GEASS
きみのきみによるきみのためのラプソディ (スザルル)
時間軸としては一期かな。子スザルルもあります。
「ねぇ、見てルル!すっごく綺麗!!」
恍惚とした表情で、シャーリーが見つめるのはショーウインドーの中の花嫁。
「ウェディングドレス?」
「うん。私もこういうの着てみたいな」
きっと今、彼女の頭の中には起こるであろう未来が映っているに違いない。
俺が彼女の横に立つことはないだろう。
しかし彼女が幸福に包まれ、このドレスを着ている姿は是非見たいと思う。
こんなにも夢を見ているのだから。
そんな彼女を見て、俺は無意識に微笑んでいた。
永遠の愛だとか運命だとかそんな少女趣味なことなんて信じない。
白馬の王子様なんて論外だ。時代錯誤もいいところ。今の王子がみんなかぼちゃパンツなんて穿いていたら、俺はその瞬間に皇族殺しなんてしようとも思わないだろう。
話を戻そう。
人とは変わるものだ。
心さえ然り。
変化のないものほど気色の悪いものはない。
あの魔女然り。
しかし幼き頃の友人が、会っていなかった7年の間にまるで別人に生まれ変わったのではないか、と思えるほどの変貌を遂げていたのには、驚きを隠せなかった。
横暴で暴力的なガキ大将が、爽やかで真面目な風紀委員長。
昔の自分など、忘れてしまったかの様に振る舞う彼の姿を思い出しながら、ルルーシュは何も付いていない自身の右手の小指を静かに見つめていた。
「なぁなぁ、ルルーシュ知ってるか?」
この馬鹿が満面の笑みを浮かべているときは、よくないことが起こる。
短い付き合いだが、僕はそれを充分理解していた。
「知らないよ」
適当に返し、僕は洗濯物を干し続けた。
見ているだけなのなら手伝えばいいものを。
そう思うが、この不器用な乱暴者にナナリーの洋服など渡せるはずもないと諦めた。
「やっぱりルルーシュにも知らないことがあるんだな」
歯を剥き出しにしながら笑うスザクを横目で睨む。
「違う。今僕は忙しいんだ。君に構ってる暇は無い。それだけだ」
パンッとシャツが鳴る。この瞬間が好きだ。
「んー……まぁいいんだ。お前が忙しくてもどっちでも。俺が喋るのだけ聞いてくれればいいから」
横暴が服を着て歩いているような奴だ。
そのうえ知能指数も低い。
僕はこれ以上何を言っても無駄だろうと諦めた。
「分かったよ。何?」
尋ねるとまた笑う。
横暴、そのうえ単純。
でもこうやって表情をころころ変えて、自分の気持ちを相手に分かりやすく伝えられるスザクを見ると、やっぱり羨ましい。言わないけど。
「運命の赤い糸って信じる?」
「は?」
突然なんてことを言い出すんだこいつは。
僕は目を丸くして、スザクを見た。
「昨日テレビでやってた映画で見たんだ。『惹かれ合う男女はその小指と小指を運命の赤い糸で結ばれている』って」
目の前にいる袴姿の少年が映画など見る趣味があるのにも驚きだが、そんなこてこてのラブストーリーを見たことにも驚きだ。
「なぁ、ルルーシュは信じる?」
同じ質問を、ブリタニアにいた頃ユフィにもされた。
恐らくこの二人は似ているのだろうな。
だから俺は同じ答えを返した。
「信じないよ」
スザクはむすっと拗ねた表情で、
「なんでだよ。いいじゃないかユメがあって」
と俺を非難した。
夢を見るしか能の無い子供の分際で何を言うか。
しかし、スザクにしては珍しい。
日本男児であることを誇りに思って、誰よりも男らしくあろうとする彼も、根は意外とロマンチストなのかもしれない。
意外な一面を見れて、驚きと共に微笑ましかった。
「なんでって……だって、僕には見えないし。赤い糸なんて」
そう言って右手を掲げた。
小さくて、白い指。
そこには何も付いていない。
「目で見るんじゃダメなんだよ、きっと。ココロのメで見るんだ!!」
そう豪語したかと思うと、スザクは唸りながら自身の両手を熱心に睨み付けた。
僕は一つ溜息を零し、洗濯物を干すことに専念した。
「見えたー?」
「あともうちょい!!」
「僕、もう戻りたいんだけど」
「あっ、待って、見えそう!!」
見えるわけ無いだろう。
僕が籠を持ち上げながらスザクをちらりと見ると、スザクも目を丸くしながら僕を見ていた。
「なんだよ?」
「見えた……」
「へぇ、良かったね。それでお相手は誰だったんだい?」
「ルルーシュと、繋がってる……」
彼は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で僕を見た。
「君は確かさっき、男女、と言ったよね?残念ながら僕らは二人とも男だ」
「でも本当なんだって!!」
はぁと僕は大きく肩で息をした。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、まさかこれほどとは……
「じゃあいいかい?僕にはそんなもの見えない。だから無効!!いいね!!」
こんな奴と赤い糸なんかで結ばれてて堪るか。
僕は半ば向きになって、そう言い切った。
スザクは静かに俯いたかと思うと、また急に顔を上げ、
「……分かった。ちょっと待ってろ!!!」
と言って母屋に走って行ってしまった。
僕はほっと息を吐いて、蔵の中に帰った。
夕方、よりにもよってまた物干し場。
今度は洗濯物を取り込んでいる時だった。
「ルルーシュ!!」
そう言って駆け寄ってきたスザクは、稽古の後なのか額に汗が滲んでいた。
「お疲れ。で、今度は何?」
僕の言葉が終わる前に、スザクは徐に僕の右手を掴んだ。
「何?今、洗濯物を、」
「いいから!!」
そう言って、彼は僕の右手に赤い毛糸を結びつけた。
「………何?コレ」
「ん?だから赤い糸」
僕の右手に結び終えてから、自分の手にもつけようと思ったんだろうが、何しろ彼の不器用さは天下一品だ。
思ったとおり手間取っている。
「貸して」
「え?」
だから僕が結んであげた。
「ほら、運命の赤い糸!!これでお前にも見えるだろ?」
嬉しそうに微笑むスザクを見て、やっぱり馬鹿だなと思ったけど。
「ありがとう」
今だけは素直に感謝してやる。
あいつはきっと忘れてしまったのだろうな。
ルルーシュは誰もいない生徒会室で、一人自身の小指を眺めていた。
あの頃よりも伸びた細く、長く、白い指。
………赤い糸なんて今も昔も信じないが、どうか今も繋がっていて欲しいと願う。
「どうしたの?ルルーシュ、小指なんて見つめて」
「ほわぁあぁぁぁあぁああ!!!!」
渦中の人物にいきなり後ろから声を掛けられ、ルルーシュは情けない悲鳴を上げてしまった。
「……そんなに驚かなくても……」
「い、いきなり入ってくるな!!」
「ちゃんと言ったよ、失礼しまーすって」
迂闊だった。
スザクの気配に気が付かないほど、自分は物思いに耽っていたのか。
ルルーシュは少し頬が熱くなるのが分かった。
「で、小指どうかしたの?怪我?」
「なっ、なんでもない!!」
別に何かがある訳ではないが、覗き込まれると無性に恥ずかしい。
俺は右手を掴み、スザクから見えないようにした。
「何だか、今日のルルーシュおかしいね」
クスクスと笑いをかみ殺す声が聞こえた。
失態だ。
「うるさい。会長たちも来ないみたいだから、俺はもう帰る」
そう言って立ち上がり、横に置いていた自分の鞄を引っ手繰った。
これ以上恥をかかされて堪るか。
「あっ、ちょっと待ってルルーシュ」
右腕を後ろから勢いよく引っ張られ、がくんと俺は後ろに転びそうになった。
なんだ?と問う前に、スザクが俺の右手に何かしているのが分かった。
「おい、スザク。一体、」
「ちょっと待って。まだ見ちゃダメ」
丁度俺の視界に入らない位置で、スザクは何か作業をしている。
声には、悪戯をする子供のような雰囲気が宿っていた。
「じゃーん」
スザクは器用にも、くるりと俺の身体をダンスの様に一回転させた。
繋がれた右手に目をやると、二つの右手の小指には
「………指輪?」
小さな赤い宝石の埋め込まれた指輪が光っていたのだ。
俺は状況が把握できず、驚いた表情でスザクの顔をまじまじと見つめた。
「運命の赤い糸だよ」
ニコリと笑い、スザクが自身の右手を掲げる。
よく芸能人が結婚会見でやるような仕草。
似合わないのが、また、彼らしい。
俺は思わず声をあげて笑ってしまった。
「お前はホントにそこに拘るんだな」
「エンゲージリングとかの方が良かった?」
「いや………」
時には、運命というものを信じて、縛られてみたいじゃないか。
俺は自分で顔が綻ぶのが分かった。
すると突然スザクが跪き、恭しく俺の手を取り、嵌められた指輪の宝石に口付けた。
「枢木スザクはルルーシュ・ランペルージを、永久に幸せにすることを誓います」
「……あぁ、結ぼう。その運命の絆を」
Title by "F'"
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