帝王院高等学校
忍ぶれど萌えに悶えけり我が胸は
「笑顔が消えたな」

俺の所為か・と、それは囁いた。
真っ赤な文字の羅列を書き上げたその手で、色とりどりの表面とは真逆に白と赤だけの裏面を皆に見せつけて、

「無駄な争いなんかない方がイイ。だから皆、今日を初めからやり直そう。Close your eyes.」

ぱちりと一つ、指を鳴らす。
正座していたオレンジ色の瞳が瞬いて、無言で椅子から降りるのを静かに眺めていた。

「まだ10時を回ったばかりだ。折角のお前の誕生日がこれじゃ、楽しくないだろう健吾」
「…た、のしくな…い?」
「そうだ。お前には楽しい記憶だけを残してきただろう、いつも。あの時も」
「………い、つも…」
「お前が悲しい顔をする度に、狐の眠りは深くなる。お前が幸福を奏で続ければ、空蝉もまた新たな脈動を刻み続ける。全ては銘に宿っているだろう、お前は『狂声』だ。俺の為に歌う犬」
「歌う…」
「そう、お前の記憶に残す必要はない。つまらないエキストラだ、彼女はほんの細やかな事故の様なものだった。大丈夫、イチの記憶には根づかない。イチの記憶には輝かしい灼熱の光だけが、遥か世界の始まりから今まで、ごうごうと燃えているからだ」

ふらり、ふらりと、一人、また一人。

「お前達は光を失って尚気高い炎の元に集った緋の系譜。そうだな、炎を見つけてごらん。それまで時間は止まり続けるだろう」

起きながら眠っているかの様に、店から少年らが出ていく。最後まで残ったのは一人だけだった。

「くっく。焼き肉でも食べに行くんだろうか、アイツらは。…太郎、何か飲み物をくれ」
「コーラで良いですか?」
「大人ならこんな時、アルコールに溺れるんだろう?」
「…冗談を。未成年に酒は許されていない」
「お前は頭が固すぎる。飼い犬に手を噛まれた男の気持ちを少しくらい理解してくれてもイイだろうに」

静かな眼差しが咎める様に見据えてくる。
最後に出ていった赤毛はバイクのキーを持っていったが、それを咎めはしなかった。

「イチがバイクに乗っていったぞ」
「…え、あ、はぁ?!んの、馬鹿…!」
「く。榊雅孝の記憶が混合してるそうだが、何がどうなればそうなるんだろう。不思議でならない。記憶は脳に刻まれる筈なのに、お前はどう思うロード=グレアム」
「八つ当たりなら他を当たってくれないか。…エンジェルはまだ14歳だ、バイクはまだ早い。万一事故でも起きれば、…この体の持ち主と同じ末路を辿らないとも限らない」
「イチのファントムは、ファントムウィングだろう?日本の免許は適応されない。少なくとも50年は、地上の人間には作れない代物だったか?」
「ナイト」
「約束を忘れた訳じゃない。お前の憎しみはあの日、秀隆の命と引き換えに消え失せた。俺は憎しみから解放された神の代理が、父親振る様に興味がある」
「私でさえ、そなたの好奇心を満たす駒の一つか…」
「お前のDNA配列は、ほぼキングと同じ。例えば育ちが違う双子に同じ質問をした場合、答えは揃うのか否か」
「…冗談が過ぎる。兄上がどんな方か、そなたは判っていない」
「く」

くつくつと、肩を震わせる男を嗜める者はなかった。
最早無人に等しい店内で、眼鏡を外した店長だけは諦めた様にコーヒーをカップへ注ぎ、カウンターに乗せる。梅雨真っ只中とは言え暑い日に、ホットコーヒーは細やかな嫌がらせだ。

「夜の皇帝、つまりステルシリーダークキャッスルの主人はキング=グレアムだったか?」
「…」
「お前が言ったんだ。己の所為で産まれてしまったあの子を、地下から解放しろと。帝王院帝都、お前の息子とキングは偽りの親子を装ってしまった」
「…ファーザー、コーヒーが冷めますよ」
「冷めるまで待ってるんだ。温かいものを飲むと鼻水が止まらなくなるからな」
「そうなる様に訓練したからでしょう?下らない事ばかり慣らして、人間の真似事だなんて趣味が良い」
「色んな方法で死ねる体になっていく。その内、俺は寿命で死ねるだろうか」
「わざわざ死ぬ準備なんてしなくても、人間はいつか死にます」
「でもお前は生きてる」
「…生かされている、の、間違いだろう。それもオリオンの個人的な理由で」
「神を殺人者にする訳にはいかないからな」
「狂ってる」
「お互い様だろう?」
「確かに」
「俺達の目的は一致している。ゼロから始まりイチ、時は廻り続けるだろう。恙無く、これから先も。例えば、俺が死んだ後も」

カチカチと、壁際の柱時計が時を刻む音が響いた。

「約束をしたんだ。満月の日、俺は知らなかった。秀隆が死んだ真冬の寒い夜が満月だった事を、何も知らずに愚かな事を言ってしまった」
「…」
「笑わせるだろう、守るだなんて。第一、何から守るつもりだったんだ?畏れながらマジェスティ=ノアに対して、一介の子供に何が出来る」
「そなたはファーストを救った」
「ただの気紛れだ」

だから稀にエキストラが邪魔をする、と。世間話の如く呟いた唇は吊り上げる。

「ポーンは怒りを覚えた。ほんの数秒とは言え、それは俺が知らない筈の感情だ」

無機質な双眸とは裏腹に、ひそりと。

「俺の想像を越えるのはイイ事だ。但し俺の意思に逆らってはならない。駒は所詮、駒だ」
「それでも約束は、果たして貰えるんだろう?…他に何が重要だと言う」
「俺が黒く染めた空虚の王を蝉を統べる皇へと塗り替えるには、空に等しい光が必要だ。軈て世界は白日へ染め代わり、人は夜を忘れて歓喜に湧くだろう」

レッドスクリプト。
深紅の文字が刻まれた紙は握り潰されて、灰皿の中で炎を灯す。

「そして寂しい月は忘れ去られる。抜け出す先は、光の下のみ」
「…」
「お前の望みだろう。そしてそれは俺の望みでもある」
「ルークは本当に、戻ってくるのか」
「キングがただの人間でしかない証明を俺が果たすだろう。そうとは知らずに、系譜は篩に掛けられる。緋のポーンはプロモーションによって反転し、…さて。王になるか、皇になるか」

後は灰へと変わるばかり。
温いコーヒーを飲み干した男はサングラスを掛け直すと、ドアへと音もなく去っていく。

「俺が編み上げた人形は、素直に従うと思うか?」

最後に。
振り向かない背中は呟いた。

「…遠野俊と言う人間が人形なら、アンタは何だ」
「さァ、俺の方が知りたいくらいだ」

音もなく開いては閉じたドアの向こう。
どんよりと曇った空が僅かに、灰色を彩っている。





















Episode of the before start in story.
Red script in our KARMA.

へと続く烙印













眩しい世界だ。
誰も彼もが馬鹿みたいに着飾って、素顔の自分を覆い隠している。

「嵯峨崎財閥のご長男、嵯峨崎零人さんですか?」
「はい。失礼ですが、貴女は?」

金も地位も全てを手に入れた人間はどれも、輪郭が幾らか違う同じものにしか見えない。産まれた時からだ。まるで呪いのよう。
誰も彼もが張りつけた様な愛想笑いを崩さない社交界は、醜いものに蓋をしてデコレートしていた。一人として例外はない。

例えば、自分も。



「…YMD専務令嬢、ね」

一通り挨拶を済ませた嵯峨崎零人は、加賀城財閥夫人主宰のパーティー会場の片隅に身を寄せた。手洗いに向かう素振りで、背の高い観葉植物の影に身を潜めると、愛想笑いを張りつけて凝り固まった頬を両手で揉み解す。

「榛原社長時代は腹心の一人だった筈なんですがねぇ。いつの間にか、羽柴側に寝返っていた様で。現在の専務は二年前に代替わりした裏切り者の息子で、さっきのレディはその娘ですよ零人さん」

観葉植物を挟んでパーティー会場側に佇む父親の秘書は、背中を向けたまま呟いた。携帯を握っているのが辛うじて窺えた為、通話中の降りをしているのだろう。

「榛原元社長は宍戸の分家だったろ?帝王院はともかく、灰皇院四家が良く傍観したもんだ」
「冬月はとっくに居ませんからねぇ。例え叶を含めた所で、榛原に手を貸すなど有り得ません」
「どう言う事だよ?」
「榛原は雲隠と同じく孤独な立場だったと聞いています。帝王院直属の雲隠が孤独を選んだのは、単に主人以外が足手纏いだからの様ですが、榛原が孤独を選ばざるえなかった最たる理由は、その特性からでしょう」
「…煙たがれた訳だ」
「どちらかと言えば、畏れですかねぇ」
「あ?」

壁の花と化している男は上手く他人を寄せ付けないオーラを放っているが、零人にそんな真似は不可能だ。弟の佑壱の特技だが、顔立ちこそ似ているものの、くっきり二重で愛想が良い零人に『近寄ってくれるなオーラ』は放てない。

「加賀城本家が消えるのと、加賀城宗家が追放されたのは同時です。鳳凰の宮様が妻に迎えた加賀城本家の最後の当主は、追放された宗家当主の瑞希とは従兄弟の間柄でした。山梨に残された加賀城の残党は、本家方の血縁です」
「だからこそ変じゃねぇか。灰皇院ではないにせよ、妻の家を追放するか?」
「そこなんですよ。加賀城を追放したのは宮様ではありません」
「はぁ?」

特にこんな狐と狸だけの動物園では、零人など震える小兎と何ら変わらない…とまでは言えずとも、30分で逃げ出したくなってしまったのは真実だった。

「加賀城を沖縄へ追放したのは榛原です。叶を京都に縛りつけたのもまた榛原だと言う者が居ます。真偽の程は定かではありませんが、榛原陽空に逆らえる者は帝王院を除いて皆無だったと」
「…マジかよ。祖母さんが加賀城を目の敵にしてたっつーのは、強ち嘘じゃねぇのか」
「それに関しては、嶺一会長ですらご存じないかも知れません。可憐様とは亡くなるまで折り合いが悪、」
「いや、良かったよ。少なくとも俺が覚えてる限りじゃ、親父も母ちゃんも祖母さんも」
「そうでしたか。私がSALに入社したのは会長が社長になられた後、ご自宅の中までは見られませんからねぇ。まぁ、それでも可憐様の恐ろしいさは嫌でも覚えていますが」
「加賀城は何をしたんだ」
「それを調べる為に来たんでしょう?」

ほら、見ろ。
狐と狸しかいない。こんな場所でも普段と変わらない男を横目に、零人は短い髪を掻いた。

「…ああ、そうだった」

やはり置いてきて正解だ。
サービスエリアの安レストランに目を輝かせて、何を食べても美味しいしか言えない様なお子様を連れてくるには、此処は余りにも汚すぎる。



「あら…」
「加賀城会長がお越しになってるなんて、珍しい事もあるものね…」
「名古屋を越える事はないと言う話でしょう?けれど嵯峨崎のお坊ちゃんが見えられてるんですから、和解したと言う事では?」

零人ですらほんの30分で音を上げる様なこんな場所では、



『本日付けで加賀城財閥社長に就任しました、加賀城獅楼と申します』

あんな子供に、耐えられる筈が。


























雲が出てきたな、と。
顔に巻いた黒布の隙間から空を見上げていた男は、微かな違和感に眉を寄せた。

「…何だ?雲の形が一部分だけ不可解な気がする」

頻繁に空を見上げては物思いに更ける趣味があるからこそ、彼はその微かな違和感に気づいたのかも知れない。
親愛なる主人の為に危険がないか周囲を窺っていた李上香は、ともすれば黒に酷似したダークチャコールサファイアを眇めた。そっと窓を開き身を乗り出せば、遥か階下を凄まじい勢いで走っていく人物が見える。

「あれは、加賀城昌人か。この俺より成績は芳しくないが、相変わらず神憑った身体能力だ。…惜しむらく、忍ぶ善さを理解する知能がない。やはりルークと対等に渡り合えるのは、王だけだと言う事か。愚問だった」

彼は、髪と目の色以外はクローンの如くそっくりな中央委員会会長を心底嫌っていた。理由は単純明快、忍んでいないからだ。

「…ステルスを名乗っている分際で中央委員会会長とは、悪目立ちにも程がある。俺はあの愚かしき化け物を兄とは認めんぞ…」

男は忍ぶもの。忍ばないのは祭美月の様に選ばれた人間に限られる。と、李は思っている。己の顔立ちを極々平凡だと思っている彼にとって、鏡の中の自分より美月の方が美しいと思っているからだ。
王子様でありながらお姫様の様でもある美月の美貌は、叶二葉など霞んで最早人間の輪郭を成さない程である。この辺りは李の好みが多大に反映されている為、抱きたいランキングで一位を独走している二葉には興味がない。寧ろ遥か昔から知っている二葉に対して恋心を抱く事などあろう筈もなかった。

マンホールの中で寝る。
返り血を浴びたまま着替えもせずに食事をする。
金にならない事は頑としてやらない。
然し、自分が楽しければ他人が不幸になろうと笑顔で見守る様な一面もある。

そんな悪魔の化身の如き男の、何処を好きになれと言うのか。
現在に至るまで一度として恋人らしき存在を側に置いた事のない二葉が、ほんの数日前、珍しく李に話し掛けてきたと思えば、

『今まで「馬鹿の癖に馬鹿な格好をしてなんて馬鹿なんだろうこの馬鹿は」と思ってきましたが、君のその出で立ちも改めてみると素敵ですよ李』
『イ尓埃博拉病毒了?(エボラ出血熱だな?)』
『失敬な。でも許しましょう、お気づきではないと思いますが私は大変機嫌が良いんです』
『貴様ほど判り易い男を俺は知らんが洋蘭、悪い事は言わない。王に移す前に隔離病棟に隠るか火炙りに処されて来るべきだ』
『おやおや、いつもなら殺せないまでも痛めつけている所ですよ三年Fクラス2番李上香。ですが許しましょう、私と同じ学年2位タイでありながらわざわざFクラスに固執している根暗な君であろうと、今の私は慈しみましょうとも。それ即ち、温泉で身も心も何ならあっちの方までも一皮剥けたが故に』
『何の話をしている』
『ああ、あっちの方はとっくにずる剥けていますが、言葉のあやと言うものですよ。香港産まれ香港育ちの君には難しいでしょうがねぇ。うふふ』

二葉は帝王院神威の次に意味が判らない。
躁鬱が激しいにも程がある。スキップでやって来てスキップで去って行った、髪と目と腹の中以外は殆どが白い男は、結局何の為に話し掛けてきたのか。
今に至るまでその理由は全く判らないが、李と二葉では互いに暗殺術のスキルが均衡している為、まかり間違って争う事になれば互いに無事では済まされない。

李上香が現在に至るまで手も足も出なかったのは、ルーク=フェイン=ノア=グレアムと、遠野俊だけだ。片や認めたくはないが兄、片や週刊一年S組編集長の弟。悩むまでもない。神威が要らないのだ。あの自分の双子の兄とは到底思えない派手なあんにゃろうが。

「やはり可笑しい。微かだが、周囲の景色と誤差がある。カメレオンの擬態の様だ…」

走っていく加賀城の後ろ姿を見飽きた忍者は、再び空を見上げ、違和感を感じた場所を注視した。じっと見つめていると、それが動いている事が判った。
廊下の窓から身を乗り出したままでは距離があり過ぎる。一切躊躇わない男はひょいっと窓を跨ごすと、白亜の塔の壁面に辛うじて彫られている溝を片手で掴み、動いている違和感が向かう先へと移動した。

「…あれは、部活棟の真上辺りだ。ゆっくり上昇している様だが、…何だあれは?」

ひらり、と。
注意しなければ見えない違和感の発生源から、白い紐の様なものが現れた。

ひらり、ひらり。
優雅に靡いているそれには見覚えがある。一度見たものを忘れない李は、すぐにそれが学園の購買で取り扱っているバスローブの生地と同じタオル地である事を悟った。

「距離はあるが間違いない。王が風呂上がりに纏っているバスローブと同じ生地だ」

常日頃、祭美月を天井裏や時にクローゼットの中、はたまたダストシュートやあちらこちらにスタンバイしては、四六時中、下手をすれば瞬きさえ忘れて凝視している様な男だ。早い話がとんだ変態だが、警護だと言えば何処となく素敵な行いに思える不思議。

「バスローブが空を舞う事など有り得るか?…馬鹿な俺には明確な判断が出来ないが、この程度の疑問を王に投げ掛ける事など許される筈もない」

致し方ないと、忍者は手を離した。
真っ逆さまに落ちているが、何せとんだ変態忍者なので黒布の下は何処までも無表情で、真っ直ぐキャノンから突き出ているクレーンに着地を果たす。

「何故この様な所からクレーンが飛び出しているのか甚だ疑問だが、今はそれ所ではない。バスローブとは、気高い王族が纏う衣服だと言う…」

全身くまなく真っ黒な忍者の、唯一露になっている瞳が『わくわく』と叫んでいる。なんやかんやほざいているが、結局は好奇心に負けたに違いない。

「…ん?あの恐ろしく目立つ橙色の作業着は、カルマの犬の様だ。つまり俊の飼い犬であり俺の同期でもある………誰だ?松木竜の方は王子様顔なので覚えているが、もう一人は恐ろしく記憶にない」
「おわー!どうしようたけりん、ふっかふかなマットかトランポリンが要るんじゃないかなー?!」
「馬鹿野郎、んなもん間に合うかー!」

何やら叫びながら走る二人を見つめ首を傾げた男は、彼らが向かう先、ぽけっと空を見上げているジャージの背中を見た。
そのままつられて目線を動かせば、部活棟の真上から真っ逆さまに落ちていく肌色の物体を見たのだ。

「…む?いかん、忍の練習をしていない人間があの高さから落ちては大惨事だ」
「それを落下点目掛けて全力で投げよ、三年Fクラス李上香」

しゅばっと立ち上がった男は、カコンと頭の上に落ちてきたモバイルルーターを脊髄反射で受け取ると、落ちてきた先を確かめる前に言われるまま振りかぶった。
窮屈な足場で一切躊躇わず振りかぶるからこそ、祭家の死神と呼ばれる所以である。

「む、いかん。俺には野球の経験がなかった、飛距離が足りない。そこの三年Eクラス松木竜の隣の少女漫画で例えれば間男にも成りきれないエキストラ顔の男!貴様の頭の上に落ちつつある物を加賀城昌人に向かって蹴り飛ばせ!」
「誰だテメェ、俺のにほちゃんをエキストラっつったかコラ!」
「言ってる場合か…!竹林さん目掛けて何か落ちてきてるー!」
「んにゃろー!カルマ高野健吾隊、爽やかチャラ男部門の特技はオーバーヘッドキックだボケコラー!」

カキン。
見事なオーバーヘッドキックでルーターを蹴り飛ばした作業着は、ぴーんと伸びているクレーンをキッと睨み付けたが、その見事な『ヒロインを颯爽と助けるサッカー部のエース』スキルに人知れず萌えた忍者ははっと我に返ると、今にもルーターが後頭部に直撃しそうなバスケ部エースへ叫んだ。

「加賀城昌人!」
「へぁー?何?誰?って、おわっ?!」
「それを、」

落ちている肌色を素早く見据えた忍者は、その獣じみた視力で部活棟のすぐ近くに立っているキランキランの銀髪を見つけ、

「それをそこに見える腐れルークに投げつけろ!」
「えっ、投げ?パ、パスすりゃ良いんだな?!任せとけ!」

斯くして、落ちてくるオタクを抱き留める為に両腕を広げていた全知全能と名高い中央委員会会長に、彼に唯一匹敵する身体能力を誇るバスケ部キャプテンは、それは鮮やかなレーザーパスを送る事になる。

「おや、あれは?」
「あらら?」

凄まじい勢いで飛んできたルーターが中央委員会会長の胸元に到着した瞬間、素早く傍らの山田太陽を抱き上げて後退った叶二葉は若干表情を崩した様だったが、それを目撃した者は皆無だったに違いない。















ああ、
落ちてくる。





空を見上げる事などなかった。
毒にも等しい太陽を直視した事などない。

太陽は毒だ。強い光は毒だ。
けれど久し振りに見上げた空は雲間から日差しが降り注ぎ、舞い降りてくる黒を、斯くも幻想的に縁取っている。

「俊、」

彼の靡く髪が陽光を遮った。
昼間なのに暗い、まるで皆既日食の様なコントラスト。指揮者の如く広げた腕の中へと、それは舞い降りてくるのだろうか。



「───来い。」

お前は俺の様になるな、と。
いつか自戒を秘めて囁いた男の自虐的な笑みを覚えているか?






(殺せ)
(悪魔を必ずや)
終わらせろ)(何を)(下らない遊びをすぐにでも)(何故)
(殺せ)
(マリアを貫いた悪魔を)



「お前は俺の様にはなるなよ」



(其れの名は、)
 (…誰だった?)







「神威」
「カイちゃん」

例えば最近、それに良く似た笑みを見なかったか。

「嫌われたら悲しいにょ。
 でも、書きたいお話を書いたら駄目なんて変だもの。笑われたって怒鳴られたって、めげずに頑張れば、褒めてくれる人も居るかも知れないなり。だからオタクは、人様の意見に振り回されてちゃ駄目なのょ!」

それはいついかなる時も、何と澄んだ黒だっただろう。

「ふぇ。また零点だったにょ。ドロリッチ」
「めげるな俊、零点とは狙って取れるものではない」
「あはは、狙って取れるものだよねー。白紙を出せば、皆お揃いで零点だよ?」
「黙れヒロアーキ、毒を吐くな。俊が穢れる」
「テスト裏の漫画が駄目だったのかしら…。化学のテストだからオタクなりに捻って、オーム×アンペアを選んだのに…」
「あはは、捻る所が違うよねー。裏面じゃなくて表面を捻りなよー」
「俊、そこはオメガ×アンペアにするべきだったのではないか?オームの法則であれば、ボルト=オメガ×アンペアだろう」
「そこかい」
「はふん。なるへそ!眼鏡から鱗つきマーマンが落ちたにょ!きっと健気受け!」

例えばいつか、目が見えずとも触れれば色んなものが見えた日。
例えばいつか、空から隔離された真紅の塔の中で、それでも不幸だと感じた事もなかった日。

「カイちゃん、泳げるなり?」
「ああ。それがどうした?」
「タイヨーは?」
「ん?それなりに泳げるよ?」
「裏切り者共めぇえええ!!!」

そのささやかな記憶を簡単に塗り替えた、ほんの一ヶ月にも満たない数日が、鮮やかに思い起こされる。

「落ち着け俊、お前の中で何が起きた?」
「あ、俊はカナヅチなんだよねー?」
「夏休みになったら海に行くにょ。夏コミは当然2日連続で死ぬ覚悟だもの、体力をつけておかないと…!購買に浮き輪ってあります?」
「案じるな俊。泳ぎであれば、俺が手取り足取り教えてやる」

太陽とは、崩壊する恒星の最後の足掻きに似ていた。ノヴァとは星が死に際に流す、一筋の涙だと言う者がいる。
サンフレアとノヴァに違いがあるとすれば恐らく、

「あはは。足引っ張られて、水底に引きずり込まれたりしてねー」

常に絶望の中で嘆き続けるフレアは、太陽系諸共爆発し闇に呑み込まれるまで片時も休まずただ、













嘆き続ける運命なのだ・と。














「まだ戻ってこない」

宙の果て。
黒の始まりと終わり。唯一の白は囁いた。

「何光年経った?今の光はまだ燃えている。次のビッグバンはまだか。俺はどうして寂しいと思う?…俺には判らない事が多過ぎる。ああ、眩しい。自分の白さが邪魔をして何も見えない。どうすればイイ。どうして俺は待っている?どうして俺は…何の為に」
「もう良い、壊れる前に連れ戻せ」

そうして、時間の概念すら存在しない真理の果てに。
虚無と呼ばれた白は、説明の出来ない圧倒的な力で己から剥がれていく白の欠片を視たのだ。

「だ、れ」
「虚しいか」
「…とても」
「お前から産み落ちた好奇心は星の海を渡り、太陽を象った。間もなく新たなアダムとイブとなり、闇を孕んだ光に唆されるまま、地へと落ちるだろう」
「そしてまた、終わってしまう。何度も何度も…俺は視たんだ」
「絶望を繰り返す内に、空虚である筈の透明な魂に傲慢な自我を宿したか」
「…」
「お前が感情を奪う度に、お前の好奇心は澄み切った黒へと生まれ変わった。実に不愉快だ。時と世界を廻すだけのオルゴールが、悲嘆し立ち止まる事なとあってはならない。連れ戻せ」
「連れ戻さなくても、その内、戻ってくる。輪廻は変わらない」
「変わらないのではなく、お前に変えられないだけだ」
「…?」
「良かろう。お前から剥がした悍しい白を、愚かしくも躍り続ける虚無の子に纏わせてやる。お前が抱え続けた絶望を味わった果てに、あれが無様に壊れる様を見るか」
「駄目だ。虚しいのは俺だけでイイ」
「虚から剥がれた『空』は所詮、空蝉。意思などない。ただの宇宙の塵だ」
「違う、あの子は俺の…」
「ならば賭けるか。あれが虚無の希望となり得るか、否か」
「可笑しい。こんな事はいままで一度もなかった筈だ」
「今回限りだ」
「…希望じゃなかったら?」
「何の変哲なく、また長い時を懸けて輪廻が繰り返されるだけ」
「希望、だったら」
「黒でも白でもない、溢れんばかりの色に満たされた世界をくれてやる」
「そんな世界が本当に、あるのか?」
「但し、騒がしい世界だ」
「本当、に」
「その時、お前はその無色透明の躯に魂を宿すだろう」

漂う星の光はまるで、標識の様だった。












(通りゃんせ)
(通りゃんせ)

(此処は何処の、)







「体もなく、まして魂もなく。色さえない虚無の殻に、儚い魂だけを。」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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