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神さまがケンカをしても
『推薦試験、ダメでした。あんなに面接練習頑張ったのにな。
応援してくれた皆さんごめんなさい〜、今日からまた頑張ります。もう泣き言は言いません!』

 絵文字は涙のマーク。
 椎名は柔らかな椅子の背凭れに体重をかけ、目を瞑って視界を遮断し……深く溜息をついた。
 
 公立高校の推薦試験、発表は今日だった。
 椎名とその親友であるサチはそれぞれ別の学校を受けていた為、一度も顔を合わせることなく帰路についた。
 メールしようかも迷ったのだが、もし落ちていたらどう声をかければ良いのか分からない。

 結局、椎名は夜になってから、こっそりサチが運営しているHPを覗いていたのだ。
 トップページは去年の十一月を変わらぬまま、サチがどれだけ受験に集中しているか如実に表している。

 日記の最新欄にそれは書かれていた。コメントはまだない。
 椎名は瞼の上から指先を滑らせ、目尻にそっと指を沿わせると再びパソコンと向かい合った。

 カタカタと音を鳴らし、素早く文字を入力していく。

『サチさん、頑張れ! 応援してるよ!/シシィ』

 椎名は時折、このようにしてサチに日記のコメントを残していくことがあった。

 もちろんサチは『シシィ』が椎名だと知らない。コメント返しに敬語を使っていることからすると、おそらく年上だと思われているのだろう。
 椎名は別にそれでも良かったし、わざわざサチに教える必要もないと思っていた。


 翌日、三年一組の教室に入ると既にサチは来ていた。

 机の上いっぱいにテキストを広げ、体ごと後ろに向かって座り神崎さんに質問をしている。
 ふと顔を上げ、椎名の姿を見ると真っ赤な目のまま笑って言った。

「おはよー。ねぇねぇ椎名、今日からうちの専属家庭教師になって!」
「え?」

 説明を求めるように神崎さんへ視線を向けると、肩越しに振り返っていた彼女は苦笑して軽く肩を竦めた。
 彼女も突拍子のない発言をされることには慣れているようだが、流石にサチまでは予測不可能らしい。

 サチは有名通信教育のテキストを持ち上げ、さながら水戸黄門の印籠の如くずずいと押し出した。
 オレンジのペンで丸付けされたそれの、三分の一はバツ。

 応用のマークがついたものは全滅。

「うち、今日からガリ勉だから。椎名と和歌ちゃん、受かったんでしょ? 勉強見てね、宜しくね!」
「和歌さんが受かったのは当然みたいなものだし……って知ってたの?」

 この学校で公立のトップ校を受けた十人のうち、受かったのは椎名と和歌を含めた四人のみだった。
 倍率は五人に二人しか受からない計算、妥当と言えなくもない。

 サチは人脈が広い。優等生の和歌とも仲が良いらしく、最初落ち着いてとっつきにくい印象だった和歌を「話せば良いコだよ」と言って。
 気軽に話し掛けることをアドバイスしてくれたのも、サチだった。

 それよりも、問題はサチの発言の方だ。昨日は誰にもメールしていなかったし、もしや人伝に聞いたのだろうか。もしかしたら和歌が教えたのかもしれないな、と椎名は考えをめぐらせた。

「知ってたよ、だってHPで大々的に発表してたじゃん。合格しましたー、って」

 大きく目を見開く。……自分のHPはサチに教えていなかったはず。いや、そこではシシィと名乗っていないから別に良いか。

「そっか。良いよ、筆記試験までサチの勉強見てあげる」
「やったね! 椎名がいれば百人力だしねっ」

 サチはぐっと親指を立てて無邪気に笑った。そうそう、と繋げて自分の机をぺちぺちと定規で軽く叩く。
 椎名はそろそろ荷物を自分の席に置きたかったが、もう暫くは放してもらえそうになかった。

 神崎さんと目が合い、二人して小さく笑う。

「それでさー、試験の日になったら皆にお守り置いてもらうの。ココ」
「机の上?」
「そ、フックにも引っ掛けて」

 サチが定規で叩いている位置から察するに、机の上の東西南北、さらに両脇についているフックにもお守りを置いてもらおうと考えているらしい。
 計六つのお守りが同居することになる。椎名ははあっと息を吐いて、サチの机を指先で弾いた。

「神さまがケンカしない?」
「そんな心が狭かったら神さまじゃないでしょ」

 屁理屈でしかないのだが、それもそうかと納得してしまう何かをサチは持っている。まぁねと椎名は呟きながら机と机の間をすり抜けて、サチの斜め前にある自分の机に荷物を置いた。

「ありがと、シシィ」

 微かな微かな、消え入りそうな声でサチはそう、呼びかけた。


【終】


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あきゅろす。
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