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――どこか冷たさを感じさせる星空は、じっと眺めているうちに不思議と儚い気持ちになってくる。

少年の眼前には、まるで落ちてきてしまいそうなくらい不気味な大きさの白い満月がぽっかりと浮かんでいた。
ぽつぽつと不規則に散らばる星々とともに、その優美な肢体を惜し気もなく晒している月を眺めては、綺麗だな…とただ思っていた。





「やあ、話ってなにー?」


少年がふいに口をひらく。
側には誰もいないのに、むしろ無人であるのに、照明の落とされた暗い空間に向けられた緊張感のない間延びした少年の声。

某デパートの屋上遊園地の一角。クラシカルな様相の少女受けする小ぢんまりとした観覧車の屋根の上から、声は夜の空気を静かに渡っていった。
時間にして10分程度だろうか。
少年は頭の下で両手を組み、月の景色を楽しむように瞳を夜空に向けて、一人ぽつんと寝そべって彼女を待っていたところだった。

呟いたと同時だった。声に呼応するようなタイミングで、すぐ横――少年の乗っている観覧車の函上の空気がふるりと揺れた。
瞬きひとつほどの次の瞬間には、少年の横には小さな黒い塊がちょこんと座っている。ぱっと見、黒のように見えるブルーグレーの体毛は、しっとりと闇に溶け込むようだった。

少年と小さな塊は目も合わせることなく、お互いに手を伸ばせば触れ合える程度の隙間をあけ、並んで月を見上げる。


「まだその姿がお気に入りだったんだ。その前は何だっけ…烏だっけ?飽きっぽい君が一つの擬態のままってのも珍しいね。何か思い入れでもあるのかな?」


そう言う少年の声は笑いを含んでいて柔らかく耳触りがよかった。つい警戒心を解いてしまうような、そんな響きがある。
金色の髪と空色の瞳。クオーターだろうか、混血にしては薄めの整った顔立ちをしている。歳のころは…十代であることは間違いなさそうだ。

小さい塊はかくんと小首を傾げると、小さな口を薄く開いた。


「猫の姿は意外と具合がよくてね。何しろ身軽なのがいい。烏はなぁ……いや、そんなことはいいんだ。あんたを呼び出したのはちょっとした頼み事があって……と、その前に。ファースト」


烏はどのように具合が悪いのか気になったが黙っておいた。
少女のような声質で人間の言葉をあやつる猫は、少年をファーストと呼び、そして少年は「なあに、サード」と返す。


「あんた今はどっちが本業だ?こっちか?それともスパイの真似ごとの方か?答えを聞いてから話す」

「ふはっ、"真似ごと"って言っている時点で確信してるようなものじゃない。ホントからかうのが好きだよねー」


猫はくくっと笑いを噛み殺すような笑い方をした。


「からかってないし大真面目だ、失礼だな。しかしあんた私達と対極に近いところで何してるんだ。文字通りスパイごっこか?なんか楽しそうだけど。…楽しい?」

「全然楽しくないよ…親がそこの人間だったからもうどうしようもなかったんだ。生まれ落ちるところを間違えちゃったよねー、ほんと」


少年はまいったよと表情で示し、諦めたように肩をすくめた。他人事のような口ぶりだった。



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あきゅろす。
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