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第1章・第7話



 カイトは今日も、鳥が獲物を狙う無法者を知らせ、犬達とそこへ向かい、間抜けな無法者から獲物を横取りして逃げ切り寝床に戻ろうと日常的生活を送っている。

 そんな平和な日常を送り、収穫を得て寝床に戻ろうとした時、大通りのど真ん中にあのフード人間のナマエがいた。
 勿論ただいる訳ではなく、この街にそぐわない白く輝く遮光パラソルを刺し、白いテーブルと白い小綺麗な椅子をその下に置き、グラスに注がれた氷の入った炭酸を飲みながら分厚い本を読んでいるのだ。
 明らかに浮いており、変人を見るかのように周囲の人間は ナマエを警戒している。
 普通ならガンつけられ、追い剥ぎに会うのだがなにやら怯えている様子もあり、カイトがここに来る前に人騒ぎを起こしたのではないかと思われる。

 考えられるシチュエーションは、無法者に絡まれた ナマエが喧しいと薙ぎ払いをして無法者をぶっ飛ばす。
 まあ、現に家の壁に人が何人かめり込んでいるのを見れば考えなくてもそうだとわかるが。

「あ、カイト君おはよう。その手に持っている干からびたリンゴは私へのプレゼントかい?」
 
「お前のじゃない。それより、お前に話しかけられたら俺も変人だと思われるから話しかけないでくれないか」
 
「そんな酷い……いや、何を今更そんな事を言うか!もう私達は他人が踏み入れる事が出来ないくらいにディ〜プな関係になって」
 
「無い」

 ズバッと躊躇なく言動をぶった斬ると、 ナマエは悲しそうにテーブルに突っ伏す。グラスに入った氷がカラリと音を鳴らして崩れる音は涼しげだった。
 
「それより、それ面白いのか?」
 
 カイトは本を指差して問うた。
 ナマエは、「これ?」と本を少し掲げる。
 
「本は面白いよ。特に人の書いた本は面白い。人の文明を記した書物や、動植物星や未来を研究した物、恋愛、推理、ファンタジーな想像世界などどれもこれも興味深く素晴らしい。しかしそれらは星のように溢れており、今なお本は増え続けている。時間が幾らあっても読み切れず足りない程だ……」
 
 ナマエはうっとりするように本について熱く語る。
 
「ふーん」
 
「カイト君は本は嫌いなのかい?」
 
「好き嫌い以前に、俺は文字が読めない。前に落ちていた本を読もうとしたら文字が読めなかった事に気がついてから読んでない。ああ、でも絵が書いてある本は何となく内容がわかったし面白かったな」
 
「なるほど、文字がわからないから本が読めないのか。それは可哀想だな……
 よし!私がカイト君に文字を教えよう。うん決めた、そうと決まったら勉強に使える物を持ってこなくてはな。
 それに、文字がわからないならもしや計算などもわからないかもれない。だとすればあれも…これも……この際一般教養をついでに教えてしまうのもありかもしれないな」
 
「一般教養……?俺はここから他に行く宛もないのに、そんなのをして何になるっていうんだ」
 
「えぇー!君ここにずっといるつもりなのかい?!
 こんなちっっっぽけな所にいて何になるってんだ!私のいる宇宙から見てもただでさえこの世界はちっぽけなのに、さらにちっぽけなこんな所に居座るというのか!?」
 
「仕方ないだろ、俺はここ以外を知らない。他がここより良い所なんて確信が持てないうえに、ここを出たとしてやりたい事が無いんだ」
 
「やりたい事なんて後から幾らでも余るくらいに見つかるから心配いらない。
 取り敢えず大きくまとめると、君の問題点は世界を知らないから興味が持てない事と、その興味に取り組むための基礎能力を身につけていない事かな。
 さて、どうするか」
 
 この世界の優秀な学者先生教授を誘拐して家庭教師をさせるか、世界の一欠片一大陸を持って来てカイトに他の世界の体験学習をさせるか。
 いや、いっそカイトを世界に連れ出した方が早いのではないか。
 
 ナマエがもんもんと考えを膨らませていると、面倒臭そうにしているカイトが話を切り出した。
 
「お前があれこれ考えているのは勝手だが、たった今、興味が湧いた物ができた」
 
「お、なんだいなんだい!」
 
 人が未知へと踏み込む瞬間がたまらなく好きなナマエは、声高に伺う。
 
「お前が今読んでいた本だ。
 今はそれが読みたい、だから他の事は置いておいてそれに集中させろ」
 
「ああ!勿論良いとも!
 ならばまずは文字を知るために、読み書きと音読……いや、君は言葉は話せるからそれは不必要だな」
 
 学習能力適正検査をするように能力を分析すると、 ナマエは懐から出すと見せかけて魔術で学習道具を作り上げて目前に差し出した。
 
「これを使えば文字の読み書きは問題ないだろう。
 私も時間がある時は教えてあげるから、飽きるまで頑張ってね」

 ナマエはそう言うと、ハッとして「いっけなーい!仕事仕事〜!またねカイトくーん!」と、パラソルを蹴散らして颯爽と何処かへ走り去って行った。
 
 カイトは ナマエを見送ると、 先程までナマエが読んでいた置きざりの本と、渡された"落とし子でもわかる文字"を持って下水道へと戻った。
 

 
*** 

  
 
 異世界に呼び出されて、ニャルラトホテプに蹂躙されていた探索者を助け出した ナマエは誰も知らない孤島で、通りすがりの夜鬼と共に夜風に吹かれていた。

「なあ、私が一人の人間に冒涜的でも無い無難で純粋な文字を教えるなんて阿呆らしいと思うか」
 
 夜鬼は「オ"ォ"ォ"」と地鳴りのような声を出して返答をする。
 
 簡素な返事を期待したが、発音時間に対して膨大な情報を夜鬼が飛ばしてノーデンスは曖昧な相槌を打った。
 なんとも優柔不断で、ノーデンスの気を損ねないようにと気遣った発言だったが、簡素に纏めるとこうなる。
 
「どうとも思わない。
 しかし、魔術でその者に万物の文字を教えこめば直ぐに済む話ではないか?」
 
 と。
 
「お前の考えは確かだ。
 しかし、時間をかけて学ぶ事を知ることは、その後に繋がり、積み上げた物が成功すれば大いな悦びになる。
 私はそれの手助けをすれば良いのだ。
 それに私は、悩み苦しみ、これを乗り越えて日の目を見る瞬間が好きだ。これは不完全な人間にのみできる事で、誰しもが出来ることではない。
 
 つまり限りある私の楽しみな遊戯なのだ」
 
 青みがかった黒い空に白く輝く月を見つめながら、 ナマエは思い出したように呟いた。
 
「カイト君、私が持ち忘れた屍食教典儀の禁書を拾ってたけど大丈夫かな」
 
 

【第1章・第7話】本を読みなよ。紙の本を




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