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本心
 遠い遠い昔、まだ幼馴染みだった頃から。 
 貴方の手を握るのが当たり前だと思っていた。それが当然で、自然なこと。
 それ以外の選択肢なんて、あってないものだとすら思っていた。

 でも今は砂上の楼閣のように、それすらも危うく、消えてしまいそうに思える。


 久しぶりの食卓は、なんだかぎくしゃくしていたようにも見えた。
 私はあの――駅のプラットホームでのことを見てしまったから、どうにも上手く、いつもの晴乃らしく会話が出来なくて。

 彼は彼で、仕事が忙しくて疲れているのかな、さっきから溜息ばかり。
 箸を持つ手も進んでいなくて、少し食べて止めて、また少し食べて。それをずっと繰り返している。
 同席している旭くんも、わざわざ会話を弾ませようなんてこと、当然してくれなかった。

 時折話を私に振って、それを私が答える。でもすぐ、その会話は途絶えてしまう。

 そしてまた、場を支配するのは沈黙。
 重苦しくて仕方がなかった。
 ……もしかしたら、私がおかしいだけなのかも。
 二人はこんな状況が普通だったの?

 笑顔も会話もない、ただ食べるだけの食卓(って言っても充分細長いテーブルだけど!)が。
 そんなの悲しすぎる。
 でも私は、だからってそれを改善できなかった。
 あぁ――本当に。

 あおいさんの、旭くんの言っていた通り。私には彼の妻でいる資格など、ないのかもしれない。
「ごちそうさま。……ごめんなさい、ちょっと気分優れなくて。部屋に行ってるね」
「りょーかい。なんか用あったら行くよ」

 返事を返してくれたのは旭くんだった。でも、その声もいつもと違って元気がないように聞こえる。
 六条関連だという彼の仕事を手伝っているらしいし、旭くんも疲れているのかな。

 本当に、気を遣わせてごめんね。
 けれど今、どうしても。彼と話す気にはなれなかった。



 晴乃が完全にいなくなったのを見計らって、話を切り出す。
「遼」
「何?」

 俺の真向かいに座っている兄、遼は冷たく答えた。否、顔は一見笑っているようだが、目は笑ってない。
 訳もなく遼が見合い相手の選別をしていた時を思い出して、背筋がぞっとする。……怖っ。

 こんな状態の遼には、とにかく逆らわないことが得策。
 でも、そんなこと言ってる場合じゃないし。仕方なくね?
「あのこと、晴乃に話さなくて良いわけ」
 思ったより声が冷ややかに響いた。

 メイド達は険悪な雰囲気を察したのか、ささっと自分の部屋か仕事に引っ込んでいた。二人きりのダイニングでは声がよく通る。

 おぉ、やっぱり俺にも遼と同じ血が流れてるんだな――というか、声までそっくりだから本気で遼が言ってるみたいだ。
 遼の眉が持ち上がる。これは不機嫌な時の合図。

「僕が何とかするから、晴乃は知らなくて良いの。余計なことを知って、これ以上彼女が変わってしまうよりも、ね」
 なんつー傲慢。我侭、自己中。ってか、遼も気付いてたんだ。……まぁ気付くか。
 でも今の、問題発言じゃねーの?

 六条の本家(もちろん分家もだけど、めんどいから省略)の人間には、必ず物心ついた時から誰か判定者がついている。
 現在、遼の秘書として働いている安沢瞳は俺の判定者、というよか監視役だ。

 つまり、いつどこで誰が見てるか分かんないわけ。

 極端な話、忍者みたいに床下に隠れてるかもしんないし、メイドの中に潜んでるかもだし。でも、俺らはそれに気付いても追い払うことは出来ない。
 俺が安沢の存在に気付いても、遼の秘書として傍に置いてるのと同じだ。

 ……おっと、話がずれた。

「あのさぁ」
 ずっと聞いてみたかったんだけど。
 そう続けたら、遼は一度箸を置いた。話を聞く気はあるようだ。

「晴乃のこと、本当に好きなの? ってかさ、何で晴乃にしたわけ?」
 にした、って言ってる時点で最悪だ。

 事実上『遼が選んだ』ことになっていても、それは口に出して言うもんじゃない。ま、これで安沢にバレて勘当されたって俺は構わないから、良いんだけど。 
 遼は押し黙って、それから喋り出した。

「好きだよ。身元が確かでしっかりしていて、信用出来る。家族として妹みたいな存在として、彼女を好きだ」
 うわー、こいつ俺より最悪。
 思いっきり眉を顰めたのに気付いたのかそうでないのか、遼はあっさりとした口調で続けていく。
「でも、今は」

 その後に言われた言葉で、俺は無理やり納得させられることにした。不本意だけど。

 でもそれを晴乃が聞いていたなんて、まったく考えが及ばなかったわけで――。



 ……聞いて、しまった。

 何よりもまず、自分がショックを受けていることに気付いてげんなりする。最初から分かっていたのに、彼が自分で言っていたのに。

 彼が私を選んだのは信用があって気心が知れていて、それ以上もそれ以下もないからだって。
 妹みたいに大切にして貰っていても。恋愛感情なんてないんだって、分かっていたのに。

 ゆったりと流れる優しい時間の中で、勝手に誤解していたんだと思う。
 一縷の望みを抱いていたんだと思う。

「……これじゃあ、入っていけないよね」
 旭くんに用事があったことを思い出したのがきっかけ。
 二人の邪魔をしないようにそうっと階段を下りようとしたら、彼の声がダイニングに響いてた。

 もう、何でこんな時に限って聞こえちゃうんだろう。

 いつもはもっとメイドさん達もいて、こんなに静かじゃなくて……話している内容なんて聞こえないのにね。

 慌てて階段を上って、二人に見えないように壁を背にして座り込む。
 声のトーンを落としたからか、二人の声は聞こえなくなった。

「期待しちゃいけなかったんだよ」
 馬鹿な私。
 それなのに、何をやってるんだろう。

 彼が誰と仲が良さそうにしていたって、仕事ばっかりになっていたって、私には口を挟む資格なんかない。
 今までと何も変わらない、そしてこれからも。彼の気持ちが私に向くことなんか、きっとない。

 分かってる、それで良い。
 ……でも少し、落ち着く時間が欲しかった。

 彼の顔をまともに見て話すことなんて、今は出来ない。


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あきゅろす。
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