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第1章・第8話



 カイトは崩れた石壁に腰を掛け、ナマエから先日渡された本をペラペラと捲っていた。
 ペンを握り、なぞり書きをする部分を塗り潰し続ける作業。退屈ではなかった。
 じめじめと湿った下水道とは大違いで、吹き渡る風は大変心地が良い。

 
「勉強熱心だねぇカイト君は。
 私の部下も君を見習って欲しい限りだよ」
 
「いつの間にいたんだ」
 
 驚いてパタンと本を閉じ、顔を合わせる。
 
「私の事は別にいいじゃないか。それより、"あいうえお"くらいは読めるようになったのかい?」
 
「ああ、もうた行までは読めるぞ。ただ、次の行に似ている文字があるからそこが難点だ」
 
 こんなにも嬉しそうに話をしてくれるカイトは出会って初めてだ。
 壁にぶつかっているというのに、それでも楽しそうに学んでいる。 ナマエに対する態度も先日と少し変化し、繋がる会話をするようになった。

 予想外の進展に ナマエは驚きと嬉しさがこみ上げ、無邪気な笑顔を見せた。
 
「そっかそっか。まあ、回数を重ねれば直ぐに覚えるから心配いらないさ。
 それより、勉強のし過ぎでお腹減ってないかい?サンドイッチ作ってあげたから食べなよ」
 
「お前が作った……?明日は毒の雨でも降らせるつもりか」
 
「カイト君失礼!せっかくこのノーデ……私が真心一杯の魔法(具体的には言えない)を込めてあげたというのに!
 いらないなら犬にでも上げるぞ!」
 
「いらない」
 
「えぇ〜カイト君もしかして人の握ったおにぎり食べれない派なの?拾ったものは食べるのに」
 
「よく分からない例えだが、最後は余計だ。あと、いらないのは冗談だ。気づけ」
 
「カイト君が私にジョークを………」
 
 ジョーク。ノーデンス脳内辞書に、ジョーク、冗談、シャレ。と言葉が流れ込む。
 ジョークとは一般的には聞き手読み手を笑わせたりする意味がある。時としてそれは皮肉にもなるが、今の意味は前者だ。多分。
 
 つまり、カイトはこの会話、時間を楽しんでいる証拠にもなる。確信はないが、神様の感が感知している。
 
「何をニヤニヤしているんだ気持ち悪い。やっぱり変な物でも入れているんだろ」
 
「いーや。ただ、カイト君は今までに無いくらい愛くるしい人間だから見とれてた」



 一拍を置いて ナマエの頭に激痛が激走する。
 カイトが読んでいた本の角で殴られたと気づくのは簡単だが、今はそれどころではない。
 まるでティンダロスの猟犬が舌で人の皮膚を突き刺し、精神力を吸い取るかの如く、鈍く、しかしどこか鋭く、じわりと広がる痛みだ。簡単に言えばかなり痛い。
 
「か、カイト君何も殴る事は無いだろう!!」
 
「うるさい。あっち行って黙っていろ」
 
 珍しく浮かれたナマエの行動が軽率だったのか、鬱陶しかったのか、カイトは顔すら合わせてくれず対向を指さした。
 
 ナマエは何度か名前を呼んでみたが無反応。先ほどの昂った感情は完全に萎み、トボトボと歩き出す。100mほどの距離を取った所で振り向くと ナマエは口を開けて今回3度目の驚きを見せた。
 若干、僅かに、微かに顔が赤いのだ。
 
 ナマエはカイトが自分を遠ざけた意味を悟ると、静かに息を引き取りかけた。
 

 

 
【第1章・第8話 ボディータッチ以外のスキンシップを】



「サンドイッチは美味かった。飲み物と一緒なら尚更な」

「口がパサパサしただろうね。
今度はゴーヤジュースでも持ってきてあげよう」
 
 




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あきゅろす。
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