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「きしきしきし…」
予測どおりの事態に、例えようのない陰欝な気持ちになった。
この耳につく気持ち悪い音を聞くのは何回目になるだろう。
これで最後にしたいと思うのは当然だよな――そんな苦いものを抱きながら、一歩一歩を踏みしめるように足を進めていく。
虫の歯ぎしりのような奇妙な音をたてながら、あたしが踏み込んだその部屋――リビングの床から、三つの影がゆっくりと蠢きながら身を起こしていくのを気配で嗅ぎ取る。
あたしは足元に目を落としたまま歩を進めた。荒れた山道を駆けずり回っても型崩れしないサバイバル用の頑丈なブーツが、ごとごとと響くような足音をたてる。
決して目を合わせない。視線を向けてはならないのだと、教えてくれたのはあいつだ。
ただどうしようもなく虫酸が走った。胸クソ悪い。その感情を写しとっているであろうあたしの顔は、きっと歪んでいる。
陽炎のようにただゆらゆらと体をゆらめかせているその三人に向かって、無抵抗の生ける屍に向かって、無造作にスタンロッドを振り下ろした。
びぢぢぢぢっ!
鼓膜を揺るがす電撃の音と、化繊が焦げる嫌な臭いが漂うとともに、三つの影は小刻みに痙攣しながらどさりと呆気なく崩れ落ち、その後再び動き出す事はなかった。
かちかちかち――
伝導コイルの微かなヒートダウン音だけがしばらく居室内に響いて、それもやがて消えていき静かになる。
はぁ…と呻くように胸の奥にわだかまる溜め息を吐き出した。
「あのクソ野郎…家族まで手にかけていたのか」
亡骸から顔を逸らし、ゆるりと首を巡らせる。
カーテンの隙間から差し込まれる僅かな光。月光か、街灯か…どっちでもいい。白い帯のように室内に伸びる淡い光が、静かにそれを照らしあげた。
シンプルな木の枠の中心で制止している四人の姿。まだ生きていた頃の姿。
家族写真だろう、リビングの棚にひっそりと飾られている写真立てを、あたしはぼんやりと眺めた。
それは今立ち尽くしている位置から少し離れたところにぽつんと置かれてあったため、四人とも表情までは見えない。ぼやけている。
…見ない方がいいのは分かっていた。目を逸らす。
「さて…一応返事しておくか」
ポケットから携帯電話を抜き出す。あたしのじゃなく、いつの間にか制服に忍びこまされていたアレだ。
かちかち、と短い文章を打ち込み送信する。
あたしは少しだけ立ち尽くし、ややあってごとごとと足音を響かせながら、二度と踏み込むことのない静まり返った暗いリビングを後にした。
「…こっから本番だ」
知らず知らず呟いていた言葉とともに、無意識に口角を吊り上げていた笑み。
誰の耳にも拾われることなく消えたそれは、始まりの合図だった。『終わりの始まり』の。
…夜空を見上げた。疎らに星が散らばっているそこは、今もあいつと繋がっている。
あいつは今どこで、なにを見ているのだろうか。同じ星空を見ているのだろうか――そんな知る由もない曖昧な事をしんみりと考えこんでいる自分に、不意に可笑しさがこみあげた。
そうしてあたしは小さく舌打ちをして、生温いアスファルトをブーツで踏みしめていった。
≪SANA SIDE≫
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