡掛けて変装した方がいいかも。Sクラスは基本的に御三家以外はあんまり知られてないけど、顔が割れると狙われ易くなるには違いないしねー」

俊の眼鏡を外した無愛想な顔で沈黙する姿は見る者を脅えさせるが、桜がスリーセブンな眼鏡を装備し太陽が手渡してきたハチマキを絞めてしまった為、眼鏡不足だ。
素顔で妄想に馳せる俊は奇妙な沈黙を守り、近付いてきた人影に気付いていない。



「…総長?」
「「あ」」
「「げ」」

地面の上に正座したオタクの膝に、こてんと頬を置いて覗き込む小型犬系の美形。
桜と太陽が振り返り、ワンコ二匹がマズいとばかりに舌打ちする。

「ね、総長でしょ?総長だよね?ね、そうでしょ?」
「む?…はふん、チワワがっ、チワワが僕の膝でっ!どうするータミフルー」
「俊、タミフルはインフルエンザの薬だからねー」

北緯にビビったオタクが某CMソングで驚愕と萌を叫び、冷静な副会長が的確なツッコミを一つ。
俊の膝から転げた北緯は然し軽やかに立ち上がり、二年抱かれたいランキング堂々一位の可愛さでコテンと首を傾げた。


オタクの眼光で近くの木がビビ割れたらしい。
びくっとそれを見たワンコ二匹は敵襲かと辺りを見回している。オタクの眼力は止め処無い、最早凶器だ。



「あにょ」
「総長、じゃないの?…でも総長だよね?だって、俺が総長を見間違える筈ないもん、………総長だよね?」

うるうる潤んだ茶色い瞳に、オタクの肩が震えている。
震える両手をワキワキさせて、真剣な表情を通り越し、今にも帝王院を滅ぼしてしまいそうな凶悪顔でハァハァ妖しい息遣いだ。


「ちょ、総長ってまさか、川南先輩までカルマだったり…?」

痙き攣った太陽が、白百合親衛隊長と名高い川南北斗の双子である北緯を横目に裕也達を見やり、ワンコ二匹が頷くのに肩を落とす。


「…どんだけ危ない奴らばっかなんだよ、カルマ」
「失礼なやっちゃな(~Д~)」
「どっちが危ねーのか判ってないぜ」
「川南先輩、何だか小さいワンちゃんみたいですぅ」

観客と化した四人の前で、帝王院で最もプライドが高いと名高い川南北緯に襲い掛かる痴漢が現れた。


「ハァハァハァハァハァハァ、ちょ、明太子あげるからオジサンに付いて来なさい」
「総長…?」
「ハァハァ、オジサンの明太子でイイなら今すぐ見せて、」
「言わせねぇよ!」

スラックスのファスナーに手を掛けた変態総長を蹴りツッコミした太陽が、目をパチパチさせる北緯にペコペコ頭を下げた。

「すいませんうちの変態会長が本当、後で吊しますから許してやって下さい」
「ね、総長でしょ?」

今の変態行為に構わないらしい北緯が、今にも泣き出しそうな表情で太陽に蹴られた尻を押さえるオタクに詰め寄る。

「ね、何で知らんぷりするの?総長でしょ?ね、そうだって言ってよ…、心配したんだから、探したんだから、ね、お願いだから…、総長だっ、て、言、」
「キィ」

諦めた様に息を吐いた俊が、ゆっくり両腕を広げた。



「Close your eyes、今夜は安息の新月だ」

柔らかく下がった眼尻と、擽る様な笑みが光を撒き散らす。

「なァ、まだ俺の子守歌は必要か?」

息を呑んだ健吾と裕也が、然し弾かれた様に立ち上がった北緯と同じく俊へ抱き付くのを、太陽と桜はまるで幻想世界を見る目で眺めていた。



「必要に決まってっしょ!(;_;)」
「…当然だぜ」
「総長っ!」

美形三人が、普段の凶悪さを消して泣いている。
健吾はともかく、クールな裕也や北緯までがまるで子供の様に。


それは酷く現実味がなかった。



「バーカバァカ、総長の馬ぁ鹿!(ρд<。)゜。」
「…清水の舞台から飛び降りるつもりで反省して下さい」
「も、次に居なくなったら縛り付けて監禁するからっ」
「そうか、…お父さんが悪かったなァ」

穏やかに穏やかに、微笑みながら三人を撫でるその姿を例えるなら、



「今夜は新月だ、キィ、ユーヤ、ケンゴ。
  ………心配掛けて、悪かったな。」





それはまるで、神様の様だった





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あきゅろす。
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