幻想ノ噺 コーダ 翠藍は船に乗っていた。 今日は王子の結婚式だった。 むろん政略結婚である。 相手の姫は美しく、優しかった。 控えさせられていた翠藍を見ても、顔をしかめたりしなかった。 翠藍が人ではないと言うのは周知のことで、顔にヒビが入っていても、嘲るだけで大して気にもしていなかった。 「おお、そうだ。翠藍は人魚だったな。この良き日に祝福の歌を歌ってもらおうではないか。」 王様が翠藍と客に言った。 しかし、当の翠藍は首を振った。 もう声は出ないのだ。 「なんと!お前はただの下等な生物なのだぞ!ええい逆らいおって。歌うまで鞭打ちにしてくれる!」 「!」 囲まれ、服を剥かれ、翠藍に鞭が降ろされる。 王子は、俺を選ばなかった罰だ、と笑った。 ヒビは深くなり、痛みに朦朧としたとき、不意に緋澄の声が聞こえた気がした。 優しく翠藍を呼ぶ声。 翠藍は顔を綻ばせ、緋澄様、と呟き、歌い出した。 優しさと嬉しさ、幸せに満ちた歌声。 あまりの美しさに皆、動くことも出来ない。 ズッズッと這って船の先までたどり着くと歌も終わった。 「緋澄…さ、ま……」 「翠藍っ!」 ハッとした王子が海に落ちていく翠藍を止める間もなく、彼は虹色の玻璃の欠片となって海に消えた。 「あ、ああぁあぁああぁあ!!」 王子は泣き叫んだ。 唖然とした他の者は、ただただ立ち尽くすだけであった。 ―――――――――――――― 何年かぶりに出た洞窟。 緋澄は翠藍が呼んでいる気がして、海上近くまで声に従ってきた。 「翠藍…」 するとキラキラした欠片が降ってきた。 「あぁ…翠藍。お帰りなさい。お帰り…もう、何もつらいことはありません。ゆっくりお休みなさい。…愛しています。」 欠片は緋澄を望むかのように集まり、一つの小さな玉をになった。 それを緋澄は、大事に手で包んで、そのままそっと優しくキスをした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |