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GEASS
ただし本当は何一つ






悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。永久に懺悔に苦しめられるのならばその方が余程いい。しかし時の歩みは止まらない。
ルルーシュの意識は幾日経っても戻らない。
美しい真っ白な肌も今ではまるで死人の様。このまま眠り続けてもおかしくない。
御伽噺の姫ならば、王子が迎えに来てキスさえすれば目覚めるものを。

「スザクくん」

後ろから不意に声を掛けられる。気配に気付けなかった。相当感覚が鈍っている証拠だ。そう言えば僕は何日寝ていないんだろう。

「セシル、さん……」

僕の顔を見た彼女は哀れむ様な視線を向けた。

「あなたも休まないと……殿下が起きた時に今度はあなたが倒れたら仕方がないでしょう?」

部屋に備え付けの鏡に映る、僕の顔は酷かった。目の下には隈がくっきりと浮かび、髪の毛もぼさぼさで、顔色も悪い。少し痩せた気もする。確かに食事も喉を通らなかった。

「でも……ここにいたいんです」

多分目が覚めた時に一人だったら殿下は悲しむと思うから。実は淋しがり屋だから。
セシルさんは肩を竦めてから、手にしていた毛布を僕の肩に掛けてくれた。

「そう言うと思ったわ。本当はちゃんと休んで欲しかったんだけど……ここでいいから、少しは眠って頂戴。それと簡単な食事も置いておくから」

手渡された食事が彼女の手作りでなかったことに、少なからず安堵する。

「ありがとうございます。セシルさん」

「……よろしくね」

無理に笑みを作って彼女は部屋を出た。
僕はもう一度視線をルルーシュへと向けた。
夢の中だけでも、彼が幸せならばそれでいい。






その日の夕方に彼の弟が血相を変えて飛び込んで来た。

「兄さんッ!!」

パイロットスーツのまま病室に駆け付けた彼の顔もまた蒼白だった。
僕の存在に気付いた彼が、僕を射殺さんばかりに睨むのでそっと部屋を出た。
部屋を出ると廊下には、こちらもパイロットスーツに身を包んだジノ・ヴァインベルグがいた。

「……久しぶりだな」

彼も疲れが残ったままの様だが、片手を挙げて挨拶してきた。
僕は黙って礼をしてから扉の背にして、警備兵の様に起立の姿勢をとった。
ジノは呆れた様に息を吐き出してから僕の横に立ち、壁に寄り掛かった。
「ルルーシュ殿下が重体って聞いてさ。慌てて飛んで来たんだよ。あのブラコン止めても聞かないし」

「………………」

「……テロに巻き込まれたって?」

「全て自分の責任です。仮の騎士と言えども、主であるルルーシュ殿下を護れなかった。騎士失格です」

淡々と言葉を吐き出す僕を彼は横目で睨んできた。

「そんなこと聞いてないって」

彼は廊下に座り込み、立てた膝の間に頭を埋めた。

「みんなホントのこと言ってくれないんだもんなぁ」

「本当も何も、全て自分のミスですから」

彼があの場に居合わせてしまったことも何もかも。僕がいなければこんなことにはならなかった。

「……ずるいよな」

呟かれた彼の言葉に耳を疑う。

「………は?」

「自分の責任とか言って一人で背負い込んでさ。誰が心配しようが慰めようが、勝手に十字架を抱え込む。そうやって他人が入り込む隙を与えないんだ。それってずるくない?」

もしかしたら一緒に背負いたいと思ってくれる人がいるかもしれないのに。
空色の瞳が真っ直ぐに僕の心を射抜く。
……あぁ、そういえば彼と出掛けたあの日の空も青かった。

「なーんてな」

歯を剥き出してジノは微笑んだ。先程のまでの眼光の鋭さはもう感じられない。

「………は?」

「俺はさ、殿下の傍にいることも護ることも出来ない。だから君が羨ましいんだよ」

「……はぁ……」

人の心を鋭く突いてくると思ったら、突然自分の胸の内を曝け出す。よく分からない人だ。
その瞬間、背後で扉の開く音が聞こえた。

「枢木准尉」

僕とジノが振り向くと、殺気も生気すらも感じられない瞳でルルーシュの弟が僕を呼んだ。

「はい」

「少し、お話よろしいですか?」

目を合わせることなく、彼はまた病室内へと戻って行った。
ひらひらとジノが手を振っているのが視界に入った。
僕は一つ息を吐いてから病室のドアを開けた。
何も変わらない風景。今まで通り彼は眠ったままだ。

「ロロ・ランペルージです。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとは血は繋がっていませんが、弟のように育ててもらいました。それだけ彼の存在は僕にとって大きなものです。大切な家族なんです」

彼のことは前に聞いたことがあった。ルルーシュも嬉しそうに弟自慢をしていた。
家族。無償の愛。かけがえのない存在。僕がなくしてしまったもの。

「どうして兄さんがこんな目に合わなければいけないんですか?」

彼はこちらに背を向けたままだ。冷静そうな口振りだが、表情が窺えないため本音は分からない。
だってそうだろう。仮にも軍人である彼がこんなこと言うはずがない。
彼はただ、大切な兄の身を案じる弟、なんだ。

「兄さんが、一体何をしたっていうんでしょうね」

ベッドを回り込んで、彼はルルーシュの右手を握った。僕もベッドへと近付き、彼の左手を握った。
あたたかかった。

「僕だって知りたいのは真実です。ですがどうせ教えてもらえないでしょうから、訊きたくもないんです。だけど、これ以上兄さんが苦しむ姿を見たくないんです」

安らかに寝息を立てている今の彼は、果たして幸せなのだろうか。苦しんではいないのだろうか。

「はっきり言って、僕はあなたが嫌いです。あなたが撃たれればよかったのに」

「………………」

「……んっ……」

僕のものでもロロのものでもない声が聞こえた。
二人して視線を下に落とす。ルルーシュの睫毛が微かに震えた。
驚きで、もう一度強く手を握った。

「兄さんっ!!兄さんっ!!」

ロロは手を離して身を乗り出し、耳元で何度も彼を呼んだ。
僕に彼の名を呼ぶ資格はない。ただ握った手に全てを込めた。

「……んっ…ナ、ナリー?」

目を開けることはせず、首を微かに振りながら彼はこの場にいない人間を探した。
ナナリー。彼の最愛の実妹の名か。

「そうです。ナナリーです」

ロロは目に涙を湛えながら偽りの言葉を紡いだ。

「あぁ……ナナリー。俺は、な。ただ……許され、たかったんだ」

「許されたい?」

「……あぁ。お前とユフィと……枢木に」

彼の口から自分の名が出てきて驚いた。ロロも驚いた様に僕を見た。

「あの時、お前を護れなかった。ユフィの頼みも、叶えられなかった。枢木には、重い荷物を背負わせてしまった。だから、ただ、許されたかった」

今まで傷付けてきた人たちに。
そう言って彼はまた眠りに就いた。
僕らは呆然として、ただ座り込んでいた。
数分後、ロロはゆっくりと立ち上がり、

「また来ます」

と言って相変わらず僕と視線を合わせないまま出て行った。
僕はまだここにいようと思った。

「許されたいか……」

一人呟く。
彼は今までずっと苦しんでいたんだ。
許すも……許さないも……






「君が枢木くんかい?」

あの後、久しぶりに眠りこけてしまった。もうすっかり外は暗くなっていた。
眠気眼を擦り廊下に出ると、知らない声に呼び止められた。
声の方向に顔を向けると、何処かで見たことあるような男性と、その側近らしき人、それから渋面のコーネリア総督がいた。

「は……はい……」

少し髪の毛を直しながら男性の方を向く。
優しそうな笑みを浮かべているが、威圧感のある人だ。

「初めましてだね。枢木スザク准尉。神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアです」

真っ白い手袋を付けた大きな手が差し伸べられる。

「少し、話したいことがあるんだけど……いいかな?」

シュナイゼル殿下の後ろで、コーネリア総督が頭を抱えるのが見えた。






Title by "9円ラフォーレ"

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