帝王院高等学校
忍び寄る妖しい影に眼鏡が曇ります。
御手洗団子に、栗羊羹。
苺大福、梅葛切り、きな粉餅。
醤油煎餅、海苔煎餅。
カラフルなアラレは手作りで、毎晩寝る前に一粒食べる金平糖は、星と言うよりハートの形に似ていて不思議だ。
いつもより軽やかに進む足が、まるで今の自分の心境を表しているかの様で。
擽ったい様な、恥ずかしい様な、何だか金平糖より不思議な気分だった。
「遠野君…ぅうん、俊君のご機嫌が直ると良いなぁ。太陽君は甘いの苦手みたいだったから、お煎餅も持って来ちゃったぁ♪」
二人がどんな顔をするのか想像しながら、実家から送られてくるお菓子を両腕一杯抱き締めて、小走りに廊下を進む。
きっと笑ってくれる気がする。
初めて、助けて貰った。
鈍臭い鈍臭いと兄弟から呆れられて、唯一の友達だった幼馴染みにまで見離されて、最近は特に全てがどうでも良かったのだけど。
『貴様らの様な愚か者に染まらぬよう、精々努力する事を誓います。』
あんなに潔い皮肉は初めて聞いた。
興味を得た所で、所詮18番の自分が近付ける様な立場の人ではないと諦めていたのに。
『庶民舐めんなっ、苦労知らずのボンボン共が!』
羨ましかった、それが第一印象。
21番の癖に、帝君の隣でカルマに囲まれて、にこにこ笑ってる。
汚い人間の一人だったからだ。
羨ましかったから憎む、なんて理由にならない。21番の癖に、なんて。何様だろう。
「ねぇ、安部河君。」
転ばない様に下ばかり見て歩くのは、小さい頃からの癖だ。いや、もしかしたら他人と目を合わせたくないからかも知れないけれど、
「ぇ?」
「ちょっと時間良いかな、安部河君。」
ちゃんと、前を向いていれば良かったのだろう。微笑む生徒達に、軽やかだった足が鈍る。クラスメートなんて名ばかりだ。
頭の中には笑う二人の光景だけが残されて、
「君、猊下の部屋から出て来たよね?」
「って言うか、あの外部生達と仲良さそうだったよねぇ」
「光王子の敵だって、…知らない訳ないだろ?」
「付いてきてくれるよね、安部河君。」
零れ落ちたお菓子が。
ただただ、視界の端にひっそりと。
「何だ、この光景は」
裕也の眠たげな瞳がこれ以上無く見開かれ、乳首丸出しの健吾が素早く平凡二匹を庇う様に動いた。
ギッ、と睨んでくる健吾を僅かに目を細めただけで怯ませた男は、濡れたプラチナから滴る水滴にも構わず健吾の向こうへ視線を注ぐが、
「…」
太陽が真っ青な顔で凝視してくるのに眉を寄せた。いつの間にか眼鏡を掛けていたらしい俊だけが、ぽてぽてとフェイスタオルを片手に近付いてくる。
「カイちゃん、カラスの行水並みに早過ぎるにょ。お口開けて、あーん」
フェイスタオルを神威の頭に押し付け、半ば無理矢理唇を開かせたオタクは爪先立ちで神威の口の中を覗き込んだ。
「百点にょ。のりちゃんと離婚して来たみたい?離婚調停は長引けば長引くほどエグいんだって。昼メロで見たにょ」
「そうか。早く別れて良かった」
「そうにょ。のり塩ポテチには要注意なり、やっぱコンソメですっ。はい、お風呂上がりのコーラ」
端から見たらただのカップルではないか。
「そ…、遠野!ソイツ何?!(οдО;)」
「カイっつったら、…さっきキスしてたキモ眼鏡の事じゃねぇかよ」
半裸の二人からジト目で見つめられた神威は全く動じない。
寧ろ睨み返しているらしい。
太陽は青を通り越して白冷めながら息を呑み、ピトっと俊に張り付いた。
「カ、カイ君、早く服着て欲しいなー、とか、思ったり」
「ハァハァ、タイヨーが背中にタイヨーが背中に…っ。カイちゃん、お着替えするにもお洋服のサイズが無いにょ。バスローブなんてお洒落品、庶民にはハードルが高過ぎですっ。新聞紙巻いてエコローブ始めませんか?!」
天ぷら用、と書かれたカラーボックスから新聞紙がボロボロ飛び出した。
「エコローブ…(´Д`)」
「始めた日に人生が終わりそうな、ホームレス新生活が始まりそうな気がするのは俺だけでしょーか…」
太陽と健吾が塩っぱい顔で新聞紙を見つめ、短い溜め息を吐いた裕也が脱いだシャツを放る。
「アンタならオレのサイズで良い筈だぜ。…オレはそっち着るから、アンタはオレの制服でも着てろ」
「「きゃ。」」
パイロットの制服を渋々手にした裕也が男らしくスラックスを脱ぎ捨て、太陽と健吾が何故か顔を隠し、オタクのデジカメが光った。
これを売り捌けばちょっとしたお小遣いが稼げそうな気がする。
「サセキ運営費の為にょ。多少の犠牲は已むなく、涙を飲むのですっ」
「俊、副会長命令です。隠し撮りは隠れてやんなさい」
「はーい」
「それと、左席会計に安部河を推薦します。左席活動費はメイドイン安部河の和菓子と、イラスト入りポストカードで算出するから。荒稼ぎ禁止ー」
「はーい、副会長ォ」
太陽からデジカメを奪われた俊は消されゆく裕也の下着姿に不満げだが、副会長命令ならば致し方ないと諦めモードだ。
自分が会長だと言う自覚に欠けている。
主人公の自覚すらないオタクだ、仕方ないかも知れない。
「…で、カイ君?」
「どうした山田太陽」
「何て格好してんだい、君は…」
神威を警戒しながら、パイロット&ゴスロリと言うミスマッチなカップルに変化した裕也と健吾に太陽の頬が痙き攣る。
神威が裕也の制服ではなくバーテン姿で振り返ったのに眉間を押さえ、
「どうしたもこうしたも…」
白いシャツ、黒いベスト、同じく裕也のスラックスに黒いサロンタイプのエプロン。
緩く髪を掻き上げ、その美貌を余す所無く晒せば、全国の女子が悶死しそうな美形バーテンの完成だ。
「どうしようもなく似合い過ぎて怖いんだけどねー…。何で敢えてバーテンか全く判らないと言うか…」
言いながら携帯を取り出した太陽はうっかり写メりながら、はっと我に還る。
「違うやろーっ!
写メってどないすんねんっ、阿呆ちゃうかーっ!はぁ、はぁ…」
「タイヨウ君、ドードー(=Д=)」
「声がデケェぜ」
「きーっ、イケメンは黙ってろ!何だよどいつもこいつも美形ばっかで畜生、俺だって後5cm伸びたら…っ」
いや、平凡は平凡のままだろうが。
「…畜生、イケメンが憎い」
「元気出しなよタイヨウ君、男は顔じゃない、心じゃぞ(∀)」
打ち拉がれる太陽を宥めるロリっ子姿の健吾は、唯一のO型だ。自分がイケメンだと言う事実を知らないらしい。
「あー、眠てぇな」
「イケメンなんて撲滅されてしまえば良いんだ…」
「わあわあ、タンマタンマっ、後生だから許してやってタイヨウ君っ(ο_О;)」
今にも寝そうな裕也が、くあっ、と欠伸を発ててワンコクッションを枕に転がった。
プレステで、その後ろ姿に殴り掛かりそうな太陽を止める健吾は半泣きだ。お疲れ様です。
「…何故、此処に藤倉裕也並びに高野健吾が居る?」
何事も形から入るB型オタクが、バーテンコス用にシェイカーやら隠し持っていたのを掘り出し、しみじみと眺めている神威がシェイカーを覗き込んだまま囁いた。
その声音に眉を寄せたのは人形の様な格好の健吾だけだ。
「何か、どっかで聞いた事あるよーな…(?_?) カナメが居たら判るだろうけどなぁ…(・_・)」
「ケンゴ?」
「何でもない(´Д`)」
「そう言えば何で二人共、ここに来たの?はっ、もしかして俺に復讐とか?!」
「「いや、違うし。」」
被害妄想甚だしい太陽が、然し平凡故にビビりMAXで俊の背中に張り付けば、何かを書いていたらしい俊がやはり背中に太陽を張りつけたまま立ち上がった。
その手には長いハチマキ。
「俊、何それ?」
「サセキ装備品にょ。はいっ、タイヨーには特別製ですっ」
「ありがと…」
MOE、と言う蛍光ピンクなスペルの上に副会長と書かれたハチマキ。
これをどうしろと言うのかは不明だが、神威へ渡されたのは『俺様攻め候補』と書かれたハチマキだ。
「あとは桜餅の分と、嵯峨崎先輩の…はっ、嵯峨崎先輩は中央委員会にょ!アイツ敵にょ!」
携帯を取り出した俊が、『萌え尽きる運命』と書かれたハチマキを男らしく巻いた姿でポチポチする。
嫌な予感がする健吾は然しひょいっと裕也を飛び越えて俊の手からハチマキを奪い、
「左席お手伝い?だったら、ユウさんの代わりに俺が立候補する(´Д`*)」
「ふぇ?」
「ABSOLUTELYだらけの中央委員会に刃向かうんだろ?(∀) カルマの俺が適役じゃんか(´Д`*)」
す、と俊の耳元に唇を寄せ、
『駄目って言うならタイヨウ君にエッチィ事しないよ、─────ご主人様。』
俊の眼鏡がズレた。
くいっと眼鏡を押し上げたオタクに選択肢はないに等しい。
「今から高野豆腐君をサセキ萌係長に襲名します」
「よっしゃ、任せとけ会長♪(´∀`)」
ついでにオタクのほっぺにブチュ、と吸い付いた健吾は中々に賢かった。
去年まで学年3位だったのだから、Aクラスにさえ落ちなければ学年4番だ。
因みに学年5番だったかも知れない裕也が飛び起き、無言でゴスロリの尻を蹴り飛ばしてオタクの手を握る。
「…オレも。」
「ふぇ?」
「左席、入る」
つか入れてくれないなら暴れ回る、と言う意志が宿った瞳は怖いくらいに饒舌だ。
「ちょ、皆して勝手な事を言わないで!俊も、安部河不在時に独断政治しないのっ」
「ごめんなさい。じゃ、そゆコトでセクシーホクロ君のハチマキ没収します…」
「ちょ、タイヨウ君横暴っ!( ̄□ ̄;)」
「おい、山田…」
オレンジ&グリーンに詰め寄られた平凡は、有り得ないデザインのハチマキをカチューシャ巻きし、晒したデコを拭いながら不敵に笑った。
「脅すつもりなら、イチ先輩にチクるかもねー」
「セコいなぁ…orz」
「………」
痛い所を突いてくる平凡に、反撃を封じられた二人はジトっとオタクを見つめる。
然し、オタクはバーテンが作ったカクテルを舐めながらあっち向いてるではないか。
「タイヨーに嫌われたら生きていけないにょ。ふにゅん、酔っ払っちゃったかしら…」
「スクリュードラちゃん、ジンジャーエールとオレンジジュースの混交物だ」
「そっちのカシスオレンジ改はどんな味かしら?!」
「ファンタグレープとオレンジの混交物だ」
創作カクテルにご満悦なオタクはノンアルコールでほろ酔い気分を味わっているらしい。
ふにょん、と倒れ込むのを美形バーテンに抱き抱えられて、見つめ合うと素直にお喋り出来ない雰囲気だ。
「…何であんなに仲良いんだ、あの二人」
「あのデカ野郎、マジ殺してぇ…( -_-)」
「やめとけ、…ありゃ絶っ対ェ、三人以上の女持ちだ。ケンゴじゃ勝てねーぜ」
「つか何でアイツは良くて俺らが駄目なんだ?納得いかないっしょ!(=Д=)」
今にも駈け落ちしそうな、昼メロカップルムードだった俊と神威が離れ、きょとりと首を傾げた。
「そー言えば、桜餅遅いにょ。もう20分くらい経つなり」
「あ、本当だ。幾ら何でも遅いなー、もしかして戻って来ないつもりかな…」
「メアド聞いてないにょ」
「うん、俺も…」
蛍光ピンクで花柄を書いた上に会計、と印されたハチマキを握り締めた俊が眼鏡を曇らせた。その隣でちびっこが同じく肩を落とせば、男達の庇護欲をそこはかとなく掻き立てるらしい。
「安部河って、安部河桜の事だろ?Sクラスの(´Д`)」
「アイツも左席なら、連れて来るぜ」
パイロットとロリっ子が立ち上がり、ハンターの目で玄関に向かう。
「ちょ、ちょっと待って藤倉、高野!」
「安部河に認めさせりゃ、左席に入れるんだろ」
「絶対連れて来て承認させてやっから、ハチマキ作って待っとけや(´Д`*)」
意気揚々と出て行った二人には悪いが、
「あの格好で出歩くなよ、ねぇ」
「あの二人はゴールデンウィークのコミケ、コス着用にょ。照れが全く感じられないっ、プロですっ!」
「そうか」
『黒の慟哭』、と言う名のコーラとコーヒーを混ぜただけのカクテルを試飲し、
「…面映ゆい。」
の一言でシンクに流したバーテンこそ、全く照れが無いのは気の所為だろうか。
←いやん(*)(#)ばかん→
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