憑坐 -medium-
神と人間の間に力の差がある事くらい、知ってる。
でも、それでもムカつくの。
右に出せば、防がれる。
左に出しても、防がれる。
間合いを詰めれば逃げられ、間合いを離せば詰めてくる。
その、まるで観察されているかのような攻撃方法が、とにかくとにかく大っ嫌い。
気にくわなくて仕方ないから、とにかくブチのめしたいの!
憑坐 -medium-
死合開始から数十分経った頃。ひどく焦っている麗夜の太刀を、殴ってやりたい程余裕な様子で影は避けている。それを何回繰り返しただろうか。
麗夜の剣は見事によけられていた。
――――いや、見切られていたと言うべきか。
影の太刀は素人臭かったがとにかく早く、何よりも明確な殺意が彼の力を何倍にもしていた。
それに比べ、麗夜は剣の扱いは良いとしても、その魔力と剣のコントロールが全然なっていない。気迫も影に比べたら、まだ弱い。
これでは誰が考えたって、勝負にもならないだろう。
「…………くっ」
天叢雲剣の切っ先は影に届かず、先程から空ばかり切り裂いていた。
せっかくの神剣も、当たらなければ意味はない。と、せせら笑っているかのように、相手のダメージはゼロ。
焦りばかり空回りして、冷静に弱点を探ろうなんてとても出来ない。
そう麗夜が考えていた時、その無防備な隙を相手が逃すはずなく、
「……あっ!」
影の腕――今は剣の形に変化している物に弾かれ、麗夜は軽く尻餅をついた。
続け様に、影の腕が振り下ろされる。
慌てて避けたものの、軽く腕をかすってしまった。
滲む血を見ながら、麗夜は内心舌打ちをする。
(まずいなー……完全に相手のペースに支配されちゃってる)
麗夜の持つ天叢雲剣を一かすりさせれば、影の力を大分削ぐ事が出来る。
だが、その一かすりが大変難しい。
麗夜と影の力の差は歴然としていた。伊達や粋狂で神とは名乗っていないようだ。
(仕方ない、今はとにかく……)
「おい、如月麗夜」
麗夜が必死に作戦を練り直している最中に、余裕過ぎて暇なのか、影が気安く話しかけてきた。
作戦の練り直しを中断された事も勿論だが、何より気安く話しかけられた事に青筋を立て、麗夜は半眼で返す。言葉や仕草や他の何よりも、その瞳が全てを雄弁に語っていた。
曰く、
(気安く名を呼んでるんじゃねぇよ。タコが)
どうやらそれを影も察知したらしい。
「いや、神童と呼べば良いか?」
と、何事もなかったかのようにあっさりと言い直した。大変賢明な事である。
「何よ?」
「何故貴様は対立する? 貴様程の力があれば、神である我に逆うという事がどれ程愚行か分かるだろう?」
麗夜は慢心に満ちた影の質問を鼻で笑うと、右足を軸に、飛び出すように間合いを詰めた。
ガチン、と剣が剣とぶつかる音が響く。
それと同時に、揺れる長い黒髪が夜闇に溶けては煌めいた。
「はっ! 随分と過信してるのねっ!」
「愚かな…………神と人間では埋める事の出来ぬ力の差がある事を、お前も承知の筈だ!」
影の剣が麗夜の左腕に突き刺さった。
だがその次に続く筈の悲鳴は聞こえない。麗夜が唇を噛んで、飲み込んでいるからだ。
そして、突き刺さった傷など痛まないかのように、また立ち向かう。
「私に質問する前に答えなさいよ! あんたは、何がしたかったの? 何でこんな事をしたのよ!!」
天叢雲剣に付けられた赤い紐が揺れた。まるで血のように。まるで振り子のように。
麗夜の腕から滴る血が、ルビーのようにキラキラと溢れていく様も、その紐も。夜闇の中で、赤という色がとても綺麗に見えた。
[* bACk][NexT #]
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