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【クロス・オーバー・ポイント】
『メディカルセンター』7 R-18 ドス黒モブ昔話続編+赤髪Aの片想い?+バイク便トリオの王都帰還

「無茶苦茶な親父だとは思っていたが、当事者から直接聞けば、エグいな…」
「でしょう?理想主義の天使としては、他には絶対に居ないタイプよね?
天界人なのに、悪魔よりもずっと残忍で、狡猾で、ずる賢い…魔族らしいのよ
いくら闇の部分を多く受け継いでいてもね…分身があの調子なら、本体はどんな生き物なのかしらね?」

今となっては、閉ざされた天界の奥深くに鎮座し、部下に指示を出すだけの絶対者
天地創造以来、表側には決して出る事の無い【光の王】
その正確な姿すら…魔界側の者達は解っていない
また天界人であっても、直接に目通りの叶う者は限られて居ると聞く
その正体と思考回路が、あの男と共通で、似通ったモノならば………
魔界側としては、掴み所の無い脅威・恐怖以外の何者でも無いかもしれない

船室の外は時間軸が歪んでいるから、連れ込まれてどれくら経ったか等解らなかった
3日のと言われても、息子が閉じ込められたままだなんて、納得出来るはずもない
男がコチラに背を向けた隙を見て、剣を手に取り、斬りつけようとしたのだが…
気がつかないフリをしていたのだろう、男は笑いながら私を組み敷くと
聞き分けの悪いお仕置きと言って、返す刀で私の片角を切り落としてしまった

角は鬼属の弱点であり力の源…常に防護結界が展開されているのは、呼吸をする事と同じくらい当たり前の事なのだが
そんなモノはこの男にとっては、何の障壁にも成らなかったのだろう…
いとも簡単に角を切り離された激痛に、私は酷い悲鳴を上げる、
派手に噴き出す鮮血を抑える事も出来ずに、ただ引きつけを起こした様に震え、痛みにのたうち回る

「ああ…忘れていた、君は戦闘タイプでは無かったね、この痛みには慣れてはいなかったね
市井出の仮母とは言え、お嬢様育ちの君に、手荒な事をして悪かったね…
もう痛い事はしないから、大人しくしたまえ、血が流れすぎてしまうからね、今傷だけは塞いであげるから…」

自ら痛みを与えておきながら、顔色一つ変えずに薄笑いを浮かべている
まるで幼子をあやす様に、猫撫で声でそう囁くと、乱れたシーツの上で、ガタガタと震える私を抱き起こす
髪を鮮血に濡らしながら、私はもう抵抗する気力すらなくなりかけていた
切り取られた角の断面を舐められ、しゃぶられる…確かに治癒魔法は流れこんでくるが
私のプライドを逆撫でする様に、ワザと卑猥な音を立てているのは解る
それでも…もう怖くて動く事が出来ない…捕らえられた息子の姿を、見とがめる前に感じた、純粋な恐怖心だった
このまま弄ばれ、嬲り殺される…私も息子も、私が生け贄達を弄んだのと同じ様に

絶望的な状況にただ震え怯える私を、奇妙な程優しく抱き締める男は、何を考えているのか解らない…

手荒な方法で捕らえられて、そのまま奪われた時は、確かに乱暴に犯された、
だが…その後はどうだ、まるで媚びているのでは無いかと思う程に、丁寧に扱われた
こうして反抗的な態度を取らない限り、蕩ける程に甘く優しく抱かれた

男鬼も女鬼も関係無い、下手に絶頂感を感じれば、「衝動」が暴発すれば、
行為中であっても、相手を殺し、貪り喰らいかねない鬼の特質もある為だ
魔族でありながら、何時も冷めていて、当たり前の快楽に溺れた事の無い私を、この男はただ「可愛い」と言う

「その臆病さが堪らないね…頭脳タイプの鬼族は特にね、愛おしくてたまらないよ
私が相手なら、衝動が暴発しても問題はないだろう…簡単に押さえ込めるからね
好きなだけ気持よくなっても構わないからね」

随分勝手な言いぐさではあったが、実際その通りなのだろう
普通なら、情事の相手としては倦厭される鬼族に、何か特別な思い入れでもあるのだろうか?

心など伴わなくてもいい、身体だけなら強制的にエクスタシーを与える事は出来る
天界人とは思えないその巧みな手管で、結果的には啼かされ、何度もイかされてしまった
その度に意識が飛びかけ、その内の何度かは「衝動」も起こっていた筈なのに
彼にとっては赤子の手を捻るのと同じなのだろう、あっけなく押さえ込まれると
そのまま行為を続行されてしまうのだ…頭の中がが真っ白に、何も解らなくなるまで

魔族が天界人にソレを教え込み、堕落させるのならともかく…その逆なんて有り得ない
禁忌を犯しても堕天しない、得体の知れない相手に、閉じ込められ、手籠めにされる恐怖に、ただ震えていた
時間の経過すらも解らない場所で、着実に身体を作り替えられてしまうのだから

それ以前の問題で、息子を楯に取られて、行為を楽しめる母親が居るワケがない

息子を思う気持ちと喪失感、無力感、そして恐怖心から、グシャグシャと泣き続け
男を受け入れたと言うよりも、しだいに人形の様に無気力になり、
何をされても抵抗すらしなくなった私を見下ろし、天使はさも困った様な溜息を吐く

「やれやれ…少しばかり性急すぎたな、脅しと、お仕置きが効きすぎてしまった様だね」

飽きもせずに私を抱き締め、揺さぶり続ける男が、ふと思い出したかの様に顔を上げると
部屋の隅に置かれた大きな柱時計が、ボーンボーンと何かの時を告げ始める

「楽しい時間は直ぐに過ぎてしまうモノだねぇ、約束の時間だ…」

男はそう呟くと、突然私の身体からその手を離す
椅子に立てかけられた剣を、私の角を切り落としたソレをスラリと抜くと
何の躊躇も無く、その抜き身をそのまま自らの腹に突き立てた
噴き出す血に驚き、身動きすら取れずに、その様子を見守る私の目の前で
男は自らの手で腹の中を弄り、球体の何かをその体内から掴み出した
血塗れのその中には、私の息子が、すやすやと寝息を立てているのが見える

「約束だからね、返してあげるよ、君の息子を…今度こそしっかり抱き締めるがいい」

自ら切り裂いた腹部の傷を抑えながらも、封印を掴む血塗れの手が、私に向かって差し出される
無我夢中でソレを我が手に取り戻せば、縮められた封印は即座に実寸大に膨れ上がり
卵の殻の様にパリンと弾けると、息子の小さな身体が、私の腕の中に戻ってくる
幼子特有の体温の高さと、その重さ、小さな寝息の心地よさに、全身の力が抜ける程の安堵感を覚える
寝ぼけ眼の息子の頬にコレでもかと思う程、キスを落とし、身じろぐその身体を抱き締める
ずっと眠らされていた息子は、今、何が起こっているのか解らないのだろう
やつれはてボロボロと泣き崩れる私の頬を、その小さな手で撫で上げる
不安気な目をしながらも、私を気遣う言葉を掛けてくる

「次元の狭間で、君に貪り喰われた者達の亡霊を見て、その怨嗟の声を聴いた…
だが…そんなモノはどうでも良かった、ソレも納得の上での求婚だと思ったからね
捨て置けなかったのは、その子の母を求める声と、君自身の嘆きだ………」

シューシューと音を立てながら、腹部の傷を自己修復している男は
そのダメージにほんの少し表情を曇らせながらも、ニヤニヤと笑いながらそう言った

「いくら強い男を求め、その子供を成したとしても、貴族の館に置いてきた子供達の替わりにはならない
その心の隙間を埋める事など出来ない…本当は解っているのだろう?
そんな事よりも、今、手元にあるその子を、何故しっかり抱き締めてやらない?
乳母に抱かれていても、あまたの侍女に傅かれても、その子が求めたのはお前のみ
無益な殺戮に明け暮れ、自分を省見ようとはしない母を、その子はどう思っているのだろうね…」

それとも…取り上げられて、無くしてみないと、その大切さは解らなかったかね?

不躾すぎる問いかけだが、極当たり前の事を言われて、ハッとなった…
あまたの子を持ちながらも、腕に抱きこの手で育てる事が出来たのは、この子だけ
子育てに慣れない自分を言い訳に、何時しか、経験豊かな乳母に預けるた方が良いと
その方が息子に取っても幸福だと、自己都合で納得しては居なかったか?
他の子供達には逢えない、と言う事実に傷ついたまま、この世界に降りて来た時は、
この子と二名だけだったのに…その温もりだけで良かったのに、何処で道を違えてしまったのだろうか?
それなのに…この子は、まだ私を母として求めてくれるのか?
そう思えばこそ、涙が溢れて止める事が出来なくて、ただその息子を抱き締める

「女鬼であっても、頭脳タイプの君に、血塗れの神の姿は似合わない…
魔界に帰るがいいカリティ…君は他の子供達を産み捨てたワケではないだろう?
それが鬼族の宿業なら致し方無いだろうに?母親と名乗れなくても、影ながら見守る
そういうカタチの情もあって良いだろう?その分その末の子を慈しめば良いではないか?」

そうだ…この子の父親にも、最初の男にも同じ事を言われたのだ
でもその時は、ソレを受け入れる事が出来なかった
この子まで奪われる事なんて、考えもしなかったから…
この子の温もりを知った分、ただ貪欲に他の子のソレも求めただけだった…

※※※※※※※※※※※※※※

その後?その後は大した話は無いわよ…それから直ぐだったわ、私達が解放されたのは
人間界と魔界の狭間に、荒野の真ん中に置いていかれたの、息子と二名で
別れ際に欠損した角も元に戻してくれたわ、「魔界で子を護るには必要だろう」って
王都の下町で魔女のギルドに入ったのはそれからよ、「毒使い」を選んだのも
一番収入が良かったから、女手だけで息子を育てるには、一番都合が良かったから
最初の男とはヨリを戻さなかったのか?ですって?
そうね、意地もあったのかしら?ソレは無かったわね…女にも色々事情があるモノよ

その時の息子も大きくなったわ、今は仕官学校を卒業して魔道院の学生よ
火炎系悪魔と鬼の混血でしょう?戦闘タイプとしても、申し分ない筈なのに
優しすぎる子だからね、武官は嫌みたいね、研究者か魔道士になりたいみたい

小さかったあの子は人間界の事も、天使に飲み込まれた事も覚えていない筈だけど
血に塗れた私の記憶は何処かにあるのかもしれないわ、反面教師みたいなモノかしら

あの子が仕官学校に入学して、ある程度子育てが落ち着いたのを機に
私は自分の角を切り落としたの、勿論…痛みを抑える薬を飲んでだけれどね
鬼の力も、戦神の力ももう必要では無かったから、魔女としての魔術を習得するにも
毒使いとしての薬学を極めるにも、過ぎた力は必要なかったから…ただソレだけよ

「私の話はコレでお終い…他に聞きたい事は有るかしら?」

自らのカップに紅茶を足す女医を眺めながら、エースは更に聴く

「その後も、貴女とあの男とは続いていたのか…」

あの老賢者は、自分はフリーパスで、何処ににでも行けると言っていた、
魔界の情報操作すら可能だと、王都の下町に滑り込むなど造作も無かったに違い無い
そうやって、デキた女共から、こちら側の情勢を探っていたのか?
やや厳しくなるエースの視線に、カリティは少しも動じずに答える

「そうね…コチラから彼に連絡は取れなかったけど、忘れた頃に必ず現れるのよ
その姿もその度にコロコロと変わって…そう、ゼノンに頸を切り落とされる直前まで
何の問題もなく魔界にも出入りしていたわね、貴方も知ってる通りの容貌でしょう?
完璧に悪魔にしか見えないから、誰も気がつかないのよね」

愛魔と言ってもね、大勢居る内の一名に過ぎないわ、魔族も人間もとにかく無節操だから
彼の正体を知らない子の方が、実際は多いんじゃないかしら?
言っておくけど、誰も情報源になんか成らないわよ、私も他の子達も
市井人の不確かな情報より、あの見えすぎる千里眼の方が、遙かに効率がいいと思わない?
流石に天界では、肉欲の禁を犯せないないでしょう?ただソレだけだと思うわ
そこら中に女を作る理由なんて、その程度の事だと思うけどね

そう言って、少しだけ寂しそうな顔をする女医は、「私も少し吸わせてもらうわ」と
シーシャの管を受け取ると、その煙を深く吸い込む

「………でも、そんな彼から、君の薬学の知識を見込んで、
内弟子を預かってもらいたいと言われた時は、とても嬉しかったわ
気紛れで拾い上げた魔族の女じゃなくて、ちゃんと私自身を、認めてくれた様に思えたからね」

「ソイツが、あの男ときっちりデキていても?」

エースの少しばかり底意地の悪い返し、彼女は苦笑しつつも答える

「あら?そんな事まで、バレているの?情報局ってやっぱり凄いわね
彼が鬼好きなのは、今始まった事じゃないわ、女も男も関係無くて見境が無い所もね
貴方と同じよね?貴方の事も噂になっているわよ、ゴシップ好きの魔女達の間では」

ゼノンは可愛い弟子よ、彼に紹介された時に、ヤキモチを焼かなかったと言えば、嘘になるけど
直ぐにそんな事は、どうでも良くなったわ、だって可愛いでしょう?不器用で意地っ張りで、若い頃の私みたいで
今では、彼も私の愛魔の一名あるけれど、出来の良すぎる弟と言った所かしら?
あの子も家族みたいなモノよ、息子と同じくらいに大切な存在よ………

だから貴方も、あの子と、あまり喧嘩腰にならないでちょうだいね、
研究者としては優秀だけれど、その分世間知らずで、口のきき方にトゲもあったりするから
相手によっては、誤解も受けやすい子ではあるけれど…

そう言って今この場には居ない、もう一名の医者の事を語る女医の表情は
先程まで話していた、堕天使に対するソレとは全然違っていた
肉体関係の有る愛魔に対する感情と言うよりも、年の離れた姉か、母親の様なモノだなと、聞き手の悪魔は感じていた

なるほど…あの鬼の学者が、アイツが、変わったワケだ…
皮肉屋で学者らしい世間ズレと、口の悪さは、相変わらずの様だが
以前の、仕官学校内で見かけた、孤立してた優等生とはもう違うのだ

堕天使の一件で、魔王宮の廊下で、小競り合いになったあの時よりも、更に状況は変わっている

学生時代のアイツは、賢い奴は、表立って素行不良を気取る事も無かったが
飄々とした外面の下に隠された、強い怒りと不満を
置かれた立場に対する、痛々しい程の自己否定を、俺は見抜いていた…
何者をも寄せ付けない壁を作り、無意識にギスギスとした雰囲気があったものだが

今のアイツには、その時に感じた薄暗さが殆ど無いのだ…それが一番気に入らない…

鬼族の「特殊な事情」は把握していた、アイツが市井出の特別な養子である事も
当時、俺とアイツは、特に友好関係が有ったワケでは無いのだが、
自ら道を選べない奴の立場には、他悪魔事ながら同情していた
特権階級の他者の【環境】を護る為の、生まれながらの捨て石…

まるで…自由にならない肉体に閉じ込められた【自分】と同じではないか?とすら思っていた

だが…今はどうだ?今の彼の置かれた環境は、あの時とは違うのだろう
曰く付きとは言え千里眼を手に入れ、同族には画期的な【新薬】の開発者にもなった
その努力と行動力も認めざる終えないが、良き指導者と理解者に恵まれている…
実家族とは別ではあるが、ソレに近い強い繋がりすらも、持っているのだ、何時の間にか

最早…彼は貴族の踏み台などではない、孤独な鬼でも、イレギュラーな異端でもないのだ
きちんとした【立ち位置】と【個】を持っている、己の脚で這い上りその手で掴み取っている

それが…どうしよもなく妬ましかった…悔しくてたまらない

どんなに欲しても、俺には手に入らないソレを、全てを掴み取った奴が憎らしい…
俺は…俺であって俺では無いモノだ、誰からも認識されずに朽ちてゆくだけ…
本来は、この世に存在してはならないモノ、忌まれ排斥されるモノ
最愛の者にすら、その存在を疎まれる、何も触れない、何も慈しむ事すら出来ない

「何だか先生ばかりが、おしゃべりをしているわね…リラックス出来るなら構わないけど
気分はどうかしら?そろそろ貴方のお話も聞きたいわ、それでおあいこでしょう?」

先程吸い込んだ、薬物入りのシーシャが効いているのか
少しだけトロンとした表情の彼女が、無防備にコチラを見上げて尋ねてくる
そうでなくとも…室内の空気は、ほんのりと甘い香りに、水煙草の香りが増してきている
結界保持の為に締め切っていれば当然だ、「貰い酔い」が起こっても仕方がない

俺は、吸い口を受け取るふりをして、彼女の手を取り、蹌踉けた彼女を、胸に抱き込み引き寄せる
薬品焼けの残るその手と指に、唇を寄せ、キスを落とし甘噛みをする患者を
女医は困惑したのか?少し困った顔で、じっと見つめていた

「………貴女の半生ほどのモノは、俺にはありませんよ、俺には最初から何もないから
愛魔を抱く腕どころか、実体すらも…持てる閉塞感は、同じだと思っていたアイツが
貴女の弟子が、どうしようもなく羨ましくて、妬ましい…とても、とても…」

突然繰り出される、脈絡の無い呟き…いや血を吐く程の渇望だろうか?
ゾクリとする何かを感じた女医は、患者との間合いを取ろうとするのだが
その片腕は…彼女の細腰をガッチリと固定してしまい、あがらう事を許さない
カタカタと震え始める彼女の髪を掻き上げ、その角の切り口を撫で上げながら
冷たさを含んだ緑の目が、静かにその顔を覗き込んでいた

「貴方…今一体………」

どちらの魔格なのか?彼女は、そう確認する事が出来ない、恐ろしくて…
早鐘の様に上がってゆく心拍数を感じるのか、患者は肩を振るわせて笑っている
押し殺した笑みを、ネットリとしたマグマの様に、薄暗いその目つきに震え上がる

「………俺にも全て聞こえていたんだよ、『俺を制御する』なんて言いやがった時は、
生意気で高飛車な、嫌な女だと思っていたよ…アイツと一緒に燃やしてやるつもりだった…」

でも気が変わったよ、アンタ…俺が思ってたより良い女だな…
普通だったら聞き流す、女の身の上話も、タマには真面目に聞くモノだな
けど…その身に過ぎた思い上がりのツケは、キッチリ払ってもらおうか?
アイツをこの場に呼び寄せる、本気にさせる餌には………なってくれるよな?

言い終わらない内に、額の目を覆い隠していた封印が、包帯ごと、ちりちりと焼き切れる
逆巻く黒髪が根元から一気に変色してゆく、炎の紅蓮をそのまま写した様な鮮やかな赤に
暴発する魔力波動は炎の渦となり、一気に吹き上がった

「ーーーーーッ」

彼女は、反射的に袖口に仕込んでいた、長針を、強い鎮静剤も塗られたソレを繰り出すのだが
その行為すら見透かされていたのか?そもそも医師と軍魔では経験値が違う
易々とその手首を取られると、そのままボキリと嫌な音がした
指の間から滑り落ちた針は、甲高い金属音を上げて床の上から跳ね上がる
直接骨を折られた痛みよりも、何の躊躇もなく折った相手が恐ろしい
薄ら笑いすら浮かべているその目が恐ろしくて、視線を外せない
ダラリと力が入らなくなったその手首に、瞬時に腫れ上がったソコにキスをしながら、
赤い悪魔はただニヤニヤと笑う…丁度あの時の天使の様に

「大人しくしていれば、今は殺しはしない…その怯えた目も素敵ですよ、レディ…」

残った片腕のたおやかな爪が、腰に回した腕に、布越しに食い込んではいるのだが…
身体の震えが止められないせいか?指に力が入っているとは言えないな
そんな弱々しい彼女の抵抗も、俺からすれば、取るに足らない可愛らしいモノにすぎない
骨折の痛みに耐えながらも、気丈にコチラを見上げて来るその目が悪くない
俺の目に良く似た、エメラルドグリーンのソレがね

怯え嫌がるその喉元を、軽く締め上げ、強引にその唇を奪えば、甘く柔らかい
魔女が好む麝香の香水の香りが、今は神経を逆撫でする
このまま食い千切ってしまいたくなる、この柔らかな舌と肉体を…
だがまだソレは出来ない、アイツをこの場に呼び寄せるまではな…

「先生ッ!!!」

書斎内部の異常を察知した執事が、攻撃態勢で飛び込んでくるのだが、
この展開は想定内だからな…エースの双眸と三つ目その全てがギラギラと光り
吹き上がる火柱は、まるで生き物の様に鎌首を上げ、執事に襲いかかる
だが、もう長い付き合いだ…奴も俺の攻撃パターンは、ある程度は読めるのだろう
器用に攻撃魔法を躱しながら間合いを詰めると、執事も最大級の攻撃魔法を叩きつけようとする

先制攻撃は悪く無い、しかし、捕まえた医者の身体を、俺の前に突き出せば…
ほら見ろ、もう攻撃は出来ない、そういう男なんだよ…お前は…
だからあの時も俺を殺せなかったんだ、当主にとって危険な存在と解っていても
分家とは言え、軍属が本分の戦闘種族、デーモン家の上級悪魔で有りながら
戦場に出る事もなく、守り役・執事止まりなのは、その甘ちゃんな思考回路故だ

戦闘時の躊躇は、命取りになる…その僅かな隙に、躊躇によるタイムラグの間に
繰り出される俺の攻撃魔法の直撃を受け、執事は炎の渦に飲み込まれる
その衝撃波で、崩壊した壁の瓦礫と共に崩れ落ち、更に業火がその上を燃やし尽くす

「………邪魔をするなゼピュロス、お前の出る幕ではない…」

屋敷の非常警報が鳴り響き、見知った気配が、ココの警備兵が集まって来るのを感じる
暴走状態の俺に、赤髪の俺に、敵うワケなどない事くらい、解っている筈なのに…
この屋敷の使用魔達の忠誠心は、なかなかのモノだ…大気に溶け込み、この場を護っているモノ達も

まぁいい…アイツが戻って来るまでの、退屈しのぎくらいには成ってくれるだろう

瓦礫に埋もれままで姿も見えず、流れる血の量に、自分を助けにきた執事の危機を感じたのだろう
腕の中の女医は、尚も逃れ様と藻掻くので、鳩尾に一撃をくれてやると、短い悲鳴を上げて動かなくなった
本来なら時間を掛けて、滅茶苦茶に犯して、嬲ってやりたい所だが…
これから始まる戦闘の邪魔になるからな…しばらくは、静かにしてもらうだけだ、それだけだ

「さあこい…早く戻ってこい…お前とは一度サシで話がしてみたかった」

戦闘用の結界を構築しながら、赤髪のエースはニヤニヤと笑っている

※※※※※※※※※※※※※※

無理矢理開いたゲートは、酷く不安定だ、開いた場所も地表からはかなり離れていた
その上、亜空間から排出される時の物質化には、それなりの衝撃が伴う
例えて言えば…大型ダンプで、真後ろから追突されている様なモノだ
バチバチと音を立て、半ば崩壊しかけたソレから飛び出した僕等は、
何とか無事に、地表には降り立ったモノの…
大きくバウンドしたカタチの車体は蹌踉け、タイヤと舗装の間に派手な火花が散る

「言う事をききなっ!!!コンチクショウ!!!」

広い馬車道の幅をめい一杯使って、少女は強引にバイクを立て直すのだが、
必死に彼女の背中ごと、車体にしがみつきながら僕は思った、
本当にこの子が居てくれて助かった、あのまま無理に僕が運転していたら、
到着と同時に、大クラッシュをしていた事だけは間違いない
交通量は比較的少ない、昼下がりの時間帯には、なっていたのだが…
突然、空間を切り裂き、現れた派手なバイクと三名連れに、道をゆくモノは慌てて避けるのだが…
彼等の視線の先は、全く別の方向を向いていた、僕等も直ぐに其方に目を奪われる
吹き上がる巨大な火柱が、行政地区の奥、高官の屋敷の方角に見える
そちらの方向から、逃げ惑う鳥や妖魔達が、ギャーギャーと啼きながら空を飛んでゆく

行政地区と一般市井の住居の境目の、こんな場所からでも確認出来るレベルだ
事態は一刻を争うのは明白だ、早く帰らなければ、王都全体を巻き込む最悪の結果もあり得るのだ

「何?何なのアレ???」

地方都市の下級悪魔が感じた事も無い、強大な魔力波動に少女はブルリと震えるのだが
ようやく走行が安定したバイクの上で、ゾッドはその身に携えた巨大な戦斧を、ブンブンと旋回させる
脚力だけで、この不安定な乗り物を乗りこなし、バランスが取れるその運動能力も凄いが
そんな巨大な武器を振り回されては、同乗している僕等も危なくて仕方がない
僕は少女を庇う様に身体を低くするのだが、
戦斧が振り回される度に、ゾッドの魔力波動は強くなり、そのカタチも禍々しいモノに変化する

「いいから!そのまま真っ直ぐに、ブッ飛ばせっっ!あの火柱に向かって!
途中に何があっても気にする必要なんかねぇ!俺が全部破壊しつくして道を作る!」

ゾッドはいとも簡単にそう吠えるけど、無茶苦茶にも程がある
市井の居住区ならともかく、ここは上級悪魔のエリアだ
居住区にも行政地区にも、複雑に入り組んだ結界が幾重にも重なる、
ソレも名だたる結界師達が張り巡らした、最高ランクのモノばかりだ
いくら上級悪魔だとは言っても、やや魔力が落ちるゾッドに、
その全てを打ち破るなど不可能だ…僕は慌てて止めようとするのだが

「事情は良く解らないけど…そういう荒っぽいやり方は嫌いじゃない
最短距離を最速で飛ばすから、しっかりつかまってなガキ共!舌を咬むんじゃないよっっ」

忠告も何もあったモノでは無い、彼女の方も、こういう荒事が元々好きなのか?興奮しているのか?
少女はあっと言う間に、マシンを旋回させると、フルスロットルで加速してゆく
少女とゾッドの魔力に呼応して、速度はズンズン上昇して、マシンもけたたましく咆吼を繰り返すので
僕の制止の声など伝わらない、いや双方とも聴く気が無いのかもしれない………

ゾッドの指示通りに、殆ど一直線に、道無き道を直進するバイク
目の前に迫ってくる貴族の屋敷の城壁と、防護結界に、僕は思わず目を瞑るのだが
物理的な石壁が破られるのと同時に、ソレでも残る筈の防護結界までもが、粉々に砕け散る音を聞き耳を疑う
そんな馬鹿な…市井人のソレならともかく、貴族の館を護る結界が、こんなにも簡単に破壊されるなんて有り得ない

ソレは偶然などでは無かった…次々と進行方向に立ちふさがる、結界も壁も、
ガード・セキュリティーのトラップから、ロボットまで何もかも、まるで関係無いのだ、
薄い紙か、ガラス板を割るかの様に、次々と破壊されてしまうのだ
ゾッドの戦斧から繰り出される衝撃波だけで、特殊な魔法も術式も無いのに

「思ったよりやるじゃないの!でっかいの!こんなに気持の良い走りは初めてよ」

ともすれば…多方面への責任問題にすら発展しかねない、惨状なのにも関わらず
少々場違いな台詞を吐きながらも、少女は上機嫌にそう叫んだのだが
僕の感想は当然違う…一体この男は、このゾッドという悪魔は何者なのか???

王都の貴族の館のソレだ、破壊された結界の中には、僕と同レベル、
いやソレ以上のモノも含まれているのにも関わらず
彼の斧は次々と結界を破壊してゆく、少しも弾かれない、手こずりもしない、当然その刃も刃こぼれすらしない
繊細な壊れ物の様に、成す術もなく破壊されたソレ等の残骸が、バラバラと後ろに流れてゆく様を見て
結界魔法を得意とする自分もゾッとする、この男には、一切の結界が無効だと言うのか?

「そんなに、嫌な顔をしないでくれよ先生、先生も術者なら、面白く無いのは解るがな」

魔術でも魔力でも無い…俺の生まれつきの特殊能力なんだよ…

どういうワケか、ありとあらゆる結界が無効で、障壁と感じずに飛び越えてしまう
酷い時は、無意識に破壊してしまうんだよ、壊さない様に注意はしているんだがな
でも戦闘時には役に立つんだぜ、相手の防護結界なんて関係ないからな
この大斧で直接相手の肉を切り、戦艦すらも破壊する事が出来る
デーモンやエースより魔力の落ちる俺が、同じ戦場に立てるのもこの異能のおかげだ
先鋒部隊のクラッシャーとして名を上げたのもなっ

道を開く為に、戦斧を休まずに振り回す彼は、少しぶっきらぼうにそう答えるが

それでようやく納得出来た、先程パラケルススの屋敷で、少女の攻撃を受けた時に、突然僕の防護結界が消えた事も
副大魔王邸で、うっかり閣下とエースの秘め事を、覗き見してしまった事も
閣下や僕の不注意なんかではなかった、全てゾッドの特殊能力の仕業だったのだ
施錠レベルに張った簡易結界など、彼の前では紙くずに等しいのだろう
意識的にか?無意識かは場合によるのだろうけど、簡単に壊してしまえるのだ

それが…術者の僕には酷く恐ろしかった

結界は…ソレを張る事の出来るモノにとって、最後の防護壁の様なモノだからだ
人間で言う所の心の壁の様なもの…絶対に外に漏らしたく無いモノを覆い隠す砦なのだ
なのに、この男の前では全くの無効だと言う事だから…
全てを剥ぎ取られて、見透かされる事に等しいのだ

例えゾッドが、他悪魔に対して必要以上の興味もなくて、悪意も感じない様な性質であっても
コレを恐怖と思わずに、何が怖いと言えるのだろうか?

しかし…今はそんな事を暢気に議論している場合では無い
一刻も早く副大魔王邸に、あの書斎へ辿り付く事が先決だ
カリティの安否をこの目で確認して、暴走状態の患者を沈めなければ、
あの屋敷の他の使用魔の無事と、安全を確保するのが優先だ

騒ぎが外部に拡散する前に、副大魔王邸の中で、全てを終わらせるしかないのだ
破壊者を王都の街中に解き放すワケにはいかない
だから僕は、ゾッドの破壊行為に手を貸すしかないのだ、不本意ではあるけれど

高位悪魔の作り出す結界には、大概、自己修復能力があるからね
部分的に破損しても直ぐに結合して、元のカタチに戻ろうとするのだ
骨折した場所が、以前よりも強度を増して再生する生理現象に、ソレは少し近い
ゾッドに破壊されても、何とか再結合しようとするソレを、僕は片っ端から叩く
僕等が無事にその関門を抜けられる様にね………

勿論ゾッドの魔力波動だけではなく、僕のソレも現場に残ってしまうから、コレで僕も完全に共犯者だ
事が無事に済んでも、どれだけの始末書を書かされるか解らない
下手をすれば、治安部隊の尋問すら、受けかねない状況ではあるのだけれど…
そんな事に構っている場合では無い、緊急事態だからね
振り返れば、僕等が通り過ぎた後には、滅茶苦茶に破壊された一本道が出来ている
ゾッドが何故クラッシャーと呼ばれ、戦場では味方も近づくべきではない
と言われる理由が、この短時間でよく解ったよ…頭が痛いけど

そう言えば…閣下はどうしたんだろう?あの様子では、屋敷には居ないのだろうな
催眠療法の場合は、親しい者程遠く離れて欲しい…等と進言してしまった事を、今更ながら後悔する

朝方の話では、今日は朝から、大魔王宮に登庁しているはずなんだけど…
電磁波の嵐が起こっているせいか?手持ちの通信機は完全に死んでいて、コチラから直接連絡が取れないけれど
あの派手な火柱も、エースの魔力波動にも、気がついているはずだ
直ぐに戻って来るとは思うけど、彼も負傷者だ…まだ完全体とは言えない

最悪…事態の収束には…大魔王家の、陛下か皇太子殿下の協力も必要かもしれないね

そうじゃなくても、エースは謹慎だったのだ、邪眼の発動を、戦場での失態を咎められて
コレで二名の立場が、また悪くなりでもしたら、ソレは主治医たる僕等の責任であり、失態でもあるからね

でも【邪眼】の真実が解った今なら、あるいは言葉で説得・沈静化も出来るかもしれない
エースのソレは、後付けのユニットではない、ちゃんとしたもう一つの【個】である可能性が高いのだから
いずれにしても…僕はまだ一度も会った事もない「赤髪のエース」と、コンタクトを取らなければ
ただ暴れ回るだけの幼子なのか?話が通じる相手なのか?まずそこから確認するしか無いのだ…

可能な限りの最短距離を急いでいるのに、その道が果てしなく遠く感じる
僕がソコに辿り付くまで、どうか無事でいて欲しい、カリティ…
乾く唇を噛みしめながら、ゼノンは切にそう願っていた


続く

うわ…昔話シーン長すぎ、ヨカナーン様暴れすぎ…こんな天使様は絶対に嫌だ
カリティのモデルである鬼子母神とお釈迦様のお話を、そのまま変化球にパロった感じですが…
その内バチが当たりますな、管理人には
地獄堕ちなら本望だから…うん別に良いのですが、カンダタみたいに脱出しないし

それにしても…今回のカリティ様は、何かに似ていると思ったら…
『EDEN It's an Endless World!』のソフィア・テオドレスが、かなり入ってますね
見た目10歳のサイボーグだけど中身は41歳で、壊れた少女時代を過ごした天才ハッカーで
テロリストだけれど、ある事を境に深い優しさと母性に目覚める
自らの存在も、許容する様になる…そんな人ですわ、主人公ではないけれど

『アキラ』などで有名な遠藤浩輝さんの少し前の漫画で、読み手を選ぶ作品ですが
考えさせられる部分が多いので、興味のある方には是非お薦めです

ちなみに…ヨカナーン様のアジトは、多分四次元とか呼ばれる場所?ですかね?
海賊船は普通の帆船ですが、船長室は『キャプテン・ハーロック』のアルカディア号のあの部屋をイメージ(^_^;)

ちなみにカリティ様の末の御子息は、ピンガーラは実際の鬼子母神様の息子の名前
日本人には西遊記の「紅孩児(こうがいじ)」の方が馴染みが深いかも?
牛魔王の嫁様、羅刹女も又鬼子母神様の別の姿ですから…

また紅孩児君と言えば、近年大流行のガラの悪い三蔵法師が出てくる漫画版ではなく
世界名作全集的な、子供向けの絵本に載っていた、元祖西遊記の彼が好きでしたね
まぁちょっと漫画ちっくな挿絵の本だったのですが、超イケメンだったんですよ〜
三国志ヲタの方にしか解らないかもしれませんが、姜維君みたいな雰囲気の美少年で
炎の山に住んでいる、妖怪として書かれていた為か?髪が赤くて、戦闘時は炎になって
だからウチのサイトの彼も、火炎系悪魔とのハーフにしました、今後登場するかは未定ですが
大人向けの原典の西遊記では、もっと幼い姿で、だまし討ちを得意とするゲス野郎でしたが
その絵本の紅孩児君は、ホントに格好良く、悟空とも善戦してたんですよ〜
もう一度彼に会いたいな〜と思っているのですが、その出版社が無くなったのか?
未だに再会は果たしていません(T_T)何時か何処かで逢えるといいなぁ(T_T)


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