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三十四分の一の確率で【後】
 これは、賭け。遼くんが私をどれだけ分かってくれているか、試すもの。

 三十四分の一の確率で。もし見つけてくれたら、希望を持とう。『私だから選んでくれた』と自分勝手に考えてしまおう。
 残り三十四分の三十三の確率で。見つけてくれなかったら、諦めよう。

 『私ならお飾りの妻として最適だった』と考えてしまおう。消極的だけど。
 だってそうしなきゃ、心の踏ん切りがつかないから。
 自分で決められるほど私は強くない。

 午後十時過ぎ。上から、遼くん達が考えてるところを見てた。
「……あ、あれは友美さんの」
 みんなで夕食を食べ終わって(なぜか旭くんが乱入してきた)、お風呂に入って、甘いもの食べたから念入りに歯を磨いて。

 私は今、パジャマに薄いピンクのカーディガンを羽織っている。
 開け放った窓からは晩秋のひんやりと冷たい夜気が流れ込むけど、仕方ない、ここは我慢。風邪だけは引かないようにしなきゃ。
 
 自室の窓からは玄関先――つまり、熱心に推理している遼くん達がよく見える。

 達、というのは面白がった旭くんが一緒になって考えているからだった。食事中も遼くんとあれやこれや頭を働かせて推理していた。
 メイドさんにも聞き込んだらしい。

 どきっとする発言もあったし、はっきり言って心臓に悪かった。カボチャ尽くしの料理は美味しかったけど。
 玄関までの道を照らしていた、ランタンの中の小さなろうそくはとっくに消えて。

 夜十時を過ぎれば「Trick or Treat」とお菓子を貰いに来る子供もいなくなった。残ったのは三十四個の夢の残骸と、私が勝手に決めた賭けだけ。

 でもまだ、遼くんは私に答えを言いに来ていない。遼くんはさっきからずっと石畳に佇んで、一つ一つランタンを見つめている。
 時折手の上に乗せて、まるで一番良い物を吟味するかのように。
「――あれは、ダミーの」

 最初に、見本として友美さんが作ってくれたものだ。変な飾り(ごめんなさい)とかは一切なしの、笑った顔をしている普通のランタン。ひっそりと、一番門に近い所に置いておいた。
 それを今、旭くんが手に取っている。
 何か遼くんに話しかけていたけど、声はここまで届かない。

「やっぱり、見つけてもらえないかぁ」
 自業自得。
 私のジャック・オ・ランタンは絶対見つからないようにしてしまったのだから。賭けを自分から諦めたのと同じ。 結論を自分で出してしまったのと、同じ。

 窓枠に肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せる。
 遼くん達が家の中に入っていくのを見送ってから、私は部屋の中に視線を戻した。



 おかしい。
「……これ、晴乃のじゃない? 晴乃が変に凝ったの作るなんて思えないしさ」

 旭が自慢げに手に持っていた、笑顔のジャック・オ・ランタン。
 カボチャ自体は歪なものを使っているが顔、口のパーツのバランスの良さは完璧だ。まるで見本のような美しさ。

 僕がおかしいと思う理由。それはこのランタンが見本のよう、だからだ。

 彼女が上から見ているのは知っていた。時々、辛そうに顔をゆがめているのにも気付いていた。
 その理由は分からない。けれど、あまりにも長く窓を開けすぎて風邪を引かせるわけにはいかない。

 旭を先導してリビングに戻ると、食べ終えた皿を一纏めにしテーブルの上を片付けていたメイドに声をかける。
「友美さん。晴乃がどこにいるか知らない?」
 メイドは軽く首を傾げ、人差し指を顎に当てて暫く考えていた。

 少しすると顔を天井に向け、二階を指差す。二階は居住スペースだった。僕と晴乃、それからたまに遊びに来る一臣の部屋、今日は旭が使うことになっている客間、あとは書斎がある。
「おそらく、晴乃さまのお部屋だと思われます。お風呂より上がられてからずっと、こちらには下りてらっしゃいませんでした」
 
 つられるようにして僕も顔を上げた。
 家は一階から三階まで吹き抜け、中央の階段、あるいは室内エレベーターのみでしか上下の行き来は出来ない。どちらで移動するにせよ、必ず人目につく場所を通ることになる。

 メイドの言っていることは嘘ではないだろう。
 そもそも嘘をつく理由も無いか。……晴乃に頼まれない限り。

 そうそう、と呟いてからメイドにもう一度別の質問をすると、メイドは思った通りの答えを返してくれた。
「……ありがとう」
 二つ目と三つ目のヒント、発見。



 それから十分くらいして廊下に出ると、廊下を挟んだ向こうに遼くんがいた。
 壁に体を凭れさせて腕を組んで、余裕、って感じに微笑んで。格好だけ見ればどこかの雑誌のモデルみたいに。

 あまりにも堂々としていたから、こっちが戸惑った。
 けど、遼くんは何も持ってない。
「遼、くん」
「分かったよ。晴乃のがどれなのか」
 大きく心臓が跳ねた。

 嘘だ。分かるわけないのに。分からない所に置いておいたのに。

 そうだ、きっと遼くんが揺さぶりをかけてるだけ。落ち着け私、反応しちゃダメだよ。
 こうやって多分、私の口から正解を言わせるつもりなんだから。
 出来る限りの無表情を作って、私はドアを背にして黙り込んだ。

「それで、どれ?」
「んー、そうだね」
 近寄ってくる。風みたいにふわりと、結ばれていない私の髪を一房、手にとって。
 そして、一言。
「カボチャの香りがする」

 目を見開いた。
 どうしてなのかは、遼くんに聞かないとどうしようもない。でも今の発言でよく分かった。はったりを言っている訳でも嘘をついている訳でもない。

 知ってるんだ。気付かれてる、分かってる。 
「観念した方がいいよ。中だよね」
「……」

 私はきつく下唇を噛み締めて、もう一度ドアに向き合った。木の、重厚なドア。いつもは何も思っていないのに、今日は重苦しく感じる。
 たまたま、鍵をかけていなかったので簡単に開けられた。ギィとドアが軋む。

 部屋を開けてまず最初に目に入るのは窓。
 真ん中から開閉するタイプの折り畳み窓だけど、こう見えて意外に高性能。特注で作ったらしく網戸もある。

 ちょっと視線を右にずらすと、大きな机。
 学習用に使っているもので、今は掃除されたばかりのようにきれいだ。大学のファイルが散乱してることもない。

 左にずらすと、ベッドとそのサイドテーブル。
 ベッドは私の好きなディズニーで統一されていて、よーく見なきゃ分からない程度だけど、部屋の壁紙もそれとなくディズニー仕様にしている。

 そして、サイドテーブルに――光を失った、ジャック・オ・ランタン。



 最初は、単純にハロウィンを楽しむつもりだったの。
 カボチャ尽くしの料理って聞いた時は流石に嫌だと思ったけど、それも一年に一度ならまぁ良くて。

 思いついたのは、友美さんが私と今年から働き始めたっていう、新しいメイドさんのために見本のランタンを作ってくれた時。

 ……そう、あの形だけが不格好な、笑顔のジャック・オ・ランタン。

 あれ、一番形の悪いカボチャを使ったの。手さばき、っていうのかな、それも見事で。
 思わず皆で拍手しちゃった。

 ごめん、話がずれたね。ランタンを玄関口に並べる作業、私も手伝ったって知ってる?
 ――ああ、知らなかったんだ。その時、私の作ったランタンだけ部屋の中に入れたの。

 長袖の服が汚れたから着替えるためにって言って、ランタンごと上に移動して。後はこっそり私の作ったやつだけ抜いて、知らん顔してランタンを並べたのよ。
 笑わないで。演技の才能あるなんて言われても困る。
 
 それに、結局ばれちゃったんだもの。
 遼くんを出迎えた時、わざと質問に答えなかったのもそう。ウソはつきたくなかったし。
 よく分かったね。絶対、見つけてもらえないと思ってたのに。

 ……そっか、友美さんに聞いたんだ。
 それじゃあ仕方ないか、流石にそこまでは口止めしてなかったし。
 あれ、一つも同じ顔のやつがなかったじゃない?

 見れば分かると思うけど、私の作ったやつもオーソドックスに笑顔のタイプなんだよね。
 もし友美さんにばれちゃった時は、同じ顔があると云々とか言って、何とか乗り切ろうと思ってたの。

 ずっと部屋にいたのもそれで、だよ。

 何でそんなことしたか、って?
 それは秘密。こんなことしても意味ないって、よく分かったし。……ううん、こっちの話。

 それにね。
 ――思ってた以上に、遼くんが私のこと見てるんだ、って分かったから。
 もういいんだ。


END


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