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「すみませんねぇ、先客がいるので少し待ってくれますか」

ハイジ越しに俺の背後で足を止めた人物にそう声をかける医者に、俺の背中に悪寒が走った。

近くで足音が止んだ事から当然足音の主が近くに居ると言う事は認識している。

それなのに医務室に足を踏み入れ俺の背後に来るまでの間…気配が消えた。

そう感じたのは俺の気のせいか…?


今は背中に重い圧力を感じる。



そんな明らかに他の囚人と異なる不気味さを帯びた圧力を抗うように最後の書類を拾い上げ俺は後ろを振り向いた。


どんな奴が現れようが俺は怯んでなんていられない。


振り向いた先にあったのは、感情を全く移さない漆黒の瞳。

全身に真っ黒い衣服を纏い、フードと口元を覆う布で目元しかわからない。


背筋が伸びた正し過ぎる姿勢と汚れ一つ無い衣服と綺麗に手入れをされた囚人用の黒いブーツ。

唯一わかるのはこの全身黒ずくめの人間が神経質か綺麗好き、或いは潔癖症だと言うことだけだった。

年はおろか囚人かどうかも危うい。


深くかぶったフードの隙間から見えるその瞳は俺の体の下から上までをさ迷い、最後に顔の位置で止まった。


眼鏡のレンズ越しに俺の瞳を見つめてくる男に対抗するように目をそらさずにいると医者に礼を言うハイジの声が聞こえた。

俺同様その声に反応して視線を医者の方へと移す黒ずくめの男に俺はハイジの腕を掴み自分の側へと引き寄せる。


ハイジは俺と黒ずくめの男を不思議そうに交互に見つめると黒ずくめの男の方を見て首を傾げた。


「あの人どこかで見た事があるような気がする」

どこで見たんだろ?と頭を捻るハイジを不思議に思いながら俺は視線を再び黒ずくめの男に戻す。

「いつもの薬だけでいいですか?」


机の上から薬の入った袋を手にしながらそう問う医者に、男は黙ったまま黒い手袋を着けた手を持ち上げ医者から薬を受け取った。



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あきゅろす。
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