大空と錬金術師
出来ること
「……悪ぃな、ツナ……」
ツナと兄弟が旅仲間となった翌日。
一行はタッカー宅を訪問していた。
「ここの資料に目ぇ通したらツナの仲間探すの手伝うから!すまん!」
そう言って謝る兄弟にツナは首を振る。
「気にしないで。大事な手がかりがあるかもしれないんだから」
もちろんツナは今すぐにでも獄寺と山本を探しに行きたいという想いはある。
しかし、そんな自分の都合を二人に押し付けるわけにはいかない。
迷惑にだけはなりたくない。
(むしろ今後二人に手伝って貰えるだけでも凄くありがたいことなんだから)
二人は申し訳なさそうにしているが、二人の迷惑になりたくはないツナは「早く資料を探そう」と明るく言った。
早く探そうと言ったはものの、ツナはこの世界の文字を読めない。
こんなとき、自分の学力の無さが恨めしい。
(二人は手伝ってくれるっていうのに……俺全然力になれてないし……)
そもそも錬金術に関して全くの素人の自分がその道のプロ相手に役に立てるのだろうか。
しかしツナは首を振って悪い方向へ進む思考を振り払った。
(……とりあえず俺は俺に出来ることをやろう)
一人そう頷くと、ツナは資料室を後にする。
向かう先はタッカーのいる研究室。
「すみません、タッカーさん」
研究室のドアをノックして声をかけると、タッカーが中からドアを開ける。
「おや、ツナヨシくん……だったかな?どうしたんだい?」
ツナは「研究の邪魔をしてすみません」と先に謝りを入れてから、本題に入った。
「実はお願いがあるんですが……」
エドはツナと別れてから昨日の続きを始めていた。
ページを進めていく中で、時折メモを書いたり、紙に計算式や錬成陣を書き込んだりしている。
外界の全てをシャットアウトし、資料と思考に没頭する。
それを続けていく内に、気付けばエドの周りには読み終わった資料がいくつもの山を築いていた。
幾つかの項目の資料を読破し、丁度区切りが付いた頃。
鼻先を霞める香りに気付いたエドは顔を上げた。
「……ん?」
「どうしたの、兄さん?」
いつものエドは滅多に集中を切らさないため、アルが不思議に思って首をかしげる。
「いや、なんか今」
良い香りが……と言いかけたところで、資料室の扉が開いた。
「お兄ちゃん、ご飯!!」
資料室に飛び込んできたのはニーナだった。
エドはニーナと共に入ってきたアレキサンダーと格闘しながら時計を見た。
「あー……もう昼だったのか」
完全に時間概念が消失していたエドは、ふと自分の腹を見つめた。
それに呼応するかのようにエドの腹が空腹を訴える音を発する。
「やっぱり減ってるよな……腹……」
人間の三大欲求を華麗に無視していたエドにアルが溜め息を吐く。
「……将来の兄さんの死因ってきっと栄養失調か餓死なんじゃない?」
自分の体調管理くらいちゃんとしてよね、と言うとアルはニーナを持ち上げて肩に乗せる。
「お待たせ。行こっか、ニーナ」
ニーナは「うん!」と元気に返事をした。
そのまま二人は資料室の扉へ向かい、エドの足元にまとわりついていたアレキサンダーも後を追う。
一人だけ置いていかれたエドは持っていた資料だけ慌てて片付けてすぐさま二人を追った。
「タッカーさんには悪いことしちゃったな」
隣に並んだエドは困ったように頬を掻いた。
エドの言葉にアルも頷く。
「査定も近いのにご飯までご馳走になるなんてね」
明日からはパンか何か持参しようか、と二人が話してると、アルの上からニーナが声をかけた。
「あのね、今日のご飯はお父さんじゃないよ?」
「「え?」」
ニーナの言葉に二人は思わず聞き返す。
ニーナは嬉しそうに無邪気に笑う。
「今日のご飯はね、お兄ちゃんなの!」
食事の用意された部屋に着くと、そこには黄色いご飯が4つ皿に盛られていた。
見慣れないそれにもびっくりしたが、台所からサラダを運んできた人物にもびっくりする。
サラダを運んできたのは、エプロン姿のツナだった。
「ニーナありがとう!それと、二人ともお疲れさま」
三人の姿に気付いたツナは机の上にサラダを置くと、エプロンを外す。
「え?ツナが作ったのか?」
予想外の出来事にエドは驚きながらツナを見る。
「口に合うか分かんないけど」
そう言いながらツナは笑って肯定する。
「みんな集まってるね」
背後の声に気づいて振り向くと、そこには少し疲れた様子のタッカーが立っていた。
「あ、タッカーさん。台所とエプロン、ありがとうございます」
エプロンを不器用に畳みながらツナが礼を言うとタッカーは首を振る。
「いやいや礼を言うのはこちらだよ、ツナヨシ君。さ、冷めない内に食べようか」
そう言ってタッカーは入口で固まっていた兄弟を机につかせた。
「見慣れない料理だね。ツナヨシ君の故郷の料理かい?」
ツナはタッカーの言葉に曖昧に頷く。
「炒飯って名前で、卵で味を付けたご飯やベーコンを炒めて作るんです」
ツナはダメツナと称される程の要領の悪さと不器用さを持ち合わせていたが、料理上手な奈々のお陰か料理だけはある程度自分で作ることができた。
稀に奈々が家を留守にするときも、食事だけは自分で何とかすることができていた。
そのため、今自分に出来ることを考えたとき、忙しいタッカーの代わりに食事を用意する、という結論に至った。
一同は手を合わせるとそれぞれ食べ始める。
少し不安気に周りを見ながらツナもスプーンを持つ。
「美味い!」
炒飯を口に入れたエドがツナの方を向く。
「美味いよ、コレ」
そのエドの言葉にニーナもタッカーも頷いた。
ツナは安心したように微笑む。
「ツナヨシ君は料理上手なんだね」
タッカーの言葉にツナは全力で首を振った。
「そんなことないですよ!」
それでも優しく笑ってくれるタッカーに、ツナは照れたようにはにかんだ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事が終わり、一段落ついたところでツナは皿を台所へ持って行く。
「手伝うよ」
そう言って台所へ入ろうとしたアルをツナは止める。
「こっちは大丈夫だから」
資料を探すように促すと、アルは少し躊躇した後頷いた。
「そうだね、資料室行ってくる」
そう言って資料室に向かうアルにツナは「頑張って」と声をかけた。
「本当にありがとう、ツナヨシ君」
アルを見送ったタッカーがツナを振り向く。
「こんなことでも役に立てれば良かったです」
エプロンを再び着けながらツナは笑う。
「すまないが私も研究室に戻るよ。……査定が近いからね」
それに快く頷いたツナはタッカーを見送り、台所に向き直った。
「……さて、この戦場後をなんとかしないと……」
目の前に広がるのはぐちゃぐちゃに積まれたボウルや皿やまな板達。
料理そのものは作れるのだが、要領の悪さと不器用さは健在なためツナは『料理をしながら洗い物もする』ということが苦手だった。
また無駄にボウルを使ってしまったり、汚してしまったりで料理後の台所は毎回汚れた食器達で戦場と化している。
「………………うん、頑張ろう……」
ちょっとげんなりしながらそう言って腕捲りをすると、スポンジを掴んで戦いに取り掛かった。
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