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――背負うつもりはなかった。ただ己の内にあったものは至って単純で手前勝手な理屈だった。
これは起爆剤。発破なのだ、自分に向けての。




群青を塗り込めたような夜闇に包まれている閑静な住宅街。
気味が悪いくらいの静けさの中、その一角に佇むあたしは今、眼前にそびえる一戸建てを静かに見上げている。

人の気配が感じられないそこは予想していたとおり、やはり照明が点けられていない。カーテンの先にあるのは完全な闇だろう。

申し訳程度に並べられている街灯と近隣の家々から漏れ出る照明と月明かりだけが光源で、光の届かない周辺は黒が濃い。たやすく視界を阻まれる。

しん…という音が静寂を身に染み込ませる。住宅街だというのに外郭に人気は全くない。かえって都合がいい。


「…行くか」


低く呟き、腰のベルトに留めてあったスタンロッドを抜き放つ。『蒼木』と刻まれた表札を横目に、門扉に指をかけた。
蒼木――四半刻ほど前に別れた沙凪の彼氏、蒼木朔夜。

(両親ともに海外出張、ね…)

あたしはうんざりと心の中だけで嘆息する。

(テメエの血の臭いにもっと早く気づいていれば…)

沙凪と別れたあの時。蒼木朔夜とすれ違ったその時。ほんの微かではあったが、あたしの鼻を掠めたのは紛れもない血臭だった。


…ここは終着点に向かう線のほんの一点なのかもしれない。枝分かれして伸びきらない軌道の中継点にすぎないのかもしれない。
こんな事態に陥る前に、もしかしたらどこかで軌道修正することができていたのかもしれない…。取り返しのつかない過去を思い歯噛みした。

――あの日。
沙凪とあたしの二人が学校の資材置場で奇妙な女子生徒に襲われたあの時。
学園の関係者の中に、一連の事件と噛み合うヤツがいるに違いないという確信めいたものをあたしは抱いていた。

あまり人には言えない種類の知人を通じて、本来なら知り得てはいけないところまで踏み込んで調べた。個人情報保護?なんだそれは?といったような事をだ。

その折、思いがけず奇妙な話も耳にした。現実は小説より奇なりとはいえ、特殊能力だの何だの、一体どこのファンタジーだと言いたくなるようなふざけた内容だったが、まあ…その話は今はいい。
今のあたしを取り巻く環境は余りにも異質だ。だからもしかしたら…あながち無関係ではないのかもしれない。しかし今昇華したいのはそんな事じゃない。

(何でお前なんだよ…)

確かに蒼木は情報に違和感を感じさせられた一人ではあった。
しかしあたしは、それをその場で除外してしまっていた。何の根拠も確証もないクセに、沙凪の知人だからこいつは問題ないだろうと、つまらない信用から決めてかかってしまっていた。
あの時――沙凪のマンションに突然現れた奴から、血の臭いを嗅ぎ取るまでは。

今思えば現れるタイミングだってよすぎた。
要所要所に、いつの間にか自然に奴の存在が自然に溶け込んでいた。

…しょせん今さらだ。後手もいいところだ。
自虐的な笑みがこみあげてくる。と同時に、手元からカチャンと軽快な音が小さく鳴る。

あーあ…なんであたしピッキングなんかやってんだよ……。
そんな事を思いながら、音を殺しつつじりじりと静かにドアを開けていった。



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