クリスマスの夜【前】
……いくら「愛無し」公認だったとしても、クリスマスに置き去りは酷いんじゃない。
真っ暗な廊下からは、ぼんやりと一階の明かりが漏れているのが確認できた。
照明なんかつけようものならすぐさまシャンデリアのまぶしい明かりが照らすだろう。
ほんと、あれって電気代が馬鹿にならないんだから。時代はエコなのに。
絨毯はそれなりに柔らかいけれど、廊下のそれは座るためにあるものじゃない。
パジャマからじかに固さが伝わって、いい加減お尻が痛くなってきた。肩から引っ掛けているバスタオルも冷たくなってきてる。
京都から取り寄せた、黒塗りの漆器のお盆にのせて隣に置いておいた夕食(クリスマス用のディナーだよ!)も、きっと冷たくなっているに違いない。
下のリビングに行けば暖房も利いてそれなりに暖かくなっているだろうとは、思う。
そうすれば、ただチカチカと色とりどりに小さな電灯が点滅するクリスマスツリーが私を空しくして、手の付けられなかった二人分の料理が廊下に残るだけ。
残ってくれたメイドさん達は慰めて、優しくしてくれると思う。
明日の朝、一緒に片付けてくれると思う。でも、そんなの惨めだし、申し訳ない。
なにより、この裸足の足を……いや、この暗闇を何とかすれば心持ち少しはマシなのかも。
ほら、明るいだけでなんか暖かく思えることもあるし。
それでも、このドアの横を退く気にはなれなかった。いや、寧ろもう意地になっているのかもしれない。
「待っててって言ったの、遼くんだもん」
両手でぎゅっと膝を抱え、いい訳じみた言葉を呟いてみる。
ラップの上に浮かんだ水滴を暇潰しにつついて、三時間ほど前まではあつあつだったはずの料理に温度が無いことを確かめた。
自然に顔が歪んでいく。
瞳に涙の膜が張り、目尻に溜まった涙を指先で掬い取った。
途中、トイレやお風呂と席を立ったことがルール違反だったのかもしれない。
部屋にこもって、ずぅーっと仕事に熱中している遼くんは気付かないとは思うけど、よくよく耳を澄ませばお湯を使う音なんか直ぐにわかってしまう。
現在、十時。
遼くんを呼びに行って四十五分はリビングで、それから一時間はお風呂で、もろもろの時間を十五分。
それからだいたい一時間はここにいる計算になった。
いいかげん、指先が冷たい。
毛布を取りに行く事も考えたけど、もう止めた。「何でそんなことまでするの」って馬鹿にされるんだろうけど、「待たなくていいのに」って言われるんだろうけど。
もしこれで私が風邪を引いたら遼くんのせいだ。
新妻(愛無しだけどさ)をないがしろにしたらどうなるか、身を持ってしみじみと実感すれば良いんだから。
「――…ばぁか」
小さな溜息も、きっとドア一枚隔てた彼には聞こえない。
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