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戦国BASARA
【光政】いたくて、
(戦国)


「・・・・・・Hey、小十郎」

滞った執務にようやく手をつけ、tensionも大分勢いづき始めた昼下がり。
襖の奥でありえないものを見て、手に持つ筆がごとりと重い音をたてて紙面に落ちた。
隣で共に政務に取り掛かっているはずの小十郎に、声をかけるも返事はなし。
代わりだとでも言うように、縁側ににこやかに腰掛ける、

「お久しぶりです、お元気そうで何よりですよ・・・クク」

「・・・・・・明智光秀、テメェどうしてここにッ」

クツクツとそれはもう愉快そうに笑う奴の右手には、凶悪なまでに鋭く大きな鎌。
猛烈な悪寒が背筋を駆け抜けて、内心慌てながら剣を取る。
威嚇するように牙を剥き敵対心を露にすれば、明智のマスクで見えない口元が緩んだような気がした。
大きな音をたてて、明智が両手を上げた。
鎌は、明智の足元に転がって微動だにしない。
またクツクツと笑い出しながら、明智はゆっくりと頭を振った。

「おやおや、誤解です・・・今の私は、貴方の首をとろうだなんて考えてませんよ」

「ンなの信用できるか、go back!」

「つれないお方だ、・・・・・・では、少しだけ」

明智は残念そうに首を捻るが、どうもこの状況を楽しんでるようにしか思えねェ。
大鎌は捨てても、まだ他の武器を隠し持っている可能性だってある。
しかし奴は、俺に殺されてもおかしくない状態にあるにも関わらず、ゆっくりと俺の方へ歩を進めてきた。

「Don’t move!止まんな、さもないと・・・・・・ッ」

明智に向けた剣の切っ先に、プツリと皮が裂ける感触がした。
長く病的なまでに白い明智の指先に、赤い玉が弾けて広がり指の股を伝う。
ポタリ・・・畳に零れ染みを広げる赤色がいやに鮮やかで、俺は知らずの内に瞳を見開いた。
目の前にいるのが“人間”であることを、今初めて知ったような気持ちだった。

「・・・・・・優しい独眼の竜に、悪魔は殺せませんよ」

「ッ、・・・テメェ、何のつもりだっ!」

突然耳元に甘い吐息がかかり、ビクリと双肩が震え上がる。
いつの間にか至近距離に接近していた明智から、間合いをとるように俺は後方に跳んだ。
その際に、両手に持っていた竜の爪を手放す。
間近で見た明智の表情はひどく寂しげだったが、やはり距離をとるといつもの嘲笑と同じように見える。
・・・敵意はないと剣を投げたが、失敗だったかもしれない。
静止していた明智の指先がピクリと動き、緩慢な仕草で奴の口元を覆っていたマスクが取られた。
よく知る微笑と、憐れむような目付きが気に障る。

「・・・・・・貴方は信長様を葬った、慈悲深き蒼眼の竜だ」

「Ah-han?・・・テメェの観念は知らねェが、復讐でもしに来たってのか?」

「まさか・・・、感謝していますよ、ええ本当に」

恭しく頭を下げる素振りをし出す明智は、俺の目にひどく不安定に映った。
そして恐らく、それは間違っていないと思う。
明智の声は震えていた。

「・・・私はまだ、あの甘美な戦禍を忘れることができないのです」

明智はそっと目を伏せ、自嘲じみた笑顔を浮かべてみせる。
その仕草が、表情がどうにも気に食わず、俺は奴の方へと歩みを進めた。
明智の歌うような言の葉は、まるで俺がいないかのように紡がれていく。

「平和とは、実に退屈なものです・・・乱世こそが戦の華でしょうに」

「私は人を殺めるために生まれました、それ以外の快楽は知りませんでしたから」

「・・・・・・あぁそうそう、今日は貴方にお渡、ッ・・・!?」

初めて驚いた奴の顔を見た。
息を呑む音がやけにrealで、俺は明智を抱きしめる腕に力をこめる。
思ったとおり、・・・・・・明智の全身は小刻みに震えていた。
今度は驚かせることのないように、わざと聞こえるように大きく息を吸ってから言葉を吐き出す。

「・・・・・・もう、いいんじゃねェか?」

明智のだらりと垂れた右腕の指先からは、未だに血の雫が滴り落ちている。
それを横目で見ながら、俺はそっと放心状態の明智の頬に触れた。
否・・・・・・触れずにはいられなかった。

「・・・明智、いたいな」

「怪我なら慣れていますし、全く痛くありませんがねぇ」

ポツリと零した俺の言葉に、明智の固まっていた表情が微弱に動いた。
触れた肌はこんなに温かいのに、奴が吐き出すものはこんなにも冷たくて。
呟くように吐き捨てられた氷の刃は、見境なく俺の内側を抉った。
半ば無意識に、俺は明智に向かって声を漏らす。

「なぁ、・・・心はまだ痛いか?」

「・・・こころ?・・・・・・さぁ、私には、そんなものありませんから」

明智の動揺したような声の調子に、俺は不思議なくらいに安堵した。
まだ、まだ大丈夫、まだ、・・・自分の心にそう言い聞かせる。
だってコイツは、・・・・・・まだ生きようとして、俺の中で泣いてる。

「なぁ、明智・・・・・・何で、俺ンところ来た?」

「・・・今、全国を巡ってるんですよ。その過程ですよ、クク」

普段通りの明智の声が、いやに白々しく耳の届いた。
上っ面だけの顔には、仮面みたく染みついた厭味なあの表情。
骨を折る勢いで、俺は明智を抱きしめた手に力を込めた。

「・・・・・・痛いって、言えねェんだろ」

俺が顔を埋めた明智の胸の奥で、トクリと心臓が動いた気がした。
何も答えない野郎、けれどそんな小さな反応が涙が出るくらい嬉しかった。
・・・・・・このまま明智を暴いていって、逆上されて殺されても構わないとさえ思えた。

「・・・なぁ、明智、」

「煩いですねぇ、貴方死にますよ?」

「・・・いたい、って言ってくれよ」

「はい?茶番はおしまいです、さようなら独眼竜・・・」

明智の腰帯から、鋭利な短刀が引き抜かれる。
・・・ああ、知ってる。いたい、知ってる。
これが俺の最後になるなら、せめて明智だけでも救ってほしい。
閻魔様の所に連れてかれンのは、この竜の命だけで十分だろう。

「・・・・・・お前は、ここにいていいんだ」

俺がそう囁いた瞬間、ふわりと空を切る鋭利な刃物。
俺の背中を貫くはずの痛みが、明智の手から滑り落ちていく。
俺の赤色の代わりに、明智の透明な雫が下に落ちていく。
とめどなく溢れる涙の粒は、俺の頬にも伝っては落ちて、はらはら落ちて。
俺は無意識に、幼子のように震える明智の頭を撫でていた。

「・・・ここにいろ、いたいって、言え」

もらい泣き、・・・俺の独眼からも溢れる水。
開いた口に伝う雫は温かく、俺もこの男も、まだここにいるんだと実感した。

「居たい、・・・・・・まだ生きて、この世に居たいって言え」

優しく、震える声でそう紡げば、ガクリと明智は膝を畳につけた。
腹部に当たる、明智の細やかな髪が濡れる。
そして、小さな小さな、本当に小さな声で、

「ずっと、いたかった」

明智がそう呟いたとき、わっと涙が視界を覆って何も見えなくなった。
立ちつくしながら泣く俺と、その足にしがみついて泣く奴と。
奪った命の重さと、騙した時間の長さと、知らなかったものの美しさ。
地獄にいるおっさんに感謝しながら、俺は救えた命の尊さに泣いた。



「政宗様っ、ご無事か!!」

バタバタと大きな足音をたてて俺の部屋に飛び込んできた腹心。
呆気にとられている俺と、その隣でニコニコ嫌な薄ら笑いを浮かべる明智。
襖を開いた状態で固まってしまった小十郎を見て、つい俺は吹き出してしまった。

「く、ククっ・・・小十郎、何て顔してんだよ?」

「おや、眠り薬の効力、貴方にはあまりなかったみたいですね」

「あ、明智ッ!?テメェが何でここにいやがる・・・!」

明智が嫌味な笑みと共に言った言葉に、ああ成程と俺は頷いた。
どうりであんな騒ぎがあっても、人一人現れなかったわけだ。
感心してウンウン唸る俺に、焦りを含んだ家臣の声が響いた。

「政宗様っ、これは一体どういうことなのですかッ・・・!?」

久々に見た小十郎の緊迫した表情に、また笑いが溢れてしまいそうになる。
そんな俺を眺めていた明智が、ふぅ・・・とため息をつきながら口を開いた。

「どうぞ、これから宜しくお願いしますね・・・・・・クク」

「明智、可哀想にhomelessなんだってよ?だから、ここに置いてやることにしたんだ!」

「いえいえ、独眼竜がどうしても・・・と泣くものですからねぇ?」

Ah!?何言ってやがる、もう一回言ってみやがれ!・・・まるで痴話喧嘩のような地獄絵図。
甘ったるい空気に一人取り残された小十郎は、驚きのあまりその場に倒れ込んでピクリともしない。
まさか明智とこんな会話が出来るなんて、思ってもみなかった。
どことなく高揚とした気分の俺に、明智はこう言った。

「・・・貴方にお仕えするのも、悪くなさそうですねぇ」

思わず俺が泣き出してしまうぐらい、嬉しそうで幸せそうな笑顔だった。




お粗末様でした。

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あきゅろす。
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