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企画モノ
いっそこの眼を抉って【前】
 グラウンドと校舎の間に挟まれた銀杏並木は見晴らしが良い。

 グラウンドの様子がよく見える、体育祭では保護者・生徒問わずいち早く確保される人気スポットだ。
 あたしはそこに立っていたから、若林がこちらへ歩いてきてるのも気付いていた。

 白いウインドブレーカーを着た男子は辺りを見回す最中であたしを見つけ、脇目も振らず駆け寄ってくる。
 片手には試合の結果が書かれた紙、もう片手には硬めに張られたテニスラケット。
 紙を持ってるってことは勝ったのか。

 なのに、祝福してくれるはずの彼女がいつの間にか応援からいなくなってて異変を感じてる、そうだろう若林よ。

「伊藤、きららを見てないか」

 残念ながらあたしはエスパーじゃない。
 若林のきららに関わる思考が大変からかいやす、じゃなくて読みやすいだけである、まる。

 とりあえず男子テニス部のマネージャーとして「その紙持っていきなよ」と伝え、むっとした顔の若林を見て仕方なくあたしもグラウンドを歩き出した。
 側溝付近の土は昨日の雨でぐちゃぐちゃしている。部活が終わる頃には乾くだろうか。

 今日の練習試合に我が部活は力を入れていた。

 招待したのはうちの高校と実力が拮抗している二校で、元々ある、金網で周囲から隔絶された二面のコートだけじゃ全然足りなくてグラウンドにもコートを作るほど。
 朝から夕方まで一日かかる練習試合で、若林は愛する彼女に良いところを見せたかったわけだ。

 きららも彼氏の分のお弁当まで持参で応援しに来ていた。
 先に見せてもらうと鳥のから揚げ、綺麗に巻かれた焦げ一つない玉子焼き、おにぎりは可愛らしい俵型で素晴らしい念の入れようだった、が。

「帰した。知り合いの車に乗ってもらった」

 タダじゃつかなかったのは別の話。

 さて若林の様子はどうかと横を見たら、あたしの方が数メートル先を歩いていた。速度が落ちたか、あるいは一度立ち止まったかしたらしい。
 テニスシューズのつま先に先ほどまでなかった汚れがついている。……と危ない、あたしまでぬかるみに足突っ込むところだった。後ろ向いて歩くの止めよっと。

 若林はすぐに追いついてきた。
 流石に自分も早退してきららを追っかける、とまでは言い出さないようだけど、目にはちゃんと心配げなひかりがちらついていた。

「熱が出たのか? 腹が痛くなったとか?」
「いいや、平熱。寝不足でも腹痛でもない」
「じゃあ頭痛」

 どうしても自分の彼女を体調不良にしたいのか。

「ちょっと、いい加減そこから離れなって」

 ぴしゃりと言えば若林は考えるように押し黙って、コートから「よっしゃー」だの「ドンマイファイトー」だの聞きながら、二人して無言で歩き続けた。

 試合が終わって次まで待機になってる奴が話しかけてこないのは空気を察してのことだろう。
 背中になんか暗いもの背負ってるもん、こいつ。

 かと言って親切に『理由』を打ち明けてあげようとは思わなかった。
 寧ろ苦しめ。マネージャー失格だと言われようが構わない、きららのことで頭がいっぱいになってしまえ。

 風が強いせいでボールが流れている。
 ころころ転がってきた試合球を拾って若林に渡し、当てる程度に軽く打ってもらう。真っ直ぐに選手に飛んでいったそれを見て、あたしはほんの少し溜飲を下げた。

「ここにいるのが辛いって言ってた。うさぎみたいに目を真っ赤にして、鼻の下もちょっと赤くて」

 瞠目した若林を見て、さらに続けた。

 あたしは基本きらら側の人間だ。
 出来ればあの子が言わずとも若林が気付いて、先手を打ってくれれば良いと願ってるんだ。

「きららは若林のために頑張ってる。今日はそのせいで帰ることになった」
「だろうなとは思った」

 惚気だなそれは。
 体の後ろで両腕を組んで、すうっと冷たい空気をいっぱいに吸い込んだ。

 きららのそれは、あたしには分からない感覚だ。でもいつか知るのかもしれないし、そうなったら苦しいんだろうなって思う。
 だからせめて、気遣って優しくすることが出来たら。

「きららには、言いたくても言えないことがある。いつもあと少しの勇気が足りない。そこ、若林が汲み取ってあげて欲しい」
「……それが何か、伊藤は分かってるのか」

 ふふ、と笑ってあたしは一つ予言をしてみた。
 一月の終わりから二月の頭にかけて一度、放課後に一緒に帰るの断られたでしょう――と。



 いっそこの眼を抉って、すっきり洗い流して、また元の場所にはめ込むことが出来たら良いのに。……怖いからやらないけれど。
 帰りは里奈ちゃんの幼馴染みで、医者の卵でもあるというお兄さんに車で送って頂いた。

「目、あんまり擦らない方が良いよ?」
「……つい、手が伸びちゃって」

「家に着いたら点眼と点鼻して、就寝前に花粉症の薬飲んで。症状が酷いようなら今日みたいな日の外出は控えるようにね」

 似合わないマスク姿で克己の前に出たくなかったなんて、応援の声がこもらずに届くようにしたかったなんて、言えない。


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