秘恋
「美々はさぁ、好きな人いないの?」
中学校三年生、修学旅行に京都奈良。
二泊三日、今日は最後の夜だった。
一日グループ行動で清水寺に二条城に金閣寺、錦市場でドーナツを食べて。
有名どころばかりを巡った。
友達と一緒に喋って歩いて、男子班長の藤堂くんに迷惑かけちゃったのはちょっと、ほんのちょっと申し訳なかったかなぁ。
女子班長としての仕事も、うん。
あんまり出来なかったし。
それでも楽しかった、とてもとても。
この前会った時、恭ちゃんが一昨年、北野天満宮に絵馬を書いたって言ってたから。
もう無いって思ってても、万が一の可能性を考えて恭ちゃんの絵馬を探してみたり。
……なかったけど。
恭ちゃんも触ったのかな、なんて思いながらウシを触ってみたり。
恭ちゃんがいないはずの京都で、恭ちゃんの存在を感じながら歩いて。
……こんなこと言ったら、同じ班のみんなに失礼かなぁ?
で、話は冒頭に戻って。
修学旅行の定番、恋バナ。
もちろん昨日も夜通しあったらしいんだけど、私だけ先に寝た振りしちゃったんだよね。
起きてたら私にも絶対! 話が降りかかってくるって予想してたし、まさか話すわけにもいかないし。
それなのに、捕まってしまいました。
漢字間違ってるかもだけど許して、だって本当に『逮捕』された感じだったんだから。
布団は頭を内側に向けて二列、私の布団はど真ん中。
向かいに恋バナの首謀者(失礼だけどっ)のゆかちゃん、こういう時に助けてくれそうな友達の奈央ちゃんは隣の隣。
問題、つまりこれってどういうことでしょう?
――答え、誰も助けてくれません。
そういうことなんだよね。
「いる、けど」
一斉にみんながざわめいた。
秘密にはしたいけど、この気持ちに嘘なんてつきたくない。
だって嘘をついたら最後、この気持ちまでも嘘だって……恋じゃなくて、年上のお兄ちゃんを慕ってるだけなんだって、なってしまうと思うから。
暗闇の中、京都タワーの明りだけが窓越しにぼんやりと部屋を照らして。
みんなの顔は何となく分かる程度。
矢継ぎ早にゆかちゃんが質問した。
よく見えないけど多分、きらきらと目を輝かせて。
「え、誰? このクラス?」
「違うよ」
何で、この学年じゃないって選択肢が出てこないんだろうね?
この学校じゃないって考えが浮かばないんだろうね?
中学校三年生。
微妙なこの立場は世界が広いようで、とても狭い。
彼氏は同じ学校か同じ塾か、何か共通点があるとか。
そして、少なくとも私の知っている中で――従兄に恋する人は、私しかいない。
「三年だよね? まさか先輩?」
「……それは秘密」
布団を頭から被ったままにこりと微笑んで、頭を横に振る。
うっかり喋らないように、自分で自分にストップをかけた。
もし喋ったらどうなるだろう。
どこかからお姉ちゃんに漏れて従姉の晴乃ちゃんに漏れて、恭ちゃんに漏れて?
お母さんやお父さんにまでバレて、親戚みんなに?
絶対、ぎくしゃくする。
私から直接言うんじゃなくて、周りから伝えられれば特に。
そんなの、耐えられないよ。
「ええっ!? 教えてよー。友達でしょ?」
「美々だけ言わないなんてずるい」
「ねー、みみぃーっ」
みんなの声が段々大きくなる。
しっ、と奈央ちゃんが唇の前に指を立てた。
コツン、コツン。廊下に響く靴の音。
おそらく生徒達がちゃんと寝ているかどうか、巡回している先生だ。
「それにね」奈央ちゃんが続ける。
どこか自慢げな響きを持って、堂々と。
「美々の相思相愛な相手は私なんだから、言えなくて当然でしょう?」
あー、やっぱり? 前から怪しいと思ってたんだよねー。このレズっ。似合ってるから許すけど。
口々にみんなが騒ぐ中、奈央ちゃんは私にウインク一つ飛ばして。
それから、また話題は別の子へと変わっていく。
私についてはもう誰も触れようとしない。
女の子の話はそういうものだと思う。
私は奈央ちゃんへ、ありがとうと口パクで伝えた。
次の日。
「美々、美々」
奈央ちゃんが話し掛けてきた。
帰りの新幹線、四つのボックス席の奈央ちゃんは斜め向かい。
私の隣の子は他のクラスの所に遊びに行って、奈央ちゃんの隣の子は背凭れを倒して仮眠を取っている。
揺れる新幹線の中で立ち上がり、私の横に移動した。
くいくいと手招く動作に、私は素直に顔を近づける。
そして、小さく耳打ち。
「美々の好きな人って、牧原先輩?」
世界が止まった。
「どうして、そう思うの」
違うなんて言えない、言いたくない。だからって素直に「そうだよ」とも言えなくて。
思わずとげとげしくなりながら、私は奈央ちゃんに聞いた。
隣のボックスで、わいわいトランプで遊んでいる子達に気付かれないように、微かな声で。
「結構前から気付いてたんだけど。美々の視線を追っていけば、観察力ある子なら分かるし」
何であいつらは気付かないかねぇ、と笑いながら奈央ちゃんが言う。
それは私の親友である奈央ちゃんだから気付いたのか、それとも。
「はい美々、問題です。下の句を答えよ」
「……? うん」
「しのぶれど、色にいでにけりわが恋は?」
理系も文系も何でも出来て、こういう時にさらっと口にできる奈央ちゃんとは違う。
正直、百人一首とかそんなに得意じゃなかった。
でも覚えてた、これって。
自然と、下の句が口をついて出る。
「物や思ふと、人のとふまで」
「つまりはそういうことよ」
――神さま。
これは天からの助けなのでしょうか。
それとも、破滅への第一歩?
奈央ちゃんがみんなにバラすとは思えない。でも、こんなにも見抜かれていたなんて。
新幹線の放送が、次は横浜だということを告げた。
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