帝王院高等学校
忍者と女神とパンチラ、豚骨風味
「局長、本日の取り締まり人数は五名です」
「その内五名全てが反省を示し、校内での不純同性交遊に対する反省文50枚の提出に同意しました」
「中央委員会が出向する必要は、本日も無いものと心得ております」

部下の報告に頷いた男は眼鏡を押し上げ、優雅に足を進めながら何処と無く考え込んでいる。
部下のまだ後ろ、まるで大名行列の様に百合を抱えた親衛隊が続き、その行進を生徒達は頬を染めながら眺めていた。


「閣下、如何致しましたか?」
「フレンチトーストならばランチボックスにございますよ」
「ロイヤルミルクティーでしたら只今ご用意致します。…諸君、ポットとエバミルクを直ちに!」
「御意、副局長!」
「結構ですよ、今は優雅なティータイムと言う気分では無いのです」

ふぅ、と、これ見よがしな溜め息を吐いた眼鏡に、周囲の生徒らが感電した様な表情で硬直する。





叶二葉、8月31日生まれ乙女座のB型。
これ以上無い相応しい身の上である彼は、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿も微笑みながら毒舌を吐く姿も『百合の花』、と言う、外見だけで人生の十割方得している男だ。

同じ産婦人科の新生児室で出会い今に至る、いわゆる幼馴染みである高坂日向が聞けばその美貌を歪めるだろうが、帝王院の生徒らに於ける白百合イコール『女神』であり、人前に姿を現さない神帝に並ぶ正に『神』である。


さて、神の名を帝王院神威以外に名乗る事が許されるのは叶二葉のみであり、如何に高坂日向であろうとその称号を受ける事は出来ない。
当然それには理由があるのだが、それは教師ですら知らない極秘事項だ。



「………ふぅ。」


さて、そんな男が見た目だけならどうしようもなく儚げに嘆息している。


「局長…?」
「どうかなされたのですか?」

ハラハラした風体でそれを眺める部下の後ろ、不良だらけの紅蓮の君親衛隊ですらビビると言う、体格の良い学生ばかりで構成された白百合親衛隊一同。


「ああっ、あの目に見えない筈の溜め息さえ美しい我が百合の花よ!」
「我らが女神!如何がなされたのですか?!」
「その美しいお顔を曇らせる不埒者など、この柔道部主将であるオレが投げ飛ばしてくれる!」
「いや、此処は格闘技クラブの俺がっ」
「いやっ、相撲愛好会主将であるオレが!」
「レスリングファンの僕が!」
「白百合の為なら死ねる私が!」

わらわらわらわら、二葉にさりげなく近付いた彼らは抜け目無く二葉へ触りまくり、





「汚らわしい手で触るな、下衆共。」



一瞬で全滅した。
勤務に従順な風紀委員達が死体と化した狼を縄で縛り、何だか妖しげな縛り方に何の疑問も持たず風紀室目指して去っていく。


「ふむ、亀甲縛りの腕前が上がりましたね、皆さん」
「マスター、大丈夫〜?」

天井がカタリと音を発て、優雅に見上げた二葉の前に通風口の蓋を手にした少年が降りてきた。
テメェ忍者か、と言う突っ込みは無い。帝王院が誇る突っ込みマスター山田太陽が欲しい所だ。



まぁ、某オタクの頭の中では突っ込まれまくりの平凡総愛されだったりもするが。
今のところ妄想内だけなので、実害は余り無いのが救いだろう。

「おや、ノーサ。そんな破廉恥な所で覗き見とは愉快ですねぇ。私の背負い投げはどうでしたか?」
「震えるほど素敵でしたマスター、一眼レフカメラを切る指が震えてピンぼけしてないか心配系」
「ふふ、ピンぼけ程度ではこの私の美しさを隠す事は出来ませんよ」

美しさとは罪、と言う自意識過剰だが事実なのでどうしようもない台詞を呟きながら、クルリとターンを決めた眼鏡を撮影する少年は、その水色の髪を掻き上げ満面の笑みを滲ませる。


「マスター、カイザーが居たって聞いた系?」
「ええ、ウエストから報告は受けました」
「やっぱ、あの外部生が怪しい系ですか?ま、もう外部生って呼ぶ奴は居ない系かな」

カラコンで神秘的なマリンブルーに染まる瞳を歪めて、


「天皇猊下なんて、…陛下も人が悪い系だよねぇ」
「あの帝都様が唯一依存している、…今は亡き秀皇様に与えられた王の称号ですからね」
「死んだ、なんて言ったらマスターだって怒られちゃう系だよ?テンコー陛下が居なくなった所為で、帝都様は何処にも戻れなくなっちゃった系なんだから」
「あの方は所詮、帝王院の人間ではありませんからねぇ」
「マスター、機嫌が悪い系だからって、…それ以上はダメ」
「クスクス、判りましたよノーサ」

瞳には笑みを滲ませたまま、然しその瞳の異常な冷たさに怯えた少年は諦めに似た溜め息を零した。


「また、山田太陽系?」
「どう言う意味ですか、川南君?」

どうやら地雷を踏んだらしい。
普段長めの前髪で目元を隠す傾向にあるこの男が、仕草だけはしなやかに、然し苛立っている時にしかしない仕草で前髪を掻き上げ、微笑を深める。

「言ったら良いですよ、お前を助けてやったのはこの俺様だぞー、…って」
「意味が判りませんね」
「僕、見てましたもん。あの子の上の部屋、北緯が暗室にしてたから。あの夜、マスターが階段面倒臭がってバルコニー飛び降りてたのも、あの子がナイフ突き付けられて押し倒、」



─────声が出ない。
爪先が浮いて、喉仏が凄まじい力で掴まれている。





「あれはただの『傷害未遂』ですよ、…ノーサ?」
「し、つれぃ、しま、し、た」
「以後、俺の前でその話をしないで下さいね。」


駄目だ、どうしようもない。
年の離れた二人の兄に可愛がられた二葉は普段自分の事を『私』と言うが、昔は『俺』だったらしい。幼馴染みである高坂日向が口外して憚らないのだから事実だろうが、確かに昼間はともかく校外活動中の夜に限っては普段の敬語も鳴りを潜めた。


口が悪い何様野郎、仮面で顔を隠せば二葉の中身は日向と変わらない。寧ろ幼い頃から危ない目にばかり遭ってきた日向のボディーガードでもあったと言うのだから、二葉の方が質が悪いだろう。



「次は殺しますよ、北斗君。貴方の言う通り、今の俺はすこぶる機嫌が悪いんです」
「けほっ、ラジャー、マスター…」

漸く絞め上げられていた喉を離され、呼吸停止寸前だった肺が酸素を求め喘いだ。
この一歩間違えればただの気狂い男に真っ正面から悪態吐く山田太陽の凄さを改めて認め、カメラを片手に床を蹴った。


「左席、どうする系なの?」
「…どうもしませんよ、特に」
「陛下だけの企みなら、マスターの意に反する系だろうね」
「我が魂は神帝陛下御心のままに。…この心臓が、左側が稼働する限り、ね」

前髪を元に戻した男が歩き出し、天井にぶら下がったままだった体を捻り、通風口の蓋を閉じる。
無人の廊下に再び降り立ってからアクアマリンの髪を掻き乱し、重い重い溜め息を吐いた。








「陛下が戻らなきゃ、マスターが『神』だったのにね。」

























「きゃっ」
「鈍いなぁ、君。大袈裟に倒れちゃってさぁ」

ヘラヘラ嫌な笑みを浮かべる小柄な生徒が、上履きのまま腹を蹴り上げた。
大した痛みこそ無いものの、反動で倒れた桜はその小豆色の髪を枯れ葉の上に散らす。


「君、天皇猊下に取り入るつもりでしょ」
「ただでさえ君が清廉の君の周りをウロチョロして、皆迷惑してるんだよね」
「ねぇ、まさかイースト様の命令で左席に潜り込んでるの?」

汚いものでも見るかの様な複数の視線から逃げる様に、俯かせていた目を上げた。
キッ、と出来る精一杯で睨めば、一番偉そうな態度で腹を踏み付けたままだった生徒がその足で強く太股を踏んだのだ。

「っ、」
「何、今の生意気な態度!」
「マジウザイ、不細工の癖に図に乗んなよ」
「何でお前みたいな奴がSクラスなんだよ!はっ、寄付金積んでんだ?」
「っ、僕は!」

踏み付けてくる足を振り払い、痛みに顔を顰めながら立ち上がった。体格の差が上手く作用したのか、僅かに後退った生徒達は然し人数的に優位な為その場から睨んでくるばかり。


「俊君と太陽君のっ、友達になったんだ!」
「は?」
「は、ははは、馬鹿じゃない?」
「帝君の友達?…はっ、確かにお似合いだよ、不細工同士。でもさぁ、」


だから、帝王院と言う空間は嫌いなのだ。



「…言ったよね、図に乗んなって。」

ほら、すぐに武器を出す。
リブラ、寮の裏手は校舎であるティアーズキャノンまで雑木林が続き、その向こうはそのまま山だ。
迷い込んでレスキュー要請が出された保護者も居るのだが、逆に言えば誰も近寄らない、何をしていても『見付からない』場所でもある。


「殴るだけ面倒だよ、こんなデブ」
「ねぇ、コイツ縛って捨てて来てよ」
「死んだら死んだで仕方無くない?」
「勉強し過ぎてノイローゼの余り失踪、なんてニュースで良くある話じゃんねぇ」


ウエストこと西指宿麻飛から連れ込まれたヴァルゴの並木道は、校舎から寮を繋ぐ遊歩道の左右にある小さな雑木林だ。
美術の授業では写生にも使われる場であり、敢えて自然的に造られた人工林の為、雑木林の中に休憩スペースや噴水まである。


「出てきてよ、皆」

然し、此処には何もない。
人が通り掛かる事も稀で、まして縛られて雑木林の奥に放置でもされれば完全に御陀仏だ。


悪役のお約束、桜の背後にある雑木林から体格の良い生徒達が現われ、逃げる間も無く口を塞がれる。

「はっ、向こうで見てたけど、ンな肉ダルマ相手じゃ食う気も起きねぇな」
「コイツのお陰で俺はチーム追い出されたんだ。…中で可愛がってやろうじゃねぇか」
「逆恨みだろ、それ」
「ギャハハ」

見覚えのある不良が視界に映り込み、絶望的な気分に陥った。
昔、と言っても一昨年の話だが、不良グループに入ったと言う幼馴染みを考え直させたくて学校を抜け出した夜。

肩が触れただけで殴り掛かって来た不良、それが幼馴染みと同じABSOLUTELYと言うグループの人間だった。
その時庇ってくれた幼馴染みは別人の様な態度でその不良を殴り倒し、以降目すら合わしてくれなくなる。昔は寡黙ながら話し掛ければ応えてくれたのに、今はまるで赤の他人の様な態度だ。



「つか、さっきもコイツ、ウエストに近付いてなかったか?」
「はっ、どーせ愛しい愛しいイーストに尻でも振ってんだろ」
「っ!むぅ、ふーっ!」
「暴れんな、クズが!」

精一杯の抵抗も簡単に封じられた。チワワみたいなクラスメートとはまるで違う、喧嘩慣れした拳が腹にめり込み、呼吸が数瞬止まる。

「こんなカス相手にすんのかよ、あの清廉の君がよぉ」
「まさか、あの人もヤる相手にゃ不自由してねぇだろ。…お綺麗な面して好き者らしいからな」
「もう良いから、早く捨てて来てよ!汚い生き物なんか見たくないの!」
「あーあー、判った判った、ちゃんと後で俺らの相手になれよ、カワイコちゃん」
「まずはお口で宜しく」
「ケダモノだなぁ、お前よぉ」

忌々しげな目で睨み付けてくる小柄なクラスメート達が遠ざかっていく。
口を塞がれたまま担がれて、枝や枯葉を踏み締める音を絶望の中で聞いた。







「─────煩いよ、好い加減。」


その一言と同時に、上から何かが落ちて来たのだ。
ベージュよりまだ薄い、例えるならサワークリームみたいなサラサラの髪が舞い、面倒臭げな茶色の瞳が細まった。



「ゆっくり昼寝も出来ないし、煩くて」
「げっ、ノーサ?!」
「違う、コイツ弟の方だぜ!」
「ちっ、カルマだからってしゃしゃってんじゃねぇぞ」
「一人で俺ら全員相手にするか、川南ぃ!」
「本当、煩いなテメェら。然も、…俺だけじゃねぇし」

不良達が騒ぎ始め、青冷めたクラスメート達が逃げ出そうとするのが判る。





「馬鹿だね、皆。」


けれど彼らが姿を消す事は出来ない。
サワークリーム色の髪を整える川南北緯が軽く頭を下げ、振り返った不良達は完全に戦意喪失するのだ。





「北緯じゃん、おっはー(>Д<)」
「…おい、アレ安部河桜だろ」
「ケンゴさんユーヤさん、その格好何スか?またハヤトさんの罰ゲームっスか?」
「あらー、何だかナイスタイミングな場面っしょ?もしかして何か今の俺、輝いてるシーンじゃぞ(´Д`*)+++十+
「輝いてるっつーか、トランクス丸見えだぜ、スカートから」
「って言うか、顔文字だけ輝いてましたよ、今。見間違い…いや聞き間違いスかね、今の…」
「やべ、セクシーショット!(//∀//)」
「相変わらず人の話全く聞いてませんよね、二人共」


知らない者はまず居ない。
長身の緑頭と、可愛らしい顔に好戦的な笑みを浮かべたオレンジ頭。
呆れた様な台詞を吐いた川南北緯が欠伸を発てて、敵陣の最中だと言うのに太い木の幹に寄り掛かる。


「安部河桜を探しに来たんでしょ、二人共。なら、そこに居るっスよ」
「安部河桜君〜、居たら手ぇ挙〜げてー(_´Д`)ノ 高野健吾君、居るから手ぇ挙げます〜、はーい\(´Д`\)」
「だから、あそこで拉致され掛かってるちっこい奴だぜ」
「あ、何か美味しそうなアレ?(∀) タイヨウ君より濃いじゃんか、こってり豚骨風味じゃんか」
「涎、出てるぜ」

川南北緯の台詞など全く聞いていないのか揶揄っているのか、マイペースに口元を拭いながら、プリーツの多い黒光りしたスカートを捲くし上げた男が両腕を広げている。

「正義のヒーローみたいじゃね?(∀) あ、高野健吾は只今記憶喪失中だった(@_@) 忘れてた、アタシただの美ギャルだった(´∀`)」
「自意識過剰だぜ」

パイロット帽子を面倒臭げに脱いだ男が首の骨を鳴らし、



「改めまして左席委員会(仮)高野ケンコですぅ、今から君達を逮捕しちゃうゾ☆(´Д`*)」
「あー、面倒臭ぇ…」

きゃ、と可愛らしく飛び上がったオレンジ頭が素早く小柄な生徒達を拘束し、





「悪いが今のオレはただのパイロットだからな。…テメェら全員、







  市中引き廻しの上、磔獄門駅にご案内だぜ」

「そりゃ車掌っしょorz」



あんなに抵抗しても無駄だった不良全員が、パイロットの足元に崩れた。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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