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【リクエスト・過去作品サルベージ】
◆『守れない約束』2 X&Z+図書館猫 騙されやすいから親分は可愛い?

礼拝堂の外…石階段の装飾の窪みの中で、私は死にかけていた

今でも覚えている、その日はこの辺りでは珍しく雪が降っていた
ヒラヒラと舞い散るそれは、目で見る分には美しく
何時もは物静かな人間達も、はしゃいでいたけれど
小さな私にとっては…それは命を奪い取る凶器でしかなかった

数日前に母とはぐれてから、私は何も口にしていない
ただ声が枯れてしまうまで仲間を呼び続けたが
見窄らしい私の声に、応えるモノは現れてはくれなかった
だからその時は、もう声を上げる気力もなかった

濡れた毛皮の上には雪が降り積もり、なけなしの体温を奪ってゆく
痛い程の寒さに凍えて、視界も暗くなってきて…足先の感触も無くなっていた
幼いながらに解った、もう私は駄目だろう、無駄に逆らうのはよそう
このまま冷たくなってしまった方が、きっと楽に違い無い…そう思い始めた時だった

雪を踏みしめる足音が、何故だか此方に近づいてくるのを感じた
黒くて大きなモノが私の直ぐ側に立ち、見下ろしている
ぼやけてしまった視界では、相手の姿も良く見えないし
その臭いを嗅いで確かめる力も感覚すらも残っていなかったけれど

冷たい石の隙間に縋り付いていたまま、雪に埋もれかけていた私を
優しく拾い上げたのは、大きくて柔らかい手

私をすっぽり覆ってしまいそうな程に大きなソレに
最初はびっくりして、怖くて、爪を立ててしまったけれど
じんわりとした温もりだけは、全身で感じ取る事が出来た
誰?私をどうするの?威嚇する気力も無い私を優しく撫でると
毛皮に降り積もった雪をそっと払いのけてくれる

「主よこの出会いに感謝します………」

そう彼が呟いたのは聞こえたけれど、まだ人間の言葉が解らなかった私は
何を言っているのか理解はしていなかったけれど
肌を通して感じる彼の鼓動が心地良くて、必死に温もりを求めたのが懐かしい

遠い遠い昔の記憶…死にかけた私を拾い上げてくれたあの人はもう居ない

※※※※※※※※※※※※※※

夜間の立ち入りを禁ずる為に掛けられた錠前が、鍵も射し込まれていないのに外れる
極力物音を立てない様に扉を開いたゾッドは、室内の様子を確認すると中に滑り込んだ
初めて立ち入った図書館は、俺の想像とはかなり違っていたが
ケバケバしい回廊とは違い、幾分かは落ち着いた色調のその部屋に、彼は安堵の溜息を漏らす

ラテン語で「Bibliotheca Apostolica」と彫り込まれているレリーフを見れば…
ココが目指す場所で間違い無いのだろう

薄暗い室内には、その先が確認出来ない程に連なる書架が整然と並び
人間の短い時間では、一生をかけても読み切れないであろう蔵書が所狭しと並んでいた
見慣れた文化局の図書室に比べれば、その規模は小さなモノかもしれないが
それでも人間の収集癖も大した物だと感じるには充分な量だ

不意に柔らかな抵抗を感じて、抱き上げたままの少女に目を落とせば
それまでは大人しく縋り付いていただけの彼女が、もぞもぞと藻掻いていた
その様子に苦笑したゾッドは、そっと彼女を床の上に降ろしてやると
彼女は慣れた足取りで部屋の中を走り回る、猫らしく足音の一つも立てる事なく

魔界では慣れない場所に戸惑っていたのだろう、終始不安気な表情を浮かべていたが
無邪気に喜ぶ彼女を見れば、連れてきて良かった…とゾッドは感じていた

後は…どうやって彼女に現状を伝えるか…ソレを考えねばならない
少女が慣れ親しんだこの図書館内の何某かを使えば、コンタクトも可能ではないか?
とも考えてはいたが…具体的な方法は特に考えていなかった事に気がつき、彼は自嘲気味の苦笑いを漏らす

さてこれからどうしたモノかな………

数日ぶりに戻ってきたテリトリーの確認作業に忙しい少女の様子を見ながら
ゾッドは閲覧室の椅子にドカリと腰を下ろすと、部屋の天井を見上げる

目線の先には、色彩色の聖人の姿が描かれてはいるが
コレは礼拝堂や回廊を彩るイコンとは意味合いが違う
どうにも…こういった場所の宗教画は好きになれない、単純に薄気味悪いのだ

悪魔が聖なるモノを恐れているワケではない、ソレに宿ってしまった【モノタマ】が苦手なだけだ

宗教画も偶像もその起源は単純なモノだ、当初は装飾的な価値よりも図解の意味が強く
文字の読み書きが出来ない一般大衆にも、崇拝対象や教義内容を解りやすく解説する為のモノだった
近年の様に平民階層にまで教育が行き届いた事は、歴史上では希な事で…
つい最近までは支配階級にすら文盲が多かったくらいなのだから、これは仕方がない事だ

しかし…文字を知る者しか立ち入らない図書室内では、伝導的な機能は必要ない
便宜上聖人の扮装はしているが、有力者の肖像画が圧倒的に多い
殆どが…この図書室を設立するに当たって、自らの蔵書を寄進した者
あるいは多額な寄付を送った者達のモニュメントの意味合いが強い

我の財力と権力、偉業を称えよとばかりに
高慢な表情でふんぞり返る彼等の自己顕示欲は、誰の目にも解りやすく
その姿に何か特別な怨念を感じる事はないので、気楽ではあるのだが

信仰の対象となっている、宗教画の方は…少しばかり意味が違ってくる

描かれた当初は…絵描いた画家の思念だけだったソレも
長期間に渡り信者の祈りと、妄執にも似た欲望を浴び続ければ
普通の生き物とは少し違うのだが…【モノタマ】と呼ばれるモノになりやすい
生きた人間の強すぎる【念】は、ソレを似せた【象徴物】の中に備蓄されやすく
カラッポのヒトガタもまた、内側の隙間を埋めるが如くに、ソレを吸収してしまうからだ

たかが絵…されどヒトガタ、描かれたモノとは侮れない…
呪術的には立派な【依り代】になってしまう、意図的ではない分、更に厄介なカタチで
蓄積された無数の人間の残留思念の力は馬鹿に出来ない
人間が見ても普通の美術品とは違うモノと感じてしまうのは…あながち気のせいではないのだ

場合によっては一番恐ろしいのは、神でも悪魔でもない
生きている人間の強い情念と妄執の方なのかもしれない

彼等の管理者たる天界側ですら、予測不可能な【ひずみ】を作り上げてしまう事すらある
それは人間だけが持つ潜在能力で、故に生者の魂は悪魔召喚の代償になるのだが
当の人間共がその価値を理解していないのは、嘆かわしい限りだ

その生涯を終えて…他の生き物の同列のモノに
転生前の魂に戻ってしまった【亡者】の方がよほど解りやすいく扱いやすい
等と、現役の閻魔大王としては考えてしまうのだ

更にこの場が宗教施設で、モノが宗教画なのも問題なのだろう
礼拝に訪れた信徒達を見守る様な構図で描かれているソレ等は
信仰を持つ者には心地よくとも、それ以外の者には、無言の威圧感でしかない

虚ろな視線に一斉に見下ろされている様な光景は、やはり異様に感じる
如何に悪魔と言えども薄気味悪いのだ、相手にちゃんとした魂がなければ尚更に

「視線にはね…いや目のカタチをしたモノには不思議な力があるんだよ
例え絵画や彫像のソレでも、相手を魅了したり、対象を他者から独占する力があるんだよ
一種のまじない?いや呪いみたいなモノかな?」

こんな時に反芻しなくて良いゼノンの蘊蓄を思いだして、ゾッドはぶるりと身震いをする
冗談じゃ無い…カラッポのソレに魅入られるなんて俺はゴメンだ

思わずぶわりと広がる俺の鳥肌と、膨張した尻尾の変化を感じたのだろうか?
気がつくと足下に戻ってきた少女が、心配そうな顔で此方を見上げていた
そのままぴょんと俺の胸元に飛びついてくる、彼女の身体を抱き止めると
ゴロゴロと喉を鳴らす音が伝わってくる

こんなチビ助に諭されるとは…俺もヤキきが回ったモノだ、バツが悪そうに苦笑いをする俺を
琥珀色の瞳がシッと覗き込んでくる、俺の心配だけでなくて何か言いたい事でもあるのか?

少女の耳がピクピクと反応すると、その小さな手が室内の奧を指し示す
その先からは何故か禍々しい気配を感じた、まだこの先に何かがあると言う事か?

彼女に促されるままに、ゾッドはその先を急ぐのだが…異様な威圧感はどんどん強くなってゆく
禁書と呼ばれるモノであっても、所詮は人間の書き記したもので、魔界の魔法書とは違う
それに悪魔の俺を威圧する程の力があるのだろうか?

※※※※※※※※※※※※※※

奧に進めば進むほどに、蔵書の年代が古くなってゆくのだろうか?
否、日光の射し込まない奧に行くほどに、希少性の高い蔵書が収められているのかもしれない
比較的に入口付近に多かった紙の本は、徐々に減ってゆき、それ以前の書籍が増えてくる
古い羊皮紙の本が放つ独特の香りは、文化局の図書室でも慣れたモノだが

魔界のソレと違うのは、その本が鎖で繋がれている事
希少本を護る為とは言え、錆びついたソレが垂れ下がる書架は、少々異様な雰囲気もする
まぁ…それだけ貴重品だったらしいからな、書籍の所有は、意味冨の象徴でもあったとか?

ゼノン聴いた話だが、紙や印刷が無かった時代
本や絵画に広く使われていた羊皮紙は、かなりの貴重品だったらしい
なにしろ一頭の羊の、しかも肉として潰すには、まだ惜しい程の若い個体から
羊皮紙用に取れる革の枚数はたった4枚程度だと言うから、ソレ聴いた時には面食らったモノだ

度重なる戦乱で、通貨の価値さえ覚束なかった世界では、家畜は財産と同じと言って良い

一枚の絵画、一冊の本を製作するに当たって、どれほどの命が犠牲になり
それにともなう潤沢な財力も必要だったか、そっち方面の学には疎い俺でも容易に察しはつくからだ

しかし…だからと言って、それらの本が異様な力を持つことはない筈だ
先程から感じるこの妙な重苦しさは何だろう?
書架に並ぶ書籍からは、特別な力の波動は感じないのだが

一歩一歩近づく程に、近寄りがたい空気を感じる、キーンと耳につくこの不快な音の正体は?
得体の知れない威圧感を感じているのは、どうやら俺だけでは無いらしい
腕の中の少女もまたソレを感じているのだろう、着衣にしがみつく指に力が籠もってゆくのが解る

そして…その行き止まりに現れるのは、図書室の扉とは対照的なくすんだ色の扉だ
装飾もなく目立たない場所に鎮座するソレは、一見さして重要な場所には見えないのだが騙されてはいけない

丈夫なマホガニーを使用した扉に、過剰なまでに施された施錠はその場所が
ただの倉庫では無い事を表している

目を懲らしてみれば…黒い木肌に小さく付けられた金属プレートには
表と同様にラテン語で『infernus』と彫り込まれている
ここが…コイツが居たと言う『地獄室』なのだろうか?

※※※※※※※※※※※※※※

此方の施錠にも特に呪いの様なモノはない、ゾッドがパチンと指を鳴らせば
重々しい錠前も鎖も外れてしまい、鈍い音をたてて床に落ちるのだが
何故だろう?扉を隔てたその内側からは…やはり嫌なモノを感じる

だが全ての始まりであるその場所に入らなければ、ここに来た意味はない
幾分の躊躇を感じながらも、ゾッドが部屋の扉を開けば
先程から感じる耳鳴りは、より激しいモノになり、鼓膜をギリギリと突き刺してくる
一体何だと言うのだコレは?ブワリと膨らむ少女の尻尾の質感を感じながらも
ゾッドはその重々しい扉を押し開ける、喚起が殆どされていないであろう淀んだ空気が内側から溢れ出た

滑り込んだ内部は…また外の様子とはがらりと趣が違った
例えは悪いのだがまるで牢獄の様な場所だなココは

外界に一冊でも漏らせない禁書・秘密文書を保管する倉庫と言うだけはある
他よりも堅牢で分厚い壁は、それだけでも威圧感を感じ、カビ臭い空気には独特な臭気があるのだが

それ以上に異様なのは…最近持ち込まれたらしい、巨大なスーパーコンピューターの方だ
元々そこにあったであろう書架の一部を取り払い
無理に押し込んだと思われるメインコンピューターとそのメモリーは
管理者が居なくとも稼働中なのだろう、ウィンウィンと耳障りな機械音を上げながらソコに鎮座していた

先程から感じる強い耳鳴りの原因は、コレから発せられるモノらしい…奇妙な威圧感も

「我こそは全脳なり」とでも言わぬばかりの傲慢な存在感は…
コレを製作した技術者の自信と、自己顕示欲の名残なのだろうか?
より優れたシステムを構築しようとした、彼等の努力は認めるが
過信と期待が過ぎればソレも怨念にも変わる
虚ろな【モノタマ】となる物質は何も古きモノばかりではないのだ

恐らくはセキュリティーの都合で、ソレは禁書室に置かれる事になったのだろうが
古きモノを排斥して、自らの正当性を誇張する存在でもあるソレが
クラシカルな幽霊と相性が悪いのは当然だろう

彼等が想う【非化学的なモノ】を全否定する意図とは相殺しあってしまう…そこに【悪意】がなくとも
少女の様なモノが存在出来ない磁場空間を、作り上げてしまったのだろう
人間にも感じる事の出来る電磁波とやらと合わされば、生体にも悪影響が出ると
下界を巡回する部下と亡者共からは聴いてはいたが…コレ程までに極端なモノは初めて見た

「おねがい…あの化物を壊して、でないと私はココに居られないの………」

ぽつりと呟かれたその声にギョッとしたゾッドは、思わず下を向けば
その可憐な姿とは似つかわしくない笑みを浮かべて、少女が此方を見上げている

「お前…喋れなかったんじゃないのか???」

「私が何年ココに居たと思うの?500年よ?人の言葉くらい理解してるし、話せるくらい当然よ
でも自力では魔界から脱出出来ないでしょ?この場所に帰って来る為に喋れないフリをしていただけ…
人の良さそうの貴方をココに連れて来る為に、それらしいくしていたダケよ」

流暢にそう言い切った彼女は、あっと言う間に俺の腕からすり抜けると
軽いに身のこなしで、床の上に降り立つ

「このままでは、お話も出来ないでしょう?おねがいだから先にアレを止めて………」

少女の言い分も最もで、俺自身もその耳鳴りが、煩わしくて仕方がないのだが
メインコンピューターを止めてしまっては、対人間用のセキュリティが作動するだろう
生者との接触を避けたかった俺は、システム全体を簡易結界で包み込んではみたが…
根本的な解決にはならない、一時的には雑音を遮断出来たとしても

俺がソレを破壊する事を期待していたのだろう
その様子を不満そうに少女は見ていたが、ゾッドは更に不機嫌そうに彼女に尋ねた

「つまり俺は、お前に利用された事になるのか?」
「そう言う事になるかしらね、でもそうでもしなきゃ帰してもらえないでしょう?」

少女はクスクスと笑いながら、古ぼけた書架の木目をゆっくりと撫で上げる
嫌な笑い方だ…別に属性上ジェイルの事を彷彿おしてしまうからだけではない筈だ

経験と齢を重ねたモノだけが出せる、深い闇と悪意を含んだ笑みと
その幼い姿が妙にアンバランスで、違和感を感じるせいか?余計に凄味が増して見える
少女の「謀」にまんまと載せられた自分の不甲斐なさと、口惜しさも当然あるのだが

「………事情は知らねぇが、何故お前は転生を拒む?500年も?
猫のお前が人間の図書館に執着する理由もない上に
日も射し込まないこの部屋が居心地が良いとは思えないが………」

それでも…ここまで来たからには、聴かずには居られなかった
悪魔としてではなく転生を司る官吏としての問い掛けに、少女は伏し目がちに答える

「だって約束したんだもの、あの方に、この場所が有り続ける限りココを護るって…」

誰もが要らないと打ち棄てるられた私を、拾い上げてくれたのはあの方だけから
だから私も【約束】は守りたいの、優しかったあの人が天国に召される時にそう誓ったのだから

ちゃんと感謝はしているのよ…角の生えた彼には
あの【化物】のセイで消えかけていた私を連れ去って、この肉体のくれたから
あの悪魔には、散々蔵書を盗み読みされたけど…ソレは帳消しにしてあげる

でも…魔界に留まって、アイツのモノになんか絶対になれないの

この場所を護り続ける義務と権利があるんだもの…この私には…それがあの方との約束
それだけは譲れない、例え天と地がひっくり返っても

外見の雰囲気からか?夢を見る様な視線に見えても、その意思は堅い様だ琥珀色の目がギロリと光る

「お前は【使い魔】としての契約はしてない…このままだと魂は肉体と共に崩れ落ちるんだぞ」

閻魔大王の【権限】の効力が切れる前に、自らの意思でその肉体から離脱するのであれば
かろうじて【神の子】の資格は失う事はない、時間は掛かるが【転生の輪】に戻る事は出来る
獣故に悪魔召喚には当たらなくとも、悪魔の誘惑に負けた事実は消せない
中途半端な受肉を受け入れた【罪】の代償は支払わねばならないが…

或いは…手に入れかけた器と、魔族の寿命を手放すのが惜しいと思うなら
使い魔の契約をする事でしかその肉体は保て無い、選択肢は二つに一つしかないのだ
コレは脅しなどでは無い…今の不安定な状態では肉体と一緒に魂も崩れ落ちる

ありのままの事実を彼女に伝えるのだが、それでも少女は怯えるどころか、意にも返していない様だ
ヒタヒタと近づいた書架から、彼女が取り出したのは古ぼけた詩集
その背表紙には『La Divina Commedia』の金文字が見えた…
以前「地獄流し」にしたあの男の本か?ジャンル的にはココにあってもおかしくはない本だが

「解ってる…今のままじゃココに居られないって、だから貴方みたいな悪魔を探していたの」

この本の載っているわよね?貴方?実験室で逢った時、直ぐに解ったの…
だから貴方に懐いているフリをしたの、一緒に来て貰うために
私の力がフルに使える場所じゃないと、貴方の力を頂くのに都合が悪かったのよ

そう言うやいなや、少女の言葉に獣の唸り声が入り交じり
闇とも光とも付かない力の波動が、その小さな肉体の内側から一気に膨れ上がる
それに呼応するかの様ガタガタと震える書架から、何冊かの分厚い本が滑る堕ちる…
恐らくはそれなりの力を持つ魔法書の類いだろう

分厚い本そのものが意思を持っているかの様中を舞い、開かれた表装の隙間からとページが外れてゆく
バラバラになったソレ等は、リボンの様に列を成して連なり、俺の周りを旋回し始める

さながら御伽話の国の、トランプの兵隊達の様に

だが…そのファンシーな見た目とは裏腹に、バサバサと広がるソレの切っ先は
何故か刃の様に鋭くて、触れたモノを切り裂き俺の行動範囲をせばめてゆく

その上その勢いに誘導される様に踏みしめてしまった床には、トラップ式の魔方陣がまで施されていた
発動したソレにも、魔族を封じる結界らしき効力もがあるのだろう
為体の知れない寒気と共に、急速に俺の魔力を吸い上げてゆくのを感じる

ゼノンが使うモノとはまた違う種類の魔方陣だが、本格的な魔術の様だ

コレも予めこの場所に用意にていたと言うのか?ただの猫であったハズの彼女が
予想外の展開と迂闊に反撃出来ないもどかしさに、思わず蹌踉けた俺がその中で膝をつくと
少女は勝ち誇った様な表情を浮かべて、俺を見下ろしていた
魔界で共に過ごした時間からは想像出来ない程に禍々しい笑みと表情で

「猫の魂は…九つあるって貴方も聴いた事がない?
こんな時の為に【予備】を残しておいたの、早めに肉体を捨てたのよね…
私の魂を一つあげるから…貴方の魂の一部を私に頂戴…
永遠にこの場所を護り続ける為の力が欲しいの、それが悪魔のモノであっても構わない」

少女は薄暗い笑みを零しながら、チロリと自身の指先を舐める
勿論ちっぽけな猫の魂の一部と、上級悪魔の魂の欠片では等価交換とは言いがたく
彼女の要求はあまりにも無茶苦茶で、突飛すぎるのだが

見かけによらずヤるじゃないか…チビ猫が、成る程あのゼノンが惚れ込むワケだぜ

ゼノンが肉体を与えるまでもなく、半分妖魔化していたのだろう…長い歳月を掛けて
最初から全てが偽りで、用意周到に準備をしていた罠だったのかもしれない…
ゼノンに捕獲された事すらも、彼女にとっては、計算のウチだったのかもしれない

だがその台詞から察するに、一連の魔術は少女の自身の【力】に由来るモノでもでは無さそうだ
【禁書】と呼ばれ封印され続けてきた魔法書が持つ【モノタマ】を上手く応用したモノと言った方が適切だろう

そして…この術そのモノが、今の彼女の身には過ぎたモノなのだろう
元々弱っていた事もあるが、権限の終わりも近い…
不完全な身体が緩やかに崩壊しかかっている状態で
大技を使うのは、そのそもそも無謀な賭だったのだろう
噴き出す汗がじんわりほ額に浮かんでいるのが見える、やせ我慢も大したモノだ

そのカラクリさえ解ってしまえば、根幹を押さえつけ、力ずくで払いのける事は可能だ
そもそも俺は…こういうだまし討ちに近い手段を使う奴は、気に入らないのが常なのだが

今回に限っては、何処かで反撃を躊躇してしまう自分が居た

ぶつかり合う彼女の力の波動に、入り交じる彼女の記憶を見てしまったから
行為とは裏腹に、その想いがあまりにも純粋だったから…哀しすぎたから
その気持ちも無碍にしたくないと感じているのは、きっと何時もの悪い癖なのだ

魂の一囓りくらい、くれてやっても良いとすら思い始めていた…

僅かな間とは言え、共に時間を過ごしたせいだろう
その全てが偽りと解っても、肌に直接感じた温もりだけは否定しがたかった
ツマラナイ情に流されている、自分嫌になる程解っているのだが
彼女が自ら納得するまで、ココに居続けられる分の魔力くらいは
くれてやっても構わないと思ってしまうのだ、その優しさが反撃を鈍らせているだ

攻撃を躱すばかりで、反撃に出ない俺を見て、動きを完全に封じたのだと曲解したのだろう
一度は腕からすり抜けた少女が、半分獣化して飛びかかって来るのが見えた
今度は俺の魂に齧り付く為に…解っているのに、ゾッド避けようとは思わなかった

が…少女の爪と牙が俺の肌に届く事は、永久に無かった

ドンと言う音と共に床から出現した蔓が、二名の間に割って入ると
一瞬のウチに少女を弾き飛ばし、その身体を捕らえ、絡め取り、締め上げる

少し遅れて…慣れ親しんだ緑の香りと共に、ふわりと目の前に出現するのは、法衣姿のゼノンだ
くるりと俺の方を振り返ったゼノンは、一瞬呆れた様で困惑気味な複雑な表情を見せたのだが
すぐにその目に怒気が宿るのを感じた、「あっヤバイ」と俺が思った後は…予想通りの展開になった

飛んで来たゼノンの手に、勢い良く頬を叩かれてしまう…勿論避けるなんて出来ない
ジンと後を引く痛みを感じて、俺は殴られた頬を摩るのだが、それだけではゼノンの怒りが治まらない様だ

「………だから気をつけろと言ったじゃない?僕はお前を傷つけてまで使い魔は欲しくないから」

静かだが…明確な怒気を含んだその声に気まずさを感じながらも
殆ど条件反射で尻尾が揺れてしまうのも、我ながら情けない…

個悪魔主義のゼノンが、他魔の事で感情的になるのは
俺の事とライデン…女先生くらいの事だけじゃないか
他魔に想われる者が、些細な理由で自身を粗末にするのは間違っている
程度の差など関係無い、自己犠牲など自己満足にしかすぎない
解っているのに…一部をくれてやってもいいだなんて、思った俺がアサハカなのだ

「たかが猫の一囓りじゃないか、くれてやってもどうと言う事は無い」
等と反論しようものなら、烈火の如く怒り狂うのだろうな、この師匠は…
「一時的な感情に流されるな…」何時も言われている事だ
この程度の事にイチイチ同情などしていてはキリがない、精神も身体も持つわけがない

俺を殴りつけても尚、静かな怒りと興奮が収まらないのだろう
収まりが付かなくなったゼノンの手を取ると、俺はその手に唇をよせてそっと口づける

「すまない…アンタを怒らせるつもりは無かった」

言い訳も弁解もしない方が良い、長い付き合いでソレも解っている俺が謝罪すれば
ほんの少しは機嫌が直ったのだろうか?幾分柔らかくなった声で「どうだか…」と短く返される

ほんの少しの沈黙が流れる…仕方がない、今回は全面的に俺が悪いのだろう



続く

後編が長くなったので、キリの良い所で一度切ります
回数が増えちゃうのは、このサイトではよくある現象なのでお許し下さい
しかし…情に流されすぎでしょう?うちの親分は???
もう少し自分を大事にしないと、そのうち和尚にどっかに閉じ込められるよ
自分を大切にしない奴は、信用出来ない・安心出来ないとか言われて


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あきゅろす。
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