〜hot chocolate〜
4
「ただいま…」
家へ着き、堂本を伴い、短い廊下を通って、リビングへ向かっていると、玄関からの音に気付いたのか、母が顔を出した。
「お帰りなさい。あら、お友達?」
「…いや、先輩…」
「お邪魔します」
落ち着いた声に振り向くと、つい先程まで、崩して着ていた制服をいつの間にか、入学案内に載った見本のように、校則通り着た堂本が立っていた。
「あら〜、男前ね〜」
ギュンと母の機嫌が良くなる。
「はじめまして、堂本といいます。江井君に、勉強を見て欲しいと頼まれまして」
―――誰だ、コノ人…。
これまでの悪行が嘘のような好青年ぶりだ。
「あら、そうなの?」
「あ、う、うん」
何も知りもしない母は、
「じゃあ、お茶淹れるから」
とキッチンへ向かった。
「あ、うん…」
キッチンに向かう母に、そつなく堂本が声をかける。
「おかまいなく」
母はピタリと立ち止まり、クルリと振り向くと、
「あら、男前はいいのよ、男前は」
と言って、フフフとご機嫌で、キッチンへ向かった。
母が行ってしまってから、母の行動の恥ずかしさにガックリと、項垂れるしかなかった。
「じゃあ、こっちに…」
リビングのソファを勧める。
堂本は、ククッと笑っている。
「あら、部屋じゃないの?」
と、手にトレイを持った母親がキッチンからやってきた。
余所行きのトーンで、堂本に、
「ごめんなさいね、こんなものしかなくて」
菓子入れに入ったチョコチップクッキーと紅茶を勧める。
「いえ、お構いなく」
母が、堂本の正面に座り、興味津々で見ている。いつもなら鬱陶しくて仕方がないところだが、今日はありがたい。なんなら、宿題をやる間中、ずっといて欲しい。
が、一頻り堂本を眺めた母が、すくっと立ち上がった。
「ちょっと、ごめんなさいね」
と堂本に告げ、
「ちょっと、祐輔」
祐輔を手招きし、キッチンまで連れていった。キッチンについた途端、母が愚痴り始めた。
「あんな男前、連れてくるなら、先に言いなさいよ」
―――連れてきたくなんてなかったんだよ。
しかし、相田でイタイ目を見たから、自宅にしたのだ。
母が居ればオカシナマネは出来まい―――。
母はまだぶつぶつ言っていたが、
「じゃ、これ」
と、手に何か握らされた。開くと五千円札。
「え?」
何故、小遣いを?と思った。
「ピザでもとりなさい」
―――ピザ?
「それじゃ、行くから」
「ちょっ…、どこ行くんだよ?」
「何、言ってるの。今日、何の日だと思ってるのよ」
「あ…」
母親は、月に一度、主婦友達とカラオケに行く。今日はその日だったと気付いた。そういえば、いつもより、化粧も服装も、しっかりしている。
「でも、母さん、今日は家に…」
引き留めようとする祐輔を無視して、母はリビングへ戻っていった。
「ごめんなさいね。ちょっと出掛けないといけなくて。このコ、バカなんで、よろしくお願いしますね」
母を追いリビングへ。
「か、母さん、今日は家に…」
しかし、母は今度はサッサと玄関へ向かってしまった。
「アンタはちゃんと、教わるのよ。じゃ!」
バタン…とドアの閉まる音がする。
母親が出ていった玄関の方を呆然とみた。
静けさに、ゴクリと、自分の、唾を飲み込む音が響いた気がした。
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