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【見習い拷問官と教官】
『廃城の砂猫』13 薬壷 暗黒設定+流血残酷表現有り注意

その夜、魔王軍廃城から立ち上る火柱を、多数のキャラバンが目撃している
悪魔喰いのスフィンクスが住まうと言う、曰く付きの場所だ
その場所から立ち上る、辺境の砂漠には似つかわしくない、強大な悪魔の気に
大多数の者はただ恐怖に怯え、成り行きを見守る事しか出来ない

魔神と魔族の戦闘が再び始まったのか?いや…そんな事は無いはずだ
今更両種族が争った所で、誰にも利になる事は無い
砂漠に住まう者なら、暗黙の了解でソレは理解している

厄介事に巻き込まれたく無ければ、悪魔側から砂漠の神に触れるべからず…
そこに住まう仔神を知らぬ者にとっては、その場所は禁忌でしかないのだから

魔力を全開放したエースに、たかが30弱の刺客が仕掛けた所で
かすり傷一つ付ける事すら叶わないだろう…不意打ちのつもりであっても
例え具合の悪い子供を一名庇いながらであっても、ハンデにすらならない

縦穴を駆け上ると、塔の屋根の一部を破壊したエースは、一気に外に飛び出した
それに続く刺客達も、最早正体を隠す気も無い様だ
赤翼を広げる者、あるいはまだ翼が無いのか?翼の有る者に抱え上げられる者
赤い悪魔を中心に一定の距離を保ち、球形陣を展開する陣形は空中戦の基本だ
360℃に近い多方向から、ボウガンによる一斉射撃を試みるのだが…

外に出てしまえば、更に遠慮など要らないとばかりに
増幅され膨れ上がった、炎のフィラメントが、悉くそれを捕らえてて溶解させてしまう
相打ちを防ぐ為の制御魔法も・特定の相手を補足する呪いも、殆ど意味を成さなかった

実戦経験の薄い彼等にとっては、想定外だったであろう光景の中心で
炎の悪魔は、この状況を楽しんでいるかの様な、凶悪な笑みを浮かべている、
天界の鳥と戦い慣れた彼に、多勢無勢で挑んだところで、意味は全く無い

戦場での彼を、一目でも見た事がある者なら、
あるいは生命を脅かされる恐怖を、一度でも感じた事のある者なら
生存本能に基づく危険回避のシグナルが働き、勝ち目の無い彼に牙は剥かない

だが…経験の殆ど無い者達の悲しさか、机上の空論に左右されるタイプは
数で押せば…理論上はイけるとでも思っていたのだろう、自分達には化学力があると
命のやりとりとは、そんな単純なモノでは無いと言うのに…

次々と焼き払われ、あるいは衝撃波で昏倒させられ、失速してゆく仲間達を目の前に
呆然と立ち尽くすのは、地上から大型のロケットランチャーを操っていた、後方支援の工作員だ
フツと気がつけば…その場で動いている者が、自分一名になっている事に気がつく

大型で目立つ武器は、早い段階で破壊されていた、このままでは自分も殺される…

翼を持たない工作員は、慌ててその場を逃れ様とするのだが
それよりも前に、瞬間移動を疑う程の素早さで、空から降り立つ悪魔が、その行く手を阻んだ
ジェイルを抱えたままのエースは、これ以上ないくらい凶悪な笑みを浮かべて言う

「おっと…逃がさないぜ、お嬢ちゃん、お前には聞きたい事があるからな…」

その為にお前を、選んで残したんだぜ…流石にレディーは焼けないだろ?

武器の爆破と共に、自分は消滅したと、悪魔は思っていると考えていた
実際その後は、此方を振り返ろうともしなかったのだから…
存在に気がついていない、歯牙にすらかかっていないはず…
等と言う甘っちょろい希望的観測から、そう考えていた工作員は、
腰が抜けたのか?ヘナヘナとその場に崩れ堕ちる

いい加減そのうっとうしい頭巾もとったらどうだ?と言わんばかりに
冷淡な笑みを浮かべた悪魔が、相手に指先を向け、その切っ先に軽く力を込めただけで
一瞬にして、ショールだけが、深紅に高く燃え上がり、夜の闇に消失する
内側の人物は、酷く狼狽し、纏わり付く、炎を振り解こうと、大振りに藻掻いたが
勿論焼き殺すつもりはない、実際に中身には、焼け焦げ一つ無い

『イナンナ…違って欲しかったけど、やっぱり貴女か…』

悪魔の腕に抱かれたままの、ジェイルが低く呻く

焼き払われた黒装束の下から現れたのは、豹を思わせる美しい毛皮
獣体の自分と良く似たソレを、少年は哀しげに見つめる
獣人?かろうじて二足歩行の形態には進化しているが、獣の形質を強く残した姿
半獣半人の姿は、彼等の従僕達にも似ているが、彼女も間違い無くスフィンクスだ

赤翼側の研究者として、ジェイルの成長観察をしていた、主要メンバーの一名だ
バリングラの魔術開発室の研究員でもあり、アイの側近中の側近でもある

まだ幼かったジェイルに、比較的優しい態度を取り続けていた彼女が
何故ココに…襲撃・暗殺メンバーの一員として、こんな場所まで来たのだろうか?
いくら魔力の補助増幅装置をつけていても、非戦闘要員で実戦経験も無い彼女が…

最初こそは、怯えた様子を見せたが、気迫だけで持ち直したのだろうか?
コレもまたジェイルと良く似た、金色の瞳が、ギロリと二名を睨み返す

『ふん…死に損ないのアンタの経過観察なんて、もう懲り懲りなのよ
その上、【瑠璃の翼】が要らないですって?一体何様のつもりなのよ…』

殆ど獣のままの形質ではあるが、美しい顔を歪めた彼女は、牙を剥きだして唸る

そうよ…自分達で作った装置と武器の性能を、試したかったのよ
裏切り者のアンタの始末と、その骸の回収のついでに
性懲りも無くたらし込んだ悪魔が、ココまでレベルが高かったのは誤算だったけど
装置の性能テストの結果は悪く無かったは、良いデーターが取れたのは感謝するわ

後は…大人しく悪魔もろともに、死んで欲しかったのよ、
色狂いの浮き名通りに、出来るだけみじめに、惨たらしくね

行きすぎた乱交と交尾の果てに、その悪魔がアンタを絞め殺して
条約違反の悪魔を、私達が合理的に始末するって筋書きだったのに…
アンタの骸を解剖用に回収して、徹底的に調査する予定だったのに、ソレは叶わない様ね

まぁいいわ…コレだけ派手に暴れたんですもの…
赤翼も本家も関係無く、砂漠中のスフィンクスが、集まってくるわココに
この惨状を見れば、不可侵条約を破った悪魔が、魔神を殺傷したのは一目瞭然
砂漠内部での混乱を裁く権利は、此方側にあるのだから

殺処分されてしまうがいいわ…2名纏めて…それこそいい気味だわ

ケラケラと笑う彼女に、研究所で見せていた、穏やかさは一つも無い
嫉妬と憎悪に満ちたその視線が痛くて、彼女のその気持も痛い程解るジェイルは
ギュッとエースの軍服にしがみつき、哀しげに相手を見るのだが
エースは涼しい顔で、煙草を吹かしはじめる

『Dの70か75に55、90って所か?発育不全と言うが、かっちり女の身体に育っているな
にわか仕立てのその工作服も、ボディーラインがぴったりで、なかなかセクシーだぜ
可愛らしい胸を揺らして、高笑いも悪くは無いが…素人はコレだから困るな…』

言っておくが、俺は一匹も殺しちゃいないぜ?よく見てみろよ
通常攻撃と同時に、神経毒の毒針は打ち込む程度の、小細工はしたが
全員ピンシャンしてるのが、解らないか?へたばってはいるけどな………

『相手が悪かったな、並の悪魔なら、お前等の筋書き通りになったかもしれないが
俺は情報局の長だからな…某策云々でド素人に遅れを取るワケには、いかなくてな』

何ならお前も試してみるか?暴れる対象を、強制的に大人しくさせる為に開発した毒だ
即効性の神経毒だからな、かなり痛いぞ?
そのまま痛点を中心に追加して、尋問にも使えるくらいにな
ギャラリーが来る?結構な事じゃないか?
訓練を受けた軍族ですら、小便を滴らせ、泣き喚き懇願する程の激痛だ
お前等全員が、何処まで耐えきって、どこまで偽証を続けられるか?見物だな…

ネットリとした、嫌な笑みと共に、指の間に、釣り針の様な返しのついた長細い針が光る
ヒッと息をのんだ女は、当たりをもう一度見回すと、後ずさるが
悪魔と自分との間合いを広げる事も、射程距離から逃げ出す事も出来ない

それでも…俗に言う「窮鼠猫を噛む」とは、こういう事を言うのだろうか?

ガタガタと震えながらも、腰に携帯していたナイフを瞬時に抜いた彼女は
まるで猫の様な俊敏な動きで、一気に切りかかってくる
狙っているのは、恐ろしい悪魔ではない、その腕に抱かれている子供の方だ

『アンタばっかりが特別扱いだなんて、最初から、気に入らなかったのよっっ
スフィンクスの誇りも無いくせに…あの方の心すら独占するなんて、おこがましいのよっ』

明確な殺意を持って、襲いかかってくる彼女の攻撃は、こちらが考えていたより鋭かった
毒針を二三発受けたはずなのだが、それでもその刃はジェイルの肌のすれすれを擦る
勿論その刃物が、その肌に到達する事は無かったのだが
殆ど捨て身の攻撃を躱された時の、彼女の憎悪の目には鬼気迫るモノすら感じた

更にその背に、二発針を打ち込まれているのにも関わらず
痛みなどまるで感じてなど居ない様な様子で、二名の横をすり抜けると
城外の砂漠に走り出す彼女の身体は、四つ足の獣体に戻っているようだ

一直線にその場を離脱しようと、加速する彼女のスピードは、その陰影がぶれる程速いのだが
毒の効果が、充分に効いてくるのは、時間の問題だ…
ソレまでは、泳がせてやるか…とその背を見送ろうとしたその時だ

砂丘の向こう側から?いや…まるで砂の下から生える様に、唐突に現れた影の群れが
獣の行く手を阻んでしまう、足止めを喰らった彼女が、方向転換をしようとした時
その足下から殆ど垂直に生えてきた、逞しい腕が、ガシリと彼女の喉元を捕まえると、高々と掴み上げる

彼女の行方を阻んだのは…赤い翼を持つ者達、味方ではないのか?
その中央には赤い髪…赤い髪をなびかせる、長身のその男は、
怒りとも、哀しみとも、つかない表情を浮かべたまま
ギラギラとする目で、捕らえた彼女を見上げる

吊し上げられた彼女は、苦しげに呻き、藻掻きながらも
必死で何かを叫ぼうとするのだが、男は情け容赦はしない
弁明も反論も、一切聞く気は無いと言わんばかりに、虜の首を締め上げる
メキメキと骨の軋む音が響くと、最後にボキリと嫌な音がする
喉に食い込むその指と爪が、彼女の細い首を潰し、へし折ったのだ

彼女の口から吹き出した鮮血が、男の頬に額に飛び散る

ダラリとぶら下がった彼女の身体を、無造作に砂の上に落とすと
付き従う者達に指示を出し、あたり一面に転がる負傷者を、拘束回収してゆく
その様子をさも忌々しげに眺めながら、男は真っ直ぐ此方に向かって歩み寄ると
恭しく俺に頭を下げる、この壮年の男は…

「お初にお目に掛かる、エース長官…私はバリングラの主、アイと申す者
この度は甥の保護及び、我が方の反乱分子の鎮圧に御協力して頂き、感謝いたします」

赤髪の男は、その身分に相応しい身のこなしと、流暢な悪魔の言葉で、そう謝罪する
コレが例の伯父と言う男か?礼のかなった態度には、非の打ち所は無いのだが
何かが引っかかるのだ、この男は、写真で一目みたあの時から

それに先程の坊主の錯乱の事もある、絶対に何かがあるはずだ

俺の剥き出しの警戒心と牽制は、確実に向こうにも伝わっている筈だ
他の者達が機械的に作業を進める中、張り詰めた、緊張感だけが辺りを満たしていた

※※※※※※※※※※※※※※

『何で…イナンナを殺したの?何も殺す事なんて、ないじゃないか…』

先にその静寂を破ったのは、ジェイルの震える声だった

ダミアンの気を受け【擬態】に変化出来る様になった彼を
彼女が複雑な心境で見ていた事は、直接言われなくても解っていた
何とか他の方法でも、同じ様な能力UPが出来ないモノか?
真剣に研究を重ねていた事もあり、彼女はジェイルの経過観察のメンバー入りを志願した

そこは…やはり女性だからか?他の面子の様な、事務的な診察行為だけではなく、
忙しい合間を縫って、彼の世話を甲斐甲斐しくしてくれた方だった
例えその目的がと動機が、ジェイルに対する情ではなかったとしてもだ

いや…彼女の愚直すぎる愛情は、別のモノに向けられていた
彼女は誰よりも、リーダーであるアイを慕っていた事を、研究施設の誰もが知っている

赤翼や発育不全の幼体には、性別も性器も備わっていても生殖能力は無い

主家以外のスフィンクスは、そういう意味では【種】としては成り立たない
それでも彼女は望んでいた、こんな不完全な姿ではなく、せめて赤翼なみの姿を
そして…その上でアイの仔を、宿す能力を求めていた…哀しくなる程に切実に 

研究熱心な彼女ではあるが、その望みのワリには男勝りで、
その強すぎる想いと思考が、度々暴走するタイプでもあり、
所内の他の職員と、トラブルを起こしてしまう事はあったが…
アイの言う事にだけは絶対服従だった 故に側近としてのし上がったと言うのに
そんな彼女の本質と、彼女の想いを知っているはずの彼が、
いとも簡単に彼女を始末してしまった事実が、信じられなくて…涙が止まらなかった…

始末された者が、自分を抹殺しようとした者であっても

口と鼻から鮮血を吐き出し、砂の上に倒れ込む彼女は、完全に獣体に戻ったままだが…
見開かれた目から溢れた出た、涙の痕が、ただ痛々しくて
ジェイルは、ふらふらと骸に近づくと、そっとその毛皮をなでる

死後硬直が始まりかけた身体は、まだ温かくて、それが彼女の無念さと、口惜しさの様で、堪らなくて…
反射的に目蓋をそっと閉じて、血を拭ってやったのは、哀れみからなのだろうか?

『仕方が無いのだよ…開発中の魔法具を、勝手に持ちだした罪だけならまだしも
進化前の幼生を手に掛けようとした罪が、公になれば…言い逃れなど出来ない
その首謀者であれば尚更に、生きながら、アメミットに貪り喰らわせるくらいなら
この私が自ら処分してやるくらいしか、彼女の想いに応えてやる事が出来なかった…』

奴の言い分は、理にはかなっているのだ…表面上は哀しみも浮かべている
しかし、どうにも台本通りで、嘘くさく見えてしまうのは、俺の職業病なのか?

工作員の骸から離れようとしない、ジェイルの側にしゃがみこんだアイは
自らの外套を外すと、子供の肩に掛けてやりながら、そっとその肩を抱きしめる
彼の合図に応えた部下が、手早く骸をタンカに乗せると、回収してしまう
布を掛けられて運ばれてゆく彼女を、ジェイルは、えずきながら見送っていた

『もう泣かなくて良い、もう子供じゃない、一人前の男だろうに?可愛い甥よ
翼を授かれぬ者達の感情はおろか、お前の気持ちすらキチンと考えてはいなかった
我々にも落ち度が無かった…とは言えぬ、全てはバリングラの主たる私の責任だな…』

赤髪の男はそう言って、腕の中のジェイルを抱きしめると、部下に何かを指示をする
部下は、少し先の砂丘の影に停められている、大型のキャタピラ車に向かうと
何やら厳重に封印された、アタッシュケースを携えて戻ってきた
重々しく砂の上に下ろされた、そのケースの中からは…入れ物とはイメージの合わない
細長い香油入れの様な、陶器製で小振りの壷が、黒色のクッション材に包まれて収まっていた

背後から包み込む様に、ジェイルを抱えたままの男は、
少々苦労をしながら、片手だけで、その小壷を取り出すと
その壷を腕の中の少年に握らせ、細長く伸びる壷の口をスパンと指先で切り落とした、
焼き固められ、封印されたソコから溢れ出すのは…何とも甘ったるくて、かぐかわしい香料の臭いだ…
ソレに何の意味が解らず、途方にくれた様に相手を見上げる少年に
男はネコナデ声でゆっくりと、優しげな声で囁く…確実に

『親神に進化したくないのであろう?あれだけの【差別】を受けたのであれば…
お前がその様に考えてしまう事も、致し方無い事なのであろう…残念ではあるが…
ならば、ソレを一気に飲み下すがいい、親神にスフィンクスに進化する力は失うが
お前はそのままの姿で居られる、未来永劫ずっとだ………』

『コレを飲めば…このままの姿で居られるの?』

『ああ…そうだ、お前が惜しむ、その二本の腕を失う事もなくなる
さぁ…飲むんだ、コレ以上身体の進化が進んでしまう前に………』

アイの言葉も勿論だが…何よりも、辺りに充満するその香りが、妙に良い香りで
それを嗅いでいると…もう何もかもが、どうでも良くなってしまう不思議な感覚に陥っている事に
判断力が急速に低下してゆく事に、ジェイルは気がついていない…
促されるままに、壷の中身に口をつけようとする直前に、鋭い制止の声が入る

「待てっ飲むな坊主…その前に、その薬品壷の中身を改めさせて頂こうか?」

ぼんやりとした思考で、少年が後ろを振り返ると
ハンカチで口元を抑えた悪魔が、ソレを寄越せと此方に手を伸ばしている
ああ…そんな遠くにまで、この臭いが届いているんだ…
場違いかもしれないけれど、そんな事を考えはじめると、
またズキリと頭の奥が痛くなった…一体何なだろうコレは

「コレは異な事とを言われる、情報局長官殿ともあろう御方が…
同族でしかも血縁でもある私が、この子を手に掛けるとでも言うのかね?」

頭を抱える俺を支え、頭を撫でながら、ニヤニヤと笑う伯父貴の顔が見える
民の信望も厚く、何時もは穏やかな伯父らしからぬ、影を含んだ横顔に
寒気に似た何かが駆け上がるのだが…あれ?俺はこの顔を見るのは初めてじゃない
何処で見たんだっけ?何時?ああ…思い出せない、頭が痛くて…

「ただの薬と言い張るなら…この強すぎる麻薬と媚薬の臭いは何だ?
薬漬けにした上で、毒物を摂取させるとしか思えないな…暗殺にはよくある手だ
逆に俺が聞きたい所だな、何故ソイツの伯父である貴様が甥を憎む?
何故そのガキは、赤髪を恐れる?潜在的な恐怖の対象は…他の誰でもない、お前以外考えられない」

潜在的な恐怖?伯父貴が?何で?伯父貴は誰よりも優しいのに?
麻薬?毒?なんの事?ズキズキと脈打つソレが痛くて
甘ったるい匂いに感覚が麻痺して、うまく考えられないよ

「他族の貴殿には…我々の苦悩など解る筈もない………
邪魔はさせない、お前達っ…ソコの条約違反の侵略者を黙らせるのだ」

此方には一切目もくれず、黙々と撤収作業に没頭していたはずの赤翼達が
一斉にクルリと此方に振り返ると、彼等の主と悪魔の間に幾重にも立ちはだかる

「やれやれ…俺も見くびられたものだな…」

先程の連中とは…格は違う様だが、所詮は【赤翼】なのだコイツ等は
どれだけ数を繰り出されたところで、俺の敵にはなり得ないのだがな…
しかし…坊主をあちら側に奪われたのは、俺のミスだな、感傷的になっていたとしても

こんな事なら、首の鎖を外すべきでは、無かったのかもしれない

一気に焼き払うか?いやその前にあの男が、強引に毒を含ませてしまうかもしれない
間合いを詰めるチャンスは、一瞬で一度きりだ…失敗は出来ない
不可抗力ながら、ジェイルを人質に取られた形になって、場に走る緊張感の中
立ちふさがる赤翼達は、突然上がった苦しげな悲鳴に、慌てて背後を振り返る

断末魔の悲鳴を上げたのは…掟破りの裏切り者ではなかった

彼等のリーダーの胸に深々と刺さる、祭礼用の黄金の短刀
その先には…影が…ジェイルの影から半分身体を起き上がらせた形に
影から生える様に出現した、黒犬の神官長が、静かな瞳で赤髪の男を見つめていた

※※※※※※※※※※※※※※

一気に切り裂かれる胸から、強引に引き摺り出されるのは、まだ生温かい心臓…
切り裂かれた胸からだけではなく、アイの口からも溢れ出す血が、ボタボタと砂の上に飛び散る

『カゲイヌ………』
『メネプ…貴様は…』

アイに突き飛ばされ、よろけ、支えを失ったジェイルの手から
薬壷がスローモーションの様に回転して、砂地の上に落ちる
その飲み口からドロリと溢れ出した、焦げ茶色で粘度の高い液体は
白い煙を上げながら、ジワジワと砂の中に染みこんでゆく

『アクチニジンとネペタラクトンに加えて、ヘムロックの香りが少々…
後は動物性の毒ですか?何の毒か?までは特定できませんが、致死量には充分ですね…
アイ様…貴方様の事は、最初から疑っておりました…
貴方の船で和子の身体を、診察した時からずっと…ただ確証が持てなかった
用心深い貴方は、証拠を残しませんからね、この様な結果になった事は残念です』

主家のスフィンクスでは無いとは言っても、赤翼の纏め役でもある貴方を、
【確たる証拠】も無く裁くことは出来ない、嫌疑が限り無く黒に近かったとしても…
私はずっと待っていたのですよ、貴方が直接的に行動に出るこの時を…

取り出した心臓を高く空に掲げると、それから溢れる血が
ぽたぽたと神官長の黒い毛皮を濡らしてゆく

『裁きの天秤よ…神官長メネプの名に置いて命ずる、盟約にに従いこの場に出現せよ…
わが心臓…青のアンクを御身に捧げる、速やかに出ませいっ 罪人は黒幕はここに居るっっ』

俄にかき曇る空は、雷鳴と共に、空の星々を一瞬にして隠してしまう
神官長の真上を中心に、渦巻く黒い雲は、まるで小型の台風の様だ…
逆巻く風が辺りを吹き付け、その場に居る者、全てを大地に縫い付け、叩きつける
その不可思議な風は…捕縛魔方陣の様な、呪詛的な意味合いも含んでいるのだろうか?
魔神・悪魔に関係無く、魔力を使う事はおろか、マトモに立ちあがる事すら許さない
そのくせ足下の砂は少しも巻き上げない為、全てが見通せる光景は異様でもあった

そしてそのただ中で、フワリと浮き上がるのは…ジェイルの首に掛けられていた、小さな金のアンク
ギラギラと光り始める神具には、ソレまではなかった筈の真っ青な縁取りが現れ
目の眩みそうな程の閃光を放つと、彼とソレを繋いでいた、仮止めの紐が砂の様に崩れてゆく

まさか…そのアンクは…結果的には、ここまでの逃亡を許してくれたソレが…そんな…

咄嗟に我に返ったジェイルが、アンクを捕まえようとするのだが、もう遅かった
主の首を少しも傷つける事もなく、自由になったソレは、その手をすり抜けると
クルクルと回転しながら飛んでゆき、神官長の手中に収まるのだが

彼は何の躊躇も無く、ソレを群雲の中央に投げ込んでしまった

一際大きな稲光が、投げ入れられたアンクを捕らえ、激しく打ち付ける
呼応するように、黒犬の神官は苦しげな呻き声を上げ、片膝をついたが
心臓を空に向かって捧げ持ったまま、聞き取れない呪文の詠唱を止めようとはしない

アンクを中心に四方八方に広がる稲光が、複雑な魔法陣を描いている事が
視覚的にも明確解る様になると、群雲の中央から、黄金の塊が降りてくるのが見えた

あれは…地下宮殿に鎮座すべき【裁きの天秤】、裁かれる者の真実を写す鏡…

ズウンと重々しい音を上げて、巨大な天秤が砂の上に降り立つと
それと同時に、召還魔方陣の主軸を構築していた、アンクにパキンと大きな亀裂が入ったのが解る

閃光に包まれ…極小さなソレではあるが…その波動の乱れを、
その場に居る者の全てが感じる事が出来たのは間違いない

ゴポリと口から溢れ出る血が、神官長自身の足下と胸元を濡らすが、それでも彼は少しも怯まない
強力な呪詛により、己の立ち位置を少しも動けない観衆が見守る中
血まみれの神官長は、蹌踉けながらも、ゆっくりと天秤に近づいてゆく

『判決は後回しだ…天秤よ、真実を映し出せ…呪われた砂漠の痛みを…ここに示せ』

整わない息の下で、メネプはそう呟くと、その手に握り絞めていたアイの心臓を、その片皿の上に捧げる
同時に天秤の主軸から映し出される映像が、その上に立ちこめる雲の上に、鮮やかに広がってゆく…

「これは………」

その場に立ちすくむ、エースやジェイルだけでは無い
アイに付き従っていた側近達、いやこ…の場に集結しようとしている、スフィンクス達だけではなく
物陰に隠れながらも、砂漠の騒乱の成り行きを見守る、全ての者達に、そのビジョンは見えていたはずだ…

そのおぞましくも、哀しい内容と共に………

天秤から照射される光が、オーロラの様に空全体に広がり、悪夢の様な光景が広がる
赤翼の王と呼ばれ、弱者を擁護する賢王と呼ばれた男の、裏側の顔を露呈しながら

その光りの下に蹲り、胸の傷を抑える、赤髪の男は
ただギラギラと光るその双眸で、そのビジョンを見上げて居る

そうだ…これは間違い無く、私の罪だ…
だがこれは、【赤翼】と蔑まれた我等が、生き残る術なのだ…

溢れる血を拭う事も出来ずに、己が罪を暴かれ、睨み付けるその目は
己が信じる信念の為には、何もかも捨てられる…自分自身はおろか、誰であろうとも犠牲に出来る
その覚悟が出来た者だけが出来る、【外道の目】だ…俺のカンは間違っていなかった

映し出されるソレを見上げる事よりも、男の双眸を見下ろし
同じく外道の道を厭わない、赤い悪魔が、自嘲気味に笑う


続く

結局…お盆明けUPになってしまってごめんなさい
しかも暗いよ〜ド根暗だよ〜(T_T)(T_T)(T_T)
もうちょびっとだけ続きますので、おつきあい頂けると嬉しいです

今迄、完全になりを潜めていた、神官長がやっと再登場したワリには………

ついでに長官がちょっとだけ?ダーク・シュナイダー化
ジェイル君に至っては、ヨーコさん化してる気がしますが
多分気のせいです、多分…気のせいだと言う事にしておいてください はううう

かなり可哀想なイナンナの解説は、ネタバレも含みますから次回にじっくりやります

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