帝王院高等学校
カルマは食べられません生き物です
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
「ハッピーバースデーディア…いや、ディアは間違っています。此処の歌詞を変えましょう」
「おいおい、カナメ。水差すタイミングが今はないっしょ?今は(ノД`)」

ふわふわと焼き上がったシフォンケーキに、たっぷりのパウダーシュガーとシナモン。円に沿う様に刺された蝋燭は原色3色で、信号機の如くグラデーションを描いていた。

「とっとと火ぃ消せ隼人。溶けた蝋が落ちる」

無駄に良い声でバースデーソングを歌った男は、シェフと言うよりバーテンダーの様な腰巻きのエプロンを翻しながら、大皿に盛りつけた料理を次から次へと運んでくる。
ぐーぐー腹を鳴らしている育ち盛り達に恨みがましく見つめられた神崎隼人は、咥えていた棒つきキャンディを噛み砕いて、味がなくなった棒をゴミ箱へ放り投げた。

「誕生日にケーキって、子供じゃないんだからさあ。暑苦しい男の手作りお菓子なんて、筆舌に尽くせないほど気持ち悪、…痛っ!」
「ガタガタ煩ぇ、早くしろ。殴るぞ」

基本の真顔からヤンキー上等の男は、赤毛を振り乱して目を吊り上げた。殴ってから殴ると宣言するのは禁断の事後報告だと、拳骨が落ちた頭を抱えた隼人は舌打ちを零す。
途端、蝋燭の火が消えるのを今か今かと待ち構えていたメンバーが息を呑み、カウンターの中央の席に足を組んで座っていた男が、左手でサングラスを押さえた。

「イチ」

ぱちりと、彼の右手が音を発てる。
弾かれた様に動きを止めたのは、目に痛い原色カラーの髪の中で最も奇抜な、真っ赤な男だ。

「…テメー、俺の前でもっぺん舌打ちしたら絞めっからな、隼人」

料理をガンッと荒っぽくテーブルに叩きつけた嵯峨崎佑壱が、地を這う様な声で宣った。
ほっと安堵の息を吐いたメンバーが隼人を睨んでくるが、佑壱が皿を叩きつけた時の風圧で幾らかの蝋燭は白煙を残し消えており、14本の蝋燭は残り7本しか立っていない。

「パヤト」

囁く様な声が、カウンターから聞こえてきた。
赤、黄、青、7本3色の蝋燭はまるで不出来な虹の様だ。

「誕生日おめでとう」
「おめっとー!」
「っとー!」
「っしゃ、喰うべ!(*´Q`*)」
「主役はテメーじゃねぇだろうが、健吾」

総長の音頭を筆頭に、カフェは轟音の様なおめでとうコールで湧いた。
真っ先に料理へ手を伸ばそうとしたオレンジは赤毛に拳骨を喰らい、ガクッと崩れ落ちる。

「お前から手をつけないと皆が食べられないので、先に盛りつけて下さい」
「あは。納得してなさそうな顔で言われても、食欲湧かないよねえ」

紙皿と割り箸を差し出してきたのは、誰よりも不機嫌げな錦織要だった。教室では存在感はあるものの、表情もそれほど変わらず大人しい印象がある要は、学園から一歩外へ出ると別人の様だ。

「総長をお待たせしてるんです。この際、俺の個人的嫌悪は見て見ぬ振りをして下さい。誕生日おめでとうございます、星河の君」

皮肉か。
2年Sクラスでは首席だが、この場では隼人の他に佑壱が居る。文系で度々失点を喫している隼人は、文系オール満点の佑壱とは初めから気が合わない気がしているのだ。
とは言え、隼人にとっては揶揄い甲斐のある要だが、要にとっての隼人はゴキブリの様なものだろう。つまりは同族嫌悪に近い。

「なぁなぁ、ハヤトって肉食なん?(*´Q`*)」
「はあ?気安く呼ばないで欲しいんですけど、三番の癖に」
「うひゃひゃ、オメー全員の席順覚えてんの?俺も一番って呼んだ方が良いのかよ?(*゚Д゚(*゚Д゚*)゚Д゚*)」
「だったら副長も一番だぜ?つーか、此処で一番なのは総長だけだろ」

至極正論を口にした藤倉裕也は、手始めに熱々の唐揚げを頬張った隼人を鼻で笑っている。
隼人が数ヶ月前までほぼ毎日口論していたクラスメートに良く似た顔立ちの、性格は全く似ていない男は、中等部始業式典当日まで黒髪だった筈だ。一度見たものを忘れない隼人は覚えているが、その翌日には何故か派手なグリーンに染め抜いて登校したのだ。裕也の傍らには派手なオレンジ頭が常に引っ付いていて、目立たない方が可笑しい。

「ハヤト!唐揚げから行くとか、お前マジ勇者だな?!(((;´ω`;)))」
「はあ?何言ってんの?」
「唐揚げは総長の好物だぜ」

隼人が手をつけた事で、飢えに飢えていた皆が箸を握り争奪戦を始める。
青唐辛子と茄子の肉味噌炒めと言う、隼人は絶対に口をつけないだろう激辛料理を怒濤の勢いで盛りつけている要を余所に、料理の肉だけを綺麗に盛りつけている健吾の更に隣、サラダを豪快に盛りつけた裕也はトングを見つめたまま呟いた。
カウンター席から静かに立ち上がった男が、紙皿ではなく巨大なボールを手に近づいてくるのが判る。彼の手には割り箸がなく、代わりに裕也が握っている様な取り分け用のトングが握られていた。

「やべ、総長が参戦するっしょ!(((;´ω`;))) もたもたすんなハヤト、食いたいのがあったら先に取っとけ!」
「はあ?何で?」
「カルマは弱肉強食っしょ!此処は…!ジャングルなんだ…!(ヾノ・ω・`)」

何を言っているのだと、隼人は佑壱が勝手に盛りつけてきたシフォンケーキを、一口分フォークで刺した瞬間、目を見開いた。

「さァ、腹が減っては演奏が出来ぬと言うだろう。皆、沢山食べなさい」

無駄に格好良い仕草でサングラスを外した男が、壮絶に吊り上がった目元に笑みを刻んでいる。今から狩りでもするつもりかと突っ込む前に、隼人の目の前から唐揚げが凄まじい早さで消えていった。
しゅぱんとトングを右手に握った男が、左手に余りにも巨大なスプーンを握っている。いや、あれはスプーンではない。おたまだ。

「ひょえ!(ノД`)」
「ぐ…!後で盛りつけようと思ってたポテサラが、一気に半分やられたぜ…!」
「きゃっは〜!おまつ、オレの箸に刺さってたイカ天が消えちゃった〜!」
「油断するなしうめこ、イカ天だけで済んで良かったね!総長から食べられなくて!」
「竹林さんは残り物をカラスの様につつこうと思ってますよ〜。総長と取り合いなんて自殺行為過ぎるもの〜」

何が起きているのか。
食べる事がそれほど好きではない隼人は、然し今まで食べてきたどの店のものよりも美味いと感じた、まだ熱い肉汁が滴る唐揚げを半分残したまま、咥えたフォークをポトリと落とした。

「くっくっ、くぇーっくぇっくぇっ。俺の前で油断するとは、修行が足りんぞ愚か者めぇえええ!…ん?ピーマンだと思ったら、何かスパイシー?」
「きゃー!総長が激辛肉味噌炒め、おたま一杯華麗に飲み込んでるぅううう!」
「きゃー!総長がコーラZEROのパーティーボトル一気飲みしてるぅううう!」
「2リットルだぞ?!2リットルが15秒でなくなるなんて…ノーベル賞?!」
「ばっか、それを言うならアカデミー賞だろうが!」
「ギネスだっつーの!ドイツもコイツも馬鹿か!」

ああ、騒がしい。
騒がしいのはメンバーだけだ。まるで獣の如く足音をさせずにテーブルの前を駆け抜けていく男は、黒髪を靡かせて料理の皿からだけではなく、油断している皆の紙皿の上からも料理を奪っていくのだ。
然し奪っているばかりではない。肉しか盛りつけていない健吾の皿からステーキを半分奪ったかと思えば、次にはトマトと玉ねぎたっぷりのマリネをこんもり盛りつけて行き、健吾から奪ったステーキを裕也の紙皿に盛りつけていく。

その間も、唐揚げやらポテトサラダやら何やらかんやらの料理を淀みなくトングで口へ放り込んでいくのだから、人間業とは思えない。

「きゃっはー!シフォンケーキが目を離した隙に半分なくなってんですけど〜!」
「はっ!袖を捲ったユウさんが足早に厨房に消えた…だと?!」
「まさか、まだ隠してる料理が…?!」
「畜生、ユウさんの小粋な演出が憎い…!このままじゃ俺ら、料理を喰う前に総長に喰われちまうもんな…っ」

戦場に降り立った兵士の様な表情で厨房へ向かった佑壱が、巨大な円盤を敷いた巨大なトレーを持ってくる。オーブンでは間に合わなかったのか、恐らくテラスに設置したバーベキューコンロに大きな鉄板乗せて焼いていた、ピザだ。笑い話の様だが、直径1メートルくらいはあると思われる。

「桃を蜂蜜シロップに漬けた奴と、8種類のチーズに蜂蜜ぶっかけた奴と、トマトとアンチョビにブラックオリーブのマルガリータ、とどめに冷蔵庫の材料を片っ端から混ぜた何か良く判らん奴の、クォーターだ…!」

鉄板が冷めるまで切るに切れなかったらしく、厨房で冷めるまで置いていたと思われるピザを、鉄板ごと運んできた佑壱が握ったフキンから湯気が出ていた。
相当な熱量を感じるが、火傷寸前の筈の佑壱はてきぱきと特大ピザを切り分けていき、獣と化した総長目掛けてあっつあつのピザ片を投げつけていく。

「ちょ、食べてる?!焼きたてのピザが顔に張りついてるのに、お構いなく食べてるう?!」
「落ち着けしハヤト!オメーはまだまだカルマを知らねぇっしょ!(ヾノ・ω・`) んなもん、序の口だべ?(´▽`)」
「あのサイズのピザを丸飲みしてる総長、男らし過ぎてやべーぜ。チビりそうだぜ…ゲフ」
「うひゃ?!ユーヤ、ユーヤが牛の油で胸焼けしちまったっしょ!パンシロン持ってくっから、死ぬな!(ヾノ・ω・`)」
「こっちはこっちで、Tボーンステーキ一口で胸焼けとか、何歳なの?本当に同級生?」
「オレの胃は繊細なんだぜ。千切りにしたキャベツくらいには繊細なんだぜ」
「あっそ。それは食物繊維豊富そうで、良かったねえ。キャベツは薬にもなるそうだしー?」
「レタスじゃ油には勝てねぇのかよ。副長にキャベツの千切り作って貰うしかねーか」

いつまで食べ続けるのか、俊の食欲を見ているだけで胸焼けした数名が店の片隅で胃を押さえている。その程度でリタイアしている様では、幹部は務まらない様だ。
獣と化した総長を尊敬の眼差しで見つめながら、とうとう青唐辛子を食べ尽くした要はご飯に肉味噌をぶっ掛け、一味唐辛子を丸々一本振り掛けると、頭が可笑しくなったのかタバスコを一瓶追加し、満面の笑みで手を合わせた。

「ユウさんの肉味噌は最高ですね。あ、すいません、俺はマルガリータだけで良いです。パルメザンは要らないので、タバスコをもう一本下さい」
「ざけんな要、テメーにタバスコ使い果たされて堪るか。キャロライナリーパーが倉庫に眠ってっから、それ食っとけ」
「えっ。仕入れてくれたんですか?やった」

珍しく笑顔が弾けた要に、それを見ていた隼人は沈黙する。
いや、それ以前にシーザーの食いっぷりで沈黙していたのだが、今は俊への驚愕は殆どない。それより、見た事もないいつも不機嫌だった要の笑顔に驚いたのだ。

「へえ、笑えるんじゃん…」
「パヤト」
「わっ?!えっ、な、何?!」
「桃のピザが信じられないほど美味いぞ」
「へ?」
「食べなさい」

ぶすり。
隼人の目の前、ボックス席のテーブルに胡座をかいて座っている男の股の上には、てんこもりに盛られた皿代わりのボールがあり、左手でおたまを握ったまま大量のポテトサラダを飲みながら、右手に取った湯気を発てる甘いピザを突っ込んできた男は、にこにこと。悪びれず、人相の悪さを吹き飛ばす様な笑顔だ。

「…」
「うまいか?」
「…美味しいけど、急に突っ込むのやめてくんない?喉に詰まって死んじゃったらどうすんのさ」
「は、その程度で死ぬ様な繊細な餓鬼だったら、一人でカルマに乗り込んできやしねぇわな」

いつの間にかポニーテールを下ろしていた佑壱が、ボックス席の仕切りであるセパレートプランターに腰掛けて、コーヒーを啜りながら吐き捨てた。隼人に餌付けして満足したのか、大半の料理を荒らした男はファーつきのレザージャケットを脱いで、絞まった体を晒している。

「腹八分目にしておこう。今夜は隼人の誕生日会だからなァ、俺が楽しんだら申し訳ない」
「総長、もう良いんスか?いつもより食べてないっスね」
「ん。そろそろ帰らないとバイトの時間に間に合わなくなる」

ピザに悍しい色合いと匂いの粉を振り掛けていた要が、あどけない表情で俊を見つめているのを見た。隼人が見つめてくる事に気づいたのか、表情を引き締めた要はぷいっとそっぽ向く。
あの面で邪な気持ちを抱いているのかと眉を跳ねた隼人は、胃薬で華麗に復活したらしい裕也が黒烏龍茶を片手にチーズピザに挑む横顔を見た。

「あー、チーズの油もやべー」
「そこは黒烏龍茶でさっぱりさせんだろーがよ(ヾノ・ω・`) 育ち盛りが草食男子じゃ、大きくなれねーっしょ(ヾノ・ω・`)」
「肉しか喰ってねーオメーも、然程デカかねぇだろうが」
「ばっきゃろー!ユウさんを見ろ!あれでいて案外少食なんだぜ?!なのに止まらない成長期じゃねぇか!夜中に俺らに内緒で筋肉とか食ってんだよ、つーか主食が筋肉なんだって絶対!(ノД`)」
「マジかよ、パネェ」
「健吾、悪口なら聞こえねぇ様に抜かせ。誰の主食が筋肉だと?」

カルマ幹部で最も叱られているのは間違いなく健吾だ。お陰で口煩くなっていく佑壱は、誰が呼び始めたか、お母さんと呼ばれているらしい。
モデルの仕事が忙しくなる度に外食が増えていた隼人は、カルマに無理矢理引っ張り込まれてからこっち、食生活が改善されている様な気がしてならない。とうとう昨日など、好物だった筈のベーグル専門店のベーグルサンドを吐いてしまった。マネージャーが病気かと詰め寄って来るほどには、自分でも信じられない事実だ。

「イチ、ピザの裏が焦げてたぞ」
「スんません。実際の所、今のオーブンじゃ店の回転率が上がんなくなって来てんスよ。ランチで出してるパンも仕入れ単価上がるばっかで、コストばっか増えていきやがる」
「裏の倉庫をリフォームして、厨房を広げるんだろう?」
「そのつもりでオーブンを売り払ったんスけど、中々手頃な大型オーブンが見つかんねぇ感じで」
「リフォームはDIYか。流行りだなァ」
「集客率は落ちてねぇんスよ。従業員を減らす訳には行かねぇし、出来れば単価も上げたかねぇ。つっても、そろそろ要がキレそうな所まで追い詰められてます」
「仕入れの費用を抑えるしかないな」
「仕入れスか。今でも結構無理聞いて貰って仕入れてんスけど…」
「なければ作る」

先程まで餓えた獣の様だった男が、隼人の目の前のボールを空にして手を合わせた。
料理を作っただけでくたびれたのか、ピザとコーヒーしか食べていない佑壱との会話は未成年のものとは思えない内容で、隼人は密かに舌を巻いた。

「野菜、肉は難しいとしても、パンくらいならどうにかならないか?」
「確かに、出来ねぇ事はないでしょうが…」
「問題は土地か」
「っス」
「クラウドファンディングで集めたらよいじゃん」

口を挟むつもりなどなかった。
筈なのに、唇にベッタリと張りついている蜂蜜を舐めとりながら佑壱を見上げた隼人は、言ってから眉を寄せる。まさか隼人が発言するとは思ってもいなかったと言う表情で、佑壱は訝しげだ。

「何年か前から流行ってるっつー、個人投資家に寄付を募るっつー、アレの事か?テメーらの尻はテメーらで拭わなけりゃ、やり甲斐がねぇだろうが」
「やり甲斐なんて要はただの自己満足でしょ?オーナーならオーナーらしく、頭の一つや二つ下げてお金を集めなきゃ、従業員を養う事なんて出来ないんじゃないかなあ」
「ぐ」
「パヤトの勝ちだな」

良し良しと隼人の頭を撫でてきた俊に、隼人は子供扱いすんなと呟いた。
うんうん唸りながら悩んでいる佑壱の髪を見つめ、悩みすぎると枝毛が出来るぞなどと迷信めいた事を宣った男は、すとんとテーブルから下りる。

「カナタ、クラウドファンディングはともかく、こないだ作ったTシャツが余っているだろう?」
「あ、はい。メンバーと従業員の夏物シャツですよね?最少ロットが1デザイン10枚からだったので、そこそこ残ってますけど」
「単価はどのくらいだ?」
「1枚辺り800円だったと思います」
「千円で売れば、単純に200円の儲けか。どうせ毎年新しいのを作っているんだし、カフェの客へのお礼に差し上げるのも悪くないが、そこで利益が落ちているのは否めない」
「総長と副長のデザインは即座になくなると思いますけど、それでも売れるんですかね?」
「数量限定とか謳っとけば、ひょいひょい食いつきそうじゃね?(*´3`)」
「秋季限定のパンプキンは、オレを駄目にするぜ。ハロウィンはオレの為にあるっつっても、過言じゃねー」

餓鬼だ餓鬼だと言っても、帝王院学園中等部進学科の生徒が顔を合わせれば、具体的な話が手早く纏まった。

「判りました、手始めに過剰在庫分を店のホームページで販売してみます」
「ショッピングカートをレンタルした方が良いんじゃないか?手数料を差っ引いても、個人販売だと税金が色々面倒だぞ?」
「そっスね。要、責任者の名前は榊にしとけ。販売者が18歳未満だと色々面倒臭ぇからな」
「判りました。取引口座はカフェの口座と分けた方が良いですか?」
「別に一緒で良いが、何か問題があるなら任せる」
「あは。数学嫌いって感じだねえ。経営者なら簿記とか取った方がよいんじゃない?」

顔に面倒臭いと書いてある佑壱は、隼人を一瞥したが聞こえない振りをする。
ガサガサとカウンターに置いていた鞄を漁っていた総長と言えば、いつの間にかサングラスをビシッと掛けており、目に痛い虹色の包みを片手に隼人へ近づいてきた。

「あ、それプレゼントっしょ?(*´3`)」
「そうだ、今日は誕生日会だからな」
「多分、ハヤトに用意してんの総長だけだべ?可哀想だから俺も用意してやったけど!(*σ´Д`*)」
「あ?オメーだけじゃねーだろ、オレと割り勘だろーがケンゴ」
「ふん、どうせそんな事だろうと思って俺も用意しましたよ。お優しい総長だけに負担させるなんて、この錦織要、到底見過ごせません。神崎隼人、貴様をカルマと認めた訳ではありませんが、受け取りなさい」

俊のプレゼントを受け取る前に、要が投げつけてきた包みが隼人の顔面にヒットする。およそ誕生日を祝っているとは思えない横柄な態度で、二杯目の白飯に酢豚をぶっ掛けている要は、これまた悍しい粉を振り撒いた。
隼人は目を逸らし、渋々虹色の包みを開ける。中身は黄色い革の、恐らくブレスレットだろう。

「あー、やっぱな(ヾノ・ω・`)」
「何、やっぱって?」
「オレらは足首、ケンゴはズボンについてるぜ」
「はあ?」
「ユウさんは、首(´▽`)」

意味深な健吾と裕也の台詞に瞬いて、隼人は佑壱を見やった。
プレゼントを渡すだけ渡して帰ろうとしている俊の見送り組の中に、佑壱も混ざっている。何時に帰るだとか、夫婦の様な会話が聞こえてきた。

「あの首輪、本当の意味で首輪なわけ?ダサいファッションかと思ってた」
「ユウさんは首が長ぇから似合うけど、日本人体型には合わねぇもんな。何か、むちうち患者のコルセットみたいになっちまう(ヾノ・ω・`)」
「この黒烏龍茶っつー飲みもん、やべーな。最初は苦すぎて泣きそうだったけどよ、飲めば飲むほどハマってくるぜ。特保はお代わりしちゃ、駄目かよ」
「一日二本までって書いてっから、二本までにしとけし(・∀・)」

気が抜ける会話だ。
隼人の誕生日会と言うのは名目だけで、俊の食欲で死にかけていたメンバー達も、少し休んで回復したのか、各々料理の残りを啄んでいる。残すな殺すぞと宣った佑壱は、空いた皿を下げて堂々と灰皿を持ってきた。

「何、アンタら全員吸ってんの?」
「うひゃひゃ、総長の前じゃ吸わねーっしょ(ヾノ・ω・`)」
「総長にチクったら殺すぞとお伝え下さい」

やけに慣れた手つきで煙草を咥えた佑壱が火をつけ、似合わない敬語の脅しを宣う。およそ中学生とは思えない態度だ。吐き出した煙でドーナツ型の輪を作りながら、二杯目のコーヒーを啜っている。

「総長が居なくなったんで話したい事があるんですが、宜しいでしょうか」
「んだよ要、似合わねぇお伺い立てやがって」
「じゃ言いますけど、ABSOLUTELYの頭が変わったそうですね。烈火の君が素直に退くとは思いませんでした」
「いつの話をしてやがる。そりゃ、春先の話だろうが」

成程、隼人はともかく、帝王院学園ではない他のメンバーは要と佑壱の会話に首を傾げていた。未だにもぐもぐと元気良く食べている健吾と、既にお休みモードで椅子の上に転がっている裕也は、二人の会話など何処吹く風だ。

「それって、昇校帝君の事?月の君をFクラスに追いやって、神の君なんて呼ばれてるよねえ」
「神帝陛下ってな」
「いっつも仮面被ってて、何か気色悪い。態度デカいし」
「ハヤト、それって自分より背が高い奴が嫌いなだけっしょ?(・∀・)」

やっと満腹なのか、箸を置いた健吾が立ち上がった。
食べたものは各自で片付けるのがカルマの決まりで、例外は俊だけだ。と言っても彼は片付けようとしない訳ではなく、厨房に入れると何かとトラブルを起こすので立ち入り禁止になっている。

「ほらよ、誕おめ。俺とユーヤからな(*´3`)」
「どーも」

健吾が差し出してきた袋の中には、やけに大量のヘアゴムやシュシュが入っていた。どれも同じモチーフがついている。
スタイリストから指定があるまで勝手に髪を切る事が出来ない隼人は、写真集の撮影に合わせて髪を伸ばしている所だ。
セフレの誰かに貰った星がついたピアスをつけていた事を切っ掛けに、ファンから星をモチーフにしたヘアピンだのボールペンだの次に次にと届き、隼人の小物は星柄が多かった。
見ていない様で見られていたのかと気恥ずかしさを感じなくもないが、それを全く知らない筈の俊から黄色のブレスレットを貰ってしまった今、何となく嫌な予感がして要からのプレゼントを開ければ、中を見て不覚にも吹き出す。

「ちょ、カナメさん?何なのこれ、嫌がらせですかあ?」
「何故俺がお前に嫌がらせなんかしなきゃいけないんですか、死ねば良いのに」

物騒な台詞を呟きながら、食べた皿や箸を片付けた要は堂々と煙草を咥えた。
成程、この場には喫煙者しかいないらしい。佑壱が多目に入れていたらしいコーヒーに牛乳を注いだ健吾もまた、火がついていない煙草を咥えて、寝ている裕也のポケットからライターを抜き取っている。

「何だったんだ、要のプレゼントは」
「電卓」
「ぶふっ。マジか要、コイツはテメーより成績が良いんだろう?」
「先週、清子さんの所で卵を5パック買ったでしょう?ハロウィンだったので福引券を貰って引いたら、それが当たったんです。俺は使わないので」
「どっからどう見ても百均グッズwww(・∀・)」
「この商店街にしちゃ、頑張ってる方だろう。商工会の兄さん共も色々試行錯誤してんだよ」
「うちが出店したお陰で若い客の足が増えて喜んでましたからね」

不良グループの癖に、近所で煙たがられていないカルマは、年寄りが多い近隣の店に仕入れを頼んだり、様々な雑用を引き受けている為、時々商工会の会合にも参加している様だ。
不良のイメージを悉く塗り替えられた気分の隼人は、密かに息を吐いてブレスレットを右手につけると、躊躇いなくボトムスのポケットから煙草を取り出した。

「あのさあ、ママさん」
「あ?」
「あは。返事すんの?」
「名前なんざどうでも良い、ただ俺をデブっつったら殺す」
「言わないけど?だってアンタ、デブじゃないじゃん」
「握り飯食うなら、天むすにしてやろうか」

隼人が余り食べていない事を見ていたらしい佑壱は、他のメンバーが食い散らかしている料理の残りから天ぷらの皿を抜き取り、浮き足立ちつつカウンターの裏へ入っていく。デブじゃないと言う台詞に喜んでいるのが、何となく判った。

「スポンサーにさあ、土地成金だった社長がいんの。だけど昔、リーマンショックの時に売れる所は粗方売ったらしいんだけど、地方の土地は売れなくて持て余してんだって。何か知らないけど、訳の判んない無人島をくれるっつってさあ。その代わり愛人になれとか言っちゃってんの」
「やったん?(*´3`)」
「奥さんの方とはねえ?」
「うひゃひゃ、最低!(*´q`)」
「奥さん経由で今なら愛人なしで貰えると思うけど、税金ばっか無駄に懸かりそうなんだよねえ。でも整備してアレコレやったら、低コストで農園が出来なくもなさげな感じ?」
「然し、地方農園だと管理人を雇わねばならなくなるので、人件費が懸かるでしょう?」
「だから、そこでクラウドファンディングなんじゃん。整備した農園の内の一部を、出資額に応じて貸し出すわけ。追加で年間幾ら支払ったらそこで採れた野菜を送ります、みたいな」
「ほー、つまり株主配当っつー訳か」
「そうそう」

手早くお握りを握ってきた佑壱が、二つ乗った皿を隼人に、大量に乗った皿をボックス席のテーブルに置いた。隼人の皿のものは海老天がはみ出ており、大皿にはイカ天やらピーマンの天ぷらやらがはみ出ている。

「あ、ハヤトだけ狡ぃの!一個頂戴(・∀・)」
「はあ?やんねーし、思い残さず死ねば?…うま」

健吾から盗られそうになるのを必死で制し、隼人は天むすを頬張った。
今まで食べた何処の天むすよりも、確実にうまい。人間とは不思議なもので、好物であれば幾らでも食べられる気がしてくる。男の手料理など冗談ではないと、未だに思っている癖に。

「ピーマン、うめー」
「寝たまま食うな裕也。ったく、意地汚ぇ」
「つーか、農業出来んなら、理事会に掛け合って融資頼んだらどっスか。高等部の農業研修、いつも北海道に行ってんでしょ」

ピザが一片残っているのを目敏く見つけた隼人が立ち上がる前に、ノートパソコンを開いた要がピザを鷲掴み一口食べてから、顔を歪めるのを見た。

「甘。…チーズに蜂蜜なんて、俺は反対です」

だったら食うなと吐き捨てた佑壱は正しい。
隼人はこの恨みを決して忘れないだろう。次からは食われる前に食おうと、固く誓った。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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