蜘蛛の糸【2】
比喩じゃないよ、雲一つない空の色も首に巻いてたマフラーの色でさえも、何がなんだか分かんなくなった。絶望、もしくは地獄の底に突き落とされた感じ。
芥川龍之介――受験のために覚えたんだ、じゃないけど。
あたしには天国から下りてくる、細い細い蜘蛛の糸すらも見えなかった。
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もうダメだ、って思った。だって12日の試験、適当に受けたんだもん。
100%の力出し切ったなんて言えないし、絶対落ちてる。
13日のガッコは受ける中で一番レベルが高いとこでさ、そんなの無理だよね。
一般オンリー。併願できるような内申なんてなかったから、全部落ちれば就職しかない。
でもあたしはその時、それでも良いか、って思っちゃったんだ。
学校の生徒達は陰で笑うだろうな、学校の先生達もホラ見ろ、って思うだろうな。
仕方ないか。あたしの中の諦めっていうか、甘えだったと思うんだよね。
で、あたしの脳裏に吉田先生の言葉がよぎったの。
受験の時にはあたし達のために、絶対学校にいてくれるって。
どん底の中から、必死に足だけを動かして学校に向かったんだ。
重い足を引きずりながら校門を抜けて、職員室の扉の前で足を止めた。
吉田先生はいたよ。約束の通りに、学校に戻ってきてくれていた。
当然だけどあんまり変わってなくてさ、同じようにメタボ一歩手前なの。泣き出しそうになるんだ。どうしようもない安心感が、そこにはあった。
先生は生徒達に囲まれてた。
皆受かったんだろうな、きゃいきゃい騒いで賑やかで、パッと明るい光がついてるみたいなの。
そんな中になんか、入れなかったよ。
「……岡崎?」
ふいに吉田先生がこっちを見て、あたしの苗字を呼んだ。あたしの様子を見ただけで分かったんだと思うよ、すっごく暗い顔してたと思うから。
先生の言われるままに中に入って、二人向かい合った。
「どうだった?」
「ッ、……ダメ、でした……。ごめんなさい、ダメでした……」
そう言うと、先生は何にも言わずにあたしの肩をそっと抱き寄せてくれてね。普段厳しい先生から予想もつかないくらいの優しさで、言ってくれたんだ。
「大丈夫。岡崎なら出来るから。絶対平気だから」
その時初めて、大人を信用しても良いんじゃないかなって思えた。
確かに嫌な大人もいるけど、でもそんな人ばっかりじゃない。今では吉田先生と出会えたことを、本当に感謝してるんだよ。
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3/2 ○
3月2日の私立の二次募集で受けたのは50人、受かったのは5人。あたしは十倍の倍率を引っくり返したってわけ。
今ここでこの話をした理由はね、皆に自慢したかったんじゃない。
ここまで来るとね、もうメンタルなんだよ。同じ実力だったら、より強い心でいられた人が勝つんだ。
試験でどれだけの力を発揮できるか、なんだ。
ねえ、一つの言葉が人生を揺るがすことってあるんだよ。
あの言葉で、先生があたしを支えてくれなかったら。あたしは多分、今この時この場所にいない。
どっかで死んじゃってるかもしれないし、就職出来てたかどうかも分かんない。
けどさ、今こうやって皆の『先生』でいてさ。
この体験を伝えられて良かった、って思ってる。滅多にないだろうからね。
さて、話はこれで終わり。色々、ぐだぐだになっちゃってごめんね。
……あ、もう時間じゃん。やばっ、会議に行かないと!
それじゃあ、皆の健闘を祈っています。頑張ってね。
――あたしは絶対、ここにいるから。何かあったら遠慮なく来るんだよ?
それじゃあ日直、号令かけてー。
【終】
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