〜hot chocolate〜
19
「こ…ん、にちは…」
「遅かったね。迎えに行こうかと思ってたんだよん」
「…あの、ネクタイは…?」
「ああ、部屋にあるよ。入って、入って」
祐輔を置いて、中へ戻っていく。
ここで一緒に中へ入るのを待っても、逆に、逃げ出してしまうだろうと思ったのだ。
躊躇っているのか、なかなかついて来ない。それでも、どんどん先へ行く。離れの前まで来ても、ついてきている気配がない。
玄関の前でしばらく待っていると、祐輔がやって来たのが見え、戸を開けた。
「上がって、上がって」
「あのっ!」
「大丈夫、何もしないよ」
そう告げて、中へ入った。
部屋へ上がり、お茶の支度をする。卓袱台に向かって座って、お茶を注いでいると、ようやく祐輔が中へ入ってきた。
「ちょうど良かった。お茶が入ったよん。座って、座って」
急須を置くと、傍らの座布団をポンポンと叩いた。
しかし、祐輔は立ち尽くして動かない。
―――警戒、してるのかな?
「ちょっと、待っててね」
席を立ち、ネクタイを取りに隣の部屋へ。
ネクタイを手に居間に戻ると、祐輔が、ぼんやりと湯呑みを眺めて、座っていた。
並べておいたはずの湯呑みと座布団が離され、下ろしたカバンはしっかり傍らに置かれている。
―――そこまでしなくても、ねぇ。
そのわりに、戻った事に気付いてないあたりが、鈍いというか、抜けてるというか。
「ハイ、ネクタイ」
近付いて、傍らにしゃがみ、目の前に、差し出した。
「うわっ!」
特に、忍び寄ったワケではないのに、びくりと、仰け反った。
女の子なら(まだ、少しは)我慢も出来るが、だらだら手際の悪い、ぐじぐじとはっきりしない、過剰に怯える野郎なんてイライラするだけ、のはず。
けれど、何故か今は、子犬に甘噛みされているようで、イラつくどころか、微笑ましく感じる。
顔に怯えを張り付けて、後ろに手をついて、ジリジリと後退る祐輔。
その反応に、イタズラ心に火がついた。
「ふふ…。そこまで、期待されたら、応えないとね」
「…は?」
そう言うと、固まってしまった。
―――イイ反応。
ネクタイを引っ込め、自らの首にかけた。
「あっ…!」
どんな表情をするのか―――。
じっと祐輔の瞳を見ながら、ゆっくり結んでゆく。
相田の行動に驚いて、自分の迂闊さを悔い、それから―――。
(見てる?)
祐輔が見入っている。
自分の指先に、送る眼差しに、絡む視線を感じる。
祐輔の頬が、薄く、色付いた、かと思った、途端に、顔を背けた。
―――目、逸らしちゃった。
その頬に手を伸ばした。
「えっ…」
クッと、自分の方を向かせると、目が合った。そのまま、頬を撫で、耳朶を掠め、髪を梳くように項に回し、頭を支えた。
「あ…」
真っ直ぐに、目を逸らさずにゆっくりと、近づく。
―――あ、この匂い…。
ふ…っと微かに、あの香りが漂い始めた気がする。
祐輔が、ぎゅっと目を瞑り、息を詰めたのがわかる。
緊張してるのがわかる。
―――何だか、移る。
あと、数秒で、数ミリで、唇が、触れる。
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